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第64話 みんなで花火!

 売店で手持ち花火のセットを購入し、花火ができるという庭に向かう。俺たち以外に人はいなかった。こんな真冬に花火をやろうとしている俺たちが、酔狂ということなのだろう。

 貸してもらったバケツに水を汲み、ろうそくに火をつけて立て、準備は万端だ。


「ここをしっかり持って、先端を火に近づけるんだ。危ないから人に向けたらダメだぞ」

「うん!」


 元気に返事をし、ヒカリは花火を握ってろうそくの火に近づけていく。先端が火に触れた次の瞬間、シューっという音と共に大量の火花が、ススキの穂のような形をなして吹き出した。


「わあぁぁ! すごい! きれいだね!」


 初めて見る花火に、ヒカリは興奮している様子だ。カラフルな火花を散らす花火と同じくらい、ヒカリは瞳をキラキラと輝かせている。


「あたしもやろーっと!」


 夏乃が花火を1本取り出して、火をつけた。


「ね、ね、ヒカリ見て! こうすればもっときれいだよ!」


 大きく円を描くように、腕を振り回して見せる夏乃。火花が派手に散っている。


「ほんとだ! すごくきれい!」

「危ないからあんまり振り回すなって」

「平気だよー! ちゃんと周りを見てからやってるもんねー! 花火は振り回さないと花火じゃないもーん!」

「……ったく」


 本当に周りを見てからやっているようだから、多少は羽目を外しても構わないか。夏乃はまだまだ子供だし、思いっきりはしゃぎたいんだろう。


「ねぇ、ハル。ボクもナツノみたいに振り回してみてもいい?」

「周りに気を付けるんなら、やってもいいぞ」

「わぁーい!」


 ヒカリは嬉々として2本目の花火を取り出し着火させる。そして少し離れたところまで駆けていき、夏乃と一緒にはしゃぎはじめた。


「瑠璃はやらないのか?」

「……」

「瑠璃……?」

「……」


 この距離で二度も声をかければ聞こえそうなものだが……。

 不思議に思いながらも、今度はトントンと肩を叩いてみる。


「瑠璃、どうしたんだ?」

「へっ? どうしたの、春?」


 どうしたって、俺が聞いてるんだけど……。


「花火、瑠璃はやらないのか?」

「もちろんやるよ! 花火なんて久しぶりだなぁ」


 一転して、子供のように無邪気に笑う瑠璃。

 さっきボーっとしていたのは何だったんだろう?


「はい! 春も一緒にやろう?」

「あ、ああ」


 俺に微笑みかけながら、花火を1本差し出してくる。


「ふふっ。ちょっと季節外れだと思ったけど、冬にする花火も素敵だね」


 俺のすぐ隣で、鮮やかにほとばしる火花を見ながら、瑠璃はそっと呟く。

 その横顔にうれいは感じられず、むしろ、激しく光を放つ花火のせいなのか、美しいとすら思ってしまうのだった。


 …

 ……

 ………


「花火の締めと言えば、やっぱりこれだよね!」


 使いきれないほどあった花火も、夏乃が取り出したのが最後のひとつになっていた。


「線香花火だぁ! ボクもやりたい!」

「ちょうど4本あるから、ひとり1本だな」

「じゃあ、誰が一番長く落とさずにいられるか勝負しようよ!」


 そう言って夏乃は、それぞれに線香花火を手渡していく。


「ヒカリちゃん、やり方分かる? さっきのとは違って振り回したりしたらダメなんだよ」

「うん、大丈夫! じぃーっと、動かずにいたら長く続けられるんだよね? ボク、負けないよー?」


 短くなってきたろうそくを囲むようにしてしゃがみこむ。瑠璃の「せーの」という合図で、4人が一斉にろうそくの火に近づけた。


「ついた! ……わあっ! パチパチしてきれいだね!」

「あんまりはしゃいだらすぐ落ちちゃうよー、ヒカリ」

「そっ、そうだね。すぐ終わっちゃうのはいや……」


 4本の線香花火が、柔らかな音と火花を出して光り輝く。絶え間なく散る火花は、まるで彼岸花のよう。形もそうだが、しずかに、どこか物悲しくそっと消えていく火花は彼岸花のイメージと合致する。

 花火は楽しいもののはずなのに、どこか哀愁とか切なさを感じてしまうのはなぜだろう?


「なんか、線香花火って寂しくなっちゃうよね。こんなにきれいなのに、不思議だね……」


 夏乃が、火花を物憂げな表情で見つめながら、ふっと呟いた。


「夏乃って、線香花火が絶望的に似合わないよな」

「ちょっとお兄ちゃん、それどういう意味!? あたしだってそんな気分になることだって……って、あっ!」

「落ちたな。作戦通りだ」

「お兄ちゃん! ずるいよ、それ! せっかくいい感じだったのにぃ!」

「静かにしろよ。俺のが落ちるだろ」


 俺の言葉に反応して体を揺らしてしまった夏乃が悪い。


「お兄ちゃんのなんか落ちちゃえ! ふーっ! ふーっ!」

「やっ、やめろ! それは反則……っ」

「……ふーっ! あ、落ちた! 因果応報だよ、お兄ちゃん!」

「……くっ」


 どんな言葉で動揺を誘ってきても、受け流す自信があったのに、息を直接吹きかけるという強硬手段に出られたら防ぎようがない。

 まだ玉が残っているのは、さっきから黙って一点を見つめている瑠璃と、「がんばれ、がんばれ」と小さく呟いて応援しているヒカリだけになった。


「……あっ。落ちちゃった……」


 健気な応援もむなしく、ヒカリの方が先に落下する。地面に落ちた小さな玉は、静かにはじけ飛んで消え去ってしまった。


「……」


 ヒカリの花火が終わって間もなく、瑠璃の花火も静かに消える。瑠璃は結局、最後まで黙って散る火花を見つめ続けた。


「……瑠璃? もう終わったぞ?」


 火花が消えてなお、反応がない瑠璃に問いかけてみる。何もついていない花火の先端を眺める瑠璃の表情は、悲しんでいるように見えた。


「うん……。終わっちゃったね……」


 瑠璃はそう呟き、静かに立ち上がった。

 

 瑠璃は……。


 瑠璃は、何か思い詰めるようなことを抱えているような気がしてならない。最近になって、ボーっとしたり考え込んだりすることが多くなった。おそらくだが、これは勘違いではない。今までこんなことはなかった。瑠璃は俺の前ではいつも明るくて、笑ってて……いつでも俺を支えてくれていた。そんな瑠璃が何かに悩んでいるのなら、俺が力になってあげたい。


「花火、楽しかったね! さ、終わっちゃったなら早く片付けないとね!」


 明るく元気に瑠璃が言って、テキパキと片付けを始めた。いつもの瑠璃だが……どこか空元気のようにも見えてしまう。

 近いうちにそれとなく、何か悩んでないか聞いてみることにしよう。

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