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第62話 みんなでお風呂!?

 卓球勝負を終え部屋に戻ってきた。夕食までの時間は温泉に入って過ごす予定だ。


「あぁー、ヒリヒリするー。まだ辛いのが残ってるよぉー!」


 夏乃がしかめっ面をしながら舌を出して、先ほど飲んだ激辛ジュースの余波に苦しんでいる。

 覚悟してとまで豪語したのにも関わらず、直後の夏乃によるサーブミスで勝負は決することになった。夏乃は典型的な、張り切りすぎると失敗するタイプなので俺の挑発がうまくいった形だ。

 俺も瑠璃も卓球に集中できるような状態になかったので、夏乃が自滅してくれて助かった。


「ボクもちょっとだけヒリヒリするかも」

「ヒカリはほとんどお兄ちゃんに飲んでもらったんだから大丈夫でしょ? ヒカリだけ飲んでもらってずるいよ」

「仕方ないだろ、ヒカリは小さな子供なんだから」


 小さな子供は辛い物を食べない方がいいと本で読んだことがある。味覚の発達に影響が出る可能性があり、ヒカリの将来を考えてほとんど俺が代わりに飲んだ。


「あたしもまだまだ子供なんだけどー!」

「お前には罰が必要だったからな。いろいろとかき乱してくれやがって。この恨みはしばらく忘れないからな」

「うぅー!」

「春はもう辛くないみたいだね。そういえば辛いのはあまり得意じゃないのに、飲むときもあまり辛そうにはしてなかったね」


 瑠璃の言う通り、俺は辛いのが特別得意というわけではない。それなのにそこまで辛く感じなかったのは……


「なんか、辛くない辛くないって念じながら飲んだら、辛く感じなかったんだよ。実は俺、催眠術の才能があるのかもしれない……」

「……ふふっ、なにそれ。どっちかって言うと自己暗示でしょ?」

「うー、辛い辛い! 辛いから早く温泉に入りたい!」


 辛いからというのはよく分からないが、俺も卓球でかいた汗を早く流したかったので夏乃に同意だ。


「朝も言ったけど、俺は部屋の風呂にひとりで入るからみんなは大浴場に行って来いよ」


 また夏乃が一緒に入るなどとのたまう前にそう切り出した。


「うん。お夕飯までまだ時間があるから、3人でゆっくり入ってくるね。春も卓球で疲れただろうし、ゆっくり浸かってね」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「ボク、温泉初めてだよ! すっごく楽しみ!」

「あたしも楽しみ! 真っ白のお湯とかジャグジー付きとか、いろんな種類があるんだよ。3人で一緒に入ろうね、ヒカリ」

「うん!」


 3人はそんな風に談笑しながら、着替えを持って大浴場に向かっていった。


 ひとりになった俺は脱衣を済ませ、広縁ひろえんのすぐ向こう側の露天風呂に出る。ひとりで使うには広すぎる気もしてしまうが、せっかくだから存分にそのぜいを味わうことにする。

 備え付けのシャワーで体を洗い流した後、広々とした岩風呂に体を沈めた。


「あぁー」


 源泉かけ流しの少し熱めのお湯に肩まで浸かると、思わず溜め息のような声が漏れてしまう。疲労回復に効果がある温泉とのことだが、そのうたい文句にたがわず体の疲れが一気に吹き飛ぶようだった。もちろんそんなにすぐに効果が表れるはずはないのだが、それくらい気持ちがいいということだ。



 ……5分ほど経っただろうか。一度湯船から出て髪と顔を洗おうと立ち上がろうとした時、背後から物音がした。部屋の方から、ガラガラという引き戸を開く音だ。


 今、部屋には俺ひとりしかいないはず……そう不思議に思って振り返ると、


「……っ!?!?」


 なんと、そこには大浴場に行ったはずの3人の姿があった。


「あっ! お兄ちゃんもう入ってる! ずるいよー!」


 俺と目が合った瞬間、素っ裸の夏乃がぺたぺたと足音を鳴らしながら駆け寄ってくる。


「あたしも入ろーっと!」

「ちょっと待て! なんなんだいきなり! 説明しろよこの状況!」


 意味が分からない。どうして大浴場にいるはずの3人がここにいて、しかも温泉に入ろうとしているのか。


「ご、ごめんね春。ちゃんと説明するよ……」


 出入口の近くに立つ瑠璃が、わずかに頬を朱に染めながら遠慮がちに呟いた。瑠璃は、夏乃や隣に立つヒカリと違って体にタオルを巻いている。瑠璃まで素っ裸だとしたら、俺は目のやり場に困っていただろう。

 ……いや、今でも十分困ってはいるのだが、何もしていないよりはだいぶマシだ。


「あのね、ヒカリちゃんって耳としっぽがあるでしょ? だから、大浴場には入れないってことに気付いて、戻ってきたんだよ」


 温泉の中では服や帽子でそれらを隠すことは出来ない。当たり前のことだが瑠璃に言われるまで気付かなかった。


「確かにヒカリは入れないな。それで戻ってきたところまでは分かるが、どうして俺がいると分かってるのに入ってきたんだよ」

「もぉー! 細かすぎるよお兄ちゃん! 早く入らないと凍え死んじゃう!」

「まさか、お前が瑠璃をそそのかしたんじゃないだろうな?」


 瑠璃が進んでこんなことするはずがないし、そうに違いない。夏乃が、嫌がる瑠璃をその軽い口先で丸めこんで、ここへ連れてきたんだ。


「なぁ、瑠璃。そうなんだろ? こいつの言うことなんか聞かなくていい。嫌なら嫌って言って……」

「ち、違うのっ、春。確かに夏乃ちゃんが言い出したことだけど……。あの、その……私、春と一緒に入るの、嫌じゃないよ……」

「……え?」


 ……嫌じゃない?


「春は私と一緒に入るの、嫌……かな? もし嫌だったら、春が上がった後に入ることにするよ……」


 お湯が流れる音にかき消されそうなほど小さく、不安気な瑠璃の声。


 俺が、瑠璃と一緒に風呂に入るのが嫌かどうか、か……。タオル1枚だけになった瑠璃と風呂……恥ずかしいが、嫌では……ない。

 朝、4人で入りたいという夏乃の提案を蹴ったのは、瑠璃が嫌がるかと思ったからというのが大きい。その瑠璃が嫌じゃないと言うのなら、4人で一緒に入っても問題がないような気がしてくる。


「お、俺も、その……嫌ではない……かもしれない……たぶん」


 冷静に、はっきりと、嫌ではないと言うつもりだったのに、声は裏返り語尾は尻すぼみになってしまう。

 緊張しているのか、俺?


「そ、そう? なら、お邪魔するね……」


 目を泳がせながら瑠璃が呟くと、ずっと黙って隣にいたヒカリがバンザイをして、


「わーい! みんなで一緒に温泉だぁ!」


 喜び一色の声音で言う。そして、喜びが抑えきれないとばかりに勢いよく駆けだして、こちらに向かってくる。


「こらこら、走ると危ないぞ……って、ヒカリ!!」

「にゃあっ!!」


 滑って転ぶ! そう思った俺は、助けに行こうと反射的に立ち上がった。


「……にゃっ、とっ、とっ、っと! 危なかったー!」


 お湯で濡れた床に足を滑らせ転びそうになったヒカリだったが、なんとか体勢を立て直した。俺が助けに向かっても到底間に合うような距離ではなかったので、転ばなくて本当によかった。


「滑りやすいから気を付けてな、ヒカリ」

「うん、ごめんね」


 ヒカリはいい子だから、この程度の注意で十分に分かってくれるだろう。


「にゅふ。にゅふふ。お兄ちゃん、にゅふふふ」


 湯船のすぐそばで中腰になっている夏乃が、俺を見上げながらニヤニヤしている。


「何だよ? 気持ち悪い笑い方するな」

「だって、ねぇ? にゅふふふふ」

「は、春っ。あ、あ、あ、あのあのあのあの、で、出ちゃってる。早く隠してっ」


 両手で口元を覆いなおも笑う夏乃に、両手で顔全体を覆い何やらパニックになってる様子の瑠璃。


 出ちゃってるって……。隠してって……。


「……っ! す、すまんっ」


 慌ててしゃがみ込む。何も着ていないことを完全に忘れていた……。


「もー、ダメだよお兄ちゃん。あたしはいいけど、瑠璃ちゃんにそんなもの見せたら」


 未だにニヤニヤとしながら、夏乃がタオルを手渡してくる。このタオルで隠せということだろう。タオルを着けてお湯に浸かるのは本来はマナー違反だが、宿泊客ごとにお湯は入れ替えているそうなので許してもらいたい。これがなければ、恥ずかしくて瑠璃と一緒に入ることなんてできやしない。


「うー、寒い寒いっ。やっと入れるよぉー」


 桶を使ってかけ湯をし、夏乃が湯船に入ってくる。ヒカリも夏乃と同様にかけ湯をしてから入ってきた。


「あの……春。私もかけ湯するから、後ろ向いててくれる? ほら、その……タオル外さないと出来ないから……」

「あ、ああ、分かった。俺は向こう側を見てるから、そのあいだにやってくれ……」

「絶対に振り向かないでね」

「も、もちろんだ」


 そう返事をし瑠璃とは反対側に体を向ける。すると間もなく、お湯が床を跳ねる音が背後から響いてきた。


「……お兄ちゃん。こっそり振り向いちゃう? 今、瑠璃ちゃん、裸だよ」


 夏乃が身を寄せて耳打ちしてくる。悪魔の囁きだ。


「だ、ダメに決まってるだろ。変なこと言うな」

「バレなきゃ平気だって。瑠璃ちゃんずっと下向いてるから、チャンスはたくさんあるよ。あたしがタイミング教えてあげるから」


 バレなきゃ平気……。瑠璃に気付かれさえしなければ……。


 ……ちょっとだけなら、いけるか?


「生唾飲み込んだね……お兄ちゃんのえっち。今タオルを巻きなおすところだから、しばらくこっち見ないと思うよ。チャンスだよお兄ちゃん」


 いま振り返れば、瑠璃の裸が……。


「早くしないとタオルで見えなくなっちゃう。瑠璃ちゃんの裸、すごくきれいだよ。全部見れるんだよ? 見たいでしょ? こんなチャンスなかなかないよ」


 瑠璃の裸、全部……。

 全部って……全部? 本当に、全部?

 さっき卓球で見たのとはわけが違う、全部……。



 こんな悪魔の囁き、あらがえるわけ……な……



「……あああぁい!」



 ドボン! と、お湯の中に思いっきり頭を沈める! 



 ぶくぶくと息を吐きながら頭を激しく振り、よこしまな考えを半ば無理矢理吹き飛ばした。

 やっぱり、振り返ることなんてできない。瑠璃は俺がそういうことをしないと信用して、一緒に入ることにしたんだ。ここで振り返ってこっそり覗くなんて、その信頼を裏切ることになってしまう。


 ……よし、もう大丈夫だ。誘惑は完全に断ち切った。頭を上げよう。


「……ぷはっ!」

「ちょっと、急にどうしたの春?」

「いや、何でもない。もう終わったか?」

「うん。もう振り返ってもいいよ」

「そうか。今のは危なかった……」

「何が危なかったの?」

「いやいや、何でもない」

「……変なの」


 体をタオルで覆った瑠璃が、お湯に身を沈める。


「お兄ちゃんの意気地なし」


 夏乃は最後にそう言い残し、瑠璃のそばに寄っていった。

 意気地なしとか、そういう問題なのか、これは? こんな抗いがたい誘惑に耐えきったのに、なんて言い草だ。


「ねぇ、ハル。潜るの楽しいの?」


 ヒカリが俺の目の前に来て、小さく首を傾げた。


「え? あぁ、いや。別に楽しくて潜ってたわけじゃないんだ」

「そうなの? でも楽しそうだったよ? ボクもやってみたい!」


 ヒカリが瞳をキラキラと輝かせながら見上げてくる。耳としっぽがピンと立っていて興奮が隠しきれていない。やる気になっているヒカリには申し訳ないが、温泉で潜るのは良くないことだと教えなければならない。だが俺が言うのは説得力がなさすぎるし、どうしたものか……。


「家族風呂だから他の人にも迷惑がかからないし、別にいいよね、ハル?」

「……まあ、そうだな」


 ヒカリの言う通りここには身内の4人しかいないから、そんなに細かいことは気にする必要はないか。せっかく楽しそうにしているところに水を差してしまうのも忍びないしな。


「よし、ヒカリ。なら俺と勝負しよう」

「勝負? やるやる!」

「せーので潜って、長く浸かっていられた方が勝ちな。勝負だけど、危ないからあまりムキになるなよ。少しでも苦しくなったら、顔を上げるんだぞ」

「分かった! じゃあ、ボクがせーのって言うね」


 そう言うなり深呼吸を始め、潜水の準備をするヒカリ。何度か吸って吐いてを繰り返し、


「せーのっ!」


 合図をしたあと、ヒカリはすうっと深く息を吸い込んだ。合わせて俺も息を吸い込み、ヒカリとほぼ同時にお湯に潜る。水中で目を開けると、ギュッと強くまぶたを閉じているヒカリの顔が見えた。

 そのままの状態で40秒ほど経ったころ、ヒカリが先に顔を上げた。それから10秒ほど経った後、まだ潜っていられたが勝敗はすでに決しているので、無理をせずに上がることにする。


「……ぷはっ」

「にゃはは、負けちゃった! もう少しだったのに!」


 ヒカリは肩で息をしながらも、楽しそうに笑ってそう言った。


「もう少し? 俺はまだまだ潜れたぞ。あと1分は余裕だな」

「えー! そんなの勝てっこないよぉ!」

「まあ、体の大きさが全然違うんだからしょうがないな」

「体が小さいと、息が長く続かないの?」

「たぶんな。体が小さいってことは、そのぶん肺も小さいってことだから」

「肺って、お胸の中にあるやつだよね?」

「ああ、よく知ってるな」

「うーん……。ボクの肺、ハルと比べたら、たぶんすごく小っちゃいよね」


 視線を自分の胸と俺の胸を行き来させ、ヒカリがぼやく。


「そうだな。でも、ヒカリは体が小さい割によく頑張った方だと思うぞ」

「ほんとー?」

「ああ、本当だ」


 こんなに小さな体で、あれだけ潜れれば上等だろう。同じ体の大きさの女の子で、ヒカリより潜っていられる子はそう多くないはずだ。


「ならボクが大きくなったら、ハルに勝てるようになるかなー?」

「なるかもな」

「にゃふふ。じゃあ大きくなったら、また勝負しようね!」


 ヒカリは微笑みながらそう言って、俺のすぐ隣に座った。



 ――――大きくなったら……か。



 ヒカリがこのままずっと人間のままだとしたら、やはり普通の女の子のように成長していくのだろうか? それとも、ずっと今の姿のままなのだろうか?

 ヒカリが人間になって1ヶ月と少し経った。髪や爪は伸びているようだから、体も成長するものなんだとは思うが……なにせ前例がないので、どうなるかは正直分からない。


 ……いや。これからどうなるのかはもちろん大事だが、猫だったヒカリが人間になったことに対してまずは疑問を持つべきだろう。あれから1ヶ月も経ったのに、分かったことはなにもない。


 どうやって人間になったのか。なぜ人間になったのか。なぜ今のこの姿だったのか……など。全てが謎に包まれている。


 あれ……? 今までの俺は、なぜこんなに大きな謎をよく考えずに放置してたんだ……? 

 猫が人間になる……そんなこと、本当にありえるのか? さすがに、ファンタジーが過ぎやしないか?

 今、隣で気持ちよさそうにお湯に浸かっているヒカリは、耳としっぽを除けばどこからどう見ても人間の女の子だ。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()見てみても……



「……お兄ちゃん!」

「……!」

「お兄ちゃん、ヒカリの体をじろじろ眺めて何してるの!? やっぱりロリコンなの!?」

「ち、違う! これは、その……あれだ。その……あれ? なんだっけ?」


 ヒカリのことで何か考えていて見ていたはずだが……。何を考えていたのかど忘れしてしまった。まずい、言い訳が思いつかない。


「大丈夫だよ、ナツノ。ハルはロリコンじゃないよ。ボク、知ってるんだ。絶対違うよ」


 否定してくれるのはありがたいが、ヒカリはなぜそんなに自信満々なんだ?


「ただボーっとしてただけだよね、ハル?」

「あ、ああ。そうだな」


 せっかくヒカリが助けてくれたんだ、少し苦しい気もするがそういうことにしておこう。


「ふーん。ま、どうやらほんとみたいだね。だって……そこ、大きくしてないし」

「当たり前だろ! 指差すな!」

「でもタオルがあるから、ほんとのところは分からないけどねー! ふふっ!」

「してないって!」


 瑠璃もいるんだから本気で勘弁してほしい……。


「……春のえっち」


 瑠璃の方に視線をやり、目が合うのとほぼ同時にそっぽを向かれてしまった。


「違うんだよ……」


 こんなことになるなら、4人で入ることを受け入れるんじゃなかった。


「まー冗談は置いといて……。あたしもお兄ちゃんの隣にすーわろっと!」


 空いている右隣に夏乃が座った。そのまま俺に体を預け、密着してくる。


「えへへっ。念願のお兄ちゃんとのお風呂、気持ちいいなー。こうして一緒にお湯に浸かるのすごく久しぶりだね。あたし、お兄ちゃんと一緒にお風呂入るの、大好き♪」

「……そうかよ」


 くっつくな、と突っぱねようとしたが、あんまりにも嬉しそうに笑う夏乃を見て、そんな気は消え失せてしまった。


「瑠璃ちゃんもこっちにおいでよ。みんなで温まろ?」


 夏乃とヒカリと俺が横並びになっているのに対し、瑠璃は反対側にひとりで座っていた。


「わ、私はここでいいよ」

「えー? どうしてー?」

「だ、だって、恥ずかしいんだもん……。こんな格好でこれ以上春に近づけないよ……」

「タオルしてるんだから、そんなに気にすることないのに」

「タオルしかしてないから無理なのっ!」


 瑠璃はその場から動かないようだ。その方が俺としても助かる。夏乃やヒカリならどうってことないが、瑠璃が近くに来るとなると気が気じゃない。瑠璃の体は今、1枚のタオルが覆われているだけだ。大事なところは隠れているが、肩や足は露出している。それも、かなりきわどいところまで……。真っ白でシミひとつないきれいな肌、太っているわけでも痩せているわけでもない、バランスのいい健康的な体つき。そんな瑠璃に近くまで来られたら、俺は……。


「残念だったね、お兄ちゃん。もっと近くで瑠璃ちゃんの体見てみたかったのにね」

「ああ、そうだな……って違う!」

「違くないでしょー? もっと素直になればいいのに」

「う、うるさいな。違うったら違うんだ」


 事実だったが認めるわけにはいかない。卓球の時も言わなくていいことを口走ってしまったし、これ以上瑠璃に変に思われたくないからな。


「ねぇ、ルリ―。ハルに見られるのって、そんなに恥ずかしいの?」

「恥ずかしいに決まってるよ……」

「どうしてー? ボクは裸んぼでも全然恥ずかしくないよー?」

「あたしも全然恥ずかしくないよー」


 2人はその場で立ち上がって回ったり手を広げたりして、自分が裸であることのアピールをしている。


「お前はもっと恥じらいを持てよ」


 ヒカリはまだしも、夏乃はいつになったら羞恥心というものが芽生えるのだろうか。


「あのな、ヒカリ。今はまだ幼いから分からないかもしれないけど、恥ずかしいと思うのが普通なんだ。人間は成長したら自然とそう思うようになるんだよ。ヒカリもきっと、大きくなったら瑠璃の気持ちが分かるようになるさ」

「そうなんだねー」

「分かったら早く座ろうな。風邪引くぞ」

「はーい」

「夏乃も早く座れよ」

「……」

「おい、聞いてるか?」


 俺の言葉が聞こえていないのか、立ったまま瑠璃の方を見つめている。もう一度声をかけようとした時、夏乃が口を開いた。


「上から見るとよく分かるけど……瑠璃ちゃん、おっぱい大きくなったよね」

「な、夏乃ちゃん!?」

「いきなり何を言い出すんだお前は」

「だって! 谷間が出来てるんだもん! 瑠璃ちゃん、そんなにおっぱい大きくないはずだったのに! 仲間だと思ってたのに!!」


 た、谷間……? 瑠璃の、胸の谷間……。


「いつのまに谷間が出来るくらい大きくなったの!? 谷間なんて選ばれしおっぱいじゃないと作れないのに!」

「別に大きくなったわけじゃなくて、タオルで寄っちゃってるからそう見えるだけだよ……。それに、谷間はおっぱいが大きくなくても出来るよ……。私だって、おっぱい小さい方なんだし……」

「谷間が出来るんだから、十分大きいおっぱいだよ! あたしなんか……あたしなんか……」


 夏乃が自分の胸を寄せて谷間を作ろうとしている。必死に頑張っているようだが、夏乃の胸では小さな谷間すら作れないだろう。実に哀れだ。


「ボクにも出来るかな? んしょ……んしょ……」

「真似しなくていいから……ヒカリ」

「にゃ? ダメなの?」

「下から上から後ろから……寄せて、寄せて、寄せ……て……。くぁああぁぁああ! ダメだ! やっぱり、あたしじゃできない……っ! どう頑張っても無理っ! どうしてこんなに小さいの!!」

「だ、大丈夫だよ夏乃ちゃん! きっとこれから大きくなるよ! まだ中学生じゃん!」


 恥ずかしそうにしていた瑠璃だったが、哀れな夏乃をはげまそうと声を張っている。


「まだじゃなくて、もうなんだよ、瑠璃ちゃん! もう中学1年にもなったのに、これっぽっちも、おっぱいがふくらまないんだよ! きっとこの先もこのままなんだ! うわああああん!」


 いつもポジティブな夏乃が、珍しく己の前途を悲観している。このままずっとまな板同然なのはかわいそうだとは思うが、こればかりはどうしようもない。


「……そうだっ! おっぱいって揉んだら大きくなるって聞いたことがある! お兄ちゃん、揉んでくれない?」

「揉むわけないだろ! いや、そもそも揉むものがないだろ!」

「ひどっ! 事実だけど、ひどっ!」

「くに……くにくに……。こうすれば大きくなるの?」

「ヒカリ……頼むから変なこと覚えないでくれ……」


 ……おかしい。温泉に浸かったら疲れが取れるはずなのに、逆に溜まっていってる気がする。やっぱり、4人で入るべきじゃなかったんだ……。


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