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第61話 みんなで温泉卓球!

 部屋で昼食を摂った後は温泉に入る予定だったが、夏乃の強い要望でその前に卓球勝負をすることになった。『運動してひと汗かいた方が気持ちよく温泉に入れるよ』とのことだったが、一理あったので夏乃の提案に乗ることにしたのだ。


 卓球コーナーには3つの卓球台が用意されていて、そのうちの1台を借りることにした。残りの卓球台は借りられておらず、周りにも人がいないので多少は騒がしくしても問題ないだろう。

 夏乃とヒカリがはしゃぎまくるのは目に見えていたから、周りに人がいないのは好都合だ。


「ボク、卓球なんてしたことないけど、ちゃんとできるかな……」


 ヒカリは手に持ったラケットを眺めながら、不安そうに呟く。


「ヒカリのためにまずは練習するか。……というか、俺もあまりしたことがないから練習があると助かる」


 卓球なんて中学の頃に授業でやったきりだ。ルールはだいたい分かるが、上手くやれる自信は全くない。


「私も、いきなり勝負って言われてもたぶんできないから、練習させて欲しいかな」

「あたしは授業でやったばっかりだから練習はいらないけど、みんながそう言うならまずは練習ね。……あ、その前にヒカリに卓球のことを教えてあげた方がいいかな? やり方とかルールとか全然分からないでしょ?」

「ううん。だいたい分かるから大丈夫だよ、ナツノ」

「え? 分かるの?」

「うん。やったことないけど、卓球のやり方とかルールは知ってるよ」


 どこで覚えたのか謎だったが、そういうことならと早速、練習としてラリーをやってみることにする。卓球台は1つしか借りてないので、俺と瑠璃、夏乃とヒカリがペアになってダブルスでラリーを始めた。


 俺と瑠璃は最初こそミスを連発していたが、やっていくうちに少なくなっていった。夏乃は練習はいらないと言っていただけあって、最初から最後までほとんどミスをしなかった。4人の中で卓球が一番上手いのは夏乃だろう。

 ヒカリは空振りしたり力を入れすぎてあらぬ方向に飛ばしたりと、俺や瑠璃よりもミスは多かったが、なんとか試合ができるレベルには上達した。


 ラリーをしていて思ったことだが、ヒカリは自分が言った通り、ラケットの使い方やサーブの仕方などの基本的なことは分かっているようだった。ヒカリが人間になってから、卓球に触れる機会なんてなかったはずだが一体どこで覚えたのだろうか。

 人間の世界で生きていくことになってから、ヒカリは色々なことを吸収している。卓球についても、人間としての生活の中で知ったものなのだろう。きっと、テレビか何かを見て覚えたんだ。


「そろそろ練習は終わりにする?」


 俺の打った球がネットに当たってラリーが途切れた時、夏乃がそう言った。


「ヒカリも上達してきたし、練習はもう十分だと思う。いいよな、ヒカリ?」

「うん! もうボク、上手に卓球できるよ!」

「なら、今から真剣勝負ね! このままダブルスで勝負しよ! チームはこのままでいいよね、お兄ちゃん?」

「ああ。バランスがとれてていいと思うぞ」


 一番上手い夏乃と一番慣れていないヒカリが組むことが、最も実力の差が出ないだろう。


「決定ね! じゃあ今から、負けたら罰ゲームの温泉卓球、始めるよー!」

「おい、夏乃。ちょっと待て。罰ゲームなんて聞いてないぞ」

「え? そうだっけ? じゃあ今言った! これでいいよね?」

「よくない。別に罰ゲームなんてなくてもいいだろ」


 夏乃のことだからろくでもないことを考えているはずだ。罰ゲーム有りなんて絶対に阻止しなければならない。


「罰ゲームがないと真剣勝負にならないよ! 負けたくないって気持ちがないと本気になれないでしょ?」


 ……確かに、一理ある。内容しだいでは認めてやってもいいか。


「ちなみに、俺たちが負けたらどんなことをさせられるんだ?」

「いい質問だね、お兄ちゃん! 2人が負けたら罰ゲームとして……この後、4人で一緒にお風呂に入ってもらいます!」


「……は?」

「……え?」


 俺と瑠璃がほぼ同時に間の抜けた声を漏らした。


「だから、4人で一緒に、お風呂。今度こそちゃんと聞こえた?」

「いや、聞き取れなかったわけじゃなくて……。あのな、夏乃。そんな罰ゲームを受け入れるわけないだろ。却下だ、却下」

「えー、なんでー!? 2人ともさっきは恥ずかしがって一緒に入るの嫌がってたから、ちゃんと罰ゲームになってるでしょ!?」

「そういう問題じゃねえよ。確かに俺や瑠璃にとっては罰ゲームになるだろうが、そんなこと軽いノリでやっていいことじゃない。分かるだろ?」


 百歩譲って夏乃はいいとしても、瑠璃と一緒に入るのは考えられない。俺も恥ずかしいし、何より瑠璃がかわいそうだ。罰ゲームという形で自分の気持ちとは関係なく、男である俺と一緒の風呂に入らなければならないなんて、さすがに度が過ぎている。


「……ぶーぶー。分かりましたよー。罰ゲームは別のことにしますぅー」


 夏乃は唇をとがらせて、分かりやすくいじける。結局、罰ゲームは売店に置いてある激辛ドリンクを飲むことに落ち着いた。


「11点マッチの2ゲーム先取した方が勝ちでよかったよね? あと、ダブルスだけど難しいから交互に打たなくても良くて……」


 勝負を始める前に、瑠璃がルールの再確認を行う。みんな素人同然なので正式なルールは適用せず、基本的なルールをもとに自由に打ち合う形だ。


「ぜったい勝とうね、ナツノ!」

「もちろんだよ! けちんぼでイケズで分からず屋なお兄ちゃんに、激辛ジュースでおしおきするんだから!」

「ひどい言い草だな。……まあいい、どっちが先にサーブをするか、じゃんけんで決めるぞ」


 ヒカリが瑠璃とのじゃんけんに勝利し、サーブの構えをとる。


「ハル、ルリ。いっくよー? ……えいっ」


 ヒカリの放ったサーブはネットに弾かれ、こちらのコートに入ってこなかった。


「にゃうぅ……。失敗しちゃった……」

「1対0だな」


 言いながら、スコアボードのカードを1枚めくる。


「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん! それはひどすぎるよ!」

「ひどいって、何がだ?」

「確かにサーブをミスしたら失点だけど、ヒカリは今日が初めてなんだよ? たった1回ミスしただけで点を取られるなんて厳しすぎるよ!」


 ……まあ、言われてみればそうだ。初めてなのに一度のミスも許されないなんて厳しすぎたか。


「なら、ヒカリがサーブするときは2回までミスしていいことにしよう」


 スコアボードを元に戻し、地面に転がった球を拾い上げる。


「ほら、ヒカリ。次は落ち着いてな」


 拾った球を手渡し、しゅんとしているヒカリの頭を撫でる。


「うん、ありがとう!」


 ヒカリの顔がぱあっと輝いたのを確認し、コートに戻った。


「……落ち着いて、落ち着いて。……えいっ」


 2回目のサーブは失敗することなく、こちらのコートに入ってくる。瑠璃がそれを打ち返し、ラリーが始まった。


「きたっ! いくよ、お兄ちゃん!」


 俺が打ち返した球が高く弾んでしまい、夏乃はここぞとばかりにスマッシュを放った。


「ああ……っ! やっちゃった」


 力が入りすぎたのか、夏乃のスマッシュはあらぬ方向に飛んでいき、アウトになる。


「1対0……」

「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」


 スコアボードのカードをめくろうとしたら、なぜかまた夏乃に止められてしまう。


「今度はなんだ?」

「あたし、ついこのあいだ卓球を覚えたばかりだから、ヒカリみたいにハンデが必要だと思うの」

「ふーん。それで?」

「今のはナシにして! かわいいかわいーい、妹からの、お・ね・が・い♡」

「うるせえ」


 バチッと飛んできたウインクを打ち落とす勢いでそう吐き捨て、問答無用でスコアボードに点を加えた。


「そんなっ! ありえないっ! めったに見れない可愛い、可愛ーーーーい浴衣妹ゆかたいもうとのおねだりを無視するなんて! 絶対に許さない……っ!」


 よく分からないことで無駄に闘志を燃やす夏乃だ。確かに浴衣はよく似合っていて可愛いと思うが、そんなわがままは俺には通用しない。


「サーブは2回交代だから、次もそっちからだよ」


 瑠璃が落ちた球を拾い、優しく投げて返す。


「次、あたしがサーブしていい?」

「いいよ。はい、ナツノ」


 ヒカリが、瑠璃から受け取った球を夏乃に手渡した。


「実はあたしね、とんでもないサーブが打てるんだ。そのサーブは、お兄ちゃんには絶対打ち返せないよ」

「おー! ナツノ、すごい! どんなサーブなの?」

「よくぞ聞いてくれました! あたしが編み出したお兄ちゃん必殺のサーブ、それはね……。お兄ちゃんへの愛のサーブ♡ だよ! この球にお兄ちゃんへの想いをいっぱいに込めて、サーブとして届けるの……。お兄ちゃんはこのサーブを打ち返すことは出来ない! なぜなら妹愛たっぷりのこのサーブを、兄としてしっかりと受け止めなければいけないから……っ!」

「またわけの分からないことを言い出したな。どうでもいいからさっさと打てようっとうしい」

「ひどいっ! ちょっとは興味を持ってよ、お兄ちゃん!」

「だ、大丈夫、ナツノ? なんかもう、通用しなさそうなんだけど……」

「うぐっ。……へ、へいきへいき! お兄ちゃんはただ照れてるだけだから!」

「私の方には来なさそうだから、レシーブよろしくね、春」

「ああ、任せろ」


 夏乃がサーブの構えをとる。途中、球を額に当ててなにやら念じていたのは、俺への愛とやらを込めていたのだろうか。


「受け止めて、お兄ちゃん! あたしの愛のサーブ!」


 夏乃の放ったサーブは、大仰な掛け声な割に勢いがなかった。というか、これ……。


「……甘いっ!」


 高く浮いたところをとらえ、スマッシュを叩きこんだ。夏乃もヒカリも反応できず、俺たちの得点になる。


「お兄ちゃんのおに! あたしの愛を突っぱねるなんて! しかもあんなに強烈なスマッシュで! ちゃんと受け止めてよぉ!」

「これ、打ち返す競技だから。受け止めるとか意味の分からないこと言うな」

「うぅー! もういいもん! 次から本気出すもんね!」


 …

 ……

 ………


 卓球勝負は思いのほか白熱していた。現在3ゲーム目の10対10のデュースで、いよいよ大詰めだ。2点連続で点を取った方が勝ちとなり、罰ゲームを免れる。

 このダブルスは交互に打つ必要はなく動きが少ないかと思ったが、意外にも激しい動きを要求される場面が多くて、みんな体が火照って少し汗ばんでいた。


「春、もう打っていい?」


 サーブの構えをとり、瑠璃が尋ねてくる。普段の運動不足がたたってすぐに息が上がってしまう俺に、瑠璃が気をつかってくれたんだ。


「ああ、大丈夫だ」


 額にわずかに滲んできた汗を拭いながら返事をすると、瑠璃は頷いてからサーブを放った。


「瑠璃ちゃんのサーブはもう見切ってるよ! ていっ!」


 夏乃が難なくレシーブする。回転がかかっているのか、瑠璃のサーブは普通に打ち返すだけではあさっての方向に飛んでいく。最初の方は夏乃もなかなか打ち返せないでいたが、数をこなすうちにレシーブのコツを掴んだようだった。

 夏乃のレシーブを俺が打ち返し、ラリーが始まる。3回ラリーを続けた後、瑠璃の球が高く上がってしまうと、


「……にゃあ!!」


 ここぞとばかりにヒカリがスマッシュを放った。


「瑠璃っ!」

「……っ!」


 速球でコースも厳しいヒカリのスマッシュだったが、瑠璃は腕をいっぱいに伸ばし見事に打ち返した。


「にゃあっ!? なんでとれるのっ!?」


 返されると思っていなかった様子のヒカリは、瑠璃の球が側を通過するのをただ見送り、苦い顔をする。


「油断大敵だよ、ヒカリちゃん。これでマッチポイントだね」

「にゃうぅ。ごめんね、ナツノ」

「どんまいだよ、ヒカリ。大丈夫、あたしが取り返してあげるから! 次はどっちのサーブだっけ?」

「デュースになってからはサーブは1回交代だから、次はそっちだぞ」

「そうだった。じゃあいくよー」


 ヒカリから球を受け取り、夏乃が構える。


「これで決めよう、瑠璃。激辛ジュースなんて飲みたくな……い……え? え??」

「……ん? どうしたの、春?」


 チラッと横目で瑠璃の方を見ると……。


 ――――なんと、浴衣がはだけて中が見えてしまっているではないか。


 それに、これは……着けていないっ! そこにあるはずのものが……なくてはならないものが……ないっ!

 え? なぜ? 浴衣ってそういうものなのか? 普通は着けないのか? ……やばい、あまりの衝撃に目が離せない。すぐに目を逸らすべきなのに、なぜかそれができない。

 ……言うか? 浴衣がはだけてるぞ、って教えるべきか? ……いや、黙っていればそのうち瑠璃が気付いて自分で直すだろう。俺が指摘したら見ましたって言ってるのと同じだし、こうして上から見ない限りは中は見えないし周りに人もいないから、瑠璃が自分で気付くまで黙っておこう。

 よし、そうしよう。そして、いい加減に目を逸らさなければ。


「ねぇ、春。じっと見てたけど、なに?」

「み、見てないっ! あ、いや……見てたけど、見てないっ!」

「なんで慌ててるの?」

「慌ててないから! よし夏乃、来い!」

「へんな春」


 瑠璃の……が頭から離れずパニックになってしまったが、なんとかごまかせたか?


「ちょっと待って。お兄ちゃん、いま瑠璃ちゃんの胸見てたでしょ?」

「……へ?」


 図星を突く夏乃の問い詰めに、情けない裏返った声が漏れてしまう。こういう時のこいつは異常に鋭い。

 これは……非常にまずい。


「私の胸って……?」


 瑠璃の顔が徐々に下を向いていき……


「きゃあああああああああ!!!」


 はだけた浴衣に気付いた瑠璃は甲高い叫び声を上げながら、両腕で胸を隠しうずくまった。


「す、すまん。瑠璃。すぐに言うべきだった」


 ハプニングではあったが、早く目を逸らさなかった俺が悪いので素直に謝っておく。


「うぅっ。春に見られたぁ。しかも今ブラつけてないのにぃ。全部見られたかも……恥ずかしいぃ」


 浴衣を直し、真っ赤に染まった顔を手で覆いながら嘆く瑠璃。


「あの……一応言っておくが、全部は見ていない。浴衣が影を作ってよく見えなかった」


 これは本当のことだ。天地神明に誓ってもいい。瑠璃の、その……大事な部分は見えなかった。だから大丈夫だというわけにはいかないが、気休めくらいにはなるだろう。


「……ほんと?」

「ああ。でも、じっと見てしまったのは事実だ。ごめんな」

「……ううん。私が気付かなかったのがいけないんだよ。こっちこそ取り乱してごめんね」


 浴衣が再びはだけてしまわないか何度も確認したあと、瑠璃が立ち上がる。顔は赤く染まったままだったが、泣いたり、怒ったりしている様子はなかったので安心した。


「すまん、夏乃。待たせたな、再開しよう」

「ふーん。やっぱり見てたんだ。お兄ちゃんのえっち」

「……夏乃?」

「そんなにはだけた胸が見たいなら、あたしのを見せてあげるよ! ちらっ。ちらちらっ」


 俺の言葉を無視する夏乃。そして掛けえりの部分を掴み、自ら浴衣をはだけさせ肌を露出させた。


 あ、やっぱり浴衣の下には何も着けないのか。

 ……って、いやいや、そうじゃなくて。


「おい。いくら周りに人がいないからって、調子に乗るな。だいたい、お前のには一切興味ないから」

「相変わらずひどいっ! ……って、あたしのにはってことは、瑠璃ちゃんのには興味あるんだ。ん? ん? そこんとこどうなのよ、お兄ちゃん?」


 ニヤニヤしながら問いかけてくる。こいつは俺をからかって遊びたいだけだ。大方、俺が慌てるとでも思ってるのだろうが、そうはいくか。


「まあな。別に普通のことだろ?」


 正直に認めるのは恥ずかしかったが、これだけ堂々としてれば、夏乃も黙るだろう。


「う、うん。まぁ、普通だね。……ちぇ、つまんないの。じゃあ続き、始めるよ」

「待って、夏乃ちゃん」

「……瑠璃ちゃん?」

「ねぇ、春。今のほんと? 私のはだか、興味あるの?」


 瑠璃が恐る恐るな上目遣いで聞いてくる。

 いや、そこは瑠璃にはスルーしてもらいたかったのだが……。これを追究されるのはなかなかつらいものがある。


「ま、ま、まあ俺だって男なんだから興味はあるよ……。って、何言ってんだ俺……」

「そ、そ、そうなんだね……。うぅ……春、えっちだよぉ……」


 自分から聞いておいて、さっきよりもさらに顔を赤くする瑠璃だ。俺も瑠璃と同じくらい赤くなってるのだろう、顔が熱くて仕方ない。


「ねぇねぇ、ハル。ボクのはどうなの? ちらっ。ちらちらっ。こうかな?」


 ヒカリが夏乃の真似をして、浴衣をはだけさせる。ヒカリも、浴衣の下には何も着けていなかった。

 ……あ、いや、だからそうじゃなくて。


「あのな、ヒカリ。そういうのはな、夏乃みたいな頭のネジが外れたやつがすることなんだ。いい子なヒカリは、真似しちゃだめだぞ」

「お兄ちゃん、さすがに言い方ひどすぎない?」

「そうなんだね! なら、もうやめておくよ」

「ちょっと、ヒカリ? なんで否定してくれないの?」

「なんでって、ヒカリもお前が頭のネジが外れたかわいそうなやつだと思ってるんだろ」

「なんか追加されててさすがのあたしでも泣きそうなんだけど……。くうぅぅ! でもあたし、泣かない! 覚悟してよね、お兄ちゃん! 絶対に勝って激辛ジュース飲ませてやるんだから!」


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