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第5話 ゴホウビごにょごにょタイム

「ごちそうさまでした」


 先にカレーを食べ終えた夏乃が、皿を持って席を立つ。少食なのでいつも俺より食べ終わるのが早い。


「あたし、先にお風呂に入ってるね。食べ終わったら、シンクにお皿持って行ってね。あとで洗うから」

「ああ、分かった」

「お風呂、覗いてもいいよ♡ なんなら一緒に入っても……♡ ……ぽっ」

「くねくねすんな。どっちもしねーよ」

「体、きれいにして待ってるね♡ あんまり焦らさないでくれると嬉しいな♡」

「入らねえって」

「わーい! お兄ちゃんとお風呂、久しぶりだね!」

「だめだこいつ話が通じねえ」


 数年前までは一緒に入ることもあったが、さすがにこの年齢にもなって一緒に入るのはありえない。


「おっふろ~♪おっふろ~♪お兄ちゃんと一緒のお・ふ・ろ~♪」

「入らないからな!」


 そんな俺の否定の言葉は、陽気なオリジナルソングに虚しく掻き消されてしまった。


 …

 ……

 ………


「……さて」


 食事を終え、俺は今シンクの前に立っている。目の前には2人分の汚れた皿がある。


『家事はぜーんぶ夏乃ちゃんに任せてるんでしょ? 夏乃ちゃん、大変だよ。春も少しは手伝ったらどうなの?』


 朝、瑠璃に言われたことが頭をよぎる。


「家事の手伝い、か」


 今まで、家事は大樹さんと夏乃に任せっきりだった。大樹さんが入院してからは、夏乃がその役目を一手に担っている。

 やはり、俺も少しは手伝った方がいいのだろうか?


「……いや、皿洗いは難度が高いか」


 悩んだ末、やらないことにした。この前、皿洗いで茶碗を割ってしまったことを思い出したからだ。


 皿洗いを断念してキッチンを出るとほぼ同時に、ダイニングに夏乃が入ってくる。風呂上がりのパジャマ姿だ。

 ピンクを基調とし、至るところにイチゴのイラストが散りばめられているこのパジャマは、夏乃のお気に入りらしかった。襟元や袖口、ウエストラインにフリフリがついている可愛らしいデザインで、夏乃によく似合っている。


「お兄ちゃん、お風呂あがったよー。結局、入ってきてくれなかったね……。もうっ、お兄ちゃんったら恥ずかしがり屋さんなんだから♡」

「うるせえ。一緒に風呂とかありえないから」

「もぉ~。そんなに照れなくてもいいのにぃ!」

「照れてねぇよ」

「……それはそうと、何もなかったら早くお風呂に入ってね。洗濯があるから」


 しっとりと濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、夏乃がそう言った。


「はぁ……。すぐ入るよ」


 ダイニングを後にし、風呂場に向かう。

 風呂場の扉を開けると、夏乃が入った直後だからだろうか、シャンプーやボディソープのいい香りがした。


「たしか、洗濯するって言ってたな」


 皿洗いは諦めたが、洗濯ぐらいなら、俺にもできるだろう。

 まずは簡単なことから始めよう。風呂から上がったら洗濯だ。


 …

 ……

 ………


 風呂から上がり、いよいよ洗濯だ。まずは洗濯カゴに入っている服を洗濯機に移して……。


「ん? なんだこれ?」


 見慣れない真っ白で小さい布切れを見つける。手に取り広げてみると……。


「……こ、これはっ!」



 俺が手に取ったのは――――夏乃のショーツだった。



 両端を掴み、みょーん、みょーんと引き伸ばしてみる。


「ふむ……」


 女性用の下着ってこんなに伸びるもんなんだな……新たな発見だ。

 それにしても、なんだ。すごく、柔らかい。どんな素材を使っているんだろう? タグは……あった、これだ。


「ふむふむ……」

「お兄ちゃーーん! お風呂上がったよねー? 早く洗濯しちゃいたいんだけ……ど……」


 開け放たれた扉の先にいる夏乃と目が合う。

 これは、やばい。俺の手には、手には……


 ―――ショーツが、握られたまま……。


 まずい。これは、非常に、まずい。

 いくらあの夏乃とは言え、さすがに怒られるか?


「お……お……お……っ」


 夏乃が俺の手元を見ながら、口をぱくぱくとさせている。


「お?」

「お、お、お兄ちゃんが、ついにデレたーーーーーーーーっ!!!!」

「……は?」


 予想の斜め上の反応に思わず面食らってしまう。


「うひょおおお! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが、あたしのぱんつを握りしめて目を血走らせて鼻息荒くして興奮してる!!」

「いや、そこまではしてねえよ! 何言ってやがる!」


 ……………………してないよな?


「永かった……。ついに! ついに、お兄ちゃんが妹の魅力に堕ちたんだね! 妹の脱ぎたてぱんつの魔力に逆らえなかったんだね! ねえねえ、それでナニしようとしてたの!? もしかしてぇ……え、ウソ……そんなことを……? あ、やば。あたしも興奮してきた……っ! 鼻血出そうっ!」


 夏乃は鼻頭はながしらを両手で覆い、身悶みもだえている。


「もぉ! お兄ちゃんったら、そんな布切れじゃなくてもあたしに言ってくれたら色々シてあげるのにぃ! 恥ずかしがり屋さんなんだから……っ! でもぉ、バレちゃった今なら言えるよね?  恥ずかしくなんかないよ! あたしにナニをして欲しいか言ってみて? あんなことやこんなこと♡ お兄ちゃんのシたいこと、なんでもシてあげるよ♡」

「うるせえ落ち着け」

「いてっ」


 暴走する夏乃に軽くチョップを喰らわす。俺に非があるから黙って聞いていようと思ったが、俺がどんどん変態にされていくので、思わず手が出てしまった。


「俺はそんな変態じゃねえよ。ただ気になって見てただけだ。それでなにかをしようとしたわけじゃない」

「でも、妹のぱんつが気になって観察してる時点で、変態は変態じゃん」

「ぐっ……」


 ……ド正論だった。言い返せない。


「ま、お兄ちゃんがいくらあたしのことを大大大大大だーい好きでも、変なことはしないって知ってるけど。……で、カゴがあるけど、洗濯しようとしたの?」


 俺の足元にある洗濯カゴを見ながら、夏乃が聞いてくる。


「ああ、家事の手伝いをしようと思って」

「それ、そのまま洗濯するつもりじゃないよね?」

「え? カゴの中身を移して洗剤入れて、このボタンを押すだけだろ?」


 それくらいは俺にも分かるんだが……まさか違うのか?


「やっぱり! ダメだよ! あたしのブラとかぱんつが入ってるんだから!」

「お前の下着が入ってるとなんでダメなんだ?」


 もしかして、アレか? 思春期の娘が『気持ち悪いからお父さんの洗濯物と一緒にしないで!』って言うやつ。アレと同じなのか?

 ……ああ、いや。夏乃に限ってそれはありえないか。


「ブラとぱんつとか、女の子のはデリケートなものが多いから、そういうのはこのネットに入れないといけないの!」


 ファスナーがついた網状の入れ物を棚から取り出して、夏乃がふくれっ面で言う。


「そうなのか……」

「気持ちは嬉しいけど、お兄ちゃんは家事なんてできないんだから、無理にしようとしなくていいよ。あたしが全部やるっていつも言ってるでしょ?」

「でもさすがに兄として情けないというか……。瑠璃にもいろいろ言われたし……」

「そんなこと気にしなくていいんだよ、お兄ちゃんは。……でもそこまで言うなら、今度あたしが教えてあげるよ。まずは簡単なことから、少しずつ少しずつ、ね」


 簡単なことから、か。


「じゃあ早速、洗濯の仕方教えてくれるか?」

「ダメ! 洗濯はお兄ちゃんにはまだ早いよ!」

「いや、確かにさっきは間違えそうになったけど、要は夏乃の下着をネットに入れるのを忘れなければいいんだろ? 簡単じゃないか?」

「そうだけど……。ダメったらダメなの! だってそんなことしたら、あたしがお兄ちゃんのでごにょごにょできなくなるじゃない!!」

「ごにょごにょってなんだよ……っ! 俺の洗濯もので何する気だ!?」

「えへへ~。まーまー別にいいじゃないなんでもぉ。あたしだって家事で疲れてるんだから、ゴホウビが必要なんだよぉ」


 夏乃が、くねくねもじもじてれてれしながら、こっちを見ている。頬を染めて、わざとらしくまばたきを繰り返しながら、上目遣いで。

 ……ここにはとんでもない地雷が埋まっている。そう直感した俺は、それ以上追及するのをやめた。世の中には、知らない方が幸せなことが往々《おうおう》にしてあるんだ。


「とにかく! 洗濯は絶対あたしがやるからね! ぜっっっったいだよ! アレが無くなったらお兄ちゃん分不足ぶんぶそくで、あたし、生きていけなくなるんだから!! いい!? 分かった!?!?」

「お、おう。分かった」


 鬼気迫るような剣幕に圧され、一歩退く。


「今度、簡単な掃除とか教えてあげるから。ここはあたしに任せて出て行って」


 夏乃は俺の背後に回り、背中を押して風呂場から出そうとする。


「な、なんだよ。別に追い出さなくてもいいだろ?」

「ダメだよ! 今からお兄ちゃんのでゴホウビごにょごにょタイムなんだから! じゃあねお兄ちゃん! 邪魔しないでね!」


 外に追い出され、ばたん、と扉を閉められた。


「ゴホウビごにょごにょタイムて」


 この扉の先で夏乃はいったい何をしているのか……? 扉を開いて確認した方がいいのか……?


「はああぁぁぁ……んんんんんんんぅっ! 今日も極上……っ!」


 扉越しにそんな夏乃の声がかすかに聞こえてきた。

 ……開けるのは、やめておこう。この扉はパンドラの箱ならぬ、パンドラの扉だ。絶対に開けない方がいい。


 俺はモヤモヤとしたものが胸にわだかまっているのを感じながら、風呂場を後にした。

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