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第36話 残酷な世界でも

 来た道を引き返して、河川敷に着いた。芝生のように背の低い雑草が生い茂げる堤防を、観測ポイントにする。ここはなだらかな傾斜になっているので、寝転がって観測するのに最適だ。


 なるべく街灯の光から遠くなるような場所を選んだので、辺りは真っ暗だ。懐中電灯の灯りだけを頼りに観測の準備を進めていく。準備と言っても、流星群観測は望遠鏡や双眼鏡といった特別な器具を必要としないので、やることはあまりない。シートを広げて、その上に、寝転がっても冷たくないように毛布を敷くくらいのものだった。


「ここに寝そべって星を見るんだよね、ハル?」

「ああ。その方が広い範囲を見渡せるからな」

「じゃあ、ボク真ん中!」


 ヒカリは、靴をいそいそと脱いで中央を陣取るように寝転がる。「あたしはヒカリのとなり~」と、続いて夏乃が寝転がった。そして、俺はヒカリの隣に、瑠璃は夏乃の隣に寝転がる。


 俺、ヒカリ、夏乃、瑠璃という並びになった。


「う~ん……やっぱりボク、端っこがいい! ルリ、代わって!」

「え? 別にいいけど……」

「わーい! じゃあ、交代ね!」


 なぜ端がいいのか果てしなく謎だったが、ともあれヒカリと瑠璃が入れ替わった。そもそも、端がいいならわざわざ遠くの瑠璃と代わらなくても、隣同士だった俺と代わればいいだろうに……やはり謎だ。その結果、俺の隣には瑠璃がいる。

 ヒカリや夏乃が隣ならいいんだが、瑠璃が隣となると妙に緊張してしまうのはなぜだろうか?


「ねぇ、みんな! 空見て、空! 星がいっぱいだよ!」


 夏乃の言葉につられ空に視線を送り、飛び込んできたのは、満天の星々。今日、夜空は何度か視界に入ってきてはいたが、その光景とは全く別物だった。

 暗い場所で見る星空が、こんなに綺麗だなんて、知らなかった。大きさ、色、明るさ……無数にきらめく星々に、同じものはひとつとしてない。まるで、様々な種類の宝石をばらまいたかのような夜空だ。


「きれい……」


 隣の瑠璃が、うっとりとした声で呟く。


「わあぁぁ~っ! すごいね! キラキラだね!」


 ヒカリの元気で嬉しそうな声が響く。暗くて見えないが、満面に笑みを浮かべていることだろう。

 そのまましばらくの間、みんな無言で夜空を眺める。言葉を交わすことすら忘れてしまうほど、見入ってしまっていた。


「あっ! 流れ星!」


 ヒカリの声が、静謐せいひつを破る。

 流れ星……俺も空を見ていたのに、見逃してしまった。


「ほんと? あたし、見えなかった……」

「私も、見逃しちゃった」

「ええぇー! すっごくきれいだったのに、ちゃんと見てなきゃダメだよぉ!」

「まあ、ひとつくらい見逃してもきっと大丈夫だ。このまま見てたらたくさん見つけられるさ」


 まだ観測は始まったばかりで、極大きょくだいになると言われている時間もまだきていない。焦らず、のんびりと眺めよう。


「流れ星が光ってる間に、心の中で3回ねがいごとが言えたら、叶うんだよ。ヒカリは知ってた?」

「うん、知ってるよ、ナツノ! ……でも、きっと3回も言えないよね。すぐ消えちゃうから……」

「そんなことないよ! 短いお願いならちゃんと言えるよ!」

「短いお願い? うーん……難しいね。どうしても長くなっちゃう」

「簡単なことでいいんだよ。例えばね……」


 そんな微笑ましい会話の耳を傾けながら、星空を眺める。流れ星に願い事をするのは、空に神様がいるからだと本で読んだことがある。

 神様が下界の様子を探るために、チラッとこちらを覗く時に零れた光が、流れ星なんだという。神様が見てくれている……つまり、流れ星が光る間に願いを3回、心の中で唱えれば、それは神様に届き、叶うとされている。

 ……もちろん、そんなのはただのおとぎ話だって分かっている。でも、そういう考え方はロマンがあって、俺は好きだ。流れ星の正体はただの宇宙ゴミで、願い事を叶える力などない……なんて、そんなのは味気ないから。


「あ、今、流れたね……すごく、きれいだった……。春も見た?」

「ああ、明るくて、線が長くて……きれいだったな」


 初めて見る流れ星の美しさに魅入られ、願い事をするのを忘れてしまった。空を切り裂くように流れた刹那の光芒こうぼうの美しさを前にして、息を呑むことしかできなかった。


「やったっ! 3回言えた! あたしのお願い、これで叶うはず!」

「いいなぁ~。ボクはやっぱり言えなかったよ……。ナツノはなんて言ったの?」

「“お兄ちゃん”って3回言ったの!」


 ……どんな願い事だ。


「それ、願い事なの? 叶ったらどうなるの?」


 ヒカリが、至極真っ当な疑問を返す。


「この願い事にはね、ヒカリ。口では説明できないような、すっごく深ーーーーーーい意味が込められているんだよ! 叶ったらどうなるかは、あたしにも分からない……っ!」

「へぇ~! なんか、すごいね!」


 夏乃は適当なことを言ってるだけだろうに、感銘を受けたかのような声色のヒカリだ。


「ルリはお願いしたの?」

「ううん。私はどうしても長くなっちゃうから、しなかったよ。初詣でもうお願いしたことだしね。今日は流れ星を眺めることに集中するよ」

「そうなんだ。う~ん……ボクも短いお願いなんて思い浮かばないし、そうしようかな」

「それがいいな。何度もお願いしてたら、きっと神様も呆れてしまう」

「えー! みんな、お願いしないの!? なんか、あたしが欲張りみたいじゃん!」

「ふふっ」

「にゃはは!」

「……いいもんっ! あたしはまだまだお願いするからね! あとで後悔しても知らないよ!」


 3人の楽し気な笑い声をBGMにして、流れ星の観測を続けていく。極大時間になってからというもの、徐々に流れ星の数が増えていくのが分かった。体感だが、1分に1個くらいのペースで流れている。今年は例年より数が多いという予報は、どうやら的中したようだ。


「ちょっと寒くなってきたね……」


 隣で瑠璃が身震いしたのが分かった。しばらくの間、動かずにじっとしていたから、寒くなるのも致し方ない。それなりに着込んではいたものの、真冬の夜の空気は甘くなかったようで、容赦なく体温を奪っていったみたいだ。


「あたしも寒くなってきたかも……あっ、ちょっと待ってて」


 夏乃が起き上がって、なにやらごそごそと音をたてはじめる。まだ使っていない、もう1枚の毛布を取り出そうとしているようだった。


「う~ん。暗くてよく見えない……。あ、あった。この手触りと……。くんくん……この、五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡る、かぐわしい香り……っ! 間違いない、お兄ちゃんの毛布だっ!!」

「嗅ぐな。そして匂いで確信に至るな」


 俺の毛布ってそんなに匂うのか? だとしたら、瑠璃に使わせたくないんだが……。


「これでくるまればあったかいよ!」


 そう言いながら夏乃は、元の位置に戻って4人を覆うように毛布を被せた。


「にゃははー! これ、あったかーい!」

「ぬくぬくだねー、ヒカリー。瑠璃ちゃんもあったかくなった?」

「……すんすん……すんすん。……え? あ、うん。あったかいよ、うん」


 暗くてよく見えなかったが、なんか今、嗅いでなかったか? ……いやいや、夏乃じゃあるまいし、瑠璃がそんなことするはずないか。


「これでだいぶ暖かくなったし、まだまだ観測を続けられそうだな」


 …

 ……

 ………


 極大時間が終わり、流れ星の数が少なくなってきた。いつのまにか、夏乃とヒカリが抱き合うようにして眠っている。


「2人とも、寝ちゃったね」

「仕方ないさ。いつもはとっくに寝ている時間だから」

「もう少ししたら帰ろっか」

「ああ、そうだな」


 会話が途切れ、辺りを沈黙が支配する。重苦しい空気ではない。むしろ、この静寂が心地いいとすら感じてしまう。


「ねえ、春」


 ふいに、瑠璃の優しげな声が沈黙を破った。


「なんだ?」

「最近の春、明るくなったよね」

「……そうか?」


 そんなこと言われても、よく分からない。明るくなった……? 特に気にしたことはなかったが、瑠璃からするとそんな風に見えるのだろうか?


「そうだよ。いつも家にいて本ばかり読んでいたのに、みんなでクリスマスパーティーをしたり、初詣に行ったり……こうして流れ星を見たりするようになったから」


 瑠璃に言われて初めて気付いた。そういえば最近、本を読むことが減っている。

 でもそれは心境の変化ではなく、ヒカリが人間になってしまって忙しかったから、というのが大きな理由な気がする。


「ヒカリのためにやったことだよ、全部。俺が明るくなったとか、そういうのじゃない」

「……そうかもね。でも、その経験はきっと、キミのためになるよ」

「俺のため……?」


 その言葉に虚をつかれ、空から視線を外して瑠璃の方を向く。しかし、暗くて瑠璃の表情を窺い知ることはできなかった。


「うん。ほら、空を見上げてみて」

「あ、ああ」


 視線を夜空へと戻す。そこには満天の星々が燦然さんぜんと輝いている。そして折良く、今夜何度も目にした、美しくも儚い一瞬の輝きが夜空を分断した。


「この星空も、流れ星も、すごくきれいだよね。1人で家に閉じこもって本ばかり読んでいたら……下を向いてばかりいたら、こんなに素敵な景色を見ることはできなかったはずだよ。こんな風に顔を上げて見える世界はきっと、きらきらと輝いていて、美しいもので溢れているよ」


 ……瑠璃はきっと、閉じこもってばかりの俺に、もっと外に出て色々な経験をして欲しいと言っているんだ。最近はヒカリのためにそんな風に過ごすことが出来ていたが、その口実がなかったら俺はおそらく……。


「この世界には美しいものばかりがあるわけじゃない……。この世界は時に……残酷だ」


 そう口に出してみて、分かったことがあった。俺がロクに友達も作らずに閉じこもってばかりいるのは、怖いからだと。幼いころ両親を失って、この世界はどうしようもなく理不尽で残酷であることを知って……大切だと思えば思うほど、それを失った時の悲しみは深くなることを心に刻まれて……だから俺は大切なものを作ろうとも、育もうとも思えないんだ。


「世界は、残酷……うん、そうだね。それは間違いないと思うよ。でも……でも、ね」


 一瞬の沈黙を挟み、瑠璃が続ける。


「私はキミの過去を知っているから、こんなことを言うのは酷なのかもしれないけど……。残酷な世界に怯えて、下を向いていたら大切なものを見失ってしまうよ。少しずつ、少しずつでいいから、上を……前を向いて進んでみよう? もし怖いのなら、私や……ううん。私がそばで、キミのことを支えるから……ね?」

「……」


 優しい声色で、思いやりの溢れる瑠璃の言葉が、心に沁みていくようだった。

 ……でも、俺は、その言葉に頷くことができなかった。


 瑠璃は今、どんな表情を浮かべているのだろうか。失望? 呆れ? 怒り?

 ……いや、きっと悲しそうな表情だ。暗闇の中だから、そんな表情を見ないで済んで良かったと思ったのは、自分でも卑怯だと言わざるをえない。


「うぅ、うぅーん……。あれ……ボク、寝てた」


 間延びしたヒカリの声。どうやら、目を覚ましたようだ。ヒカリと抱き合うようにして眠っていた夏乃も、それに誘発されてか、目を覚ました。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか。みんなで後片付けしましょ」

「あ、ああ」


 そして、4人で後片付けを済ませ、流星群観測を終えたのだった。

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