第34話 いつもありがとう
「あ、こっちこっちー!」
夏乃とヒカリに合流するため、2人が向かった甘酒を配っている仮設テントの方へ歩いていく。すると、夏乃が声を上げてこちらに向かって手を振っているのがわかった。
「ありがとね、ヒカリちゃん」
2人と合流するや、なぜか瑠璃がヒカリにお礼を言った。
「え? 何のことー?」
唐突なお礼の言葉に、ヒカリも何に対してのことなのか分かっていないようで、首を傾げている。
「で、ルリ。相性はどうだったの?」
「う、うん。相性は最高、だって」
「ほんと!? すごーい! ならきっと、ルリとハルはお似合いのカップルになれるよ!」
「カ、カップルって、そんな……そんなんじゃないよ……」
「お兄ちゃんと瑠璃ちゃんの相性が最高……? くっ! さすが瑠璃ちゃん……なかなかやる。これが幼馴染の力……っ!」
瑠璃とヒカリが話をしているすぐ横で、なぜか夏乃が悔しそうに唇を噛みしめている。
「でも、負けないっ! 兄妹パワーで相性最高を勝ち取って見せる! お兄ちゃん! もう1回あたしとやろう!」
「分かった、分かった。その手に持ってる甘酒を飲んでからな」
無駄に対抗意識を燃やす夏乃をなだめ、両手に持っている甘酒をひとつ受け取る。瑠璃の分はヒカリが持ってくれていたようだ。
「はーい! 飲み終わったら、絶対ね!」
「ちょっと冷めちゃったかもだけど、乾杯しよう」
そう言いながら瑠璃がカップを前に突き出したので、3人がそれぞれ瑠璃のカップに自分のカップを近づける。4つのカップが触れ合うと同時に「乾杯」という4人の声が響き渡る。
「いただきます……。うん、甘くておいしいよ!」
「ほんとだね、ヒカリちゃん」
「あ、お兄ちゃん。飲めなさそうだったら、あたしが飲んであげるからね」
「ああ、ちょっと飲んでみて無理そうだったら頼む」
甘酒は飲んだことがないが、名前からして俺の苦手な甘いものだと想像がつく。でも、せっかくなので飲んでみることにする。
「……っ!」
口に含んだ瞬間、強烈な甘みが広がり、総毛立つほどの甘みが全身を駆け抜けた。
「あー。やっぱり、ダメだったね……。お兄ちゃん、飲み込めないなら口移ししてもいいよ♡ んーーーー♡」
「ゴクッ……。するか!近い!寄るな!」
夏乃の顔が目前に迫ってきたので、慌てて飲み込み、体を押し返す。
「ちぇっ、飲み込んだか……」
「ちぇっ、じゃねえよ。飲み込むに決まってんだろ。……それより、これ、俺には飲めないようだから、夏乃が飲んでくれ」
夏乃にカップを手渡す。
「こんなにおいしいのに、もったいないね、ナツノ」
「ほんとだよねー。あ、ヒカリもお兄ちゃんの余り、欲しい?」
「うん! ちょっとちょうだい!」
夏乃は、ヒカリの持つカップに、俺の余りを注いでいく。
「ルリも欲しいんじゃない?」
「え? 私も? じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……もらおう、かな……」
ヒカリにしたのと同じように、瑠璃のにも注いでいく。
3人ともが、おいしそうに甘酒を飲んでいる。よくもまあ、あんなに甘いものを飲めるもんだと、感心する。
そういえば、甘酒には微量のアルコールが含まれているが、ヒカリが酔っ払ったりしないだろうか? 小さな体のヒカリにとっては、少量のアルコールでも酔っ払う可能性を否定できない。
「ヒカリ、頭がボーっとしたりとか、フラフラしたりとかしないか?」
「え? ぜんぜん大丈夫だよ! なんともないよ!」
まだアルコールが回ってないだけかもしれないが、今のところ酔っ払っているようには見えない。
「あ、お兄ちゃん……。あたし、頭がボーっとして、フラフラしてきたぁ……。支えてぇ、お兄ちゃぁん」
フラフラとした足取りで近づいて胸にしなだれかかってきたので、強引に引き剥がす。
「お前、酔ってないだろ。わざとらしいんだよ」
「ちぇっ、バレたか」
むすっとした表情をして夏乃が離れていく。まあ、夏乃は普段からぶっ飛んでいるから、酔ってる酔ってないはあまり関係がない。本当に酔っ払ったとしても、普段とそんなに変わらないような気がする。
「そろそろ飲み終えたか?」
「うん! おいしかった!」
ヒカリが、満足そうに空になったカップを見せてくる。
「……ん。ごちそうさまでした! お兄ちゃん、早く恋占いの弓、しに行こう?」
夏乃も飲み終わったみたいだ。瑠璃は……。
「ん? 瑠璃?」
「あはは~。なんかぁ……頭がぁ……くりゃくりゃすりゅよぉ……っ」
……完全に酔っ払ってる! 顔を真っ赤に染めて、体をフラフラと揺らしている!
「お、おい。瑠璃、大丈夫か?」
「え~? らいじょうぶらよぉ……。って、あれぇ? 春が分身してるー。あはぁっ、春がいっぱいいりゅぅ! なんか、嬉しいかもぉ……えへへへぇ」
「いや、やばすぎるだろ、それ。どれだけ酔ってんだ」
もはや酩酊状態だった。
「酔ってないよぉ~。なんでしょんなこと言うにょぉ~……と、っとと」
「危ないっ」
足をもつれさせて転びそうになった瑠璃を慌てて支える。
「えへへ、あいがとぉ、春ー。ぎゅう~~~」
瑠璃はそのままもたれかかってきて、頭を胸にこすりつけながら抱きしめてくる。いくら酔っ払っているとはいえ、さすがに照れる。
「お、おい。瑠璃、そろそろ離れてくれ……って瑠璃?」
「……Zzz」
寝てるっ! 俺の胸の中で、すやすやと安らかな顔で眠っている!
「瑠璃。起きてくれ、瑠璃」
何度声をかけても起きる気配はない。
「あははっ。瑠璃ちゃんがこんなにお酒に弱いなんて知らなかったよ。起きないみたいだし、もう帰ろっか」
「帰るったって、瑠璃は寝てるんだぞ? 起きるまで帰れないだろ?」
「ハルがおんぶしてあげればいいんだよ!」
「その通り! 瑠璃ちゃんをおぶって帰るくらい余裕でしょ?」
「まあ、そうなんだが、そういう問題じゃ……」
この年になってまでおんぶをするとか恥ずかしいし、瑠璃もおんぶされるなんて嫌だろう。
「ルリ、このまま寝てたら風邪ひいちゃうかもだよ、ハル?」
「確かに……」
こんな寒空の下で眠っていると、体温が下がって風邪を引いてしまう可能性が高い。……背に腹は代えられないか。
一旦、もたれかかっている瑠璃を離してから、倒れないように支えつつ後ろを向き、背中に背負う。途中で起きてくれればと思っていたが、眠りは深いようで、目を覚ますことなくおんぶができてしまった。
「お兄ちゃん。瑠璃ちゃんの体が冷える前に、早く帰ろう?」
「ああ」
そうして俺たちは、神社を後にした。
…
……
………
「ん……春……」
瑠璃をおぶって家路を急いでいる最中、背中の方からかすかな声が聞こえた。
しばらくは穏やかな寝息しか聞こえなかったが、ようやく目を覚ましたようだ。
「起きたか。もう酔いは冷めたか?」
「…………」
返事がない。しばらく待っていると再び寝息が聞こえてくる。どうやら、寝言だったようだ。
「……春ぅ。早く目を覚ましてよぉ……」
「……?」
……ああ、また寝言か。
朝、なかなか起きない俺の夢でも見ているのだろうか? どうやら俺は、夢の中でも瑠璃に世話を焼かれているみたいだ。
「……情けないな」
「え? お兄ちゃん、何か言った?」
「いや、なんでもない。家に着いたら暖かくして、瑠璃をしばらく寝かせてあげよう」
いつも世話を焼かれてばかりいるので、たまにはお返しをしないとな。
…
……
………
「瑠璃ちゃん、まだ起きそうにない?」
「ああ、ぐっすりだ」
ソファに寝転がせるときも、少し身動ぎするだけで、目は覚まさなかった。
夏乃から毛布を受け取り、ソファで眠る瑠璃にかぶせてやる。
「ルリ、疲れてたのかもね」
……そうかもしれない。ここ最近はずっと俺たちと一緒に、ヒカリの世話を焼いてくれていた。気付かないうちに疲労を溜めていたとしてもおかしくない。
「もうすぐ昼だけど、自然に目が覚めるまで休ませておこう」
「そうだね。じゃあ、あたしお昼ご飯作ってくる」
「あ! ボクもお手伝いするよー」
「うん、お願い。ヒカリはえらいねー。よしよし」
「にゃふふ」
ヒカリは頭を撫でられて、嬉しそうにしっぽを振っている。
「じゃあ、俺も何か手伝おうかな」
「え、なに? お兄ちゃんもなでなでして欲しいの? いくらでもしてあげるよ、おいで?」
「ちげーよ。撫でて欲しくて言ったわけじゃない」
「ハルは手伝わなくていいよ! ハルはルリを見てあげてて」
「見てあげるったって、一体なにを?」
瑠璃は寝てるだけだから、見てても何も意味がないような。
「いいから、そばにいてあげて。分かった、ハル?」
「あ、ああ。分かったよ」
有無を言わせないとばかりに、しかめっ面で迫ってきたので、思わず頷いてしまった。
俺の言葉に満足したのか、ヒカリは夏乃と共にキッチンの方へ向かっていった。
「そばにいてあげて……か」
瑠璃が目を覚ました時に混乱しないようにと、ヒカリは考えたのだろうか。だとすると、ヒカリはやっぱり優しくていい子だな。
瑠璃は相変わらず眠っている。小さな子供のように無垢な表情で。
そういえば、瑠璃とは小さな頃から一緒だったが、こうして寝顔を見るのは今日が初めてかもしれない。瑠璃は俺みたいに、昼寝をしたり朝寝坊をしたりすることがなかったから。
瑠璃の顔をこんなにまじまじと見つめるのも初めてだ。毎日のように顔を合わせているのに、睫毛がこんなに長かったこととか、おでこに小さなホクロがあったこととか、今、初めて知った。
瑠璃の寝顔を眺めていると、何だか不思議な気持ちになる。暖かくて、柔らかな何かが、胸の中にじんわりと染み込んでいくような感覚。
この時間を壊したくない――――。そう思うのは、瑠璃の寝顔が珍しいからなのか、それともなにか別の感情が俺の中にあるからだろうか。
「いつもありがとうな、瑠璃」
気付けば俺は、眠る瑠璃の頭を撫でながら、そんなことを口にしていた。無意識に出た言葉ではあったが、本心であることに変わりはない。
――――“いつもありがとう”。
そう、“いつも”だ。思えば、いつも瑠璃は、こんな俺のそばにいてくれてたんだ。
友達がいなくて引きこもりがちでも。消えない過去の傷に苦しんで迷惑をかけても。幼い頃、無理矢理遠ざけたこともあったっけ……。いろいろなことがあった。
それでも、瑠璃は、そばにいてくれていたんだ。
「……いつもありがとう」
もう一度……今度は自分の意志で、感謝の気持ちを声に出してみる。まだ瑠璃は眠っているので、おそらく俺の言葉は届いていないだろう。伝わっていなければ、ただの自己満足に過ぎないことくらい分かっている。
でも、面と向かってこんなこと、言えやしないから……今は、これで、精一杯。
「……ん。んぅぅ……。あれ……? ここ、春のお家?」
瑠璃が目を覚ました。体を起こして眠たそうに目をこすっている。眠そうにはしているが、口調ははっきりしており、まだ酔っ払っている、なんてことはなさそうだ。
「ああ、神社で眠ったから、ここまで連れて帰ってきたんだ」
「あ……。私、甘酒を飲んで、頭がボーっとなっちゃって……それからは覚えてないんだけど、眠っちゃってたんだね。……ねぇ、春。私、変なことしてなかった?」
「特に何もしてなかったぞ」
酔っ払って俺に抱きつき甘えてきたこと、おんぶして帰ったこと、ねごとを言っていたことなど……瑠璃が気にしそうなことは色々あったが、知らぬが仏というものだ。
「そっか、よかった……。でも、ごめんね。迷惑かけちゃったよね」
「このくらい、迷惑だなんて思うわけないだろ? 気にするな」
「……うん。ありがと」
「お兄ちゃん、ご飯できたよー……って、瑠璃ちゃん、起きたんだね」
可愛らしい猫のイラストが描かれたエプロンを着た夏乃が、料理の完成を知らせに来る。早いなと思って時計に目を遣ると、思ったより時間が経過していて、長いこと瑠璃の寝顔を眺めていたんだと気付いた。
「ちょうど今起きたんだ。瑠璃、寝起きだけど昼飯食べれそうか?」
「うん。いただきます」




