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第33話 みんなで初詣


 ……なんだ? 体が、揺れている?


 ぐっすりと眠っていたのだが、体に揺れを感じて、意識が覚醒する。

 最初はゆっくりと心地よい揺れだったのだが……徐々に激しい揺れに変わってくるっ!?


「地震かっ!?」


 体が勝手に身の危険を察知したのか、考える間もなく身を起こしていた。


「きゃっ……びっくりしたぁ! 急に飛び起きないでよ」


 驚きの声を上げ目を点のようにしている瑠璃が視界に入り、どうやら地震ではなく、体を揺さぶられていたと理解する。


「こっちだってびっくりしたぞ。激しく揺さぶりすぎだろ」

「だって、声をかけても優しく揺すっても起きないんだもん、仕方ないじゃない……ってそんなことより、早く起きて支度しよ? 今日なにするか忘れてないよね?」


 今日なにするか、か。

 ……寝起きの回らない頭で、思考を巡らせる。


「初詣に行くんだったな」


 今日は1月2日。朝からみんなで初詣に行く約束をしていたんだった。


「うん。じゃあ、早く支度してね」


 瑠璃はそう言い残し、部屋から去っていった。



 瑠璃は冬休みになっても毎日のように家を訪れてくれていた。「ヒカリちゃんが心配だから」そう言って、いろいろと世話を焼いてくれている。大晦日の日も、元日も変わらず家に来ていたので、さすがにそこまで心配しなくてもいいぞと言ったのだが、瑠璃は困ったようにはにかむだけだった。瑠璃には瑠璃の考えがあるようだったので、いろいろと気になることはあったが、それ以上は追及することはしなかった。

 正直なところ、人間になってしまったヒカリのお世話をするのに、瑠璃の存在は欠かせないものになっていたので、こうして毎日世話を焼いてくれるのは相当助かっている。


 そのヒカリはというと、未だに人間の姿のままで、元に戻る兆候は一切ない。

 “人間として過ごしてみたい”。そのヒカリの願いを叶えるため、クリスマスパーティーから今日までの間、積もった雪で遊んだり。大晦日に年越しそばを食べたり。元日には凧揚げや福笑い、カルタなどの正月遊びをしたりしたが、ヒカリが満足して猫に戻る……なんてことはなかった。


 でも、まあ……。実のところ俺は、それでもいいのではないかと、今では思ってしまっている。もう、このままずっと猫に戻ることなく人間として過ごしていけばいい、と。

 もちろん元猫であるヒカリが、人間として生きていくことは容易ではないことくらい分かっている。でも、人間としての日々を幸せそうに謳歌おうかしているヒカリを見ていると、いずれは元に戻してやらないといけない、という気はだんだんと薄れていって……。

 今ではもう、俺たちがずっとヒカリのそばにいて支えていけば、このままでも何の問題もない、という考えに変わっていた。


「っと、いけない。早く着替えないと」


 今から、4人で初詣だ。これから人間として過ごしていくヒカリに、こういう行事を教えるのも大切なことだ。これから見守っていく保護者として、教えられることはしっかり教えていこう。


 …

 ……

 ………


 近所にある小さな神社へとやってきた。白桜町にはここより大きな神社がいくつかあるが、参拝客でごった返して大変なので、比較的人が少ないところを選んだ次第だ。

 神社の入り口である鳥居の前に立ち、境内けいだいの様子を窺ってみると、案の定人通りはまばらで、スムーズに参拝できそうだった。


「はつもーでって、何をするの?」


 ズレ落ちそうになっていた帽子を直しながら、ヒカリが問いかけてくる。


「初詣はな。神様に1年間の感謝を捧げて、新年がいい年になりますようにってお願いをするんだ。いろいろマナーがあるから、しっかり覚えてくれよ」


 ……と、えらそうに言ったものの、俺は神社に参拝なんてほとんどしたことがないので、ちゃんと教えられるか少し不安だ。本で得た知識はあるが、ヒカリに教えられるほどのものなのかどうか……。まあ、瑠璃と夏乃もいるから、分からないことがあったら2人に尋ねよう。


「うん! 頑張って覚えるよ! よろしくね、ハル!」

「お兄ちゃん、初詣なんか行ったことないはずなのに、マナーが分かるの? ちゃんと教えられる?」

「当たり前だろ。そのくらいの一般常識は身についている。ヒカリにだって教えられるはずだ」


 夏乃に痛いところを突かれたが、ヒカリに羨望せんぼうのような眼差しを向けられている手前、できないかもしれないとは言えず強がって見せる。


「さ、いつまでも入り口で立ってたら邪魔になっちゃうかもだから、行きましょう」

「瑠璃の言う通りだな。……いいか、ヒカリ。鳥居をくぐる前には一礼をするんだ。鳥居の中は神域……神様がいるところだから、挨拶をしてから入るんだ」


 鳥居の前に立ち、一礼をすると、ヒカリもペコリと頭を下げた。本来なら帽子を取るべきなのだろうが、ヒカリには帽子を取れない事情がある。こればっかりは、神様にはお目こぼし願いたい。


「鳥居と神社の中の道は、端を歩かなければいけないんだ」


 一礼をした後、ヒカリと並んで鳥居を潜り、参道の端を歩いていく。振り返ると、夏乃と瑠璃も俺たちを追うように、少し後ろを並んで歩いていた。


「どぉして端を歩かないといけないの?」


 隣を歩くヒカリがこちらを見上げてくる。


「道の真ん中は、神様が歩いているかもしれないからな」


 参道の真ん中は正中せいちゅうと呼ばれ、神様の通り道とされている。何かの

本で得た知識を思い出しながら、ヒカリに説明した。


「そうなんだー。ぶつかったら大変だもんね」


 参道の端の方でも中寄りを歩いていたヒカリは、そう言いながら、最端を歩く俺の方へと距離を詰めてくる。ときどき体が触れ合うほど近くなって、正直、歩きにくい。


「にゃふふ! これで安心だね!」


 さっきのままでも十分、端を歩いていると言えたのだが、白い歯をむき出しにして笑うヒカリを見ると、多少歩きにくても構わないと思った。


 ほどなくして、屋根と柱だけの四方が吹き抜けになっている建物……手水舎ちょうずしゃに着いた。やはり人が少ないのか、水を湛えている水盤すいばんに並ぶ列はできていなかった。これならスムーズに手水を取ることができる。


「ハルー。ここで何をするのー?」

「参拝の前に、ここの水で手を洗って、口の中をすすぐんだ」


 そうすることで、体と、ひいては心を清めることができる。心身を清らかにしてから参拝に臨むのがマナーだ。


 水盤の壁の部分に彫られた“洗心”の2文字が目に入る。それは、手水の意義を端的に表しており、俺が本で得た知識が大方間違っていないことを証明してくれた。

 ……とはいえ。手と口を洗う、その程度の知識しか持ち合わせていない俺には、手水の手順が分からない。

 どうしたものかと視線を泳がせていると、手水の手順が丁寧に説明された看板を見つけた。……よかった、これがあればヒカリにちゃんと教えることができる。


「一緒にやってみようか」


 ちょうど柄杓ひしゃくが4つあったので、4人で並んで手水を取ることにする。看板の方をちらちらと目を遣りつつ、ヒカリに説明しながら、無事に手水を終えた。


「水、冷たかったねー」


 夏乃がハンカチで手を拭いながら、誰に問いかけるでもなく呟く。


「でも、冷たい水ほど、清められる気がしない?」


 瑠璃も夏乃と同じようにハンカチで手を拭いつつ、微笑んだ。


「そうだね、にゃははー! つめたかったー!」


 ヒカリにハンカチを持たせるのを忘れてしまったので、俺のハンカチで手を拭ってやる。

 指先が白みがかっていたので、その小さな手を両手ですっぽりと覆い隠し、温めてみる。


「ハルの手、あったかーい!」

「もう大丈夫か?」

「うん! ありがとう!」


 手を離すと、温められたヒカリの指先は、ほのかに赤みを帯びていた。


 身も心も清められたところで、いよいよ拝殿へと向かう。

 歩いていくと、賽銭箱が中央に鎮座している建物が見えた。あそこがおまいりをする拝殿に違いない。


「二礼二拍手一礼……だっけ、お兄ちゃん? ど忘れしちゃった」


 先を歩いていた夏乃が、拝殿の階段の前で振り返り、お茶目にペロっと舌を出した。


「ああ、それで合ってるぞ」

「にれーにはくしゅいちれー? どうやってやるの?」


 夏乃の隣にいるヒカリも、こちらを振り返り首をひねる。


「2回お辞儀をして、2回手を叩いた後に、もう1度お辞儀をするの」


 隣を歩いていた瑠璃は、立ち止まりヒカリの疑問に優しく答え、そして、言葉ではうまく伝わらないと思ったのか「こうやるんだよ、ちょっと見てて」と、二礼二拍手一礼を実践する。

 幾度となく繰り返したかと思えるほど、流れるような美しい所作に思わず見惚みとれてしまいそうになった。ただ、ヒカリにお手本を示しただけなのに、それが神聖な儀式であるかのような錯覚に陥り、目を釘付けにされた。

 瑠璃には何か人を惹きつけるような不思議な力があるんじゃないか、と時々思ってしまう。


「これが二礼二拍手一礼だよ。2回手を叩いた後に、手を合わせたまま、1年の感謝と新年のお願いをするのを忘れないでね」

「分かった! ボク、覚えたよ! 早く行こ!」


 階段を上り、賽銭箱の前に4人が横並びになった。


「さっき言ってた二礼二拍手一礼の前に、お賽銭を入れるんだ。ヒカリ、さっき渡したお金、あるか?」

「うん。えーっと、この中に……あった!」


 ポケットの中に手を突っ込み、ごそごそとした後、出てきた硬貨は全部で45円。“始終しじゅうご縁がありますように”という願いが込められている。ちなみに俺や夏乃、瑠璃も同じく45円を奉納すると決めている。


「それをこんな風に優しく、下から投げ入れるんだ」


 チャリンと音を立てて、俺の投げ入れた賽銭が箱の中に吸い込まれた。俺に続いて3人も賽銭を投げ入れる。

 次に鈴を鳴らすのだが、ひとつしかないので順番に鳴らしていく。


 全員が鈴を鳴らし終え、次は拝礼だ。


「ヒカリ、願い事は決まってるか?」


 ヒカリは俺の問いかけに「もちろん!」と人懐っこい笑みを返す。そして、特に合図を出したわけでもないのに、4人が同時に拝礼を始める。

 心の中で、昨年の感謝を述べ、願い事を思い浮かべる。願うのはほんの些細な事。



 ――――今年もみんなと一緒の、この平和な日常が続きますように。



 大それたことは望まない。ただ、そんな当たり前さえあれば、それ以上は必要ない。

 拝礼を終えた3人を見ると、みんな清々《すがすが》しい、満足気な笑顔を浮かべていた。


 ……みんなは何を願ったのだろうか、と拝殿の階段を下りながら考えてしまう。特にヒカリが何を願ったのか、気にせずにはいられない。猫として生まれ、突如として人間になったヒカリは今、何を願うのだろうか? 

 これは、謎多きヒカリのことを深く知れるチャンスかもしれない。


「なあ、ヒカリ」


 階段の最後の段を降りてから、ヒカリに声をかける。


「うん?」

「ヒカリは何をお願いしたんだ?」

「え、あたし? あたしはねー、今年こそお兄ちゃんとひとつになれますようにってお願いした!」

「なんだそれ! ていうか、お前じゃねぇよ。ヒカリって言っただろ。お前の変な願い事なんて、少しも興味ねぇよ」

「ひどっ!?」

「で、ヒカリは何をお願いしたんだ?」


 再度問うとヒカリは嬉しそうに微笑んで、


「それはねー。内緒なんだよ!」


 と、得意げな顔で言った。


「なんで内緒なんだ? 別に教えてくれてもいいだろ?」

「うーん……」

「教えない方がいいよ、ヒカリちゃん。願い事は誰かに話すと効果が薄れちゃうから」

「そうなの? じゃあ、やっぱり内緒!」


 瑠璃が俺とヒカリの会話に割って入る。もう少しで聞き出せそうだったのに、瑠璃の言葉を聞いて、ヒカリは慌てて口を覆い、黙り込んでしまった。


「ええっー!? じゃあ、あたしのお兄ちゃんとひとつになりたいって願い事は叶わないってこと!? そ、そんなっ……」


 がっくりとうなだれる夏乃には悪いが、そんなくだらない願い事は叶わなくていいと思う。


「ふふっ。じゃあ、参拝も済んだことだし、おみくじを買いに行きましょう」

「わーい! おみくじだぁ! にゃはは! 大吉、出るといいね!」

「おみくじ……あそこか」


 近くに見える、こぢんまりとした社務所におみくじが売ってあるようなので、早速向かうことにする。

 料金を支払い、それぞれが箱の中からおみくじを1枚取り出していく。


「せーの、で開けてみようっ!」


 ヒカリの言葉に、4人で輪を作り、おみくじを見せ合うようにする。


「にゃ。みんな、準備はいいっ? 開けるよ! せーのっ!」


 ヒカリは大吉。瑠璃も大吉。夏乃も……大吉。

 そして、俺は、なんと……大凶。

 なぜ、俺だけ……。


「だ、大丈夫、大丈夫! きっと、これから良くなるってことなんだよ! 気にしないで、ハル!」


 ヒカリ……。自分の大吉を喜ぶ前に俺を慰めてくれるとは……なんて思いやりのあるいい子なんだ。


「ぷぷっ! 大凶って! 初めて見たっ。お兄ちゃん運なさすぎっ! あははー!」

「まあまあ、ただのおみくじだからあんまり気にすることないよ」

「そうだな」


 夏乃が爆笑していることに対して物申したいことはあったが、瑠璃の言う通り、これはただのおみくじだ。大凶だったからって深く気にすることはない。


「あー、おかしかったぁ! あ、お兄ちゃん、あそこに結ぶところがあるみたいだよ。悪い結果は結んでいった方がいいよ」


 夏乃が指さした先には、“おみくじ結び所”と書かれた看板があった。そこに結ばれたたくさんのおみくじが、舞い踊る無数の蝶のように見える。


「うーむ……」


 俺以外は全員大吉という残酷な結果だ。みんなは家におみくじを持って帰るだろうから俺だけ結ぶことになるが、それはなんだか寂しいような気がしてくる。


「持って帰ってもいいんじゃない? これもきっと、いい思い出になるよ」

「いい思い出、か……。じゃあ、持って帰ることにするよ」


 瑠璃の言葉がスッと胸に落ちた。最悪な結果のおみくじでも、これを見るたびに、4人で初詣に行ったことを思い出すことが出来る。今日という日の、思い出の欠片として、このおみくじは大事にしまっておこう。


「……さて、ひと通り用事は済んだが、これからどうする?」


 おみくじを丁寧に折りたたみ、ポケットにしまった後、みんなの顔を見回しながら問いかける。


「はい! ボク、やりたいことがあるの! あっちのほう! ついてきて!」


 ヒカリは、元気よく手をあげて言ったあと、社務所の端の方まで駆けて行った。


「これ! ボク、これやりたい!」


 追いつくやいなや、ヒカリは興奮した様子で指を差す。その先には、数張すうはりの弓とたくさんの矢が並べられている。その隣に木製の看板が立てられており、そこには『カップル相性診断 恋占いの弓』と書かれている。


「恋占い? そんなの占ってどうするんだ?」

「え、えっと……。占いたいんじゃなくって、ボクはこの弓で遊んでみたいの!」

「弓で遊びたかったら、帰りにおもちゃの弓を買って帰ろう。これは遊ぶためのものじゃないからな」

「うぅ……。でも、ボク、これがやりたいの……」


 困ったように眉尻を下げるヒカリ。どうしたものか……。


「ハル、お願い!」


 両手を合わせて懇願こんがんされる。普段は聞き分けがいいヒカリが、ここまでわがままを言うのは珍しい。


「しょうがないな」


 いつもいい子にしているごほうびに、わがままを聞いてやることにした。

 ヒカリは「わーいっ!」とバンザイをし、喜びを体いっぱい使って表現している。


「カップル相性診断……。ねぇ、これって2人で協力してやるみたいだよ、お兄ちゃん」

「そうなのか? えーっと……」


 詳しい手順が書かれた説明書きを読み上げてみる。夏乃の言う通り、2人で協力して行う占いのようだ。

 1人は目を閉じて弓を引き、もう1人は矢が当たるように、的が見えない打ち手のサポートをし、放った矢が命中した位置で相性を占うらしい。


「春がヒカリちゃんのサポートをしてあげたら? 私たちは後ろで見てるよ」

「そうだな」


 瑠璃に相槌を打ちながら、奉賽ほうさいと書かれた小さな箱に、初穂料はつほりょうを納める。おもちゃのような小さな弓と矢を手に取り、ヒカリに手渡す。

 矢は、破魔矢はまやを模しているのか、赤と白のグラデーションをしていて、蝶結びの熨斗のしのように結ばれた紐と鈴が取り付けられている。

 豪奢ごうしゃかつ厳かな印象を受ける装飾がされているが、目を瞑って放つ都合上、危険がないように矢尻が吸盤になっているのが少し滑稽こっけいだ。


 的は社務所の隣のスペースにあるようなので、4人で向かう。開けた場所に出て、10メートルほど先に的が設置されているのが見える。『カップル相性診断 恋占いの弓』というだけあって、的はハート型をしていた。

 大きなハートの内側にひとまわり小さなハート、そのさらに内側にひとまわり小さなハート……という具合に入れ子式になっている。中心に当たるほど相性がいいという結果になるみたいだ。

 まあ、俺とヒカリのカップルとしての相性が分かったところで、何の役にも立たないのだけど……。


「あ!」


 いざ、始めようとしたところで、ヒカリが突然大きな声をあげた。


「どうしたんだ?」

「甘酒だって! あっちのほうで甘酒を配ってるみたいだよ!」


 遠くの方に見える仮設のテントを、嬉々とした表情で指さすヒカリ。


「飲みたいのか? なら、これが終わったらもらいに行こう」

「ううん、すぐ行きたい! 弓はもういいや! はい、これ持ってて!」

「ええっ!?」


 弓と矢を押し付けるようにして渡される。これをやりたいと言い出したのはヒカリなのに……甘酒がそんなに好きなのか?


「ボク、ナツノと甘酒をもらいに行ってくる!」

「ええっ!? あたし!?」

「うん!」


 夏乃に駆け寄り、腕を掴んで「早く行こう!」と急かしている。


「じゃあ、ボクとナツノはあっちにいるから、ハルとルリで、それやっててねー! バイバーイ!」

「えっ、ちょ、ヒカリ! 待って! あたしもあれやりたかったんだけど! お兄ちゃんとの相性が最高なんだって、証明したかったんだけどーーー!!」


 夏乃の叫び声がだんだん小さくなっていく。ヒカリは、夏乃を強引に連れ去るように、甘酒を配っているテントの方へ向かっていった。


 ……瑠璃と2人きりになってしまった。


「な、なんだったんだ、一体?」

「……さあ?」


 顔を見合わせて、互いに首を傾げる。弓矢で遊びたいとわがままを言ったと思ったら、すぐに心変わりして甘酒を飲みに行く……今日のヒカリの行動は不思議で仕方ない。


「これ、やるか?」


 考えても仕方がないので、ヒカリに渡された弓と矢を瑠璃に見せながら言う。


「う、うん。せっかくだし、やってみよっか。……恋占いかぁ」


 瑠璃と相性を占うなんて、気恥ずかしい気もするが、やってみることにする。


「私が指示を出すから、春は弓をやってね」

「ああ」


 スタート地点を示すサークルの中に立ち、目を閉じた。ここから、的の正面までは数メートル離れているので、まずは瑠璃の指示のもとそこまで辿り着かなければならない。


「目、つむった? ……じゃあ、始めるよ」


 ふいに、寒風に冷え切った手のひらに温もりが訪れた。てっきり声で指示されるものと思い込んでいたから、手を握られて、少しドキっとした。

 瑠璃に優しく手を引かれながら、ゆっくり歩いていく。小さな歩幅で歩くこと十数歩。的の正面まで辿り着いたのだろうか、手から温もりが消える。


「弓、構えられる?」

「どうだろう? 見えないから、難しいかもな……」


 手の感覚だけでなんとなくは分かるが……


「じゃあ、手伝うよ」


 瑠璃の声と手に導かれながら、なんとか弓を構えることができた。あとは矢を放つだけだが、目を瞑っているので、このまま放っても的には当たらないだろうから瑠璃の指示を待つ。


「もうちょっと、左に向けてみて」

「こうか?」

「うん、あとは……もう少し、上かな?」

「このくらいか?」


 左手を少し上にあげ、角度をつけてみる。


「うん、いい感じ。そのまま撃ってみて」


 瑠璃の言葉を合図に、矢を放った。目を開いて的を確認すると、放った矢がハートのど真ん中に刺さっていた。


「……すごいっ! 真ん中だよ、真ん中! 私たち、相性最高なんだって! えへへ!」


 瑠璃は俺の手を取りブンブンと上下に振って、子供のように無邪気な笑顔で喜んでいる。


「そ、そうか」


 瑠璃があまりにも喜ぶものだから、面喰らってしまった。ここまでテンションの高い瑠璃は珍しいかもしれない。ただの占いなのに、ここまで感情を表に出して喜ぶのは少し意外だった。


「あ……。ごめんねっ、1人で盛り上がっちゃって。……えへ。でも、嬉しい」


 恥じらうようにほのかに頬を染めて呟く。そんな瑠璃の一挙一動を見ていると、カップルじゃないんだからこの占いはあまり意味がないんじゃないか、という無粋なツッコミも引っ込んでしまった。


「じゃあ、弓と矢を返しに行こう」


 的に刺さった矢を回収し、社務所に戻る。弓は置いてあった場所に戻したが、どうやら矢は持って帰ってもいいようだった。破魔矢と同じように飾っておくと、縁起がいいらしい。


「瑠璃、この矢、持って帰るか?」


 そう言って、矢を瑠璃の前に差し出してみる。


「いいの?」


 遠慮がちな上目遣いで、尋ねてくる瑠璃の手を取り、矢を握らせる。


「……ありがと。えへへ、また宝物ができちゃった」


 宝物だなんて大げさだなと思いつつも、矢を大切に胸に抱きしめて、幸せそうに微笑む瑠璃の姿からしばらく目が離せなかった。


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