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第3話 シスコンではない

 他愛のない話をしながら歩いていると、夏乃が通う白桜中学校に辿り着いた。俺と瑠璃は併設されている高校に通っているので、夏乃とはここでお別れだ。


「じゃあね。お兄ちゃん、瑠璃ちゃん」


 夏乃が少し前に出て振り向き、言った。


「おう」

「いってらっしゃい、夏乃ちゃん」


 それぞれが挨拶を返したが、夏乃は突っ立ったままだ。しかも、なぜか目を閉じている。


「おい、そんなところに立ってたら危ないぞ。なにしてるんだよ?」


 ここは通学時間の校門前。生徒数は多いほうではないが、この時間はやはりそれなりに人の通行があるから、ぶつかる可能性がある。

 そう思って声をかけても夏乃は動こうとしない。

 引っ張って隅に移動してから話を聞こう、と夏乃の方へ足を踏み出したその瞬間、信じがたい言葉が耳に入ってきた。


「お兄ちゃん、いつものまだー? いってらっしゃいの、ちゅー♡」

「……!!!」


 こいつ、はじ外聞がいぶんもありゃしねぇ……っ!


「いつものってなんだよ! したことないだろ! こんなところでとんでもないボケかますなよ!」


 周囲の視線が痛い。針のむしろに座るような、とはこういうことに違いない。


「あははー! おもしろーい! 冗談だよぉ。お兄ちゃん、瑠璃ちゃん、じゃあ、またね! 行ってきまーす!」


 からかわれ慌てる俺を見て満足したのか、校門のほうへぱたぱたと駆けていった。

 こういう夏乃の突飛とっぴな言動には枚挙まいきょいとまがないが、いちいちバカ正直に反応しない方がいい気がしてきた。


「なぁ瑠璃。そろそろ今みたいにからかわれないようにしたいんだが、どうすればいいと思う?」

「うーん……」


 夏乃の大親友である瑠璃ならばと意見を求めてみると、少しのをはさみ、答えが返ってくる。


「別にこのままでいいんじゃない? 仲良しでいいと思うよ。それにああいうのが無くなったら、寂しいと思うよ」

「……ふむ」


 ……確かに、と思ってしまった。結局、いろいろと文句を言いつつも、内心は嬉しいのかもしれない。


「春はシスコンだからね」

「おいっ、それは聞き捨てならないな。俺はシスコンじゃない!」

「はいはい、そうだね。遅刻するから私たちも早く行こう?」


 俺の否定が軽く流された気がするが、まあいい。瑠璃の言うとおり、こんなところで油を売っていたら遅刻しかねない。


 俺たちの通う白桜高校はここから目と鼻の先。白桜中学・高校は併設型の中高一貫校だ。俺も瑠璃もエスカレーター式で白桜中学から白桜高校へ進んだ。あと2年と少しもすれば夏乃も入学してくるだろう。

 もっとも、その時には俺たちはもう卒業している。俺たちは高校2年生、夏乃は中学1年生。留年でもしない限り、同時期に同じ校舎に通うことはない。もしそんなことになるのなら、先ほどの件どころではない程の大変な目にあうことは、想像にかたくない。


 やがて学校に到着し、2人揃って校門をくぐった。瑠璃とはクラスが違うため、昇降口で別れることになる。


「今日も一緒に帰るよね?」

「ああ。いつも通りだ」

「じゃあ、また放課後にね」


 瑠璃はそう言って、自分の下駄箱のほうへ歩いていった。


 上履きにはき替え、教室に向かう。扉の前に立つと、クラスメイト達が談笑しているのか、楽しげな声が聞こえてきた。

 扉を開き中に入ると、音に反応したクラスメイト達がこちらを一瞥いちべつしたのが分かったが、ただそれだけ。挨拶を交わしたりはしない。ここには、それをするほどの仲の人はいない。

 別にいじめられているとか、そういうことはない。ただ俺がクラスに馴染めていないだけだ。昔から、集団に馴染むことが苦手だった。友達と呼べるような人は、瑠璃以外にいない。小学生の頃から、ずっとだ。もちろん、話しかけてくれたり、遊びに誘ってくれたりしたことはある。もしかしたら、友達になろうと近づいてくれた人もいたのかもしれない。

 でも結果は、この通り。


 俺はきっと、あの頃からずっと……1歩を踏み出すことを恐れているんだ。


 …

 ……

 ………


 退屈な授業が終わり、放課となった。すぐに席を立ち、誰にも挨拶をせずに教室を出る。向かうのは瑠璃の教室だ。

 俺も瑠璃も委員会や部活に所属していないので、放課後になったらすぐに帰宅する。

 瑠璃の教室は2つ隣なのですぐに着く。開け放たれた扉から中を覗いてみると、瑠璃が教科書やノートを整理して帰り支度をしているのが分かった。

 瑠璃の席の周りには誰もいない。今がチャンスだと思い、教室へ足を踏み入れ瑠璃の席へと向かう。


「帰ろうぜ、瑠璃」

「うん。あ、ちょっと待ってて」


 そう言い残し瑠璃は、少し離れた席に向かいクラスメイトの女子達と親しげに話し始めた。

 瑠璃は俺と違って人気者だ。ブロンドヘアーに瑠璃色の瞳。どこか近寄りがたい印象を与えそうな容姿だが、彼女の性格がそうはさせない。瑠璃は誰に対しても、明るく優しい性格だからだ。容姿端麗で性格もいいとくれば人気が出ないはずがない。そんな俺と対極にいるような瑠璃が幼馴染というのだから、世の中分からないものだ。

 少し離れたところで友達と笑いあう瑠璃。他のクラスの教室で1人、つっ立っている俺。そんな状況に言いようの無い居心地の悪さを感じたので、教室の外で待つことにする。


 しばらく待っていると瑠璃とその友達の話が終わるのが遠目からでも分かった。話が終わった瑠璃はキョロキョロとしている。きっと、自分の席からいなくなった俺を探しているんだろう。

 やがて瑠璃と目が合うと、困ったように笑った後、こっちに向かってきた。「しょうがないなぁ」という言葉が聞こえてくるようだった。

 途中で「久遠寺さん、さようなら」「瑠璃ちゃん、また明日」といった挨拶に瑠璃は笑顔で答えていた。


「なんで教室の外にいるの?」

「その、なんていうか……」


 1人で居心地が悪かったとは恥ずかしくて言えなかった。


「まあ、いいんだけどね。ねぇ、春。春は他の人たちと一緒に帰ったりしないの? ……あ、別に春と一緒に帰るのが嫌とかじゃなくて、その……やっぱり気になるんだよ」

「………」


 心配そうな瑠璃の声につい黙ってしまう。


「あ、ごめんね、ちょっとイジワルだったかな」

「いや、全然気にしてないから、大丈夫だ」

「ちょっとは気にして欲しいんだけどね……。あのね、春。友達が出来ないのは、むすっとして怖い顔してるからじゃない? そんなんじゃ誰も近寄ってくれないよ」


 ストレートな発言だが、瑠璃のその言葉に悪意はないことはよく分かっている。心底、俺を心配してくれているんだ。


「俺、そんな顔してるのか?」

「私は春のことをよく知ってるからそんな風には思ったことないけど、客観的に見たらそうなんだよ。ダメだよ笑わなきゃ! ほら笑って! ニーッって!」


 瑠璃は人差し指で頬を持ち上げ笑顔を作る。


「笑えって言われて笑えるかよ」

「むーっ! そんなんじゃ友達できないよ。ダメだよ友達作らなきゃ」


 笑顔から一転、可愛く頬を膨らませ、俺を叱る瑠璃。


「瑠璃と夏乃がいるだろ」

「夏乃ちゃんは妹で、私は幼馴染でしょ?」

「俺は瑠璃と夏乃がいればそれでいい。他に友達なんて要らないさ」

「……っ! も、もう! またそんなこと言って! もういいから帰るよ!」


 俺の言葉に怒ったのか、頬をしゅに染めた瑠璃がそう言い残し、スタスタと先に歩いていってしまった。

 俺に瑠璃以外の友達がいないことを心配してくれているのはありがたいが、今のは俺を置いて先に行くほど怒ることなのだろうか。


 小走りで瑠璃を追いかけ、昇降口でようやく追いついた。


「なぁそんなに怒ることないだろ?」

「え? 私、怒ってないよ」


 俺の言葉に振り返った瑠璃はいつものように優しい表情をしていた。どうやら俺の勘違いだったらしい。でも勘違いだとしたら、瑠璃はなんで俺を置いていったんだ?


 2人並んで校門を出て、家への道を歩く。中学校の前を通るが、夏乃とは一緒に下校しない。中学は少し早く放課になる上、夏乃には家事があるので一足先に帰っているのだ。だから帰りはだいたい2人だ。

 こうして2人で下校するのももう日課になっているが、瑠璃の方こそ他の友達と一緒に帰ったり、放課後に遊んだりしなくていいのだろうか。友達の多い瑠璃のことだから、そういう誘いは多そうなものだが……。


「なあ瑠璃。今更のことなんだが、俺とばっかり下校してていいのか? 瑠璃には友達付き合いがあるだろ?」


 なにやらご機嫌な様子で、はなうたを歌いながら歩く瑠璃に問いかける。


「そういう付き合いは学校か、お休みの日にしてるから大丈夫。放課後は春と帰るって決めてるの。そうしないと、キミとの付き合いが無くなっちゃうから」


 学校の日以外は基本的に家にこもっているから、瑠璃の言うことはもっともだ。俺としても、瑠璃との下校の時間を無くしたくない。


「そんな心配をするくらいなら、家にばっかりいてないで外に出たらいいのに。私や夏乃ちゃんの誘いを断ってるから一緒にいる時間が無くなっちゃうんだよ」

「俺には学校に通うだけで精一杯だ」


 外に出ると多かれ少なかれ、人と接することになる。俺は知らない誰かと接することが苦手だ。対人恐怖症というと大げさだが、それに近いものだと自覚している。

 昔ほどではないが、今も少しだけ、外に出ることに不安を覚えてしまう。それでも学校には毎日通ってるんだから、今はそれで十分だろうと思っている。


「あ……。ごめんね、春……。私はキミの過去を誰よりも知ってるはずなのに、無神経だったよね……さっきのは忘れて」


 俺の言葉に何を感じ取ったのか……瑠璃は申し訳なさそうな顔をして、そう呟いた。


「無神経とか、そんな風に思ったりしないさ。瑠璃が俺のことを心配してそう言ってくれてるのが分かるから」


 だから俺も、瑠璃の優しさに応えたい。そう思うのだが……。


「……うん、ありがとう。……ふふっ、なんかしんみりしちゃったね。よし! もっと楽しい話しよっ。あのねあのねっ……」


 少し暗くなりかけていた雰囲気を、瑠璃の明るい声が吹き飛ばした。そして、楽しそうに話し始めた瑠璃と一緒に家路を辿った。

 登校時は瑠璃が迎えに来てくれるので、下校時には瑠璃を家まで送ることにしている。自宅を通り過ぎ、しばらく歩くと河川敷が見えてきた。

 この河川敷は、思い出がたくさん詰まっている、大切な場所だ。

 幼い頃、瑠璃と一緒に遊んだこと、両親に花見に連れて行ってもらったこと、橋の下でヒカリを拾ったこと……挙げ出したらキリがないほどだ。

 瑠璃と、そんな思い出話をしながら橋を渡ってしばらく歩くと、大きな建物が見えてくる。

 あれは、瑠璃の父親……優大ゆうだいさんが院長を務めている病院だ。俺も何度か行ったことがあったし、今は大樹さんがあの病院に入院しているので、すごくお世話になっている場所だった。

 瑠璃の家は病院のすぐ近くで、ボーっとしながら歩いていたら、いつの間にか辿り着いていた。


「じゃあね、春。送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」


 玄関の前で振り返って、笑顔を浮かべながら言う。


「ああ、また明日な」

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