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第23話 ババ抜き!

「こっち! ……うーん、違うかなぁ。じゃあ、こっち! えいっ!!」

「残念。正解はこっちだ」


 ヒラヒラと7のカードをヒカリの前で振ってみる。さんざん悩んだ挙句、ジョーカーを掴んでしまったヒカリは悔しそうに唇をかみ、うーっとうなっている。

 今はババ抜きの真っ最中。瑠璃と夏乃はもう抜けているので、ヒカリとの一騎打ちをしているところだ。最後の1枚である7のカードを取り合う、ババ抜きの佳境といえるこの瞬間。今、ヒカリの手にジョーカーが渡ったことで、俺の勝利が確定した。

 なぜなら、ヒカリの反応が分かりやすすぎるからだ。例えば今、俺はカードを取ろうとヒカリの手札に手を添えているが……


「うぅ、だ、だめぇ……」


 と、こんな風にジョーカーではない方を取られそうになると、泣きそうになるのだ。試しに反対の方に手をやると、パァっと瞬く間に笑顔になる。こんなの負けるはずがない。純粋無垢で感情豊かなヒカリには、ポーカーフェイスなど土台無理な話なのだ。

 もう一度7のカードであろう方に手をやると、笑顔は消え、目には今にも溢れそうなほどの涙をたたえる。

 少しかわいそうな気もするが、勝負の世界の厳しさを教えるためここは心を鬼にしよう。


「これだな」


 引き抜いたカードは予想通り7だった。


「う~! なんで~!? もう一回!」


 よほど悔しかったのか、すぐさま再戦を申し込まれる。

 カードを配り、2戦目が開始される。1戦目と同様に瑠璃が1抜け夏乃が2抜けし、またもヒカリとの一騎打ちとなった。しかもジョーカーはヒカリの手にある。この勝負も勝ったも同然だ。ヒカリには悪いがこの勝負も容赦はしない。勝負の世界はいつだって非情なのだ。

 ヒカリの反応をうかがい、カードを引き抜く。手持ちのカードと数字が一致したので俺の勝ちだ。


「また~!? なんでなのぉ!」


 足をバタバタさせて悔しがるヒカリだ。


「春、ちょっと大人げないんじゃない?」

「俺は大人じゃない。高校生だ」

「そんなの屁理屈だよお兄ちゃん。ヒカリがかわいそうだと思わないの?」


 そんな風に2人から非難されるが動じずに答える。


「これは勝負、手を抜く方が失礼だ。むしろ真摯しんしに向き合ってると称賛されてもいいはずだ」

「分かった。春がそう言うなら……」


 瑠璃はヒカリに耳打ちを始める。しばらく待っているとヒカリが大きく頷いた。


「なんて言ったんだ?」

「秘密だよっ♪ さぁヒカリちゃん! 一緒にあの悪者をやっつけよう!」


 悪者って……。まあいい、ヒカリにジョーカーが渡りさえすれば、負けることはない。勝率は高いはずだ。

 3戦目が開始する。各々ペアになったカードを捨て手札を整理する。ヒカリの方をちらりと見遣ると、暗い顔をしているのが分かった。ジョーカーがヒカリの手に渡ったのだ。間違いない。

 ジャンケンをし順番を決める。勝ったのは瑠璃。


「勝った人が時計回りか、反時計回りか決めていいんだったよね?」

「ああ」


 俺の返事を聞いた瑠璃は、右隣にいるヒカリが持つ手札に手を伸ばす。しっかりとヒカリの手札を吟味し、ヒカリが笑みをこぼしたところでカードを引き抜いた。


「おい、瑠璃。わざとジョーカー引いただろ」

「なんのこと?」


 瑠璃は俺の問い詰めをとぼけてかわす。


「まあいいさ……」


 ジョーカーが手元からいなくなりご機嫌になったヒカリが、俺からカードを1枚引き抜く。ペアになったらしく、喜々として2枚のカードを場に出す。次は俺が夏乃から引く番だ。ジョーカーは瑠璃の手にあるから警戒の必要はない。迷いなくカードを引き抜くが、ペアにはならなかった。

 その後夏乃、瑠璃、ヒカリと進んでいき再び俺の番になる。瑠璃も夏乃もポーカーフェイスがうまいのでジョーカーの移動が読めない。確率は低いがもうすでに夏乃の手にジョーカーがあってもおかしくない。ジョーカーを引かないようにと願いつつカードを引き抜く。

 ……しかし願い届かず、引き抜いたカードはなんと、ジョーカーだった。


「くっ」


 まぁ、まだ始まったばかりだ。ヒカリを翻弄しジョーカーを掴ませるとしよう。

 

 それから7、8周くらいしただろうか。夏乃はすでに抜けており、いよいよ終盤といったところだが未だに俺の手札にはジョーカーがいる。

 手を替え品を替え罠に嵌めようとしたが、純粋なヒカリなのに、そのどれにも引っかかることはなかった。

 そして、瑠璃が抜けまたもやヒカリとの一騎打ちだ。ジョーカーは俺の手に。ヒカリが引く番だ。


「ほら、ヒカリ。こっちがジョーカーだぞ」


 本当はハートの9だ。ヒカリなら俺の言葉を信じ、逆のジョーカーを選ぶだろう。


「お兄ちゃん、ひどーい」


 すでに抜けた夏乃は俺の後ろで膝立ちになり、肩越しに戦況を見守っている。そんな夏乃が今、俺の耳元でそう囁いた。一応ヒカリに聞こえないように配慮してくれたようなので、何も言わず黙っておく。


「うーん……」


 首を左右にかしげながら悩むヒカリは、なぜか手札ではなく俺の顔をじっと見つめているようだ。


「う~~~ん……。ちがーう! それ、ジョーカーじゃなーい!」

「なにっ!」


 なんとヒカリは俺の企みを看破し、ハートの9を引き抜いた。


「わーーい! ハルに勝ったぁ!」


 ヒカリは揃ったカードを放り投げ、バンザイをし勝鬨かちどきをあげる。


「ルリー! やったよ、ハルに勝ったよ! いっえーいっ!」


 パンッと小気味よい音を鳴らしハイタッチをする2人。


「なんだ、お前ら共闘でもしてたのか?」


 俺はめられたのか……? しかしどうやって……。


「そんなことしてないよー♪ただ最初にちょっと助けてあげたのと、ちょーーっとだけヒカリちゃんにコツを教えただけ」


 最初に助けた、というのはヒカリからわざとジョーカーを引いたことを言ってるのだろう。あとは、コツ……? 俺の罠をことごとく躱していったのがそのコツだとでも言うのだろうか。うーむ、なんか悔しいな……。


「なぁヒカリ。ヒカリはそれでいいのか? 自分の力だけで勝ちたくないのか?」

「うん、勝ちたい!」


 俺に煽られたヒカリは、耳をぴくッと反応させ答えた。


「じゃあ次からは真剣勝負だね、ヒカリちゃん」


 散らばったカードを集め、シャッフルをしながら瑠璃はそう言った。

 瑠璃が手際よくカードを配り終え、4戦目が始まる。

 手札を確認したヒカリの反応から、今回も最初にジョーカーを持っているのはヒカリであることが分かった。ということは残念ながら今回はヒカリの負けだ。

 予想通り、ヒカリの手からジョーカーが移動することなく……


「ごめん、ヒカリ! 真剣勝負だから!」


 夏乃は目をギュッと瞑って苦痛に悶えるような表情をし、ヒカリの手札から最後の1枚を引き抜いた。


「ああ~! お願い、ダメぇ!」


 そんなヒカリの懇願もむなしく、4戦目はヒカリの敗北で幕を閉じる。


「うぅ、こんなの絶対おかしいよ……だって、だってね、あのね、最初から最後までジョーカーがいるんだもん……だれも取ってくれないんだもん……」


 しゅんとし、泣きそうになりながら呟くヒカリ。良心の呵責かしゃくを感じる……。そろそろなぜジョーカーが引かれないのか、教えてあげてもいいかもしれない。


「ヒカリ、お前は分かりやす過ぎるんだ。全部顔に出てしまう。ジョーカーを取ってもらえそうになっても喜んだらダメなんだ。そんなことしたら全部バレてしまうだろ? ポーカーフェイスだ、ポーカーフェイス」

「ぽーかーふぇいす?」

「そうだ、次はそれを意識してやってみろ」

「うん、がんばる!」


 ヒカリは両手を固く握り締め、気合いを入れ直した。


 5戦目が開始されて数周。ヒカリが瑠璃の手札からカードを引き抜こうとしている。


「じゃあ、これ!」


 引き抜いたカードをヒカリは確認する。すると見る見るうちに顔が曇っていく。


「あぁっ、うぅ……っ」


 表情にも声にも出てるし、全然ダメじゃないか。相も変わらずジョーカーを引いたんだとすぐにわかる反応だ。やはりヒカリにポーカーフェイスは難しいらしい。

 だが、その純真さは美徳でもあるはずだ。穢れを知らないままの方が、ヒカリらしくていいじゃないか。


 その後もジョーカーがヒカリの手から動かないまま進み、またしてもヒカリと俺の一騎打ちとなった。

 俺はヒカリの2枚の手札の内、1枚を掴みヒカリの反応を窺った。ヒカリは涙目になり、口を真一文字に結んでいる。必死にこらえようとしているようだが、正直先ほどまでと大差ない分かりやすさだ。

 でも、それでいいんだヒカリは……。

 その純粋さは、ともすれば人に騙されたりするような危うさを孕んではいるが、そういう時は俺たちで守ればいい。純情可憐で天真爛漫、結構じゃないか。いつまでもそんな可愛らしいヒカリを、俺たちが守っていくんだ……っ!


「これだ!」


 カードを勢いよく引き抜いたその瞬間、嫌な予感が脳裏を駆け巡る。今、ヒカリが笑ったような……。

 しかし時すでに遅し。カードはもう引き抜かれている。嫌な予感、というものは得てして的中するものだ。恐る恐るカードを裏返すと、それは……。


「なあっ!?」


 ジョーカーだった。


「にゃはははー! ハル、騙されたー!!」


 驚く俺を見てヒカリは、おかしくてたまらないという具合に爆笑している。


「嘘だろ!? 演技だったのか!?」

「にゃはは! どうだろー? わかんなーい!!」


 ヒカリは、とっておきのイタズラが成功した悪ガキのような笑みを見せた。

 ……なんだ、やればできるじゃないか。いつまでもハルの思うようなボクじゃないよ、ってことか……。

 そんなヒカリの成長が嬉しくもあり、悲しくもある。ああ、大事な娘を嫁に出す父親って、こういう感情なんだろうな。


「って、しみじみと感傷に浸っている場合じゃないな。いいかヒカリ? まだ勝負はついていない。俺にジョーカーを引かせたのはなかなかすごいと思うが、これからヒカリは俺が持つ3のカードを引かなければならない。果たしてヒカリに……」


 俺の言葉を途中で遮り、ヒカリがこちらに手を伸ばす。


「もう分かったもーん! これ!」

「えっあっ」


 ヒカリは一寸の迷いもなく、3のカードを勢いよく引き抜いた。


「やったああ! ハルに勝った! 自分の力で! えっへん!」


 小さな胸を精一杯張り、得意満面といった様子だ。一方俺はというと、予想していなかった展開に愕然としている。


「なぜだ……。ジョーカーを引いたとき正直してやられたと思ったが、今のはなんだ? なぜ分かったんだ? たまたまか? 教えてくれヒカリ」


 まさか、俺がヒカリに教えを乞うことになろうとは……。


「えーっとねー」


 そう言って、瑠璃の方を見るヒカリ。


「あー、うん。キミはヒカリちゃんみたいに表情には出さないけど、ヒカリちゃんと一緒で分かりやすいんだよ。キミはジョーカーを見過ぎてるの。はたから見ればジョーカーの位置が丸わかりなんだよ」


 そんなはずは……と思ったが夏乃とヒカリがうんうん、と大きく頷いている。どうやら本当のことらしい。


「それをね、さっきルリにこっそり教えて貰ったんだ。それでね、ハルの顔をじーっと見てみたの。そしたらね、ボクにもジョーカーの位置が分かったんだよ!」


 3戦目の前の耳打ちのことだ。思えば3戦目もヒカリに負けたが、その時もジョーカーを注視してしまっていたのだろう。


「全然、気付かなかった」


 がっくりとうなだれる。


「にゃはは! ハル、よわっちーい! にゃは、にゃはははは!」


 ヒカリがおかしくて仕方ないと言わんばかりに腹を抱え、足をパタパタとさせ笑っている。


「ヒカリちゃん、やったね!」

「うん! イジワルな悪者に勝ったよ!」


 笑顔でハイタッチを交わす瑠璃とヒカリだ。


「ああ、完敗だよ」


 俺はそんな2人を、恨めしく見つめることしかできないのだった。

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