第21話 人生ゲーム!
「あー、おいしかったー!」
他愛もない会話をしながら食事すること約1時間。オレンジジュースを飲み干したヒカリが、満足そうな表情を浮かべそう言った。
「ヒカリー? さっき瑠璃ちゃんも言ったけど、ちゃんとお腹いっぱいにならないように気を付けた?」
そんなヒカリの様子を見て夏乃が心配そうに尋ねる。
「うん、大丈夫だよ! まだ食べられるけどちゃんと我慢した!」
「そう。えらい、えらい」
小さな子供をあやすように優しく、ヒカリの頭を撫でる夏乃。
「さっきも思ったけど、なんで腹一杯食べたらダメなんだ?」
疑問に思ったので、食事中そうするよう言った瑠璃に問いかけてみる。
「ふふっ。それはね~」
瑠璃は立てた人差し指を唇の前に持っていき、
「秘密、だよっ♪」
パチッと音が聞こえてきそうなほど綺麗なウインクと、イタズラっぽい笑みを浮かべそう呟いた。
「いや、なんで秘密なんだよ」
その仕草に内心かなりドキッとさせられたが、なんでもないように装いぶっきらぼうに返す。
「あとで理由がわかると思うよ、お兄ちゃん」
「まあ、なんでもいいが……」
何気ない疑問だったので、それ以上は問いかけなかった。
「それにしても、ちょっと張り切って作りすぎちゃったかもね」
「余った料理は冷蔵庫の中に入れておくね」
夏乃と瑠璃がテキパキと食事の後片付けを始める。俺とヒカリも、空になった食器をキッチンに運んだりして、後片付けを手伝うことにした。
後片付けを終えた後、俺を除く3人は、夏乃の部屋へと消えていった。1人取り残され何もすることがないのでリビングでくつろいでいると、3人がこちらにやってきた。
ヒカリが何やら大きなものを抱えている。ヒカリの体の大半を覆い隠すほど大きなそれには『人生ゲーム』と書かれていた。
人生ゲーム。やったことはないので詳しくは知らないが、確か双六の発展版で、出た目によって様々な人生を歩み、ゴール地点で一番多くお金を持っていた人が勝ち、というボードゲームだ。
「そんなもの家にあったのか」
「古いのだけどね。あたしの部屋の押し入れにあったのをヒカリが見つけたんだよ」
「これがなんなのかよく分からないけど、面白そうだからやってみたいの!」
「そうか、じゃあやってみるか」
「わぁーい!」
ヒカリが喜々として、テーブル上に人生ゲームを展開していき、準備が整った。
「ねぇねぇ、ここからどうするの?」
「まずはジャンケンをして順番を決めるんだよ。ヒカリちゃんはジャンケン、分かる?」
「知ってるよルリー。グー、チョキ、パー!」
「そう、それ。勝った人から順番にルーレットをこう、クルクル~って回して出た目の数だけ進むの」
瑠璃がヒカリにルーレットの回し方を教えるため実践して見せる。
「くるくる~」
回転するルーレットを目で追うヒカリ。やがて停止し、針が示した数字は6。
「6がでたから……いち、にー、さん、しー、ごー、ろく。6マス分進むの」
瑠璃は車を模したコマを手に取り、6マス分進めた。
それを見ていたヒカリは、理解できたのか元気に声を上げる。
「分かった! じゃあ始めよう!」
ヒカリの言葉を合図にジャンケンを始める。夏乃、ヒカリ、俺、瑠璃という順番になった。
「じゃあ回すね~。クルクルーっと」
夏乃がルーレットを回し、出た目は3だ。
「いち、にー、さん。えーっと、お兄ちゃんと結婚! みんなから温かく祝福され……」
「いきなり結婚! いやそれより、そんなマスあるわけないだろ。ちゃんと読め」
「えぇー! ……人気映画の子役に大抜擢! 5000イーエンもらう」
イーエンとはゲーム内の通貨の単位だ。
「はい、夏乃ちゃん」
銀行係を引き受けた瑠璃が、5000イーエン札を1枚、夏乃に手渡した。
「次、ボクだね! くるくる~。……5! えーっと……」
いーち、にーい、と1マス1マス丁寧に進みながら、5マス目に到着する。
「初めてのおつかいを成功させる。2000イーエンもらう。だって! わーい!」
バンザイをして全身で喜びを表現するヒカリに微笑みかけながら、瑠璃が2000イーエンを手渡した。
「ボク、おつかいできたんだって! すごいね!」
「ヒカリ、すごーい!」
何やらよく分からないところで盛り上がるヒカリと夏乃だ。これ、ゲームだからな、と内心でツッコミをいれつつルーレットを回す。
「4か。ここだな。えー、遊園地で迷子になる。1000イーエンはらう」
「ハルが迷子だって! ぷぷっ」
「お兄ちゃんが迷子……ぷぷっ」
「春が迷子……ふふっ可愛い」
「いやこれゲームだから!」
……なんだか恥ずかしくて、ついツッコんでしまった。というか、瑠璃の可愛いってのはなんなんだ。
「最後はわたしだね」
瑠璃がルーレットを回し、出た目は10。
「6、7、8……ここでストップ? えっと、小学校に入学。お祝いに10000イーエンもらう」
「10000イーエン!? ルリすごーい!」
「これ、あとでみんなもらえるやつだぞヒカリ」
重要なイベントであるこのマスは、進んでる途中でも強制的に停止させられる。
「あっそうなの? やったー!」
そして、2周目。夏乃、ヒカリ、俺が小学校入学マスで止まる。1周目にすでに着いていた瑠璃が一歩先を行った。
3周目。夏乃が瑠璃と同じマスに止まり、次はヒカリの番。
「よぉーし!10出すよ! 10!」
気合いを入れて勢いよくルーレットを回すヒカリ。出た目は10だ。
「ほんとに出たよ! 10!」
ヒカリはニコニコとしながらコマを進める。
「絵画コンクールで最優秀賞。7000イーエンもらう。……ボク、絵なんて描いたことないけど、もらっていいのかな?」
「いや、だからこれゲームだって」
純粋すぎるヒカリの反応に、また思わず無粋なツッコミをいれてしまう。
「ヒカリちゃん。今度、絵描いてみる?」
「うん! 描きたい! 楽しそう!」
瑠璃の提案に、ヒカリが嬉しそうに返事をする。まあ、そういうことを教えるのもいいかもしれない。
「次は俺だな。……1か」
1つだけコマを進め、書いてある文章を読み上げる。
「寝坊をし学校に大遅刻。5000イーエンはらう」
「あたしと瑠璃ちゃんがいなかったら、きっと毎日こうだよねお兄ちゃん」
「いや、そんなこと……」
と言いかけ、想像してみる。夏乃と瑠璃がいないと……か。きっと遅刻どころか学校にすら行かなかっただろうな、と容易に想像できた。
「あー、まあそうなるだろうな」
そんな本音を口にするのは恥ずかしいので、適当に流しておく。
「もー! ダメだよしっかりしなきゃ。キミはお兄ちゃんなんだから」
聞きなれた瑠璃のお説教。頬を軽く膨らませ怒る仕草が妙に可愛くて、まったく怒られた気がしない。
「というか、遅刻しただけで5000もとられるってひどい学校だな」
お説教から話を切り替えるために身も蓋もないことを言ってみる。
「ハルー? これはゲーム、だよ?」
「ぐっ」
先ほどのツッコミのお返しとばかりにツッコまれる。まさか、ヒカリがそんなに冷静にツッコむとは思わなかった。
「水泳大会! ルーレットを回し、6以上が出たら10000イーエンもらう」
いつのまにかゲームを再開しコマを進めていた瑠璃が読み上げる。ルーレットを回し、出たのは8だった。
「水泳? ルリ、泳ぐの? いいなぁ……」
さっき俺にツッコんでいたくせに、相変わらず純粋な反応を見せるヒカリだ。そんなヒカリに、瑠璃は笑顔で返す。
「ヒカリちゃん、泳ぎたいの?」
「うんっ! 海とか、行ってみたいかも!」
ヒカリはそう言うが、今は冬休みだからしばらく海で泳ぐことは出来ない。
「……夏になったら、みんなで海に行くのもいいかもな」
「夏……」
「あ……」
何気なく呟いた言葉だったが、瑠璃はどことなく暗い顔をし、ヒカリはしゅんとしてしまった。
「え、あれ? 行きたくなかったか?」
「う、ううん。違うの。春が自分からどこかに行こうなんて言ったからびっくりして、その……嬉しかったから」
……嬉しかった?
「ヒカリちゃんもそうだよね? 海、行きたいよね?」
「うん! 行きたい!」
「ならいいんだけど……」
それにしても、確かに自分から海に行こうなんて、らしく無かったかもしれない。
らしくはない、が……素直にみんなで行きたいと思えたのだ。
「よーし。次はあたしだね! いっくよー!」
少しだけ落ち込んでしまったムードを断ち切るような、明るい夏乃の声でゲームは再開されたのだった。
…
……
………
その後は、中学、高校、大学、就職と順調にゲームが進んでいった。
「3、4、5っと。お、結婚か。ルーレットを回し4~10が出ると結婚。車に1人乗せ、みんなから5000イーエンもらう。1~3が出ると結婚を断られ、10000イーエンはらう」
ルーレットを回す。6が出たので無事、結婚だ。
「ろく! ハル、けっこーん! おめでとぉ!」
なぜかヒカリが自分のことのように喜んでいる。そんなヒカリの隣で瑠璃が下を向き、なにやらぶつぶつ言っている。
「春が、結婚……。誰と?」
なんだ? と思っていたら瑠璃が伏せていた顔をあげ、
「結婚。誰と、するの?」
となんだか不安げな声色で問いかけてきた。
「いや……ゲームだから、誰も何もないんだが……」
「え!? あっ、そ、そうだよねっ。なんでもないっ!」
「いやいや、この結婚相手はあたしだよね、お兄ちゃん!」
「誰がお前なんかとするか、黙ってろ」
「ひどっ!?」
…
……
………
「ごーお、ろーく、なーな。やったぁ! ゴールだー!!」
ヒカリが1着でゴールし瑠璃、夏乃、俺の順でゴールした。ゴール地点での所持イーエンで競うゲームなのでそれぞれが数え始める。
結果はヒカリの優勝。2位が瑠璃、3位が夏乃、4位が俺だった。
「ボク、優勝だぁ! にゃははー!」
自分が優勝だと分かった途端、嬉しさからか、けらけらと笑い出す。それを見た瑠璃と夏乃も嬉しそうに顔を綻ばせる。
「じゃあ、ヒカリには優勝のご褒美だね!」
ちょっと待っててねー、と言い残し夏乃が席を立つ。キッチンの方へぱたぱたと駆けていき、冷蔵庫から何かを取り出した。
「ご褒美……なんだろう。……わくわく」
ほどなくして夏乃が、白い立方体の箱を抱えて戻ってくる。
「じゃーん! これ、なーんだ?」
箱をテーブルの上に置き、もったいぶるようにヒカリに問いかける。
「うーーーん。なんだろう?」
ヒカリはその問いにあれでもない、これでもないと首を左右に揺らしながら考えている。
「ふふっ。正解はこれだよ!」
夏乃が箱の封を開け蓋を取り外す。中にはホールサイズの立派なクリスマスケーキが鎮座していた。さっき、食べ過ぎないように言ったのはこのためか。
「あ、うわあぁぁ~っ! ケーキだぁ!!」
中身がクリスマスケーキだと分かり、興奮が隠しきれない様子のヒカリだ。
「ねぇ、ハル! ケーキだよ! クリスマスのケーキだよ! おいしそうだよ! すごい? すごいね! すごいよ! にゃあぁ~♪」
「お、おう。そうだな」
一気にまくしたてられ思わずたじろいでしまう。どれだけケーキが好きなんだろうか。いや、ヒカリはケーキを食べたことないはずだから、見た目だけでこれだけ興奮しているのだ。
「ねぇハル! 見て! ケーキ! ちゃんと見てる!? ケーキなんだよ!?」
大切な宝物を自慢する小さな子供のように、ケーキを指さしながらさらにまくしたてるヒカリ。
「分かった、分かった。落ち着けヒカリ」
少々呆れつつも、ヒカリを落ち着かせようと頭を撫でてみる。
「えへへ~。嬉しい」
ほわぁっと相好を崩し、気持ちよさそうにしている。どうやら落ち着いたようだ。
それにしても、ヒカリの頭を撫でるたびに思うが、耳が柔らかくて撫でてる方もなんとも気持ちいい。だからついつい撫で続けてしまう。ヒカリもまだ、顔をとろけさせて喜んでくれているようだ。
「じ~~~~~~~っ」
「じ~~~~~~~っ」
「うっ」
なんか、2人分の鋭い視線が突き刺さってくる……。またロリコン呼ばわりされてしまう前に速やかに手を離さなければ。
「よ、よし! じゃあケーキ食べるか!」
「うん。そうだね。あたしと瑠璃ちゃんでケーキを切り分けてくるから、お兄ちゃんはヒカリとゲームの後片付けをお願い」
「あ、春の分のケーキは別にあるよ。こんなに甘いの食べられないでしょ? 甘くないチョコレートケーキがあるから、安心して」
「ああ、分かった。ありがとな」
瑠璃と夏乃にむけて返事をすると、2人はケーキを持ってキッチンに向かっていった。
「ケーキ♪ケーッキ♪ケーキは甘くておいしいなー♪食べたこーとなーいけどー♪きーっと♪おーいーしーいーよー♪にゃふふ♪」
ご機嫌に歌いながら片付けを始めたヒカリに続き、俺も後片付けを開始した。た。