第18話 もうすぐクリスマス
滞りなく終業式が終わり、昼前には放課となった。瑠璃と一緒に足早に学校を出る。夏乃から学校が終わったから校門で待ってるとメールがあったため、中学校の校門で合流することにする。
まもなく校門に着き、寒そうに立っている夏乃に声をかける。
「待たせたな。ヒカリが待ってる。すぐに帰ろう」
「うん、そうだね、早く帰ろう。1人で寂しがってるかも」
3人で足早にヒカリの待つ家への道を歩いていく。
「ただいまー」
玄関の扉を開け中に入ると、そこには、いつかのようにヒカリが座っていた。
今度は正座をして下を向いている。耳としっぽがへたっと垂れ下がっているから、どうやら落ち込んでいるようだ。
「おかえり、みんな……。あの、あのね…………ごめんなさい」
今にも消え入りそうな声で小さく呟き、ヒカリは頭を深々と下げる。ヒカリの隣にはふたつに割れた花瓶があった。遊んでて割ってしまったのだろうとだいたい察しはついたが、ヒカリが言葉を続けるのを黙って待ってみる。
「ボク、おもちゃで遊んでて……それでつい楽しくなっちゃって走り回ってたら、これ割っちゃったの……本当にごめんなさい」
隣に置いてあった花瓶を前に出し、ヒカリは再度頭を下げる。
「怪我はなかったか?」
「うん、それは大丈夫……」
ヒカリはまだ頭を下げている。
「ねぇ、春。ヒカリちゃんをあんまり叱らないであげて欲しいの」
瑠璃はしゅんとするヒカリの様子を見てかわいそうに思ったのか、俺にそんなお願いをしてきた。
「叱るとか、そんなことしないさ。ヒカリはちゃんと反省してる。今の態度を見ればそれくらい分かる。隠したり、嘘をついたりせずに正直に話して謝ったんだ。叱る理由はどこにもない。ヒカリはとてもいい子だよ」
「……ふふっ。春らしいね」
「ヒカリ、大丈夫だから顔をあげろ。そんなに落ち込むな」
下がり続けているヒカリの頭をポンポンと軽く叩く。
「あ……うん」
「じゃあ、ヒカリ。あたしと一緒に花瓶のお片付けしよっか。おいで」
夏乃がヒカリの手をとり立ち上がらせる。
「尖ってるところは触っちゃダメだよ。怪我しちゃうかもだから」
「う、うん。ありがと、ナツノ」
ふたつに割れた花瓶をひとつずつ持って、リビングに向かう夏乃とヒカリ。
「私たちも中に入ろ?」
「ああ」
俺と瑠璃も2人に続いてリビングに向かった。
…
……
………
花瓶の片付けが終わったあとは、リビングで団欒していた。
「そういえばヒカリ、猫のおもちゃでよく遊んでるけど、楽しいのか?」
「ボク、今は人間の姿をしてるけど、おもちゃで遊ぶの楽しいよ! 猫の本能が残ってるのかな? あ、でもだんだんおもちゃの遊びも飽きてきてるかも……。今日はちょうちょのおもちゃに夢中になっちゃったけど」
「あたしたちがいない間、ずっとおもちゃで遊んでたの?」
「おもちゃで遊び始めたのはちょっと前からだよ。それまではテレビ見てたの」
「人間になったヒカリちゃんに、猫のおもちゃだけってやっぱり退屈なんじゃないかな? ねぇヒカリちゃん。なにかやってみたいこととかある?」
瑠璃の問いにヒカリは「う~ん」と首をかしげ考える。そして、
「ボク、お外に出てみたい!」
と、立ち上がり目を輝かせながら言った。
「昨日、一緒に服買いに行っただろ?」
「違うの。もっとお外のこと知りたいの!」
「あ。あたしそろそろお買い物に行こうと思ってたんだけど、ヒカリもついて来る?」
夏乃の問いかけにヒカリは元気よく返事をする。
「うん! 行きたい! いいよね、ハル?」
「ああ、いいぞ。ヒカリがついていくなら俺も付き合うぞ夏乃。瑠璃も来るだろ?」
「うん、行くよ。1人でいてもなんだしね」
「わーい! みんなでお出かけだぁ!」
こうして4人で一緒に、スーパーに買い物に行くことになった。
スーパーは陽中家から徒歩十数分の商店街の中にある。こじんまりとした商店街だが、食料品や日用品を買うにはここで事足りる。そのため、陽中家の家事担当である夏乃もよく訪れていた。
「お出かけ♪お出かけ♪たーのしーなぁ♪」
昨日買ったばかりの新しい服に身を包み、ヒカリが楽しそうに歌をうたいながら歩く。弾む気持ちを抑えられないようで、飛び跳ねるように歩いている。
「ヒカリちゃん、帽子がずれて耳が見えちゃってるよ」
ダイナミックな動きによりずれたベレー帽を、瑠璃が微笑ましそうな表情を浮かべながら、直してあげていた。
「えへへー。ありがと、ルリ」
はしゃぎすぎて帽子がずれたことに気付いたのか、ヒカリは落ち着いて歩くようになる。
「それにしても、今年は雪が降るの遅いね~」
会話が途切れ、夏乃がふと呟いた。
「今年は暖冬で、初雪も遅いみたいだな」
「雪!? 雪、いつ降るの!?」
雪という言葉に、ヒカリが激しい反応を示した。
「ヒカリ、雪が分かるのか?」
「ボクだってそれくらい知ってるもん!」
ヒカリはぷくっと頬を膨らませている。
「いつ降るかって言われても分からんが、いくら暖冬とは言えそろそろ降るんじゃないか? あまり降らないでもらえると助かるが」
例年通りなら、白桜町にはそれなりに雪が積もるはずだ。今からそれを想像すると少し憂鬱になるが、そんな俺とは打って変わってヒカリは楽しそうにしている。
「なんで降らないで欲しいの? ボク、雪でいろいろ遊んでみたいなぁ」
「子供の頃ならまだしも、いまは雪が積もってもあんまり嬉しくないよね」
「えぇー! ナツノもそうなのー? みんな雪で遊びたくないの……?」
少しだけしゅんとするヒカリに瑠璃が優しく声をかける。
「そんなことないよ。雪が積もったらみんなで遊ぼうね!」
「ほんと? ハルもナツノも?」
「まあ、しょうがないか」
「雪で遊ぶなんて久しぶりだね、お兄ちゃん」
「わーい、約束だよ! 絶対だよ!」
新たな楽しみができたようで、ヒカリはまた飛び跳ねるように歩き出す。そんなヒカリを微笑ましく見守りながら、商店街への道を歩いていった。
…
……
………
「ねーねー、なんだかここ、キラキラしてるねー」
商店街の中を歩いている時、ヒカリが辺りを見渡してそう言った。
「クリスマスが近いからな」
商店街の中はクリスマス用に様々な装飾がなされている。小さな商店街なのであまり豪華ではないが、それなりに目を引く。
「クリスマス……。ねぇ、ハル。今年のクリスマスも、何もしないの?」
「ああ、毎年特になにもしてないからな」
「今年はヒカリちゃんもいるんだから、クリスマスの日に何かしてみない? 例えば、みんなでパーティーとか」
「クリスマスパーティーか……。そうだな、ヒカリに人間の行事を教えたりするのも、きっと必要なことだよな」
「パーティーするの!? すっごーい! ねえねえ、パーティってどんなことするの!?」
パーティーという言葉に、興奮が隠しきれない様子のヒカリだ。
「ヒカリ。もうスーパーに着くから、そのお話は帰ってからゆっくりしようね」
興奮するヒカリを夏乃がなだめる。スーパーに着き、揃って入り口の自動扉をくぐっていった。
…
……
………
商店街から帰宅し、みんなで昼食をとった後、リビングでくつろいでいると、
「さっき話してたクリスマスの話、どうしよっかお兄ちゃん」
先ほど商店街でした会話を思い出したのか、夏乃が問いかけてくる。
「クリスマスパーティーか……。したことないから何をすればいいか分からないな」
そういうのにはあまり縁がなかったから、さっぱりだ。
「クリスマスパーティーといえば、飾りつけよね。みんなで飾りつけしてお料理を食べて、遊んで……最後にプレゼント交換って感じでどうかな?」
瑠璃がみんなの顔を見渡しながら言う。
「うん、いいと思う! すごく楽しそう! ね、ヒカリ?」
「うん! ボクも今からすごく楽しみだよ!」
瑠璃の提案は好評のようだ。
「料理は分かるが、飾りつけってどうやるんだ? 買ってきて飾るのか?」
パーティーというものをよく知らないので、瑠璃に聞いてみる。
「それじゃあちょっと味気ないから、みんなで手作りしない? その方がヒカリちゃんも楽しめると思うし」
「手作り!? すごい、どうやって作るの? ボクもやってみたい!」
手作りという言葉に驚き、ヒカリが身を乗り出して瑠璃に尋ねる。
「折り紙、フェルト、紙粘土とか……材料があればいろいろ作れるよ。わたしが教えてあげるよ、ヒカリちゃん」
「うん! ありがとールリー」
「じゃあ、材料を買いにいかないとだね。明日また商店街に買いに行こっか」
「わたしも行くよ、夏乃ちゃん。手作りだと時間かかっちゃうから、明日からちょっとずつ作っていこう」
その後もクリスマスパーティーの話で盛り上がり、気付いたときには夕食時になっていた。