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第15話 ほっぺにケチャップ

 続いて靴屋に向かい、靴を購入する。ヒカリはその場で、夏乃のお下がりの靴から履き替えた。

 靴屋を出て雑貨店を巡り、ヒカリの日用品を買い揃えた頃、まだ昼食を摂っていないことに気付いた。時刻はすでに昼過ぎで、みんな腹を空かせていることだろう。


「そろそろ昼飯食うか?」

「うん、今日はフードコートで食べちゃおう。ヒカリもお腹空いてるよね?」

「うん、ナツノー……。ボクお腹ペコペコだよぉ」


 少し遅い時間になったが、昼食をとるため、1階のフードコートに向かった。


「ヒカリちゃんは何が食べたい?」


 フードコートに辿り着き、瑠璃がヒカリに問いかける。


「うーん……」


 ラーメン、うどん、丼物やファストフード……様々な店舗が軒を連ねており、ヒカリは何がいいか迷っている様子だ。


「……じゃあ、あれ! ボク、あれが食べたい!」


 しばらく思案したあと、ヒカリが指差した先には、ハンバーガーショップがあった。


「そうか。ならあそこにするか。いいよな?」


 瑠璃と夏乃の快い返事を聞いた後、ハンバーガーショップの列の最後尾に並んだ。


「この町は人口が少ないけど、やっぱり休日の昼時は結構人おおいねー」


 各ショップに並ぶ人達や、フードコート内を見渡しながら瑠璃が呟く。


「あたし、先に席のほうに行ってるね」


 俺に自分のメニューを告げ、夏乃が客席の方へ歩いていく。人が多いので、座れないことのないように、先に席だけ確保しておくつもりなのだろう。

 俺たちの順番が回ってきて、各々《おのおの》が注文を済ませる。俺が代表して、料理の完成を知らせる、呼び出しベルを受け取った。


「混み合ってるし、しばらく時間がかかりそうだな。夏乃が席を確保してくれてるはずだから、席で待ってようか」


 客席の方を見渡していると、遠くの方の席でこちらに向かって大きく手を振っている夏乃を見つけた。


「あそこにいるみたいだ」


 瑠璃とヒカリに、夏乃が待つ席の方向を指で示してやる。2人も手を振る夏乃に気付いたらしく、そちらに向かって歩き始めたのでついていく。


「無事に席を確保できたみたいだな」

「ちょうど食べ終わった家族連れがいたんだよ。声をかけて譲ってもらっちゃった」


 俺たちにおあつらえ向きの、4人がけのテーブル席に腰を下ろし、出来上がりを待つことにする。


「ねえねえ、ハルが持ってるそのリモコンみたいなの、なあに?」


 俺がさっき受け取った呼び出し用のベルに興味津々の様子のヒカリ。猫は好奇心が旺盛な動物だが、人間になってもそれは変わらないようだ。


「これは、料理が出来上がったことを知らせてくれる機械だ。これがあれば店から離れても料理の完成を知ることができるんだよ」


 説明しながら、ヒカリが見やすいようにテーブルに置く。


「ふ~ん、そんなのがあるんだ」


 ヒカリはそれを手に取り、振ったり裏返したりしている。ヒカリはしばらくの間、めつすがめつそれを観察していた。


「うーん。こんなのでどうやって……にゃああ!!!」


 突然、料理の完成を知らせる電子音が鳴り響き、ヒカリがひどく驚く。今は隠れてて見えないが、驚きすぎて耳としっぽをピンと張り、毛を逆立たせていることだろう。俺の猫に対するイメージなのか、その光景がありありと目に浮かぶようだった。


「にゃあ……こうやって知らせてくれるんだね、びっくりしたぁ……。もぉ! 先に言ってよ、ハル!」


 眉間にしわを作り、唇をとがらせ頬を膨らませるという、分かりやすい怒った表情を見せた。ヒカリには悪いが、可愛いだけで全く迫力は感じられない。


「わるい、わるい」


 なにも本気で怒っているわけではないと思うので、軽い調子で謝っておく。


「ふふふっ。じゃあ、私と春で取りに行ってくるね」


 瑠璃は、ヒカリが驚いて取り落としたベルを拾って、鳴り響く音を止める。

 瑠璃のご指名が入ったので、2人で出来上がった料理を取りに行く。

 料理の乗ったお盆を手に席に戻る。それぞれが注文したものが目の前にくるように、お盆に乗っている料理をテーブルに移し、再び席についた。


「ヒカリ、食べ方は分かるか?」


 揃って「いただきます」をした後、ハンバーガーを手に取ったヒカリを見て問いかけた。


「知ってるよ! キミがこれ食べてるの前に見たことがあるからね」

「う~ん……。今更だけど、ヒカリって猫だった時の記憶がちゃんとあるんだよね。それなのに人になった瞬間は覚えてないって、少し不思議だね。そこだけ抜け落ちてるってことだもん」

「うん、そうだね。ボクも不思議だと思うよ」


 夏乃は、何気なく呟いたようだったが、ヒカリは少し困ったような表情をしていた。


「まあ、覚えてないものは仕方ないよ。とりあえず私たちが今できるのは、ヒカリちゃんを人間としてちゃんと育ててあげることだよ。まだまだ分からないことだらけなんだから、難しいことを考えるのは後でいいんじゃない?」

「瑠璃の言うとおりだな。まさか一生このままってわけでもないだろうし、今は出来る事をやるしかないさ。難しいことは後回しだ」


 俺は瑠璃の意見に同意する。


「さ、早く食べましょ。冷めたらおいしくなくなっちゃうよ。はぐっ」


 瑠璃はそう言って、ハンバーガーにかぶりついた。


「ボクも、あったかいうちに……はぐっ」


 ヒカリも瑠璃に負けじと勢いよくハンバーガーにかぶりつく。


「あっあちゅ……熱いよぉ……」


 中がまだ熱々だったんだろう。口いっぱいに頬張った途端、ヒカリがそんな声を上げた。


「あぁっ、大丈夫? ヒカリ。ほら、これ飲んで」


 夏乃は焦った様子で水を差し出し、受け取ったヒカリは、それをゴクゴクと一気に飲み干した。


「ぷはっ。あーびっくりしたぁ」

「舌、大丈夫か? 火傷してないか?」

「大丈夫だよ、ハル。少しひりひりするだけだから」

「そうか、ならよかった。焦って食べるからそうなるんだぞ。……あと、ほっぺたにケチャップついてるぞ」

「え? どこ、どこ?」


 焦って食べた影響がこんなところにも……。ヒカリはケチャップがどこについているか分かっていない様子なので、紙ナプキン1枚取り出し、拭ってやる。


「んぶ、んん。にゃはは、ありがと、ハル」


 恥ずかしかったのか、バツの悪そうな顔をしている。


「焦らなくても、ハンバーガーは逃げないから、ゆっくり食べような」

「ねぇ、お兄ちゃん。あたしもケチャップついちゃったから拭き取って~」

「お前、今わざとつけたろ。ちゃんと見てたからな。自分で拭けよ」

「ちぇっ、バレたか……じゃあ、舐めて取って♡」

「じゃあってなんだ! 舐めるか!」

「えぇ~! お願い! ちょっとペロってするだけじゃん! ほら!ほら!」

「顔を近づけるな! しねぇっての! 瑠璃も何か言ってやってくれよ……ってなんで瑠璃までケチャップつけようとしてんだよ」


 迫る夏乃から助けを求めようと、瑠璃の方を向いたのだが、瑠璃は指にケチャップをつけて頬に塗ろうとしていた。


「え!? こ、これは、その……違うよ! 私、ケチャップ好きだからそのまま舐めてみたくて……あはは~! あー美味しい!」


 瑠璃ってそんなにケチャップが好きだったのか? 長い付き合いだが知らなかった。


「ほらほら~お兄ちゃん! ペロって、ほら! ペローーーってして!」

「うるせえ、いい加減にしろ!」

「いてっ」


 暴走する夏乃に軽くチョップをかましてやる。


「ぶーぶー。お兄ちゃんのけちんぼ」


 悪態をつきつつ、席に座り自分でケチャップを拭った後、食事を再開する。いつも軽いチョップだけで暴走は止まるので、夏乃は案外聞き分けがいいのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺もようやく食事にありつく。無駄に時間が経ってしまったので、少しぬるくなっていた。


「ふふっ」


 ハンバーガーにかぶりつく俺を見ながら、瑠璃が笑みをこぼした。


「どうした? 急に笑って」

「ちょっと、じっとしててね、春」


 そう言って立ち上がり、俺の顔へと手を伸ばしてくる瑠璃。そして、指先で頬をそっと撫でられた。


「ふふ。ほっぺにケチャップ、ついてたよ。……あむ。ん、おいし♪」


 俺の頬からとったケチャップを舐めて、微笑んでいる。


「……」


 ヒカリにえらそうに説教したのに、自分も同じことをするとは……。

 俺は、恥ずかしさで言葉を返すことができなかった。

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