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第14話 みんなでお買い物!

「春。はーる。起きて。朝だよ」

「ん……ぅんん……」


 この声は……瑠璃だ。瑠璃が起こしに来てくれたんだ。


「早く起きてよ。今日はみんなで買い物に行くんでしょ?」


 穏やかに流れる小川のせせらぎのように、優しく、透き通った瑠璃の声は、耳に心地よい。

 意識が覚醒しかけていたが、また眠ってしまいそうだ……。

 瑠璃の声には催眠効果があるのではないか? この睡魔の優しい足音に、耳を塞いで抗うことなど誰ができようか。


「あと5分……Zzz」

「……。ヒカリちゃん、やって」

「まっかせて! ……ハル、どーーーーーーーーーんっ!!!」

「ぐえ!!」


 腹に、衝撃が……っ!

 何だ? 内臓が飛び出るかと思ったぞ……。


「ハル!起きて!お買い物!今日は!みんなで!お買い物!なんだよ!」

「わかっ、たっ、からっ、腹っ、のっ、上っ、でっ、あばっ、れる、なっ!」


 腹に感じた衝撃に、一瞬で目が覚めた俺の視界には、腹に馬乗りになり元気に飛び跳ねているヒカリが映った。


「あ! 起きた!」


 俺が目を覚ましたのが分かると、満足げな表情でベッドから降りるヒカリだ。隣にはそんなヒカリとは対照的に、不満げな表情で唇を尖らせている瑠璃が立っている。


「もうっ。キミが悪いんだよ? さっきからずっと声をかけてるのに、ちっとも起きようとしないんだから」

「だからって、あんなダイナミックな起こされ方したら体が持たないぞ」


 今も少しだけ腹に痛みが残っている。金輪際、あんな起こされ方はごめんこうむりたいところだ。


「なら、そうされる前に起きることね。キミって、ほんとだらしないんだから」


 口では呆れたように悪態をつきつつも、顔には柔らかな微笑みを浮かべているのは、世話焼きの瑠璃らしいと思った。


「もう10時か……。確かに、だらしないと言われても仕方ないな。すぐ準備するから、少し待っててくれ」


 そう言って立ち上がろうとしたら、瑠璃に「ちょっと待って」と両肩に手を置かれ制止された。


「寝ぐせ立ってるよ。ちょっとじっとしててね」

「それくらい自分でするって」

「いいから」


 有無を言わさないとばかりに、寝ぐせ直しのスプレーを手に取り、頭に吹きかけてくる。


「動かないでね」


 言いながら、頭に手を伸ばしてくる。寝ぐせを直すためにそうしているのは分かっているのだが、なんだか優しく慰めてもらうように頭を撫でられている気がして、少し照れ臭かった。


「うん、これでよし、っと。夏乃ちゃんが朝ごはん用意して待ってるから、早く着替えて食べに来てね」


 最後に「二度寝しちゃダメだよっ」といたずらっぽい笑顔で言い残し、瑠璃は部屋を後にした。


「ねえ、ハル。瑠璃に頭撫でてもらって嬉しかったの?」


 瑠璃が去った後、ヒカリが不思議そうな顔でそんなことを聞いてきた。別に頭を撫でてもらっていたわけではないが、そんなことを聞いてくるということは、照れ臭いという気持ちが表情にでていたのだろうか。


「どうしてそんなこと聞いてくるんだ? もしかして俺、ニヤニヤしてたり……?」


 もしそうなら、相当恥ずかしい。幼馴染に頭を撫でられてニヤニヤしていたなんて……。


「ううん、笑ってたりはしてなかったけど、なんとなく嬉しそうにしてたから。キミはあんまり表情に出さないから、ほんとになんとなくだけど……」

「そうか、ならよかった」


 安心した。どうやら、ニヤニヤしてたなんてことはなかったようだ。もし、さっきそんな顔をしてたなら、瑠璃に間近でそれ見られていたはずで……考えただけで顔が熱くなる。


「ところで、ヒカリ」

「にゃ? なあに?」

「なんでさっきから俺の頭を撫でているんだ?」


 瑠璃がいなくなってからずっと、なぜかヒカリに頭を撫でられ続けていた。


「ボクも撫でてあげたくなっちゃったから! ハル、嬉しい?」


 ヒカリみたいな小さな女の子に撫でられるのは、嬉しいというより、微笑ましいという感情が先に立ってしまう。


「ああ、嬉しいよ」


 でも、それをそのまま伝えるのは、なんだかえらそうな気がしてそう答える。

 すると、ヒカリは「ほんと? じゃあもっと撫でてあげるね♪」と満面に笑みを浮かべ、再び頭を撫で始めた。


「もういいぞ、ありがとな」


 いつまでも撫でられているわけにはいかないので、お返しにヒカリの頭を数回撫でてから、立ち上がる。


「にゃふふ♪ ボクも、キミに頭撫でられるの、嬉しいよ」


 嬉しそうに目を細めるヒカリを見ていると、もっと撫でてあげたくなる衝動に駆られるが、早く着替えないといけないので我慢する。


 俺は手早く着替えを済ませ、朝食を食べるためダイニングに向かった。


 …

 ……

 ………


 それから数十分後。軽めの朝食を済ませ、今は4人で揃って家を出ようとしているところだ。


「……まずいな」


 瑠璃が玄関の扉を開けようとしたところで、ある問題に気が付いてしまった。


「どうしたの? お兄ちゃん」


 靴を履こうとしていた夏乃が、俺の声に振り返り、不思議そうな顔で問いかけてくる。


「ヒカリの耳としっぽ、隠さないとまずくないか?」


 隣で耳をぴくぴく、しっぽをゆらゆらとさせているヒカリを見ながら言う。


「確かに……作り物だと思われるだろうけど、ヒカリを好奇の視線に晒したくないもんね。……でもどうやって隠そう?」


 夏乃が俺の言葉に同調するが、具体的な方法は思い浮かばないようだった。


「しっぽはズボンの中に隠すとして、耳は……そうだ、夏乃ちゃん。帽子、ある?」


 靴を脱いで、こちらに戻ってきた瑠璃が、ヒカリのしっぽをズボンの中にしまいながら、夏乃に問いかける。


「あるよ、すぐに持ってくるね」


 夏乃は帽子を取りに、パタパタと自分の部屋へ駆けていった。


「うぅ……。なんかもぞもぞするよぉ」


 普段、服を着ててもしっぽは出しっぱなしのヒカリは、居心地が悪そうだ。


「ごめんね、ヒカリちゃん。外にいる間は我慢してね」


 瑠璃が子供をあやすように、ヒカリの頭を優しく撫でていると、夏乃が帽子を持って戻ってきた。


「ヒカリ。はい、これ被ってみて」


 夏乃が持ってきたのは白いベレー帽だった。これなら耳がきれいに隠れるだろう。

 早速、夏乃がヒカリの頭にベレー帽をかぶせた。


「わあぁー! これかわい~い!」


 ヒカリは姿見で自分の姿を確認して喜んでいる。どうやら帽子が気に入ったようだ。耳もちゃんと隠れている。


「よし、これでどこからどう見ても、普通の小学生の女の子だな。外に出ても大丈夫だろう」


 ヒカリの姿を確認し、靴を履いて玄関の扉を開く。

 俺が外に出て行くと、他の3人がそれに続いた。


「ヒカリの服を買いに行くんだろ? 歩いて行くなら、小さいけど、あそこしかないな」


 白桜町で唯一のショッピングセンター。あそこで買うのがいいだろう。中はよく知らないが服を売っている店もあるはずだ。


「お兄ちゃん、あまり外に出ないのによく分かったね」

「さすがの俺でもそれくらい分かるぞ」

「それにしても、春。休みの日に出掛けるなんて珍しいね? いつも本ばかり読んでるのに、今日はどうしてついてきてくれたの? やっぱり、ヒカリちゃんのため?」

「まあ、そうだな。俺はヒカリの保護者みたいなもんだし、責任があるだろ」

「ふ~ん」


 まるでいじけたように、瑠璃は目の前に転がっていた小石を蹴る。

 ……そうしてかれこれ数十分歩いていると、ヒカリが情けない声をあげた。


「ボク、ちょっと歩き疲れちゃったかも……もうヘトヘトだよぉ」


 ヒカリがつらそうだ。そういえば、歩くペースが早かったかもしれない。ヒカリはこの中で一番小さいんだから、歩幅を合わせてあげるべきだった。


「大丈夫かヒカリ? ごめんな、お前は人間になったばかりで、その体にもまだ慣れてないんだよな。配慮が足りなかったよ」


 ヒカリの前に出て背中を向けてしゃがむ。


「ほら、おぶってやるから背中に乗れ」

「うん、ありがとーハル」


 ヒカリがよろよろとこちらに向かって歩いてくる。そして、俺の背中に覆い被さった。首に手を回したのを確認し、立ち上がって歩いていく。


「ロリコン……」

「ロリコンだね……」


 背後で瑠璃と夏乃が小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


「なんでだよっ! これは違うだろ!」


 そんな2人の言いがかりに、振り返ってすぐさま抗議する。


「冗談だよ。優しいね、春」


 瑠璃はどこか嬉しそうな笑顔で俺を誉めてきた。

 ……急になんだよ。恥ずかしいから早く歩こう。


「ああぁ~。あたしも、ふらふら~。疲れちゃった~。お兄ちゃん、おんぶして~」

「ヒカリ、俺の背中でちょっと休んだらまた歩けるよな? 店の中でおんぶは少し恥ずかしいからな」

「うん、大丈夫~」

「ちょっと! 無視して先行かないでよ! 待ってよー!」


 …

 ……

 ………


 さらに10分ほど歩き、ショッピングセンターに辿り着いた。


「まずは一番の目的の、ヒカリの服だね。2階に行こう」


 ショッピングセンター内をよく知る夏乃が、先頭を歩いていく。そして、着いたのは、子供服が豊富に取り揃えられているショップだ。


「ここなら、ヒカリに似合う服が見つかりそうだね。行こっ、ヒカリ」


 夏乃がヒカリの手を取り、店の中に入っていく。遅れて、俺と瑠璃も中に入る。


「ね、ねっ。こういうのはどう? ヒカリにすっごく似合うと思うよ!」

「私はこういうのもいいと思うよ」

「えー! 瑠璃ちゃん、それはヒカリには似合わないよ」

「そんなことないと思うけどなぁ」


 ……などと、夏乃と瑠璃は楽しそうに服を選んでは、ヒカリの前に持っていく。


「可愛い!」とはしゃいだり、「あまり好きじゃないかも……」と難しい顔をしたりして、次々と運ばれてくる服を品評するヒカリだ。


 ヒカリも人間の美的感覚をちゃんと持ってるんだな、とそんな風に思いながら少し離れたところで見守っていると、ヒカリが2着の服を持ってきた。


「ねえねえ、ハル。これと、これ。どっちがいいと思う?」

「どっちも似合うと思うぞ」

「う~! ダメ! どっちか選んで!」


 ぷくっ、とヒカリは頬を膨らませ、再度問いかけてくる。


「じゃ、じゃあ、左……かな」


 正直、どっちがいいかなんて分からない。でも、ここで決めなければ怒られる気がしたので答えてみた。


「にゃはは! ありがと、ハル!」


 ヒカリは俺の答えを聞き満足した様子で戻っていく。よかった、正解だったみたいだ。というかヒカリ、元気いっぱいだな……。

 先ほどまで疲れておんぶされていたとは思えないほど、ヒカリははしゃいでいる。ヒカリの体調を密かに心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。


「ねーねー! ハルがこっちの方が似合うって! これ、着てみてもいい?」

「うん、いいよ。じゃあ試着室に行こっか」

「お兄ちゃんもついてきて、ヒカリに感想言ってあげて」

「いや、俺さっき見たぞ」


 感想って言われても困るぞ……。


「なに言ってるの! 実際に着たところも見てあげないと!」


 夏乃の言葉に気圧され、仕方なく試着室に向かう。ヒカリが服を持って試着室の中に消えた。


「ヒカリちゃーん、ひとりで着替えられる?」

「大丈夫だよー、ルリ! ボク、もうひとりで服を着替えられるんだよ!」


 試着室から得意気な声が響く。しばらく待っていると、服を着替えたヒカリが試着室から出てくる。


「えへへ。どう、かな……?」


 感想を求めるように、ヒカリはその場でクルッと一周した。


「じーっ……」

「じーっ……」


 瑠璃と夏乃に、じっと見つめられる。俺の感想を待ってるのか?


「お、俺か……? あーその、可愛いぞヒカリ。下の方に付いてるフリフリとか、特にいいと思う」

「ほ、ほんと? やったぁ! ハルに誉められたー!」


 ヒカリは満面の笑みでバンザイをした。


「ロリ……」

「それはもういい」


 瑠璃の言葉を先読みして封じる。その言葉は、もう言わせない。


「冗談なのに反応早すぎだよ、春。ほんとにそうみたいだよ」

「違うっての。もうそのくだり禁止な」


 パターン化しつつある展開を、これ以上広げさせてはいけない。ロリコンとか、不名誉この上ない。


「ねえ、この服、ほんとにボクに買ってくれるの?」

「当たり前だよ。そのために来たんだから。ヒカリは遠慮なんてしなくていいんだよ」

「まぁ、実際お金を出すのは大樹さんなんだけどな」


 大樹さんに家計は一任されている。ヒカリのために使うなら大樹さんも許してくれるだろう。


 ……そういえば、ヒカリが人間になったことを、まだ大樹さんに伝えていなかった。

 すぐに伝えるべきか? ……いや、やめておいた方がいいかもしれない。

 こんなトンデモな状況、話してしまうと余計な心労をかけることになるから、無事に退院するまでは黙っておいた方がいいだろう。


「ねえ、ヒカリ。1着だけじゃ足りないから、もう3、4着は選ぼっか」

「そんなにいいの!? わぁーい!」


 その後もヒカリの服選びは続き、会計を済ませた頃には、すでに1時間程が経過していた。

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