第11話 ロリコンでもない
料理の完成を待つ間、特にやることもないので次に教えるべきことを考えてみる。
「飯の他に教えることは……。そうだヒカリ、トイレの仕方は分かるか?」
「おトイレ……分からないよ。うぅ……おトイレって言われたら、なんか、おしっこしたくなってきたかも……」
ヒカリが体を小さく震わせながら、消え入りそうな声で言う。
「そ、そうか。どうしよう。俺がついていくわけにはいかないよな……。というか、ついて行ってもわかんねぇけど」
キッチンにで料理をしている2人に声をかけると、すぐにこちらに来てくれた。
「ヒカリがトイレに行きたいみたいだから、やり方、教えてあげてくれ」
「ううぅ……お願い、ルリ、ナツノ。ボク、漏れちゃいそうかも……っ」
ヒカリは太ももをこすり合わせながら、もじもじとしている。限界が近いみたいだ。
「大変じゃん! すぐ行こう、瑠璃ちゃん!」
「うん」
2人は急いでヒカリをトイレへと連れて行った。
数分待っていると、3人が戻ってきた。ヒカリがすっきりとした顔をしていたので、どうやら間に合ったらしくほっとした。
「人間のおトイレって大変なんだね。すごくいっぱい、おしっこ出ちゃったよ」
「お、おう。そうか、よかったな」
なんだそれ……反応に困るぞ。
「じゃあ、あたしたちはお昼ご飯の続き作ってくるね」
「ヒカリちゃん。もう少しでできるから待っててね」
「うん!」
夏乃と瑠璃がキッチンに向かっていく。
「ヒカリ、トイレの仕方はちゃんと覚えたか?」
「うん、バッチリ! 1人でも出来るよ!」
「そうか。もう1人で出来るのか、えらいぞヒカリ」
言いながら頭を撫でてみると、ヒカリが嬉しそうに相好を崩した。
「にゃふふ。それ、気持ちいい。もっとして」
「ヒカリはいい子だから、もっとしてあげるぞ、ほらほら」
「にゃあぁ~♪ 嬉しいっ。気持ちいい……っ」
くしゃくしゃと多少荒く撫でても、ヒカリは喜んでくれるので、嬉しくなっていつまでも撫でていたくなる。
「じ~~~~~っ」
「じ~~~~~っ」
……ふと、背中に視線を感じた。というか、そんな視線より、ノイズのような声が気になる。
振り返ると、お盆を持った瑠璃と夏乃がジト目でこちらを見ていた。
「……こほん。もう昼飯が出来たのか」
咳払いをして、何事もなかったかのように問いかけた。なにか見られてはいけないものを見られた気がしてならない。
「うん。春がヒカリちゃんにロリコンなことしてる間にね」
「……ぐっ」
「まさかお兄ちゃんがほんとにロリコンだったなんて……。小さい女の子の頭を撫でて興奮する性癖を持ってるなんて……」
「……ぐっ。……ってそれは違うだろ。興奮なんかするか。相手は小さな女の子なんだぞ。なにもやましいことはねーよ」
そうだ。別におかしなことはしていない。俺はただ、ヒカリを褒めるために頭を撫でただけだ。他意はなかったし、堂々としてればいいんだ。ロリコンなどと不名誉極まりない呼び方をされる筋合いはないはずだ。
「ま、冗談はここまでにして……お待たせ、お昼ご飯できたよヒカリちゃん。オムライスだよ。口に合うかどうかは分からないけど……」
「玉ねぎは入れてないから安心してね、お兄ちゃん」
瑠璃と夏乃が、それぞれの席にオムライスを並べていく。オムライスにはケチャップの可愛らしい文字で、それぞれの名前がカタカナで描かれていた。
そして俺のにだけ、語尾にハートマークが描かれていた。
「なんで俺だけハートマークがついてるんだよ?」
夏乃が描いたものだと断定して問いかける。こんなことをするのはこいつだけだ。
「あ、気付いた、気付いた? それはね、実はあたしじゃなくて瑠璃ちゃんが描いたの!」
「瑠璃が……?」
予想外だ。
「春は2文字でケチャップの量が少なくなるからつけただけ」
「瑠璃だって2文字じゃないか?」
「い、いいでしょ、別に。なにか文句でもあるの?」
うつむきながら目を逸らし、ボソボソと瑠璃は呟く。
「いや、文句なんてないが……」
「これ、ボクのだー! わーい!」
自分の名前がケチャップで描かれたオムライスを見て、ヒカリがはしゃぎはじめる。
「おっ、すごいなヒカリ。文字が分かるのか……いや、よく考えたら人間になったばかりなのに、なんで言葉が分かるんだ?」
今更ながら疑問に思う。俺の疑問にヒカリはあっさりと答える。
「そんなの、キミと長い間ずっと一緒にいたんだから、自然と覚えちゃったんだよ」
「長いって……ヒカリを拾ってから、まだ半年も経ってないはずだよな?」
「それは……そうだけど……」
俺にとって半年は長いとは思えないが、猫の尺度だと長いと感じるのだろうか。
「それに、猫に人間の言葉が覚えられるのか?」
「人間と一緒に生活してたら動物だって、言葉を覚えるんじゃない? 春や夏乃ちゃんと一緒に過ごして、言葉は覚えたけど、今までは猫のままでそれを発することができなかっただけだよ、きっと」
「そういうもんか?」
今の瑠璃の説明で、納得していいものなのか?
「ま、まぁとにかくね! ボクは言葉が分かるんだよ! 言葉が分かった方が便利でしょ? ねぇねぇ、そんなことはいいから、早くオムライス食べようよぉ! 冷めちゃうよ!」
「ああ、そうだな」
まぁ、言葉が分かるに越したことはないか……。もしヒカリが言葉を話せなかったら、もっと大変だっただろう。
「じゃあ、いただきますしなきゃ」
夏乃はそう言い手を合わせる。それを見た瑠璃も夏乃に続く。
「ヒカリ、食べる前にはいただきますだ。ほら、こうやって手を合わせるんだ」
「ボク、知ってるよ! こうでしょ?」
パチンッと小気味良い音を鳴らし、ヒカリが手を合わせる。
「おお、すごいすごい。そしたらな、みんなで、いただきます、と言うんだ。そうやって命を分けてくれる食材とこの料理に関わっている全ての人達に感謝してから食べるんだ」
4人全員が手を合わせる。
「いただきます」と、声を揃えて合掌した後、瑠璃が口を開いた。
「ヒカリちゃん、一口だけオムライス食べてみて、味を教えてくれるかな?」
「うん! 食べてみるね!」
ヒカリは、スプーンでオムライスを一口分すくい上げ、口に運んだ。もぐもぐと口を動かし、飲み込んで……
「すっごく美味しいよ!」
と、こぼれるような笑顔でそう言った。
「食事に関してはひとまず解決、だな。これからも俺たちと同じものを食べてもらおう」
そしてその後もヒカリはオムライスを食べ続け、ついには完食した。
「全部食べられたね。ヒカリちゃん、満足した?」
「うん! ボク、お腹いっぱい! とっても美味しかったよ!」
瑠璃の言葉に、ヒカリは満足そうに答える。
「じゃあ、ヒカリ。食事が終わったら、ごちそうさま、だよ。ごちそうさまはね、食べ終わった後に言うんだよ。やり方はいただきますと一緒!」
手を合わせる4人。そして声を合わせた「ごちそうさまでした」を合図に、ヒカリの初めてのごはんの時間が終わった。
…
……
………
ヒカリにご飯を教えた後は、歯磨きの仕方、服の着方などを教えた。夜に入る風呂はまだ教えてないが、それ以外はとりあえず生活には困らない程度に教えることができたはずだ。
「ねぇ、ヒカリ。服の着方を教えてるときにも思ったんだけど、その服どうしたの? 最初から着てたみたいだけど……」
「あ、俺もそれ気になってた。俺が最初に玄関で見つけたときも、ちゃんとこの服を着てたんだ」
「…………ボクにも分からないよ? 気づいたら人間になってて、この服もその時から着てたの」
……まあ、いまさらそんなことを気にしても仕方ないか。
「じゃあね、みんな。心配だから明日も来るからね」
帰り支度の済んだ瑠璃が、会話をしていた俺たちに声をかける。
「じゃあね、瑠璃ちゃん!」
「また明日な、瑠璃」
「ルリー、バイバーイ!」
それぞれの挨拶に瑠璃は笑顔を返し、
「春、わたしが見てないからって、ヒカリちゃんにロリコンなことしちゃダメだからね?」
俺をからかうようにそう言った。
「しねぇよ!」
即座に否定するが、瑠璃は笑いながら玄関に向かっていった。
「ったく。俺をなんだと思ってんだ……」
「ロリコンでしょ?」
「にゃははー! ハル、ロリコーン!」
「違うっての! お前らが変なこと言うからヒカリが覚えちゃっただろうが! そんなくだらない言葉は覚えなくていいんだっ」
夏乃と一緒に生活してたら、いつかヒカリも夏乃みたいになりそうで怖い。ヒカリが妙な影響を受けないように、夏乃の言動には今後はより一層、注意しなければならない。
「覚えちゃったというか、ボク最初から知ってたよ、ロリコン」
「いつ、どこで覚えたんだよ……。まさか、夏乃か?」
いや、まさかというより夏乃しかいない……。思わずがっくりと肩を落としてしまう。
「冗談だよ、お兄ちゃん。だってお兄ちゃんはロリコンじゃなくてシスコンだもんね!」
「にゃははー! ハル、シスコーン!」
「あぁ……もう、なんでもいいや」




