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52 会いたい

 それから3日間、わたしはエシェルと出来る限り普段通りの生活をした。


 昼間はエシェルに魔力や魔力持ちについての知識を伝えたり、エシェルに浮かんだ魔法のアイディアを試してみるのに付き合ったりした。実地の魔法の使い方については、もう既にわたしよりも高度な魔法を習得し始めていて、わたしでは教えてあげられることがないので見守るだけだったけれど。


 エシェルは魔法を楽しんでいるようだった。今まで生活してきた人間社会では忌まわしく思われていたのであろうそれを、認められたと感じているのかもしれない。レイリの並外れた魔力とその使い方を見て、希望を抱いたエシェルの目はキラキラとしていた。


 その間、何度か「レイリは?」とわたしに尋ねることはあったけれど、どうにもエシェルは察する能力が高い子どもだった。わたしが「くわしくは分からないんだけど、帰ってこられないみたい」と何度か伝えれば、それ以上しつこく聞いてくるようなことはなかった。心の中は不安だったのかもしれないし、わたしはそれをフォローすることはできなかったけれど、エシェルは自分である程度その気持ちを収めているようだった。


「エシェルは色々な魔法を試してみてるけど、どうやってるの?」


 わたしはエシェルを見守る傍ら、ある時エシェルにそう尋ねた。エシェルが使うのはとにかく型にはまらない魔法だった。今まで広く使われてきたようなものとは違うものがたくさんあった。その代表が、相性の悪さからの暴走を防ぐ防御層を作りだす魔法だろう。そんなものは、今までこの世界にない魔法だった。


「んーとね」


 エシェルは少し考えて、ちょっと難しそうな顔になった。その顔を見てから、難しい質問をしてしまったなと話題を変えようかと思ったけれど、ゆっくりとエシェルは返事を返そうとしていた。


「なんか、こうしたいなって思うと、それができるの」


 完全な感覚タイプの使い手なのだろう。みんながこれをできるわけではない。どちらかと言えばエシェルは、おそらく天才肌なのだろうとは感じていたけれど。


「あとね、レイリが、僕が黒だからだろうって」


 続いた言葉に、わたしはぎょっとした。わたしは魔力持ちに関する知識を教える際に「白と黒」の存在を伝えてはいたけれど、エシェル自身がどちらなのかを伝えたことはなかった。

 なのに、レイリは伝えていたというのか。本当に2人が関わる時間は、長くなかったはずなんだけどいつそんなことを話していたのだろうか、ということにも驚いた。


「白は『欲』を持たないから、こうしたいって思ったことを魔法にすることがないんだって」


 それは、聞いたことのない話だった。

 白は欲を持たないとは、どういうことなのだろうか。


「それで、僕ね、トウノにぎゅってしたいって思って、……守れたら良いのにって思ってやったの。でも、白はその、こうしたいっていうのがないんだって。ぎゅっとしたい、とか」


 エシェルはその意味をどこまで分かっているのか、それは怪しいところだったけれど。エシェルがもともとそんな知識を持っているはずがないのだから、確かにレイリから聞いたことなのだろうと思った。


「こうしたいが、ない?」


「うん、レイリはそう言ってたよ。だから、魔力がたくさんあっても新しい魔法は生まれないって」


「……単純に論理タイプが多いのかと思ってたけど」


「論理タイプ?」


 エシェルが首をかしげて、「ううん」とわたしは笑顔を作ってから首を横に振った。欲や『こうしたい』がないというのは、わたしには理解できない感覚だった。思い浮かんだのはモモちゃんやアサクラで、けれど二人にだって「こうしたい」「これ食べたい」みたいな欲はあったと思うけれど。


 欲……。

 そう思って考え込めばふと、前にレイリが言っていた『黒は白よりも基本的な欲求が強い』という話が思い浮かんだ。わたしの魔力が増して、欲も同時に増えて……。もしかして、その話と繋がるのだろうか。

 黒は魔力が強ければ強いほど、欲が強くなる。ではそれが黒と白とで対極になっているとしたら、白は力が強ければ強いほど欲が弱くなるということになるけれど。


 レイリはきっと、わたしが知らないこともたくさん知っている。その上で、この歪な世の中をどうにかしたいと思っているのだ。

 わたしはなぜか、この時に改めてそれがすごいことなのだと実感できたような気がした。




*****



 そして、3日が経った。

 レイリは一向に帰ってくる気配はなくて、時々意識を向けてその状態を確認しても、感じられるのは焦りや苛立ち、そして徐々に強まるのは苦いような感覚や疲れのようなものだった。急激に何かが変化したり、今すぐ生死に関わる何かが起きているわけではなさそうだという部分には安心はしていた。けれど、何かが起きて帰って来られなくなっているのだろうという確信度は、わたしの中では強まっていた。


 どうするべきか、と思った。

 ここでのエシェルとわたしとの暮らしは、今のところレイリしか知らない。つまりわたしが頼れる相手も、レイリしか今はいない。このまましばらくの間であれば、レイリが不在でも生活自体を送っていくことはできなくはないけれど。


 けれど、わたしはどうしても気になってしまった。


 レイリがいない生活が不安なのではない。いや、それも少しはあるけれど。

 ()()()()()のことを、わたしは心配しているのだ。


 ひとりでベッドの上で膝を抱えて考えていれば、そうかと自分の気持ちにハッと気がついた。

 レイリがいない、エシェルは寝静まった夜。不気味さはまだ感じるけれど、少しずつそれにも慣れたわたしは、感情にとらわれすぎずに段々と冷静に考えられるようにはなってきていた。


 レイリはどうしているだろうか。傷ついていないだろうか。痛い思いをしていないだろうか。

 最悪の事態には陥っていないことは分かって、安心して。けれどどうしても、レイリが苦しいのは嫌だと思った。


 レイリに、会いたい。


 会いに行きたい。助けに行きたい。心の奥底から湧き上がるのはそんな気持ちだった。


 けれど、どこかへ探しに行くとして。わたしが動いても大丈夫なのだろうかという気持ちも一方では湧き出した。それは主に、エシェルを刺激しないかという意味で。

 ここ3日の様子を見ていれば、エシェルは時々何かに触れて気持ちが揺れることはある様子だったけれど、激しいトラウマ反応のようなものは全く起こしていなかった。わたしがそばにいれば、大丈夫だろうか。けれどそうすると、エシェルを巻き込んでしまうことになる。


 どうしようか、と迷って、レイリに相談できれば良いのにと、この状況を覆さないと到底無理なことを思った。

 その時にふと、頭をよぎったのはレイリ以外にわたし達がここにいることを知っている人の存在だった。


 そうだ、アルジがいる。

 わたしはあの美しくて優しげな人が、「いつでも歓迎する」と言ってくれたその温かい声を思い出していた。

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