3 「今日は、黒の子がいて……」
「今日、やたらと元気な子が多いね……」
翌日、第13研究室が請け負ったのは両親が魔力持ちの家庭の、10歳の子どもの魔力調査であった。子どもは苦手だ。アサクラよりも突拍子のない感情で動き、言葉も通じない。
けれど昼休憩時にわたしがそう愚痴をこぼしても、返ってくるのは共感などではなかった。
「そっすね、なんか楽しかったっす」
げっそりしたわたしをよそに、アサクラはにこにこと楽しそうだ。モモちゃんも「おねーさんかわいーってたくさん言われたから、元気でましたぁ」と調子が良さそうである。
わたしはパンをかじりながら、この二人はそうだったと共感してもらうことを諦める。案の定、チームに対するコミュニケーションを放棄しているレイリはこの時間も研究室には戻って来ていなかった。
「今日の子たち、魔力紋がわりとはっきりしてる子が多かったんすけど、たまたまですかね」
アサクラは大きなお弁当箱の中に入っている唐揚げを頬張りながらそう言った。するとすぐに、モモちゃんがそれに返答する。
「そうじゃない?わたしの方はみんな薄めだったよ」
魔力紋とは、魔力持ちの証のようなものだ。魔力持ちには、丁度心臓の上あたりに上下が逆さまになった心臓のような絵が浮かびあがる。植物の蔦のような線で模られたそれは、それぞれの力の強さによってその紋が濃かったり薄かったりするのだ。子供のうちは魔力が弱く安定しないため、基本的には薄くしか浮かび上がらない。
その紋様の確認と、探知者が自らの魔力を用いて行う魔力探知がわたしたち第13研究室の主な仕事である。探知では、魔力の強さの確認とその特性の判別をしている。
「あと、今日は、黒の子がいて……」
続いたアサクラの声は急に苦々しげになった。
「あー……それは災難」
「もう、この子は黒ですってお母さんに言うの、すっごい嫌でした……」
「嫌な仕事だねぇ」
「もう、俺らなんでこんなことしないといけないんっすかね」
またアサクラの口からこぼれたのは、昨日も聞いたような愚痴だった。モモちゃんも草食動物のようにサラダを食べながら応じた。そう、第13研究室で一番気分が落ち込むのは、その黒の判別と宣告の仕事である。
魔力を扱うことのできる魔法の使い手は、大きく2種類に分けられる。それが『白の魔法の使い手』と『黒の魔法の使い手』、通称白と黒だ。
実の所、以前はこんな分類はなされていなかった。こうして分けられたのは、10年程前のある事件が発端である。
とある魔法の使い手が大きなエネルギー暴走を起こし、その際に多数の人間を巻き込んで複数の死者が出るような大きな惨事を引き起こした。ただ、ここまで大規模の物は珍しかったものの、『時々あることだ』と思われたそのエネルギー暴走というのが、実は魔力持ち同士の接触で起きた暴走ではなかったというところから話は始まる。
エネルギー暴走というのは、主にそれまでは魔力持ち同士の接触によって起こることだった。例外として、子どもが自らの力をコントロールしきれない時に小さな暴走を起こすことはあったけれど、大きな被害につながるような力を子どもはそもそも持たないため、問題になったことはなかったのだ。
しかし、その事件の際にはその魔法の使い手が一人でその暴走を起こしたのだ。
何が起きたのか、どうしてそうなったのか、人間も魔法の使い手も分からなかった。そして今後また人間に被害が出ることのないようにと、魔法の使い手は人間から、日常生活で敬遠されるようになった。けれど、既に魔法なしでは便利な生活を送れない人間は、原因を見つけるために大がかりな調査を行ったのだ。
その結果として分かったのが、白の魔法の使い手と、黒の魔法の使い手が存在するということだった。
白は今まで「魔法の使い手」として存在していた者たち同様、人間にとって害のない者とされた。陽の気質が強く出て、その魔力の揺れがほとんどない。
逆に黒は人間にとって好ましくない影響が大きく、その魔力が大きいほど使い手自身が陰の感情や欲望に影響をされやすいという。力が大きくなればなるほど、自分でそのコントロールができなくなり、ネガティブな感情や欲望――たとえば性欲などに溺れやすくなるとされた。
その事件で、エネルギー暴走を起こしたのは黒の魔法の使い手であったとされた。その人自身がコントロールできなかった感情の爆発によって、そのエネルギー暴走が起きたというのだ。
その時から人間の役人は、全ての魔力持ちについて、白か黒かの判別をすることを求めた。その上で、白は今までのように人間と共存していき、黒は白よりも強い管理下に置いて危険なことが起こらないようにすることを決めた。そして白は、実質的にその黒の管理もさせられることになったのだ。
魔法の使い手はもちろん、その一方的な決定に反論した。白と黒を分けることに、魔力持ちとしてメリットはない。それ以上に魔法の使い手としては「黒」とされることは大きなデメリットであるからだ。
黒とされた魔法の使い手が事件を起こしてしまったのも、未熟な子どもが起こす小さなエネルギー暴走のようなものなのだろうという理解は、魔力持ちの中では広がっていた。
しかし、エリートと呼ばれる力の強い白の魔法の使い手たちは、人間に迎合することを選んだ。
研究所で働く、末端の魔力持ちたちの言葉など聞き入れられない。そしてエリートたちも、反論すれば自らや家族の身に害が及ぶ可能性もあったのだろう。圧倒的な人間との数の差に、人間の示した結論を受け入れざるを得なかったのだ。
一部では『魔力で人間の制圧を』と考えた者達もいたそうだけれど、それは現実的ではなく、エリートたちによってつぶされたと言われている。
「黒の子、すぐに隔離っすかねえ。魔力紋ははっきり黒の絵でしたけど」
「うーん、どうだろうねぇ。魔力量と特性次第かなぁ」
白と黒の、魔力紋には浮き上がる絵柄に違いがある。それを見分けることがまず、わたしたちに課せられた仕事だ。わたしは思わず、自分の胸を隠すようにさりげなく手を当てていた。
「浮き上がってたから、魔力はある程度強そうでしたけど……特性はそんなに過激じゃなさそうだったけどな」
独り言のようにため息をつくアサクラに、わたしも「お疲れ」と同情も含めて声をかけた。魔力は白と黒に分類され、その上で独特の特性を持っている場合がある。たとえば、中には「人を傷つけることに特化している」魔力を持つ人や、「女性に対して強い魔力を発動させられる」人、などもいる。
ほとんどの魔法の使い手はそこまで独特の特性は持たず、『普通の』魔法の使い手は誰にでも、何にでもある程度魔力を使うことができる。
「特性といえば、やっぱりトウノさんですよね」
話題が振られるかもしれないと身構えていると、案の定モモちゃんから声がかかった。
「まあ、大した特性でもないけどね」
「いやでも、いかにも白の魔法の使い手~って感じの特性じゃないですかぁ」
モモちゃんがそう笑って、わたしは思わず苦笑いをする。モモちゃんやアサクラから見たらきっと、謙遜しているような顔に見えるだろう。
わたしの特性は『他人のためにのみ力が発動される』である。
けれど、そんないかにも白の魔法の使い手であるような特性を持つわたしには、誰にも言えない大きな秘密があった。
「ほら、そろそろ休憩終わるよ、また午後からも子どもが来るんだから」
わたしが話題を変えれば、アサクラもモモちゃんも何の疑問も感じていないように「やばい、食べなきゃ」「あー午後は黒の子いませんように」とそれぞれ自分の方へと集中し始める。
わたしはパンの残りを口に放り込んでから、トイレへ行くために何食わぬ顔でそっと第13研究室を抜け出した。
ちょっとだけ、心臓がドキドキしていた。アサクラにもモモちゃんにも、もちろんバレてはいないことは分かっているけれど。
あの場にレイリがいなくて良かった、とトイレの個室に入ってホッと一息ついた。わたしはつい、洋服の襟ぐりから自分の胸元を覗く。そこには、間違いなく白の魔力紋があった。
けれど、……これは偽物なのだ。
昨晩取りに戻ったポーチの中にあった薬の効果で、本来の姿は隠されている。薬の効果がきちんと効いていることを確認しても、心臓はまだドキドキしていた。
いつか、ばれてしまうかもしれない。
わたしは常に、そのことに怯えている。
もう誰にも言えないけれど、わたしは黒の魔法の使い手なのだ。