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39 「私はアルジ」

「あなたが燈乃ね」


 きれいな発音でわたしの名前を読んだのは、美しいという形容詞がぴたりと当てはまるたおやかな女性だった。この世の美しさをすべて詰め込んだような現実離れしたその姿と声に、わたしは呆気にとられて返事をすることができなかった。わたしと同じ黒髪に黒目でも、その美しさは異質であるように感じた。

 彼女はそれにくすりと笑って、それからさして気にした様子もなく続けた。


「私はアルジ。呼び方は、んー、なんでも構わないのだけれど」


 アルジはそう言って、わたしの隣にいたレイリに目を向ける。


「レイリはアルジと呼ぶわねえ。我が君、とか呼んでくれても良いのにね」


 それが本気なのか冗談なのかすらわたしには分からなかったけれど、レイリはやや面倒くさそうな顔をして何も言わず、それを見たアルジはまた面白そうにくすくすと笑っていた。


「それはさておき、燈乃とレイリが(つがい)なのは驚きねえ。しかももう、契約までしてるじゃないの。一言報告してくれても良いのに」


 アルジはちょっと拗ねたような顔をしてレイリを見た。レイリは面倒くさそうな顔のままで返事をする。つまり、レイリは報告しなかったということなのだろう。けれど、それではどうしてアルジは契約のことが分かったのだろうかと不思議に思った。手首が見える服は、レイリもわたしも着ていなかった。


「アルジに言ったところで、だろ」


「えー、息子の結婚くらい知っておきたいじゃない」


「あんたから生まれた覚えはねえよ」


 軽い雰囲気で交わされるそのやりとりに、わたしは目をパチクリとさせていた。レイリを息子と呼ぶにはアルジは若すぎる。パッと見、レイリと同い年くらいではないだろうか。



 わたしとエシェルがレイリに連れて来られたのは、レイリが()()()と呼んでいる場所だった。そこは広いお屋敷のような作りをした建物で、レイリの案内によればたくさんの部屋があった。エシェルが寝かされていた場所は、やはりどうやら医務室のような場所だったらしい。


 ホームについて簡単にレイリは説明してくれたけれど、色々なことが急に起こって落ち着けずにいるわたしにとっては、唐突すぎて理解できない部分も多かった。けれど、一応分かったこともある。

 まず、レイリは研究所の他にこのホームでの仕事も請け負っていること。それは、彼が言っていたように「歪な社会をマシにするため」であること。他にも複数の白が関わっていて、一部人間にも協力者がいること。わたしへの実験をしていたのも、ホームでの仕事の一環だったこと。

 そしてホームやその仕事内容については、すべての情報を外に漏らさないようにと徹底していること。


 ホームの中は生活空間というよりは事務所的な空間という雰囲気で、資料が山積みになっている部屋もあれば顔を突き合わせて会議ができるような広めの部屋もあった。

 けれどホームには、今は誰もいない様子だった。静かな屋敷内をレイリは一通り案内してから、最後に「会わせておきたい人がいる」と言ってわたしを屋敷の奥へと案内した。

 そして屋敷の奥まった場所に隠されたようにひっそりと佇んでいた扉を開くと同時に、わたしたちは気づけばアルジのいるこの場所へと転移させられていたのだ。


 転移は、レイリの魔法ではなかった。どうなっているのかと驚いたけれど、その直後すぐそばにいた美しい女性に更に驚いたという次第だった。



「燈乃、薬は問題なく効いているの?」


 少しだけ冷静さを取り戻して来ていたわたしにまたアルジは声をかけてきて、そして尋ねられた内容にまた驚いた。


「薬って」


 魔力紋を白のものへと変えているあの薬のことだというのはすぐに分かった。わたしはハッとして、レイリを見上げる。レイリがきっとそのことをアルジに伝えたのだろうと思ったのだ。けれど、わたしの意図を読み取ったのであろうレイリは首を横に振った。


「俺は何も言ってない」


「え?」


 わたしが理解できずに困惑すれば、なんだか少し恥ずかしそうな綺麗な声がわたしに向けられた。


「燈乃、それ作ったの私なの」


 わたしは反射的にアルジを見ていた。

 

「え、アルジ、さんが」


「アルジで良いのに」


 そう言ったアルジは柔らかい笑みを浮かべていた。美しさに一瞬見惚れかけて、またくすりと笑ったその仕草にハッとした。


「あの日、あなたの父親がここを訪ねてきたのはよく覚えてる。必死に、あなたを守りたいとお願いされたの」


「父さんが、ここに……?」


「ええ。ここにたどり着いたってことは、必要があるんだろうと思って薬を渡したけど……今ここに燈乃が来るための布石だったのかしら」


 しゃなりと首を傾げたアルジに、わたしはもっと深く首を傾げたくなった。全く話の流れが理解できない。そんなわたしの様子を見かねたレイリが、わたしに補足説明してくれる。


「アルジのいるこの場所は、普通はたどり着けない場所にある。必要な時に必要な人がたどり着く、そういう場所だ。さっきの扉はアルジ自身が作った、唯一いつでもここに通じる例外」


 突拍子もない話をされている、と思った。魔法を使えばなんでもできると人間からは思われているけれど、魔力にだって底はある。それこそ底なしでなければ、そんな風に身を隠し続けることはできないのではないかと思った。

 わたしは、恐る恐るレイリを見上げた。すると、レイリはわたしの恐れのようなものを理解したようにすぐに返事をくれる。


「……アルジは、(あるじ)だ。魔力持ちの中でも特別な存在だから」


 驚き以外の感情を、わたしはどこかに置き忘れて来てしまったのではないかと思った。


「あ、主って……おとぎ話とかに出てくるみたいな」


「まあ、そうだな」


「そうって、え、どういう」


 おとぎ話に出てくる魔法の使い手は、本当になんでもできる神様みたいな存在だった。無限の魔力と、穏やかで優しい性格に、美しさを兼ね備えた――。


「実在、して……」


「どうも、主でーす」


 やけに軽い返事をもらって、わたしはおののいた。もしかしてわたしは、今とんでもない人と話をしているのではないだろうか。

 頭ではそう思ったけれど、現実離れした話に心は全くついていかなかった。


「やあねえ、そんな大袈裟な。まあ、人よりちょっと長生きして、ちょっと魔力も多いけど。基本的にはあなたたちと何も変わりないんだけど」


 たぶん、ちょっとどころではないのだろうというのはレイリの表情を見れば分かった。


「俺がガキの頃に初めて会った時と、アルジの見た目は全く変わってない」


 つまり、アルジは年を取らないということなのか。それとも、その姿のままでずっといられるかなり特殊でとんでもなく高レベルな魔法を使えるのだろうか。レイリが幼い頃にアルジと出会っていることにも驚いたけれど、今はそれ以上にアルジ自身への驚きの方が大きかった。

 レイリに対して「あー、それ言わない!レイリはちょっと黙ってて」とアルジはむくれて見せる。神様みたいな人なのに、随分可愛い人だなとも思った。


 そしてレイリとアルジの外見は似ても似つかなかったけれど、なぜだかアルジのレイリへの反応は愛情に満ちているように感じられた。なんとなくそれが親子のそれに近い気がして、けれど見た目は全く結びつかないその感覚に、わたしはどこか不思議な気持ちになっていた。

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