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29 本当に良かったのかな

「本当にもう、ご夫婦……なんすね」


 レイリがわたしの所に来て、今日の夜の予定変更を告げて研究室から消えたあと。わたしに声をかけてきたのは、アサクラだった。

 本当は仕事が終わってから、今日は吸収をお願いしようと思っていた日だった。けれどどうやら、レイリの仕事は長引くことになったらしい。そのためにわざわざ、「明日埋め合わせる」とレイリが言いに来た所だった。明日は週末で、二人とも休み。予定もないわたしが頷けば、レイリはすぐにまた部屋を出て行ったのだった。


「契約したって聞いてから2週間経つのに、なんでそんなずっと驚いてるのよ?」


 なんと返そうかと思っていたわたしより先に、当たり前のようにそれに反応したのは近くにいたモモちゃんだった。


「そうなんすけど。まじでレイリさんすごいなーって。あ、式とかしないんすか?」


 アサクラは透き通った目でわたしを見ていて、わたしはそれに苦笑いする。と、またわたしよりもモモちゃんが先に返答するのだった。


「ちょっとアサクラ、外野は首突っ込まないの!そんな簡単な話じゃないんだからぁ!」


「えぇ、そうなんすか、すいません。でも、するなら呼ばれたいなぁって」


 確かにモモちゃんの言うとおり、式をするかどうかは単純な話ではなかった。普通の結婚でも、おそらく家同士のこととか、お互いの意向とか、色々あるのだと思う。けれどそれ以前に、わたしたちは結婚という建前を使っているだけなのだから、普通以上に複雑であることは間違いなかった。けれど、そんなことは誰にも言えるわけもない。


「まあ、ちょっとね。家のこととかもあるし」


 わたしがそう濁せば、アサクラも「そうっすよね、たしかに」と頷く。そして、続いた言葉にわたしはどきりとした。


「レイリさん、()()()の親族とかもいるんすもんね、きっと」


 そうなのだ。契約すること自体はともかくとして、それを結婚ということにして報告してしまった後で、わたしの中にはこのことを二人だけで決めてしまって良かったのだろうかという疑問がじわりと湧いてきていた。

 レイリにはご両親もいるのだろうし、それもおそらくは魔力持ちだけの親族ではないのだろう。外見から推測すれば、人間の血の方が間違いなく濃いように見える。


 レイリの独断、しかもレイリがわたしのことが好きで望んだというわけでもないこの結婚を、こんな風に決めてよかったのだろうかと、わたしは少し罪悪感を抱いていた。

 そして、そのことをきちんとレイリに話さなければとは思っているものの、レイリとわたしはこれまで個人的な話をしたことがないのだ。それに、レイリは個人的なことを話すのを嫌がりそうな気もしている。そう考えると言い出しにくくて、わたしはこのことをレイリに話せないまま、この2週間を過ごしていた。


「でもぉ、式とかやらなくてもお祝いの会とか企画しますからね!」


 モモちゃんがかわいい顔でわたしにウィンクしてくれたので、それには「ありがと」と笑っておくことにした。



 研究所には正式な報告という形では伝えなかったけれど、レイリとわたしが結婚のための契約をしたという情報は、研究所内で瞬く間に広がった。


 わたしが直接報告したのはモモちゃんとアサクラだけだ。そしてレイリからは、彼と関わりのある研究所のお偉いさんの一部には話したという報告を受けた。ただ、レイリは有名人だし、タキシマ氏にも伝わるようにという根回しの意味も含まれていたため、レイリが報告した人数は意外と多かったようだ。

 それもあって、正式に報告しなかったとは言ってももうほとんど関係は公になっていた。そうすることでわたしが何かに巻き込まれるリスクが減るとレイリは言っていたけれど、レイリは周りから()()見られることになってしまって、本当に良かったのかな、と考えることがわたしにはあった。


 ただ、二人でいる時のレイリは今までと同じように嫌そうな顔をしたり面倒くさそうな顔をしたりすることはあったけれど、本当にわたしとのこの関係を嫌がっているというわけではなさそうだった。

 なぜそれが分かるかと言えば、意識を向けた時にレイリの内面のぼんやりしたものが伝わってくるからである。


 日常の中で、今までは距離が近づけばレイリの圧を感じていたけれど、逆に今は近づくだけではそれを感じなくなっていた。わたしが知りたいと思った時や、時々は無意識にレイリのことを考えていてという意図的ではない場合もあったけれど、わたしの意識が向けばレイリがどんなことを感じているのか、どんな感覚でいるのかというのはなんとなく理解することができた。

 コントロールできないものが侵入してくるという感覚がなくなったこともあってか、レイリに感じていた怖さはほとんどなくなっていた。



 結婚した相手と同じ研究室に所属していられるのか、ということは気になっていたけれど、そこはレイリが交渉したようだった。元エリートだからなのか、レイリはやたらと色々な所に顔が効くらしい、ということは最近かなり実感していることだ。

 ただ、今までと全く同じように仕事をするというわけではなくて、どうやら所属は第13研究室のまま、レイリが外での仕事を多く請け負うということになったらしかった。それもレイリに対して申し訳なさを感じる要因のひとつになっているのだと思う。


 間違いなく、レイリは自分自身のためにこうしているわけではないということは分かっていた。けれど、それがどうしてなのかは分からず、わたしの中では罪悪感が募っていく。



 第13研究室での日常は、以前からなんとなく外にいることが多かったレイリの姿を余計に見なくなったこと以外は、特段大きな変化はなかった。

 モモちゃんは、わたしが根ほり葉ほり個人的なことを聞かれるのを嫌がることを知っているため、ある程度弁えてくれているようだった。

 けれど意外と、アサクラがこの契約について色々なことを尋ねてくることが多かった。今日もそうだったけれど、たぶん、レイリに憧れているからなのだろう。


 先日も「もう一緒に住んでるんすか?」と聞かれて、わたしは「……転移もできるしね」となんとなくごまかしながら伝えていた。



 実際にわたしの力が「レイリのために」と思うことで使えるかどうかを試したのは、契約を結んだ翌週末だった。

 結果としてそれは成功して、正直わたしは驚いた。今まで自分に関係することに魔力を使わずに来たけれど、『相手のため』と思えば使えることもあったのかもしれないと思うとため息をが出た。けれどよくよく考えてみれば、自分のために魔力を使えなくてもそこまで困ったことはなかったな、とも思った。結局今のところは、レイリの家に行かなくてはならない時にしか、おそらくそれは使わないのだろうなと思っている。



*****



 そして翌日。「明日埋め合わせる」と言ったように、レイリは昼過ぎにわたしの部屋に来た。昨日レイリが言いに来た時点ではどうするのかはっきりとお互いに伝えていなかったので、わたしからレイリの部屋の方に行くべきかと、やや悩み始めた時のことだった。もしかしたら、レイリはそのわたしの苦悩を感じ取ったから来てくれたのかもしれない。


「今日の予定は?」


「いえ、特に何もないですけど」


 簡潔な問いに簡潔に答えれば、「とりあえず」と言いながらレイリはわたしに向き合う。吸収してもらう時は前開きの洋服と決めているわたしは、もう慌てずにそのボタンを開くことができる。もちろん恥ずかしさもあれば緊張もするけれど、事前の心の準備が大切なのだ。


 わたしはベッドに座った状態で、レイリはそのすぐ目の前に膝をついてわたしに触れた。レイリは慣れた手つきで手早く吸収を終わらせると、またシャツのボタンを閉めてくれる。その動作にも、わたしはもうあまり違和感を感じなくなってきている。


「今日、時間あるならちょっと出たいんだけど」


 わたしから影がすっと離れたと思えば、レイリはベッドの上にぎしりと腰かけた。隣ではあるけれど、お互いの身体はそれなりに離れているという位置。


「実験ですか?」


 わたしを伴いたいというのなら、また黒について調べたいのだろう、と思った。けれどわたしのその問いかけに、レイリの様子はなんとなく歯切れが悪くなる。なんだろうと思って意識してレイリの中を探ろうとすれば、気が重くなるような感覚が流れ込んできて、巻き込まれたくないと思ったわたしはすぐにそれをやめた。不用意に中を覗くと、巻き込まれそうになる時もあるのだということも、この2週間で理解してきている。


 なにか気が重いことなんだろうか、ちょっと嫌だなそれは。


 そう思ったけれど、「あんたがいないと進まないから」と、今度はおそらくわたしの中のものを読み取ったのであろうレイリに言われた。わたしはぼんやりとしたものしかレイリから汲み取れないのに、レイリはいつもわたしが考えていることを当ててしまう。おそらく読み取れているものに差はないだろうに、レイリはわたしのことをよく見て推測しているから、なのかもしれない。


「……良いですけど」


「じゃあ、行くか」


 そう言って、レイリは行き先をわたしに明かさないまま、立ち上がって玄関へと向かった。わたしは、それに驚いて思わずレイリに声をかけた。


「え、転移じゃなくて?」


 そうすればレイリはわたしを一度振り返ってから、ため息をついた。


「今日は歩きで」


 今までにないその行動に、わたしは緊張したけれど着いていくしかなかったのだった。

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