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28 「俺のために使え」

 抱きしめられた体がドクドクと言うのを感じていた。そして、同じようにレイリの体もドクドク言っているような気がした。けれど、それが本当かは分からない。もしかしたら、それもわたしのものかもしれない、とも思った。


 衝撃を感じたわたしはいつの間にか魔力を流すことを辞めてしまっていたけれど、ふと気付けばレイリも魔力をわたしに流すことを止めていた。どうしたら良いのかと思ってそっとレイリを見上げれば。


「……なんだよ、こっち見んな」


 一瞬目が合って、なんだか嫌そうな顔をしてから、レイリはその表情を隠すようにわたしの頭を自分の肩口へと引き寄せた。そこから、以前レイリの部屋でかいだことのある彼のにおいがしてた。あの時とは逆で、不思議と落ち着くような気持ちになった。


 言葉と行動とのギャップにわたしは戸惑ったけれど、以前ほどの戸惑いはなかった。レイリから流れ込んでくるものが、どこか穏やかなものだったからかもしれない。



「……終わり?」


 わたしがそう尋ねれば、レイリはそっと腕から力を抜いた。開放されたわたしは、今度はレイリの顔を見ることができた。


「終わり」


 もう無表情になっていたレイリはそう言って、さらにわたしから体を離した。ドクドク言っているのは続いているような気がして、やはりこれはわたしの感覚だったのだと思った。また何も言わなくなったレイリに、わたしは尋ねた。



「……契約、したことあるの?」


 手慣れていたなと思って、特に大きな意味もなくそう尋ねれば。


「したことあるわけあるか、馬鹿」


 すぐに返ってきたのはとても嫌そうな声だった。それにしては慣れた手付きだったけれど。そう思えば、わたしの頭の中にはいろいろなイメージが浮かんでくる。レイリは女の子によく手を出しているし。でも一度や二度したことがあっても、確かに慣れるまではいかないかもしれない、それにレイリが手を出す女の子たちは人間だったなと気づいた。魔力のない人間とは、わたしたちはどうやったって契約を結べない。


 レイリは、どんな女の子達と一緒にいたのだろう。


 ふと気になってレイリに意識を向ければ、急にぐっとわたしの中に何かが流れ込んでくるのを感じた。それは、どこか不満げな気持ちのような。

 レイリに近づかれた時に流れ込んでくるような圧の感覚と似ていると思ったけれど、今はレイリはすぐそばにいて、急に近づいてきたわけではなかった。なぜだろうと驚いてパッとレイリを見れば、レイリはため息をついていた。


「なんか、俺の中読み取れたか」


 それを聞いて、ハッとした。契約を結んだために、意識を向ければレイリの中のものが感じられるようになったのだということに気がついた。この不満げな気持ちは、おそらくレイリのもの。その理由までは分からないけれど。


 別に今までよりも詳細にレイリの気持ちが分かる、読み取れるというわけではないようだった。流れ込んでくるものは今までとおそらく変わらない、なんとなくのレイリの感覚のようなものだろう。けれどこれからは物理的な距離関係なしに、意識を向ければレイリのことを感じられる。そういうことになったのだと、改めて感じた。もしかしたら、近くにいても意識を向けなければ流れ込んでくるものを制御できたりもするのかもしれない。

 わたしがそんなことを考えていれば、既にレイリは違うことを考えていたようだった。



「契約紋も……あるな」


 レイリは自分の左の手首を見てから、わたしの左手をとって手首の内側を上に向けた。するとそこには今までなかった文様が浮かび上がっていることに気づいた。魔力紋と同じような浮かび方をするそれは、けれど魔力紋とは全く形が違っていて。


 蔦のような線で描かれていることは魔力紋と似ていたけれど描かれているものは見方によっては何か生き物にも見えるような幾何学模様みたいだった。どこかで見たことがあるような気もしたけれど、それが何かは思い出せなかった。

 契約を結べば左の手首にそれが浮き上がることは知っていたけれど、実際にやってみると本当にこうして急に浮き上がってくるものなのかと、少し驚いた。


「契約紋……なんの形ですかね」


 魔力紋の決まった形とは違って、契約紋は契約した個人同士の特徴的なものが混じり合って形が決まると言われていた。だからきっとこの形はレイリとわたしの、何かが合体したものなのだろうとは思ったけれど。


「……さあな」


 レイリは特にそれを気にした様子はなくて、話には乗ってこなかった。なんだか様子が少しぎこちないような気はしたけれど、そこまでわたしが気にすることでもないだろうと思うくらいの些細な違いだった。わたしは特にそれ以上レイリに何かを聞くこともなく、自分の契約紋を眺めていた。



「……結婚、したことにするか」


 すぐ近くで聞こえた声はどこか苦々しげで。そうはしたくないのだろうな、と思った。先ほど契約を持ちかけてきた時も、レイリとしては離れた距離にいてもわたしのことが把握できるようにと言う意味で申し出ただけという雰囲気だった。

 その時は驚いて結婚という言葉を出したけれど、やりとりから結婚という意味での申し出ではなかったのだろうということは、もうわたしにもわかっていた。わたしも特に、それを望んでいるわけでもない。


「いえ、そこまでは」


 わたしがレイリの気持ちも推し量りつつそう言うと、けれどレイリはその苦々しげな表情を変えなかった。


「手首にこれがあったら、どうせバレるだろ」


 そう言ってレイリは自分の手首を眺めた。わたしもそれをちらりと見たけれど、そこに浮かぶのはわたしと同じ紋様で。契約を結んだ者同士には、(つがい)だと一目でわかるように同じ模様が浮かぶ。父と母にもお揃いの紋様が刻まれていたことをふと思い出した。

 だから、母は父が死んだとき、すぐにそのことが分かったのだ。分かって、しまったのだ。



「それは……」


 けれどそれからすぐにわたしの脳裏に浮かんだのはモモちゃんやアサクラの反応だった。確かに、ずっと服で隠しておける場所ではないし、目ざといモモちゃんはすぐに気付くような気がした。


「人間側の書類は出さない。ただ、事実上そういう関係になったと知らせておくのは悪くない。そうすれば快もそう手は出せないだろ」


 人間で言うところの不倫のような関係を持つ魔力持ちもいるけれど、この契約をすれば遠くにいてもお互いのことが分かってしまうから、秘密が持ちづらい。そのため、契約を結んだ魔力持ちは人間よりもそういう行動には及びづらいのだ。

 おそらく、魔力持ちは元々、人間よりも相手への縛りのようなものが強いのだろうと思う。


 ただ、相手の行動自体がわかるわけではないし何を考えているかが分かるわけでもない。そこまで影響があるのだろうかということも、今のわたしは疑問に感じていたけれど。


「まあ……社会的な立場もありますもんね」


 けれど、タキシマ氏はエリートだ。少なくとも表面上、レイリへの当て付けにわたしに手を出すことはできなくなるはずだった。


 ふう、とレイリがため息着いたのが聞こえて、わたしは契約紋を眺めていた視線をレイリに向け直した。



「困ったら言えよ。あんたの嘘は、俺はもう見破れる」



 そう言ったレイリは、ぎしりとまたベッドを歪ませてから立ち上がった。


「帰る……?」


 わたしが尋ねれば、レイリはすっと目を細めた。


「……居たほうが良いか?」


 声も表情も感情を映さないものだったけれど、それはどこか優しかった。……もしかして、わたしがレイリに意識を向けているから、レイリの中あるものが感じられているのだろうか。

 そう思うと、わたしはそれに急に恥ずかしさを感じて、ぶんぶんと首を横に振った。


「ここ、結界張ってないよな」


 レイリはわたしをじっと見ながらそう言った。レイリはおそらく、自分の部屋には自分の魔力以外は受け付けないようにと結界を張っている。わたしは自分のために魔力を使えないので、そういうことは一切していなかった。どうせしたところでわたしの部屋に誰かが魔法で何かを仕掛けてくるとか、部屋に転移しようとしてくるとか、そんなことがあるとも思えなかった。

 けれどわたしの顔を見たレイリは何も言わず、ブーンと低い音を響かせた。手から眩しく強い光が現れて、それがわたしの部屋を包むように移動して空気に溶け込んだ。


 わ、きれいだな。


 内心そう思って、すぐにレイリがわたしの部屋に結界を張ったのだということに気づいた。


「え、良いのに」


 わたしがそうつぶやけばレイリは今度は不満げな気持ちを表情に映した。


「俺はここでも魔力を使えるようにした。ここへの転移もできる。俺の部屋も、あんただけは転移できるようにしておく」


 唐突な話にわたしが目を丸くしていれば、レイリはプイとわたしから視線を外した。


「でもわたし、自分の為には魔力が使えないから」


 低い声で、「そんなこと分かってる」とレイリが呟いたのが聞こえた。


「俺のために使え、それなら転移もできるだろ」


 そして言われたのは、考えたこともないことだった。ただただ分からずその言葉を反復してしまう。


「レイリの、ため」

 

「……俺のことが心配だとか、俺のために届けるものがあるとか、そういう事ならお前だって力を使える」


 言われてから、そうか、気持ちの向け方次第なのかとどこか納得するような気持ちになった。けれど直後、本当にそうなのだろうかとも疑問も湧いた。


「……今度、やってみます」


 わたしが素直に頷けば、レイリも納得したように一度頷いた。

 それから「……じゃあ」とレイリはちらりとわたしを見て、すぐにわたしの部屋から自分の部屋へと、転移を使って帰っていったのだった。

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