19 「黒は白よりも本能的な性質が強い」
伸ばしたわたしの手に、レイリは険しい顔のまま勢いよく近づいてくる。いつもひょうひょうとしているレイリには珍しく、とても荒っぽい仕草だった。縮まる距離に、ぐっと、レイリの中の何かが流れ込むのを感じた。近づけば近づくほど、それは強くなる。
暴走しているのだとしたら、過剰に増えた分のエネルギーを吸収してもらえれば苦しさはなくなるはず。そう思えば、わたしはレイリが来てくれたことに少し安心していた。触れられるのが嫌だと、自分がコントロールできないことが嫌だと思っている自分も間違いなくいたけれど、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
レイリはベッドに片膝をついて、肩で荒い息をするわたしを見下ろした。大きな影が、わたしの上にかかる。
「暴れんなよ」
その声はやはり怖くて。レイリは吸収するために、縮こまっていたわたしを仰向けにしてから洋服のすそに手をかけた。今日着ているのは前開きの服ではなかった。首元にビジューのついた、ハイネックの薄手のニット。レイリは躊躇せずにそれをめくって、その下のキャミソールのインナーを露出させる。
わたしが身体をなんとか少し浮かせば、すぐにニットは脱がされた。露わになった肩や鎖骨がひんやりとした空気に触れて、少し心もとないような気がした。けれど、早く吸収してもらわなくてはという思いが勝る。
「触れるぞ」
それが聞こえてすぐに、レイリの手が今度は鎖骨あたりからキャミソールの中へと入ってくる。魔力紋は布地に隠されて見えないけれど、レイリは大体の場所に手を置いた。すると、びりりと電気が走ったような衝撃がわたしの身体を駆け抜けた。
「…!」
びくりと身体を震わせたわたしは、また縮こまりそうになる。けれど、レイリは反射的になのか、空いている手でわたしの身体を抑えてそれを阻止した。ぐっと、力が込められる。そうすれば、そこからもまたぴりぴりとした刺激がわたしの身体を伝った。
「いや、」
その刺激に、わたしは思わずレイリの手を拒否しそうになった。刺激を受けて感じるのは、お腹の奥の熱い何かが大きくうねる感覚だった。怖い、と思った。自分が知らない感覚。
けれど吸収してもらわなくては、と頭では思っていて、わたしはなんとかその刺激に抗う。押さえつけられる力の強さとそこから伝わる刺激を感じながら、わたしは必死で身体をそこに留め置いた。
ぎゅっと目をつぶると、ブーン、とかすかな低い音がして魔法が発動されたのが分かった。胸元に置かれたレイリの手が熱を持って、それからわたしの魔力紋が温かくなる。決して熱すぎはしないのに、焼かれるような痺れるようなものも同時に感じた。これは、前回の吸収の時にもあった感覚だった。
その魔力紋を中心として、全身がレイリの力で覆われるような感覚と、少しずつわたしの中にある重たいものが取り払われていくような感覚に、わたしはホッとした。間違いなく、わたしの中の魔力はレイリの手によって減らされていることを感じたから。それが実際にどのくらいの量なのかは自分では分からなかったけれど、身体はじわりと軽くなったように感じた。
けれど。
吸収が終わって、レイリの手がわたしから離れていく時。わたしは激しい感情が自分の中に湧き出すのをまた感じた。
けれど今度はそのことを自分で理解するよりも前に、わたしは行動に移ってしまっていた。
気づけば、レイリの離れていく手をとっさにつかんで、ぐいと自分の方へ引っ張っていた。
行かないで。
たぶん、わたしはそう思っていた。
そんな行動を起こされるとは全く思っていなかったであろうレイリは、わたしの力で簡単に体勢を崩した。縋るような気持ちでレイリの顔を見れば一瞬目が合って、彼は今まで見た表情の中では一番驚いた顔をしていた。
ドサ、と重たい音を立てて、レイリはわたしの上に倒れ込みそうになった。けれど間一髪、レイリはわたしが掴んでいない方の腕で自分の身体を支える。レイリの顔が目の前にあった。わたしに覆いかぶさるような姿勢で、お腹や下半身はところどころ触れていた。そこからぴりぴりとしたものを感じる。けれど、安心もしていた。
「あんたな……!」
お互いに一瞬、息を止めていたと思う。けれど、すう、と息を吸う音が聞こえた思えば、レイリは目の前にいるわたしに大声を上げていた。その声に、わたしの身体はびくりと震えた。
怒っているようなレイリの目。至近距離で流れ込んでくるのも、怒りのような強くて固い何かだった。自分の行動に、わたし自身も驚いていた。けれど、その手を放す気にはなれなかった。
「……」
お互いに、何も言わない時間が続いた。どくりどくりと、自分の心拍が聞こえる。けれどすぐ近くで、似たような音がもう一つ聞こえていた。けれどレイリは、その心臓以外動いていないのではないかと思うくらい、ピクリとも動かなかった。
しばらくして、沈黙を破って口を開いたのはレイリだった。それもそのはず、わたしはもう、まともな思考ができていなかったのだから。
沈黙の間にも触れ合った所から流れこむ刺激に、わたしの身体の中の熱は増え続けた。もどかしい、触れて欲しい、と自分が思っていることには気づいていた。そう思っていることに恥ずかしさのようなものも時々浮かんできたけれど、まともではないわたしはそれをすぐにどこかへと追いやって、掴んだレイリの手は決して放さなかった。
「……黒は白よりも本能的な性質が強い。特に3つの生理的欲求が強いと聞いたことがある。……魔力が強くなれば、それも顕著になる」
聞こえた言葉に、わたしは目の前のレイリの顔に焦点を合わせる。いわゆる三大欲求というものだろうか。確かに、わたしも聞いたことのある話だった。反応を返さずにレイリを見つめれば、彼はそのままゆっくりと話を進める。レイリから流れ込むものは、もう怒りではないような気がした。けれど、強くて重たい何か。それが何か、わたしには分からない。
「まずは睡眠欲。……さっきも寝てたな、あんた」
わたしはそれにかすかに頷いた。どうやら、レイリはわたしの話をしようとしているらしい、ということには気づいた。
「それから、あんたにも確認したけど、食欲」
確かに、物足りなかったりお腹がすいたりすることも今までよりも多くなっている。レイリがさっきわたしに食欲について尋ねたのは意味があってのことだったのかと理解した。
「最後に」
レイリが言いかけて、それからわたしが捕まえていた手を振りほどく。そうすると急激にわたしの中から寂しさのような物足りないという感情が湧き出して、レイリの手を追いかけたくなった。
けれど、そのレイリの手はすぐにわたしの喉元をとらえて、するりとそこを撫でた。
わたしの全身が、大きく震える。お腹の奥がぎゅっとして、思考が溶けそうになる。
「性欲」
レイリはすぐに、わたしから手を離した。わたしはその言葉に、急に現実に引き戻されたような感覚になった。
性欲。もしかして、わたしが知らなかった、今感じているこの熱さや息苦しさは――。
「あんた、今までもこういうことになってたのか?」
もう淡々とした声に戻っているレイリに、まるで、実験されているみたいだ、と思った。レイリは魔力が増えたわたしの欲が高まっていることを分かっていたのかもしれない。もしかして、わたしがどうなるのかを見ていたのだろうか。
エネルギー吸収ではどうやら黒の欲は収まらないようだと、レイリは結論づけたのかもしれなかった。
そう思うと、急に恥ずかしくなった。
違う。
そう否定したかった。わたしが感じているのは、性欲なんかではない。求めていたのは、レイリに触れてもらうことなんかではない。嫌だ。
そんな、はしたない自分なんかじゃない。
けれど、違うと否定したいのに、身体はコントロールできなかった。全身が熱くてたまらない。じわりと汗が浮かんで、下腹部がうずいた。これが性欲というものだと言葉になってしまえば、もう意識をしないことなどできなかった。
レイリはそっとわたしから離れようとした。なのに、わたしの身体は勝手にまたレイリを引き留めてしまう。
「行かないで、」
レイリは一瞬ぴたりとすべての動きを止めて、怖いくらい圧の強い目でわたしを見た。そこに映るものがなんなのかわたしには分からなかったけれど、わたしが分からないということは、レイリのそれもわたしへの欲望なのだろうか。いや、でもレイリに限ってそんなわけがないか。一瞬、頭にそんな考えがよぎった。
けれどその考えが結論に至るよりも早く、レイリは動き出した。乱暴な手つきで、わたしのキャミソールをまくりあげたのだ。
「……?!やだ、」
わたしは驚いて、それを阻止しようと身体をよじった。けれどそれを見たレイリがわたしから離れようとすると、わたしはまた彼の腕をつかんでしまう。矛盾した自分の行動に、わたしもわけがわからなくなる。コントロールできない自分が恥ずかしくて、涙がこぼれた。
「……面倒なのは、嫌いなんだよ」
レイリがぐっと近づいてきて、びくりとわたしの身体が震えた。レイリの口元がわたしの耳元のすぐそばまで寄せられて、レイリは低く、わたしの耳元でそう呟いた。あんたは面倒くさい、と言われているのだ。ぐっと、胸が痛くなった。
けれど、その寄せられたレイリの首筋から、甘いような、脳がしびれるような香りがふわりとした。それは先ほど感じていたよりも、何倍も何倍も濃い香りだった。
これは、レイリのにおいだったのか――。
そう考えている途中で、レイリの手がまたわたしの喉元をかすめた。わたしの身体がまた反応する。そのしびれと相まって、もうわたしの脳みそは何も考えられなくなってしまった。ぎゅう、とお腹が縮こまる感覚に、身体も小さく縮こませようとしたけれど、それはレイリによって阻止される。わたしの身体は、レイリの手によって簡単にうつ伏せに転がされてしまったからだ。
「噛んでろ」
それから突然、レイリの左手がわたしの口に押し付けられた。驚いて口を開けてしまったところに、その手は無理やり奥までねじ込まれる。ぴったりと口にはめられたそれは、わたしが身をよじってももうそこからはびくともしなかった。
それからすぐ、レイリの手はわたしが他の人には晒したことのない場所へと伸びてきて、性急にわたしを慰めたのだった。
この続きを、ムーンの方に上げました(https://novel18.syosetu.com/n0498hk/)。
読まなくても問題はありませんので、もしご興味のある大人の方がいらっしゃいましたら、ぜひ。
燈乃が色々な急な変化に混乱していてややこじらせていますが、この後は展開していく予定なので、どうぞよろしければお付き合いください……!




