16 嫌だな
レイリはデートと称して、ここ最近わたしを色々なところへと連れ出していた。そしてわたしは交渉通り、それに協力している。
カモフラージュのためなのか本当にデートをするのに適しているような場所に行くこともあったし、けれど決して普通のデートでは来ないだろうという場所に行くこともあった。
そしてそこで、表面上はわたしに笑いかけながら、何かを探るような動きをするのだ。それはわたしの中に流れ込む、魔力の動き。流れ込んでくるレイリの中のものがぐぐっと質量を増して、わたしはその度に落ち着かない気持ちになった。
そしてそれがどんな意味を持つのか最初は分からなかったけれど、それはわたしの中の何かを探っているようだと最近気がついた。まるで何かを疑われているような感覚になるから、落ち着かない気持ちが湧き出すのだ。わたしはおそらく、被験者のような立場にされていた。
レイリはそれをわたしに全く説明しなかった。けれど、おそらくその動きを隠そうとしているわけでもないのだろう。主導権を握られているわたしは反抗できないし、レイリも従うだろうと踏んでいる様子だった。
レイリの目的が何かは知らない。けれど、レイリはひたすらにわたしを調べているようだった。環境ごとのわたしのデータをとる。そしてそれが終わる度、わたしの内面を推し量る彼の能力は増しているような気がした。調べられている感覚はやはり慣れないし、デートを重ねるごとにどんどん筒抜けになっていくような気がして、レイリの隣にいることをとても居心地が悪く感じていた。
前はレイリの持つ圧倒的な力のようなものを恐れていたけれど、今は自分自身が全て暴かれてしまうのではないかという怖さがあった。既にわたしの最大の秘密は暴かれてしまったのに、それ以上にそれは怖いような気がするのだ。そんなじりじりとした恐怖が、最近は常にわたしを取り囲んでいるように感じていた。
「夜は時間、あるのか」
小会議室の中、おそらく先ほどデスクで言いかけたのであろう内容をレイリは口にして、わたしをじっと見ていた。今はレイリから流れ込んでくるものはほとんどない。じわりとした、そもそもの膨大な魔力に伴う圧だけだ。これだけならばもう、ほとんど気にしなくても済むくらいには一緒に過ごしている。
「……なくは、ないですけど」
本当は他に時間を使う予定なんて何もない。何もないけれど、「時間あります」というのはなんだか癪に障った。けれどこれも、もしかしたらレイリは見抜いているのかもしれない。そう思うとまた居心地の悪さを感じた。
「じゃあ夜に部屋で」
レイリはそう言って、一方的にわたしとの約束を取り付ける。わたしが黙ったままいるのに、レイリはわたしのことなど気にせずまた静かに扉の鍵を開けるのだった。
*****
仕事を終わらせたその日の夜、わたしは言われた通りにレイリの部屋へと来ていた。前回吸収を依頼した時もレイリの部屋へと来ているため、3回目の来訪だった。
先に仕事を上がったのはわたしだったけれど、研究所から部屋へと転移したのであろうレイリはわたしが部屋に着いた時には当たり前に部屋にいた。前回、レイリから「一緒に転移すれば合理的だろ」と言われたけれど、わたしはそれを拒否した。なんでも言うことを聞くと思っていたのか、レイリは珍しく面食らった顔をしていたけれど、それに関してはそこまでこだわりがあるわけではないようで「嫌なら歩いて来れば」とすんなりと許可が下りた。
研究所でもやりとりをしなくてはいけなかったし、恋人として振る舞っておいて今更かもしれなかったけれど、仮にも職場からレイリと一緒に彼の家へ向かうなんて場面を他の人たちに見られたくなかった。それに、全て言うことを聞くと思われるのも嫌だったという気持ちもあったと思う。
そしておそらく、レイリの部屋は彼自身以外の使い手の魔力は受け入れないようになっているのだろう。わたしだけではそこに転移することはできないという意味での「歩いて来れば」という発言なのだと思う。いや、そもそも、わたしは自分のために魔力を使えないので、自分の転移はできないのだけれど。
そういうわけで、わたしは今日も歩いてレイリの部屋へと来たのだった。
レイリの部屋は、研究所から程遠くない場所に建つ、見晴らしの良いマンションだった。リビングと寝室、そして他にも1つ、部屋があるのであろう扉もある。一人暮らしにしては広い部屋に住んでいるな、と思った。元エリートは、もしかしたら待遇も違うのかもしれない。部屋の中を見回せば、物は最低限、色味もない。それはレイリらしいような気がしたので、あまり違和感はない。
わたしはリビングのソファに座って、なんとなく窓の外を見ていた。暗くなっているのに、カーテンは開けられたままだ。
わたしは、居心地の悪さを感じていた。前回のようにレイリに吸収してもらって、終わったらさくっと帰ろうと思っていた。けれど、そうは行かなかった。わたしが部屋へと上がったとほとんど同時に、レイリの元に連絡が入ったためだった。
携帯するための通信機器を、わたしたち研究所職員はそれぞれ持たされている。魔石で動くそれは人間にも普及しているもので、人間にとっても今や欠かせないものだろう。
レイリは通話をするため、わたしに特に何も言わずに寝室へと入り、わたしはそれが終わるのを待つしかなかった。けれど、しばらく経った今も、レイリはリビングへと戻ってきていない。
何か研究室絡みの仕事の話だろうか、と思ったけれど、わたしに出来ることも特にない。わたしはただただやけに動きの遅い時計を見ながら、ひたすらソファにいることしかできなかった。レイリの気配にどこか落ち着かない気持ちは残るけれど、次第にわたしは自分の意識は自分の思考へと向いた。
嫌だな、と自分が思っていることには気づいていた。レイリが吸収について昼間に言ってきた時、どうにか逃れられないだろうかと考えていたと思う。あの場では嫌だなという気持ちだけで、自分がそう考えていたことには気づかなかったけれど。
親しくもない偽恋人の前で他の誰にもさらしたことのない肌をさらし、触れられなければいけない。自分がそんなこと気にする質だなんてこれまで思ってもいなかったけれど、実際にこうなると少し気になっているのだと言うことは分かった。レイリに他意はないというのは分かる。逆にレイリも嫌がっているかもしれないし、そうするしかないのだからそれ自体は仕方ない。そう頭では納得しているのに。
そして考えれば、同時にレイリの力加減ひとつで自分が壊れてしまうというリスクもある。ただなぜかそれに怖さのようなものは、自分ではあまり感じられていないのだけれど。どこかで、黒である自分はそうされても仕方ないと思っているのかもしれない。
けれど、自分が暴走することで他人に迷惑をかけることが怖いという気持ちははっきりとあった。吸収してもらうことでわたしが暴走を起こさないというメリットは、大きい。
天秤にかければ、レイリに触れられて、すべてを委ねる方をとる。それはわたし自身の判断としても間違っていないと思う。
思うけれど、それでも嫌だなと思うのだ。
カチカチと、時計の音が響いた。
静かだな、と頭がぼんやりとしてくる。わたしの頭の中で動いていた思考はそこで止まった。代わりに出てきたのは眠気だ。
ここのところ、どうしてか眠たくなることが増えていた。夜もきちんと眠っているし、仕事中に眠たくなることなんて今までなかったのにな、と思いながら、そういえば今わたし、お腹もすいているなと気が付いた。
止まった思考の細かい部分から砂に覆われていくような感覚がした。そこには嫌だという気持ちと原始的な欲求だけが残って、けれど、それはなんだったか、と頭の中で分からなくなっていく。
嫌だな、眠いし、お腹もすいた……。
そして、どう考えても絶対にしたくなかったし、あり得ないように感じることだったけれど、わたしはこの時、レイリの部屋で眠ってしまったのだった。




