14 「交渉成立」
「吸収しないと、また暴走するかもしれないってこと……?」
わたしがレイリをちらりと見れば、レイリは頷いた。わたしを見ているのは、やっと理解したのかと言いたげな目だった。いや、いつも通り目つきが悪いだけだから、勝手にそう思われているかもしれないとわたしが決めつけているだけなのだけれど。
そして、自分がエネルギー暴走を起こすなんて想像しただけで身体が震えそうになった。それからわたしはハッとする。もしかして、資料室で倒れたのはただ具合が悪いからではなくて……。
わたしがパッとレイリを見れば、レイリは「気づいたか」とそのままの真顔で言った。
「昨日の資料室での件も、あんたの自己暴走だ」
さっと、血の気が引くのが分かった。
このままでは胸の魔力紋を隠していても、いつかはわたしが黒であることがばれてしまう。今まで暴走を起こしたのは、全て黒である。本来なら、魔法の使い手は大人になれば自分自身で魔力のコントロールができるのだ。学院を卒業してから魔力量が増えることは基本的にはありえないということも関係していると思う。コントロール可能なため、エネルギー暴走など起こさない。
思い返せばあの時、わたしはレイリへの怒りでいっぱいだったはずだ。それがコントロールできない自分の魔力と合わさって、暴走へとつながったのか。
本当に、わたしは黒なのだ。
その事実に、愕然とした。
人を傷つけてしまう可能性が、わたしには本当にあるのだ。それはとても、怖いことだった。
「吸収すれば良い」
わたしの内側での感情の起伏を、まるで読み取っているかのようにレイリはそう口を開いた。
「あんたが自分を黒だって隠してきたのは、別に人を傷つけるためじゃないんだろう」
わたしの中にはどこか穏やかな気持ちが流れ込んでくる。自分自身は焦っているのに、不思議な感覚だった。
先ほどからの話に照らし合わせれば、もしかしてこれはレイリの表面には出ていないものなのだろうか、と思った。混乱しながら、そのレイリの内面のようなものに触れて良いのか分からずに、流れ込んでくるものをどこかへ追いやりたくなった。けれど、それもコントロールできない。
追いつかないことばかりだ。わたしは、自分のなにもかもを、コントロールすることができないのか。
わたしに浮かぶのは、自分への恥。
「だから、俺の恋人として振る舞え」
先ほども言われたその言葉に、わたしは戸惑った。「だから」で繋がる話だっただろうかと少し思ったけれど、深く考える余裕はなかった。自分の恥ずかしさと、流れ込んでくる一定の揺らがない穏やかさのようなものに、わたしは更に戸惑う。噛み砕いてくれないと分からない。レイリの話を理解できないことも恥ずかしかった。
けれど、もうそんな自分はこいつには散々見られているのだと開き直るような気持ちも湧いた。だからわたしは、明確にしてしまえとレイリを見つめる。
「……それは、近くにいても怪しまれないからって言う……?」
わたしが気持ちを整理しながら時間をかけてやっとたどり着いた質問に、レイリは瞬時に「それ以外あるかよ」と嫌そうな顔をした。
「このままだと、研究所の誰かしら、あんたの様子に気づくだろう。その前に、あんたが自分の力をコントロールできるようになれば別だけどな」
コントロールできるように、と言葉を繰り返してから途方に暮れた。同時に、やはり考えが読み取られているのかと不安にもなる。
学院では力の制御の方法も習ったし、自分の力はある程度制御できるようになった状態で学院を卒業するけれど、こうして大人になってから増えるというのは想定されていないし、どうしたら良いのかよく分からなかった。
「……大人の黒のエネルギー暴走は、たぶん、あんたみたいに急に魔力が増えることで起きるんだろう」
レイリは冷静にそう言った。そうか、とそれには理解が追いついた。わたしの中で起きているようなことが、他の黒にも起きうるのかもしれない。
そう考えれば逆に、わたしだっていつ、10年前の事件のときのような死傷者を出す位の暴走を起こすか分からないのだ。そう思えば、尚更怖さが増した。
そしてふと、レイリの雰囲気が変わったような気がしてちらりとレイリに目を向けた。すると、レイリはまっすぐにこちらを見ていた。表情は変わらない気がしたけれど、それはどこか楽しげな雰囲気をまとっていて。
「資料室からここにとりあえず転移させて、それから一度、昨日の内にあんたの力は吸収してある」
レイリはぐっと、わたしの心臓のあたりに触れていた手に力を込めてそう言った。その言葉と行動に、とっさにわたしはバッとレイリから離れた。
今、なんて言った?
理解はできたけれど信じられなくて、わたしはそのまま固まった。
「……吸収、した?」
「した」
躊躇いなく、レイリは飄々と言ってのける。
「だからあんたの魔力紋は、もう昨日見てる。なんで白の紋様が浮かんでるのかは知らないけどな」
それは本当にレイリがわたしの身体を、魔力紋を見たということを信じるしかない発言だった。なぜ楽しげなのか、わたしには理解できない。
わたしはやけに余裕のありそうなレイリに腹が立っていた。そちらの感情が大きいのもあってもう怖さは全く感じなかったけれど、かたや途切れなく、ずっと圧のようなものを感じてはいた。もしかしたらそれは、レイリの内にある膨大な魔力を感じているだけなのかもしれないと思った。
けれど、ここでレイリに対して怒っても、さらに余裕を見せつけられるだけではないかと考えられる冷静さもまだ自分の中にあったようだ。なんとか自分をコントロールしようと試みる。先程までレイリに触れられていたところに自分の手を当てれば、ドクドクと早い鼓動を感じた。そして、ふと疑問が浮かんだ。
「……最初、ためらわずにわたしに触れましたけど、相性が悪くて暴走したらどうするつもりだったの」
やすやすと、レイリは最初に森でわたしに触れたのだ。本来、そういう関係を望んでいない大人の魔力持ち同士が触れることなど、ありえないことなのに。
けれど、レイリは顔色ひとつ変えずにすぐにわたしの疑問に答えた。
「いや、起きたとしても対処できる。放出されたエネルギーをその瞬間に吸収すれば良いだけだ」
すんなりと言われた言葉に、わたしの頭はまた置いてけぼりになる。レイリはもう、わたしの理解の悪さを承知の上なのか、すぐに話を噛み砕き始めた。
「俺は拡散されたエネルギーを吸収できる。……じゃなければ、相性もクソもない黒の魔力の吸収なんて仕事、できないだろ」
そう言われれば、と思った。
白で吸収ができるのは高レベルの使い手のみ。その吸収は、胸の魔力紋に触れる必要があるわけで。否応がなしにそれを任される白達は、その場で放出されたエネルギーをも吸いとる力があるということなのかと驚いた。それは、どれほどの魔力があれば可能なことなんだろうと愕然とする。
黒の吸収の仕事は高レベルの白にしかできないわけだ、と納得もした。
「それで?」
レイリは少し口の端を上げていた。あまり見たことのない、面白そうな顔だった。流れ込んできていたものが、表情と一致した。ちぐはぐさがなくなって、それが一致したことには安堵のような気持ちが浮かんだ。
「あんたは俺に協力するのか、それとも」
一度、レイリはわざとらしく言葉を区切る。
「力で分からせた方が良いのか、どっちだ」
ぐっとわたしの中の悔しさが高まる。それと同時に、レイリから流れ込む圧も強まった。なぜそこで強くなるのか、と不思議に思った。レイリから流れ込んでくるのであろうものが、何に反応した強まったり弱まったりするのか、全く予測がつかない。
「……恋人として振舞えと……」
わたしが潰れた蛙のような声で呟けば、「そうだ」とレイリは笑ったままだった。取り繕うような顔ではない。尊大な顔だなと思った。
そしてたぶん、これがレイリの素なのだろうということも分かった。
「途中、色々と追加条件を増やすかもしれない。あんたに拒否権はないけどな」
「……そうするしか、ないんでしょう」
「話が早いな」とレイリは言うと、わたしの胸元にまた手を伸ばした。何をされるのかと一瞬警戒したけれど、ふたつ目のボタン、一つ目のボタンと、今度はレイリの手が上へと戻りながらボタンが閉められる。
「交渉成立」
レイリの顔は、尊大なまま。
終始ペースに飲まれていることに悔しさを感じながら、今のところは自分にとってもメリットがあることも理解はしていた。
ただ、それでもやはり悔しさは感じてしまうのだった。




