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12 悪いのはわたし

「自分で分からないなら、分からせてやろうか」


 大きな影が、わたしにかかる。何かされるかもしれないと頭の中で警鐘が響いて、思わずその顔を見上げてしまった。至近距離で視線が合う。不機嫌そうなその声に、わたしは何も言えなくなった。近すぎて、ものすごく強い圧を感じる。息が止まるような感覚に囚われる。


 レイリの手が、すっとわたしへと伸びた。そして、その長い指が迷わず指したのは、わたしの胸元の――。



「ここに、あんたが隠しているもの」



 その指は触れるか触れないかというところでピタリと止められた。その動きは強い圧とは裏腹に、どこか慎重そうに見えた。

 わたしは、小刻みに横に首を振った。固まった身体では動きがもつれて、レイリから見れば震えているようにしか見えなかったかもしれない。


 まさか、もう、見られてしまっているのだろうか。

 服を脱がされたタイミングが分からず、怖くなった。たぶん、薬の効力が切れたのは朝方だろう。でも、資料室で倒れてすぐにここへと運ばれたのなら、きっと効力が切れる前にベッドに寝かされたはず。であれば、直接は見られていないかもしれない。

 頭ではそう思ったけれど、状況を把握しきれていないためにこの瞬間にも不安は膨らみ続ける。



「じゃあ、見せてみろ」


 わたしが声を出せずにいる間に、レイリはわたしの首元にその大きな手を近づけた。ひやりとした手がわたしの肌に触れる。どこかで知っている、と思ったけれど、わたしには考える余裕などなかった。

 そしてその手は、つつ、と首元をなぞりながら少しだけ下がった。たどり着いたのは、ブラウスの第一ボタン。嫌だと思うのに、わたしはレイリの視線に縫い留められて動けなかった。

 そうすれば、自分ではもたもたとしかボタンを開け閉めできなかったのに、レイリはぷつりといとも容易く、ブラウスの一つ目のボタンを開けてしまった。


「や、め、」


 本当に脱がされそうになっているのだ。わたしは抵抗しようと首元に自分の手を伸ばしたけれど、鈍った動きではレイリには全く敵わない。


「じゃあ、あんたが自分で脱ぐか」


 問いかけられているようなその言葉は、本当にわたしに問いかけているわけではない。本当はとんでもないことをしているのはレイリなのに、自分で脱がないのがいけないのだと、わたしが悪いのだと言われているように感じて一瞬わたしの動きが止まる。レイリはその隙に、ふたつ目のボタンをぷつりと開ける。そしてその手は躊躇わず、三つ目のボタンに伸びた。


 そこを開けられてしまったら、もう、きっと見えてしまう。


 わたしは抵抗する気力さえ、もう持てないような気がした。蹂躙される時の気持ちはこんなものだろうか、と現実逃避するような考えすら出てくる。

 ぎゅっと、目を閉じて口を結んだ。考えてみれば、()()のはわたしなのだ。この国の法律に、みんなが守る取り決めに反して、黒であるのに白であると偽って生きてきたのは、わたしだ。


 正義はレイリにある。悪いのはわたし。

 やはり、白はどこまでも正しいのかもしれない。わたしは黒だから、こんな風に自分の保身を考えて罪を犯してしまったのかもしれない。


 父さん、母さん。ごめんなさい。


 自分を責める気持ちと、黒に生まれてしまったことへのやるせなさのようなものと同時に、父親と母親の顔が脳裏に浮かんだ。

 きっと父さんなら、もっとうまくやったんだろうな。浮かぶのはひどく感傷的な気持ちだった。


 

*****


 わたしの父は、黒だった。


 けれど別に、何か悪事をしでかすとか、魔力や感情をコントロールできずに暴走を起こすとか、そんなことは一切なかった。10年前のあの事件のあと、人間主導で黒の摘発が盛んに行われはじめた頃。当時は黒の危険度もはっきりと分からず、少しでも懸念があれば黒と決めつけられたその時期。おそらく今よりもその判別は雑に行われていたことは想像に難くない。その頃に父は黒と判別され、隔離されることになった。本当に黒だったのかは、未だにわからないけれど。


 当時はまだ、黒の庭なんて場所はなくて。けれど黒とされた人々がどこに拘束されるかも、わたしたち家族は知らされなかった。もしかしたら今の黒よりも、もっともっとひどい扱いを受けていたのかもしれない。


 黒だと宣告された日、父さんはいつもと変わらず笑っていた。わたしの前では最後まで。白とされた母さんは泣いていた。ボロボロだった。14年間色々とあったにせよ、愛情をかけて大切に育ててもらったわたしは、その日を境に何かぽっかりとしたものを内側に感じるようになった。穴のような、虚無の空間のような。


 宣告された父はすぐに隔離される手筈になっていたけれど、父さんはそれに少しだけ抵抗した。誰にも何も言わずに一日だけ、姿を消したのだ。きっとその違反をすれば、その後に自分の処遇が悪くなることは分かっていたのだろうけれど。

 そして戻って来てすぐに、父さんはわたしに言った。『毎日、これを飲みなさい』と。それが今も飲み続ける薬だった。父さんは明言しなかったけれど、その当時14歳だったわたしの胸にまだはっきりとは浮かんでいなかった魔力紋が、将来、黒のものとして浮かびあがることを知っていたのかもしれない。


 それをわたしに手渡してから、すぐに父さんは家を離れた。『あとは頼んだよ、母さんのことも』。父さんはそう言って、今度は隔離されるために自ら家を出たのだ。その後ろ姿が、父さんの最後の姿だった。一日姿をくらませたことは、重大な罪として扱われた。


 その後の詳細は、知らされていない。けれど、数年後には父さんが死んだという知らせが実家へと届いた。王立学院に入学した後。帰省した夏の暑い日に、わたしはそれを母さんから聞いたのだった。

 母さんは弱っていて、本当にボロボロだった。それからしばらくして、まるで母さんも父さんの後を追うみたいに衰弱して亡くなった。


 わたしは父さんが守りたかったものを、守れなかった。

 そう思ったけれど、わたし自身のことも守れと言われたのだということも知っていた。だから、わたしは薬を飲み続けた。


 小瓶に入った薬は元々少なかったけれど、不思議なものでなくなればいつの間にか増えていた。おそらくそういう魔法がかけられているのだろう。そんな魔法は聞いたことがなかったけれど、事実、そうなっているのだから信じるしかない。

 父さんがどこからこれを入手したのかは分からなかったけれど、わたしはそれを信じていた。飲み続けたわたしの魔力紋は、ずっと白のものだった。


 学院に所属していた頃、その薬を一度だけ飲み忘れたことがある。

 父さんを信じる一方で、心のどこかでは薬の効果を少しだけ疑っていたことも、本当はわたしが黒ではないのではないかという思いもおそらくあって、油断が生まれたのだ。


 けれどわたしの、自分が白かもしれないというほのかな期待は、その時に見事に打ち砕かれた。次の日の朝、鏡の前で見たのは、初めて見る黒の魔力紋だったから。


 飲み忘れれば、黒に戻ってしまう。それを明確に理解してからは、飲み忘れないようにと注意をしてきた。

 それから今まで、おそらくはわたしの特性の影響もあって、周りからはわたしが黒だと疑われたことはなかった。


 そう、今、この瞬間までは。

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