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9 「やっぱり、大切にされてるんですよぉ」

「ちょ!トウノさん!いつから付き合ってたんですかぁ!」


 黒の庭の視察が予定通り終わり、第13研究室での勤務に戻った日の朝のこと。研究室に入ると荷物を下ろす間もなく、声をかけてきたのはわたしよりも先に出勤していたモモちゃんだった。朝から声が大きくて、わたしはやや後ずさる。


 内心、「ああ、ここでもか」とうんざりしながらも、まずはとりあえず自分の机に荷物を置いた。モモちゃんは驚いたような、けれど楽しそうなキラキラした笑顔を浮かべてわたしにさらににじり寄ってくる。

 とりあえずどういう風に伝わっているのかを確認する意味もあり、しらばっくれられる可能性への期待もあって、わたしはモモちゃんに尋ね返すことにした。


「いきなりなんの話?」


「誤魔化しても無駄ですってぇ。トウノさんの考えをなんとなく分かるくらいには、モモとトウノさんは仲良しなんですからー!」


 しらばっくれるのは難しそうだ、と初っ端からわたしはため息をつく。モモちゃんとはちゃんと関わってきているだけに、わたしが濁そうとすることすらモモちゃんには見透かされていたようだった。特に、恋愛関係の話は異様に目ざといのだ、モモちゃんは。

 わたしのため息に、モモちゃんは満足げに笑った。


「レイリさん、トウノさんのこと大事そうに抱えてたって、黒の庭勤務の同期の子がすごい興奮して連絡してきましたよぉ!」


 なるほど、モモちゃんには直接的に情報が入ったらしいと理解する。それではまだ研究所全体には伝わっていないかもしれない、と考えればわたしにはまだ希望が見えた。モモちゃんはこちらを巻き込もうと勢いに乗って話を続ける。


「そんなことになってたなら、モモには言ってくれても良かったのにぃ」


 「こう見えて口、かたいんですよ?」と首をかしげるモモちゃん。可愛さは今日も健在だ。


 モモちゃんのような「あのふたりそういう関係?!」「いつから?!」という反応を、わたしは一昨日・昨日と黒の庭滞在中にも何度もされていた。もちろん、そこには仲の良い人がいるわけではないのでモモちゃんほど直接的ではなかったし、もっとコソコソと噂されるような感じだったけれど。

 でも、レイリが堂々とわたしを抱いて運んだあの件を、目撃した白は多かったのだろう。



「……違うの、モモちゃん」


 わたしから出たのは覇気のない声だった。



 あの後、抵抗できなかったわたしは結局レイリになされるがまま、横抱きにされて部屋へと運ばれた。不幸なことにわたしの部屋は棟の上層階で、そこにたどり着くまでしばらくの間、レイリに抱えられていないといけなかったのだ。

 断じて。断じてそんな関係性ではないのに、やはり魔力持ち同士が触れているというのはインパクトが大きかったようだ。わたしも他の人同士がそうしていたら間違いなくそういう関係なのだろうと思うのだから、仕方がないのだけれど。



 しかし、許せないのは一番の原因であるレイリだ。

 確かに具合が悪くて身動きの取れなかったわたしは困っていた。運んでくれたことには感謝している。けれど、あの部屋でわたしを放置してくれればよかったのに。屋根のある人目につかない空間で、わたしは朝まで耐えられたのに。

 わたしの中にはそんな思いが湧き出る。レイリがわたしを何かに利用しようとしてそうしたのだということが分かってからは、もう恨み節のような言葉しか出てこなくなっていた。


 結局、わたしはレイリに部屋のベッドまで運ばれたあとはすぐに深い眠りについたようだった。昏々と眠り、次の日の朝早く目が覚めた時には、万全とまでは言えなかったけれど身体が動くようになっていた。

 レイリに運ばれるわたしを見た同室の女性は目をまん丸くしていたけれど、ほとんど見知らぬ人だ。何があったか事情を話せる仲ではない。わたしは、彼女が噂好きではないことをひたすらに祈った。



「違うって、えーじゃあ、なんだって言うんですかぁ?」


 モモちゃんは口をとがらせる。そんな顔もかわいいけれど、今はちょっと厄介だなと感じる。


「具合が悪かったの、それで、運んでもらっただけで」


「でも、レイリさんって魔力持ちには今まで絶対に触れて来なかったのに。トウノさんと相性を確かめて、わざわざ運んだってことですよねぇ、普通なら医務班を呼べば良いだけなのに。……やっぱり、大切にされてるんですよぉ」


「いや、相性は別に確かめたわけじゃなくて……」


 ニヤニヤとわたしを見るモモちゃんからかなり強い圧を感じた。これはわたしが何を言っても、聞き入れられない雰囲気なのは間違いない。けれど反論しないと事実が作られて行ってしまいそうで、いや、反論してもそうなるのかもしれないけれど、わたしも必死で言葉を探す。モモちゃんは良い子だけれど、恋愛スイッチが入ると人の話を聞かなくなる傾向にある。普段は他人事と思っていたけれど、これは厄介だ。


 確かにそう言われれば、あの場面はレイリが医務班を呼んでくれたら良かっただけの話だ。そうしたら相性に影響を受けない防護白衣と手袋をした医務班がやってきて、わたしを介抱してくれただろう。

 レイリは何故、わざわざ彼にとっても面倒なはずのことを請け負ったのかと、憤りにも似た疑問が浮かんだ。



「どうなんですか、触れても全然大丈夫でした?良いなあ、運命の相手じゃないですかぁ」


 モモちゃんはわたしの返事を聞かないうちからそれが事実であるようにそう言った。静電気のようなわずかな反応すら感じない相性の良い相手は、本当に稀なのだという。わたしはそもそも他の魔力持ちにほとんど触れたことがないので、レイリとの間に何か反応が起きていたのかすらきちんと分からなかったけれど、気になることは確かに特にはなかったように思う。ただ、あの時の具合が悪すぎて、それを感じ取れなかっただけではないかという風にも思っていた。


「微笑むレイリさんにお姫様抱っこされたトウノさん……!あーやばい、モモも見たかったなぁ」


 止まらないモモちゃんに、わたしは小さくため息をついた。多分、わたし一人でこれを収めることはできないだろう。もし、レイリもこの話を否定してくれたらそれは叶うだろうと思ったけれど。

 でも。


 きゃあきゃあとひとりで盛り上がっているモモちゃんの声と同時に、ガチャリと研究室の扉が開いた。そして、そちらから聞こえてきたのは聞き慣れないトーンの、けれど聞き慣れた声だ。



「燈乃、早いな」



 わたしはその声に、さらにげっそりとする。もう今日は帰りたいとすら思った。その声の主は、原因を作ったレイリ本人だ。


「……」


 わたしは一度レイリを見てから、すぐに視線を外す。代わりにモモちゃんが「レイリさん、おはようございますぅ」とニコニコと声をかける。「ああ」とレイリがそれに応じると、モモちゃんはきゃあとまた嬉しそうな声を上げる。


 そうなのだ、何の思惑なのかレイリはあの翌日からわたしのことを名前で呼ぶようになり、さらに取り繕ったような目の奥が笑っていない笑顔を浮かべてわたしに話しかけてくるようになったのだ。軽い。チャラい。そう思うと、嫌悪感が湧いた。


 面倒くさいことに巻き込まれてしまった、どうしてあの時、見つからないようにもっとうまく木の陰に隠れなかったのか。


 自分に対しても嫌気がさしてきて、わたしはもう一度ため息をついた。黒であることがばれないようにとひっそり生活してきただけだったのに。こんな風に、目立ちたくはなかったのに。



 そんなわたしの思いとは裏腹に、気づけばレイリはわたしのすぐそばまで来ていた。今まではあり得なかったその距離感に、モモちゃんは「あ、わたし、今日の連絡事項確認してきまぁす!」と言ってすぐに部屋を出ようとした。そんな変な気を遣わないで、行かないで、とモモちゃんに目線で縋りつけば、モモちゃんは大きな瞳の片方をパチンとつぶって、綺麗なウィンクを寄越してからすぐに部屋を出ていった。


 そうじゃないの、と思いつつも、わたしにかかる大きな影に、わたしは唇を結び直した。

 目を見ないように、出来る限り声をまともに聞かないように。


 レイリのわたしへの接し方が変わってもやはり、レイリがわたしに向けるものに恐怖を感じることは変わっていなかった。

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