6 露天市場
彼、城ノ内道流は不完全な形で巻き込まれ召喚され、地球に帰ることができないと知った。何もかも失い深い悲しみにさいなまれるも、この世界で生きていくことを決意する。その時、第二の人生として名を換えた。ナノス・ジョーと――
城ノ内道流、改めナノス・ジョーは一息小休憩をいれて、噴水広場を下りにぎやかな露店が並ぶ通りを歩いていた。
広い大通りからどこからともなく客寄せするハリのある呼び声に飛び交う声。老若男女ごった返していた。長く続く露天市場は色とりどりの露店が両サイドに鎮座して賑わっていた。初めて来た人には露店の数に目移りすることだろう。
王都民や外からやって来た人は露天市場、市場と呼び足げに通っている。
――いらっしゃい!いらっしゃい!
――寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!
――ちょっと見ておくれ!
――安っす!これくれ!この、まるでおしりのような果物!
――そこの兄ちゃん食ってくか!
ナノスは露天市場のひとつである果物露店のおばさんに声をかけた。
「お姉さん、この果物ください」
そう言って、おろし棚のたくさん種類がある中の山のようにどっさり置いてある1部の果物を指差す。赤い林檎のような果物。
艶が入っていてとても美味しそうだ。
「…!お姉さんって…やだわ!銅貨2枚よ!おまけにこの果物もつけてあげるわよ」
おばさんは嬉しげな表情である。お姉さんと言われてもまんざらでもなさそう。おまけに同じ果物をつけてくれた。
そこでふとしたことに気づくナノス。
「…(金貨しかないよな、金がでかすぎる)」
ナノスの数少ない財産である追放金の入った袋。追放金を見るがやはりキラキラ輝く金貨しかない。お金がでかすぎる。
ふと嫌な想像をしてみた。ここで金貨を出してみろ、それこそ商人は商売たくましくものを売ってくるだろう。それならまだ良いが、悪人に見つかってみろ、たかられるか当たり屋がいたりするぞ。物乞い(乞食)に見つかりたりしてみろ、ギラギラ目を光らせ虎視眈々と奪えるかどうか思案していたり、恵んでくれとガン飛ばしてくるぞとそんな妄想繰り広げている。
しかもここは人が密集しているし、スリにあったら大変なことになるまである。換金屋に行った場合、物価のわからない奴がぼったくられる。
しかしもう一度言う、金貨しかない。…後で、しまう場所をスーツの内胸ポケットに入れておこう。ないとは思うが、仕方ない。胸あたりが少々不自然に膨れ上がるだろうが見栄より実利だ。
次からお金を分散して他の場所にも数枚入れておこう。
「どうしたんだい?お金ないのかい?」
お金を出さないナノスを不思議そうに見てくる。まさか金貨しかないからどうしようか迷っているなどとは思わないだろう。
庶民は金貨をあまり使わないと聞いている。少し目立つが仕方ない。
「申し訳ないのですが、金貨でよろしいでしょうか?」
金貨1枚を袋から取り出して果物屋のおばさんもといお姉さんに渡す。
「!あらら…もしかして貴族様でしょうか?」
ナノスと金貨を目で行ったり来たりした後、貴族と思ったのか急にかしこまった口調になる。
今のナノスは、ここらでお目にかかれない身なりをしている。確かな技術と素材で作られた上質なスーツに丁寧な言葉遣い、そこに出されたのが金貨。これでは、間違われるのは無理からんことかもしれない。
「いえ、違います。それで金貨でもよろしいでしょうか?」
長引きそうだったので再度聞くナノス。
果物屋のおばさんはまだ疑っていそうな表情だが待たせるのもいけないと思ったのかお釣りを出してくれた。
「はいよ、銀貨9枚と大銅貨9枚に銅貨8枚ね」
「ありがとう。お姉さん少し質問があるんですけど、いいですか?」
おつりをもらうと果物屋さんのおばさんに尋ねる。
「かまわないよ、なんだい?」
「こっちの果物はなんです?」
今し方買ったりんごのような果物について聞いた。
「これかい?これは"アポー"だよ」
「じゃあ、こっちは?」
アポーという果物の隣に置いてある桃色で誰かはおしりと表現するかもしれない果物を聞く。
「こっちはピーチだよ。甘いよ、買う?」
「あ、はい、買います」
流されるように進められてついピーチと呼ばれる果物を買ってしまった。こちらは1つで銅貨4枚。買ったピーチを手に取り顔に近づけると甘い香りが実から漂ってくる。どうやら桃のようだが。
ナノスはまだ、それからも他に並んでいる果物について知りたかったがやめてことにした。
「この国はどうです?住みやすいですかね?」
「最近は平和よ。どこも一緒だと思うけど、まあ住みやすいかねぇ。わたしはこの国ましてや王都から出たことないからわかんないわよ」
妙な質問にも答えてくれた。
度重なる質問に果物屋のおばさんからますます疑う視線が若干だが強まる。だが探ってこない。藪つついて蛇が出たらまずいと思っているからだろう。
ごめんね、おばさん次で最後だ。
「最後にお姉さんのお勧めの店があれば教えてください」
おすすめの店をいくつか教えてもらい、お礼としてこの店で一番高い果物、"デーツ"を買った。
ちなみに小さいざる籠一杯で大銅貨5枚。砂漠地方にあるプレーンのような見た目の果物で栄養価が高く甘いらしい。
ナノスがその場から去ろうとすると、果物屋のやりとりを見ていた両隣りの露店商たちが金を持っている客だと察してか、粋の良い声で客引きをしてくる。
商売たくましいなあ。すぐさま離れようと苦笑いを浮かべてながら、人だかりに紛れ込む。
先ほど、果物屋で買ったアポーと言う果物をハンカチで拭いひと口かじる。
「うまい」
異なる世界だから果物もどこか違うかもしれないと思っていたが、見た目りんごの中身もりんごだった。"食"に関してはそこまで違いは無いのかもしれない。あるとしたら、異世界特有の食べ物。
例えばファンタジーの草とかモンスターの肉とか…。あそこからうまそうな肉の匂いがする。
どうやら串肉を売っている露店のようだ。行ってみよう。
「!?おう、らっしゃい!」
いい匂いだ。目当ての露店前に来ると、串肉露店のおっさんがしばらくして気づいて威勢のいい声で迎えられた。ナノスが目の前に来ていたが気配が薄いのか気づかなかったようだ。
串肉を並べて下から直火で焼いている。時たま肉から滴り落ちる肉汁が火に当たり揺らめく。クルクルと串肉を回しているおっさんの手つきは熟練者のそれだ。肉が焼ける音、匂いがナノスの食欲を刺激していく。
「おじさん、この肉何の肉?」
「今焼いてる串肉が"モウカウ"の肉で、こっちの焼き立てほやほやの串肉が"コッケイトウ"の肉だ。どっちも美味いぞ!」
売っている串肉が何の肉なのか聞くとそう答えが返ってきた。
モウカウ?コッケイトウ??
何の肉なのかがわかったが、今度はどういう生き物か気になる。
しかし、知っていて当たり前かもしれないことを真っ当に聞くのもあれなので、ど忘れした風に聞こう。
「すみません、"モウカウ"と"コッケイトウ"ってどんな生き物でしたっけ?」
「ん?"モウカウ"は普段温和温厚だが喧嘩を売ると獰猛になる牛に似たモンスターだろ。で、"コッケイトウ"はアホな行動する。しばらく見ていると仲間同士でアホな行動を笑っているから"コッケイトウ"って呼ばれる。雛は黄色い体毛で成体になると白っぽい体毛になる。鶏冠が個体によってそれぞれ違うから面白いだろ。鶏に似てるもんな。こんなところだろ」
「そうでしたね」
うんうん、振られるたびに相槌を打っていた。あたかも思い出すかのように。
おじさんは片手間で串肉の焼き加減を調整しながら客であるナノスの相手をしている。特に不審に思われずに答えが聞けた。
モウカウは牛に似てて、コッケイトウはアホで仲間同士でアホってると。
鶏冠が面白いってなんだ?どう面白いのか気になる。
機会があったら見に行こう。
それはそうと、注文せねば。
「それじゃあ、それぞれ1本ずつください」
「へい、まいど。どちらも一本銅貨2枚だから銅貨4枚な」
果物屋でお釣りとしてもらった銅貨4枚をポケットから取り出し渡す。
「ほら、どっちも焼きたてだから美味いぞ」
「ありがとう」
ニカッと笑うおっさんから串肉を受け取る。なるほど、モウカウは確かに牛肉に似ているし、コッケイトウは鶏肉に似ている。匂いも美味しそうだ。
「美味い」
どちらも美味い。牛肉に鶏肉だ。塩で味付けしてあって良い塩梅だ。
なかなかにボリュームがあったがペロリと完食。この露店は当たりだな。気に入った。
「そうだろう、うまいか。他の店と違いちゃんと下処理してんだぜ。あ、これ秘密な」
串肉屋のおっさんはナノスの素直な感想に嬉しかったのか、ついとばかりに何か企業秘密な事を口走ったようだ。
秘密?パッと思いつくのは、あー、血の下処理だろうか。
でも、ここ異世界だから異世界特有の法則の法則なのかもしれない。余計な詮索はせず、聞き流してもう一本ずつ所望する。
「そうですか、もう一本ずつください」
「まいど!!」
うん、うまい。
異世界で食事が合わないと悲惨だからな。モンスターの肉は食えてなおかつ美味い。
これは幸先良いかもしれないな。
そうして買い食いしながら他の露店を見て回るためぶらぶら歩き出すナノスであった。
いつの間にか露天市場の端まで来ていたようで、そろそろ目お目当ての就職先に行こうと来た道を折り返す。
しかし、ふと目に入った脇道にテントが在ることに気づく。
不思議なことに意識が吸い寄せられて自然と歩き出していた。
薄暗く人気のない道。通りにはもちろん石畳が敷かれていて、歩くと少々靴の音が反響してしまう。
―――コツコツ
ナノスはテント前に立ち止まった。
そこには看板があった。
「占いオババ?」
待ってくれていた方や初見の方も読んでくださり、まことにありがとうございます。




