16.ナノス外に出る!
晴天。
ナノスは外に出た。
王都の門の外は広かった。見渡す限り草原。時折、風で草っ原が揺れる。大気に大地に大空の偉大さを身で感じ入る。
身体の中を透き通っていくかのように風がいく。まるで自分が風になったかのよう。今ならなんでもできそうな万能感。
そして、初めての景色にナノスはこの経験を忘れることはないだろう。
呼吸をするたびに世界が答えるかのような景色の流れに感じ入る。
幾分そうしていたのか。長かったような短い時間の清涼さに心すっきりして、お仕事に精を出していこうと歩歩を進めた。
こうして見渡す限りの草原だが、少し行った先に森が見えてくる。今日は森周辺である薬草採集の依頼を受けている。
ここに来る前気になることがあった。
薬草採集を受ける時、レイアに心配されていたように思うのだが、あれはなんだったのだろうとナノスは思い返す。
受付に薬草採集をすると言付けたら、
「…あの、ジョーさんもしかしてそのまま草原へいかれるつもりですか?」
「??ええ、そのつもりですが。何かありましたか?」
心底不思議そうに返したナノス。
「うぇ、、ええ、そうですか。お気をつけて…」
驚きの声がレイアさんの口から出てたのにびっくりしたが、そのとき服装や外見を見られていたのを覚えている。何もおかしいところはなかったはずだ。身だしなみに気をつけていたし、軽く運動して体も特に異常はなかった。
行って帰ってくるだけ。そう、行って目的の薬草を採集して帰ってくるだけ。だから身軽………
(!!!!!???!!??)
やばいびゃいやばいびぁいびぁいやばいやばい!
俺何も持ってない。手ぶらだ。ここ異世界。外、魔物うようよ。小ぶりなナイフどころか武器になるもの持ってない。いまだ野生の魔物を観たことないけど。
帰ろう。
(何もないのが良くない。外は危険だと知っているだろうに。自衛手段を持たずに外に出たことは紛れもなく失態。大きな傷にならなくてよかった。気づけてよかった〜〜!!)
ナノスは重要なことを思い出し、とても足取り重く、つい先ほどの光景を上塗りするかのようにこの恐怖と混乱を経験として記憶に刻み込んだ。
初の門出は希望と絶望の急降下を体験してなんとも言えない思いをしたのであった。
ひとっ走りして王都に戻り、訳知り顔のレイアに恥を忍んで冒険に関する物を売っている店を聞いて冒険セットなるものを買い、再び場に舞い戻った。
もう冒険した気がする。どっと疲れがする。大変だった。
きつかったなぁ。レイアさんのジト目に大商店の店員さんの微笑みよ。優しく教えてくれたのだから感謝しかないんだけど。ほんとだよ。「怪我して気づく前で良かったですね」ほんとこれだよ。
準備は不足あって不足なし。不足ないと思った時は不足あるし、不足あると思ったとき不足なし。なんだったかなそんなことをデヴォットが言っていた。
怪我する前で良かった。いたたまれない経験をしたのは久しぶりだ。良い門出だと思ったんだけどな。浮かれすぎていた。危険がいっぱいあるし、知らないことがいっぱいある。もし、このことに気づけず知らないままうぬぼれて続けていたら命を持っての経験値になっていることだろう。
今一度、そう、わたしは赤ん坊。わたしは赤ん坊。アイアムベイビー。アイアムベイビー。わたしは赤ん坊。
よしこれでよし。
さあ!気を取り直して冒険だ!ナノスはなるべく自然体を装い、警戒しながら薬草を探す。
キョロキョロと草を探す。目当ての薬草はここら辺にあると思うのだが。
ここ数日調べた図鑑はそう言っていた。"冒険の書マグエムル"に書いてあった。
マグエムルシリーズは読んでいて飽きなかったな。色んなジャンルの本を出している著名人らしい。
ナノスはしっかりファンになった。子どもでも読める引き込まれる話し方わかりやすい解説詳細が載っていて、御飯時になっても本にかじりついて読んだ。
これぞ冒険って感じそのもの。実際一緒に冒険しているような気持ちにさせられた。
特に好きになったマグエムルシリーズの"あい"だ。
純愛物語。共に助け合い、愛し合いながら冒険していく主人公たちの苦難と、行く先先で出会う人たちと愛に満ちあふれている物語だ。感動して涙した場面、激情した場面もあった。
話がそれた。マグエムルシリーズの冒険の書マグエムルの採取図鑑に載っていた。
薬草。
名前は薬草。そのままの名前だ。これが原初からある草らしい。タンポポのような見た目をして日当たりよく風通し良い場所によく生息する。効能、仕組みがよくわかっておらず、専門家によると万能薬草らしい。エリクサーの材料になる。古代は作れていたようだ。マグエムルが生きた時代は極少数だがあったようだ。他の薬草と混ぜて効能上昇させるのが主流で、直に食べても少量の回復が期待できると書いてあった。育ち具合により効果が異なり、採取する時は地上に出ている茎から上を丁寧に切り取る。根はそのままにしておくとまた生えてくるとのこと。
「あった」
薬草を発見した。はやる気持ちを抑えるが足早になってしまう。ザッザッと足音が鳴る。
なるべく音立てず静かに歩く…デヴォットいわく、警戒している時はその警戒している対象の襲撃はない。なぜなら警戒しているから。警戒しているからこの時危険が相応にして創られ、安心して気が抜けた時に創られた危険が具現化し起きる。これを聞いたとき、何を言っているのか分からなかったが、今それがわかった。
薬草を採取。移動しようと立ち上がったその時、視界の影からものすごい速さで接近するものが現れた。ナノスはこれに体がびくんと震え驚き硬直した。接近してきたものは上半身スレスレを通過する。そして、折り返し首の辺りを通っていった。もし、驚いた時上半身を後ろに半身ほど傾けていなければ首あたりに傷を負っていたことだろう。
接近してきた小さき影は木に着地して、再び強襲をしかけてきた。
「う、うさぎ?」
そうつぶやいて、無意識のうちにたたらを踏んでいた。このおかげか、接近を許したうさぎに不意による強襲攻撃をかわすことができた。これで攻撃されたのが二回目だ。
初めて見る野生の魔物。野生の魔物が現れた!ようやく相手が誰かを視認できた。
あれはヴォーバルバニーだ。普段は比較的温厚な魔物。住処は土穴。穴付近である縄張りに入ったとき温厚なヴォーバルバニーは住処を守らんとして獰猛となる。小さき身に見合わぬ脚力で角による強襲。白色。赤目。珍種。普通は一角うさぎの色は黒か茶色。目の前にいる色は白。怒りで少しピンクだ。あれではここら一帯は生きづらかろうに。
狙われているとわかったナノスはナイフを抜き、身構えた。
慌てふためく侵入者の心情を知っていると言わんばかりに、足に力を入れて強襲する。
来ると分かっていても平衡を保つことができていないナノスはでたらめにナイフを振る。
「ギャ」
これが功を奏して、ヴォーバルバニーの目元に傷をつけた。ヴォーバルバニーは不格好に身体を地面に打ち付ける。バタバタと身を起こし、ナノスを威嚇する。
意図せず残心していたおかげかヴォーバルバニーは攻撃を仕掛けてこない。一時のにらみあい。
そう長くは続かない。なぜなら、ナノスはこのような緊迫した経験が少ない。ゆえに、考えて行動する癖が出た。考えがぐるぐると回り案山子になったナノスを見てヴォーバルバニーは動いた。
気が抜けた時を狙いヴォーバルバニーは強襲を噛ます。実に心情見透かす魔物だ。決まったかと思われる強襲。
だが、幸運なことに足下おろそか、つまずき膝をつく。戦闘経験のなさがまたナノスを救う。
――ドスッ
助かったと思った。が、それも一瞬。
(ヴォーバルバニーはどこだ?!)
膝をついた状態で、油断ならないヴォーバルバニーを探す。
ヴォーバルバニーはナノスの後ろにあった木に偶然にもブッ刺さっていた。
バタバタと角抜けぬヴォーバルバニー。
「…っ」
間抜けに見えるがナノスはその場から逃げ出した。
戦闘時間およそ五十一秒。一分にも満たない時間であった。
疾走してその場から離脱したナノスはある程度離れた場所で弾む息を整える。
「急に始まるじゃん」
さっきは危なかった。急に始まる戦いにバタバタしただけで終わった。
いざ戦闘だとなるとデヴォットの教えは今回役に立たなかった。いや役に立ったか。しかし、思ってたのと違う。やむを得ず戦い、倒す方法が今回の選択肢に入らなかった。そういった経験はナノスには少ない。デヴォットに少しばかり手ほどきを受けたのみ。選択肢に元からなかったか。そういう思考を事前にしてなかった。出会ったら倒すというね。
切り抜ける方法は一つでないのはわかった。必ずしも戦う必要はない。
デヴォットは言っていた。警戒しているときは警戒している対象の襲撃はないと。なぜなら警戒しているから。警戒しているからこの時危険が相応にして形作られ。安心して気が抜けた時に作られた危険が具現化し起こる。これを聞いたときは何を言っているのかわからなかったが、今それが理解できる。
なら、ナノスにとって嬉しいことを思い続けるだけだ。元より戦いは好みでない。平和主義だ。そういう思いの方が性に合っている。
それは嬉しいことを想像していること、嬉しいことを思うこと、嬉しい言葉を使うこと。それらの嬉しいと共に行動すること。こう解釈した。別の角度から予想外の事象に見舞われることはあるだろう。
今回、何が来るかわからないから警戒するのは、何かは知らないけれど何かは来るかもしれない。この何か来るかもしれないが曲者で、言い換えれば襲撃されると思ってしまった。もっと言い換えれば襲撃されると思い込まされていた。他ならぬナノスが。
一体誰がそんなことをするのか?
過去と記憶しているナノスになる。何でかと問われれば、ナノスが思っているからである。自分が自分で襲撃されることを思っていることになっている。壮大な自作自演だな。ナノスの思いに沿って近い形をこの世に映す。世界はこのナノスの意思に思いを寄せるから、近いにいた魔物このヴォーバルバニーだな。ヴォーバルバニーにナノス・ジョーという人物が魔物に襲撃されるという行為を過去のナノスが想像していることで未来を想像したことになる。そして、未来もまたナノスがつくり、過去のナノスが想像した原因と結果ができた。
過去、ナノスは小説が好きだと言っていた。お約束の襲撃が来るのはあると無意識下にあった。その意識に縛られていた。定番やフラグと呼ばれるもの。本来、定番やフラグはないのだ。いや、あるがない。あるがないのなら、ないがある。操られていたことに気づくと気づく。これはそういうことかと。
この気づきは昔流行ったアハ体験に近い。気づくことができれば万々歳だ。
そう、思うことと実際に現実に現れてくるのは時差がある。時間がかかる。思いが先にあって現実が後。思いと現実との間に言葉があるのだがここでは割愛して、無形と物質界、霊主体従なのである。思いが物質を創るのは可能。今の現実は相当数の時差が出る。抵抗している人類、変わる人類がいることを知っている。不変ではいられない。いつまでも子のままではないだろう。大人になったできることが増えているだろう。次の日には理解できることもあるだろう。季節の変わり目には衣替えしなければならない。そういうもの。
ナノスは来た道を戻り帰街して、街中を歩いていた。歩く歩幅がいつもより小さかった。
さっきの戦闘はどうなんだろう。
「幸運」
初の戦闘の感想がこれなんだ。本当に突如始まる生死。敵に攻撃が当たっても安堵できなかった。
ただ、この場からどう逃げるかを真っ先に考えていた。それでは戦えるものも戦えない。でも、それが最善だと思っていたから。そして、ズンぶらーんバタバタとヴォーバルバニーが自滅した場面を見ても攻撃しようとは思わなかった。ナノスもヴォーバルバニーも第三者から見ればお笑いものだろう。
ナノスは真剣だった。紛れもなく命のやり取りをしていた。
生き物を殺さなければならない。自分がやられてしまう。しかし、やられる前にやれというのは何か違う。倒して何になるのかと問いかけられているのだ。内なる情動に。目的のない死を誰も望まない。だが、ナノスはもちろん死にたくない。当然だ。誰も自ら死のうとする人間など幸せではあるまい。魔物が安全なら悪であったならよかったのに。見るからに悪なら躊躇なく倒せるのに。難しい。あのヴォーバルバニーは縄張りに近づいてきた対象を警戒して生きるために襲って来たと想像できる。
(なんなんだろうな。なにがしたいんだ。俺は…何になりたいんだ)
無益な殺生はしない。聞こえは良いがそれができれば初めから悩みなどない。与えてある通りの生き方しかないのだと氣づかされるだけ。
降りかかる火の粉を極力避けて通り、直撃する火を全力で排除する。今は、そう結論づけるしかないのか。大して頭がいいわけではない。こんな時に最適解を見つけることができればと思うが。なかなかに苦しい。
今はわからない。だけど、わからないからこそわかろうとする努力したい。他者を知ろうとすることは必ずナノスにとって力になってくれるはずだから。
冒険者ギルドで報告をすませたあと、行きに世話になった大商店の店員にお礼の挨拶をしようと店に立ち寄る。ヴォーバルバニーとの戦いでナイフは心強かった。ナイフが無かったら傷を負っているか、最悪…だったろう。
「いらっしゃいませ。どうかなさいましたか?」
店に入れば薬草採取依頼に行く前にお世話になった店員に声をかけられた。
「今日はありがとうございました。今後も道具一式大事に使わせていただきます」
「それはようございました」
感謝を伝えるために来たが、どうにも晴れない顔。今朝見たハツラツとした顔が、悩みある顔になっていることを見抜いた大商店の店員は静かにナノスの悩みを聞く。
「なるほど、それは難しい悩みですね。冒険者の生業は未知の冒険をするためどうしても生死が直結してしまう場合があります。今回の、私、商人からしたら商談で相手から有利に交渉するかですから、不条理な仕打ちをすればのちに自分自身に帰ってくるのはわかるでしょう。ことにナノス様の悩みは生死が絡んでいます。本当に難しい。
悩んで良いんです。あなたに考えて学んで頂くために神様は導こうと頂かれますから自分なりの学びを、みちをゆくことです。私ごときではナノス様の悩みを晴れやかにすることはできません…ナノスさん、あなたの中に答えがあるはずですよ。どんな選択をしてもナノス様が歩む道はあなたが真に納得できるか、会得できるかどうかです。焦らないことが肝要です。いつかは学ぶことができて喜びと共に次にいけます。焦ると転びますよ。私は地に足をつけよとよくよく言われます。今しか動きようがありませんからね。これからさまざまな状況に身を置かれましょう。手放さなければならなくなったとき、大切な人が窮地に陥っている時など確かなことは自分自身で経験するないです。楽しみましょう。どうあってもどの状態の心の変化であっても必要あってのこと。今を楽しみましょう。すれば、かわります。かわるとかわります。他ならぬ私がかわりましたよ。出会うことで。向き合うことで好転しました。ナノス・ジョー様もおかわりになられましたよ…(氣づいていないだけでそれに氣づいてほしいけれどそれも知っていたことなのだ)」
ふぅと息を吐いて、長く語った余韻に浸っている。
並々ならぬ思いが込められていたようにナノスは思った。身に染みて思うことはこれから体験する全て精一杯誠意を持って生きようと気持ちが高まっている。まるで静かな森に膨大な地にうずうずしていた氣が現れてくるかのようだった。問いの解を知らなかったけれど、今を大事にしようと思う。
「一応お伝えしますが、ナノス様が着ていらっしゃる服はラビンズ・デボラ様の一点ものですよね。デボラ様の一点ものは、たとえヴォーバルバニーの角がぶつかってもびくともしませんよ。身体に届かなかったと思われます」
と大商店の店員は安心させるように言った。
(そうなのかすごいな、ラビ)
すごく上等な服を創ってくれていたのか。ますます感謝感激雨霰だ。
気分もすっきり上好いたし改めて店員に御礼を言い店を後にする。
あの店員は何者だろうか。すごく尊敬できる人物なのは出会ってすぐわかった。心地よい大商店にはまた来よう。そう思うナノスであった。
後日、ラビに出会い今日の出来事を伝えたら、ぷりぷりと怒りを顕にしていた。わたしが創った服はワイバーンの噛みつきだって耐えてみせるわとか言って。




