11.束の間の休息のとき大小さまざまな思いがあるのよね
時刻は夕方。
すれ違う人の多さもまばらになってきた。夕焼けに染まろうとする街並みはなかなかに風情がある。宿に着くまでの道のりから見れる美しい景色は、知らない街でも、そういった感傷に浸れるのはどこも同じかもしれない。
ナノスは適当にバーグマンとの会話を切り上げて、教えてもらったお勧めの宿『小鳥のやすらぎ亭』の前に来ていた。
目の前の宿屋『小鳥のやすらぎ亭』は他の宿屋と比べても建物の大きさ自体はそれほど変わらない。1階が食事処と受付、2階と3階が宿になっていて、伝統に乗っ取った作りとなっている。
食い物うまい、清潔、対応よし、防犯よし、少々高めだが、日本の宿泊施設と遜色ないほどだ。
それと付け加えて、厩舎が宿屋と同じ位に大きいこと。これは旅人の客層によるものだろう。宿に泊まる客層は、格式高い商人や傭兵キャラバン、高貴なお方、もとい貴族階級の物のお供が泊まる。
ゆえに、少し値段が割高だとここまでがバーグマンから聞いた話である。低くても何かが足りず、高くても合わなくて、見栄成金かよって程に凝っている模様。
後後になってナノスは知ったが、他の宿屋は元日本人であるナノス・ジョーには合わなかった。ここがナノスにとって最高宿だった。低くても何かが足りず、高くても合わない。見栄成金かよってほど凝っていた。なにげに、運とか勘が優れているナノスである。
他にもいくつかの宿屋を聞いている。ここより宿総合評価(バーグマン談)が低かったり、高すぎたりと馴染めなそうだと思ったのも1つ。
まぁ初日だし、(賭博で)お金稼げたのもあって、ゆっくりくつろぎたいと思いここに決めたのだ。
それに、日本人からすればこの宿のサービスは妥当な金額に思えるからである。
それはそうとナノスは扉を開ける。
「ごめんください」
「…はーい、今行きます」
ナノスの声に、奥の方から、女性の声と思われる人の声が返ってきた。
この場には誰もいない。
受付があり、食事処と思わしき場所。そこは飲み食いに十分なスペースがある。
明るい木で作られたテーブルは夕日が窓から差し込んで光沢が出ている。整理整頓された飾り物や壁にかかる絵画も毎日の手入れが行き届いているのがわかる。
この宿の温かみある空間は、幸せなひとときを堪能することができるだろう。
「お待たせしました。お食事でしょうか?それともお泊まりでしょうか?」
その声と共に現れたのは、年配の女性だった。外見特徴は、歳は中年くらいに見える。ふくよかなシルエット、芯のある穏やかな雰囲気の人だ。第一印象によるお客様を歓迎する微笑で癒されそうだ。
客であるナノスを視認にするとすぐさま受付に回り対応する。
「はい、泊まりお願いします」
とナノスが言うと、その女性は受付にある宿泊帳をとりだして宿泊客であるナノスの情報(名・人数・日数・特徴・特記事項)を書き記していく。
「宿泊ですね、ありがとうございます。当宿は宿泊料金が前払いとなっておりまして、朝と夜のお食事込みで1日銀貨3枚になります。長く滞在なさっていただけますと割引して、7日以上の滞在で金貨2枚と銀貨1枚の所、金貨2枚と安くさせていただきます」
「今日のところは一泊でお願いします」
ナノスはそう言って、銀貨3枚を受付の上に置く。
「はい、ありがとうございます。1日置きにお泊まりになられましても7日以上連続滞在していただくごとに銀貨1枚返金いたしますよ。事前にお伝えいただけるとありがたいです。お部屋の方は2階の1番奥の部屋になります。こちらが鍵番号でドアに同じ番号部屋が書いてありますので、くれぐれもお間違いなきようお願いいたします」
そう言って渡されたものは、番号が付いている鍵。アンティーク調のシンプルなもの。
「少し早いですが、夕食をご利用になりますか?パンとスープ、メインディッシュ、その日によって変わる日替わりメニューとなっております」
そう言われ、ナノスは食べ物の匂いに気を取られる。良い匂いが漂ってきて空腹感が出てきた。
「そうですね、いただきます」
「ではすぐにご用意いたしますね。それと、貴重品の類については、当宿ももちろん防犯対策を強化していますが、万が一無くした場合、当宿は責任を負いかねます。そこのところはご理解いただきます。ですから貴重品はお部屋に備え付けの金庫がありますが、大切なものは肌身離さず持ち歩くことをお勧めいたします。当宿を始めて1度もそんなことが起こった事は無いのですが、今後ないとは限りませんから申し伝えておきます」
「それと私は当宿の女将、ローザと申します。夫と息子の3人でこの宿と食事処を回しています」
「ナノス・ジョーです、よろしくお願いします」
「はい、ジョーさんですね。何かありましたらお声をかけてくださいね。では、失礼いたします」
お辞儀をして厨房の方へと向かい、料理をしている人に声をかけに行った。
おそらく料理をしている人は女将であるローザの夫だろう。夫と息子の三人でしてると言っていた。
受付を去った女将ローザを見届けて、ナノスは食事処の席に座った。
「ふぅ〜」
日のあたる角に腰を落ち着けた。ちらほらと外に人が通るのが見える。
心安らぐ空間に自然と無意識に張り詰めていた氣が抜けて、安息の息が出る。それは未だナノス以外の客が誰もいないためかもしれない。
しばらく外の景色を見ていると、ローザがお盆に乗せた料理を持ってきた。
「ジョーさん、お待たせいたしました」
コトリと置かれた料理は良い匂いをさせている。パンと色とりどりの野菜盛り、メインディッシュはシチューのようなもの。匂いもシチューを連想させる目の前の食べ物はとても美味しそうで、栄養バランスも考えられているみたいだ。
腹を空かせていたナノスは柏手を静かに合わせて、始めにシチューに手をつけた。
「おいしい」
「ふふっ、ありがとうございます」
鼻から吹き抜けるミルクの香り。
芯までほくほくのじゃがいもに、甘いにんじん。
濃厚なホワイトシチューには野菜やお肉の旨味が含んでいて、とても味わい深い。
「うちは私の旦那が料理を息子が私の手伝いをしてくれて切り盛りしているんですよ」
「そうなんですね。うん、うまい」
「では、ゆっくりと召し上がりくださいませ」
そう言って、女将ローザは下がっていった。
見ていて気持ちの良い食べっぷりだろう。ほんのり暖かいパンは香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。できてからほとんど時間が経ってないような気がする。野菜盛りについては新鮮な野菜のようだ。まさに異世界の食は日本と比べても遜色ないのかもしれない。少なくとも今日食べた食べ物は魔物の肉を含んでも美味しい部類にありつけている。
よく噛む食は人を幸福にする。それを証明するかのようにナノスの顔はほころんでいる。
出された料理は美味しい。
しかし、女将ローザが去り、ナノス一人の空間。
遠いところで音がなっている。
おいしい料理の前に食べ進める手を止めた。
「…」
時折通る人影をぼんやりと見ている。そして、また手を動かす。その繰り返し。
「ーーーー」
ナノスはこの1人の時間、静かにゆっくりと噛み締めるように異世界の料理を食べていた。
野菜盛りを平らげて最後、一口大のパンで残りのシチューを拭い口に入れる。
「ごちそうさまでした」
柏手、美味しいご飯だった。余韻に浸っていると、女将であるローザが声をかけながらテーブルに近寄ってきた。
「ジョーさん、きれいに食べてくださったんですね。ありがとうございます。お下げしてもよろしいですか?」
「はい、お願いします。ああ、美味しかったです」
ローザはテーブルにある食器をお盆に乗せていく。
「ふふふ、ありがとうございます。では、お休みなさい」
「はい、おやすみなさい」
そして、にっこりと穏やかな笑顔で、おやすみの挨拶を交わして引いていった。
静まり返っている食事処。日は落ち切ろうとする。
奥の方から食器の音だろうか。調理している音か、時折聞こえてくる音がする。
ナノスは、何することもなく、立ち上がりあてがわれた部屋へと向かう。
階段上り2階の突き当たり奥の部屋を鍵で開ける。
部屋を開けると、清潔な部屋だった。8畳間の部屋。寝台のそばにランプ、月明かりが入る窓。眠りに優しい色目の木材を柱に、壁や床も似通った木目をしている。
一通り部屋を堪能した後、ベッドに身を滑り込ませる。身体を横たえると、どっと疲れが押してくる。そして、腕を後ろの頭の後ろに持ってきて、天井を見つめた。重力が増したようなそんな錯覚を、それが疲れだと認識すれば、自然とまぶたが落ちてきて、今は何も考えず、あらがうことなく、明日の俺に回すことにした。
ほっと一息するのだけど、その時の居心地良い場所ってあるよね。
トイレの中とか
リビングとか
自室とか
公園とか
もっぱら今の私は自然の中が居心地良いですねぇ(╹◡╹)




