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よろしくお願いします
「あ、ゴリラだ」
初夏の虫の鳴き声が多くなる頃の仕事終わりの帰り道、男は目についたものを見てそうつぶやいた。何気なしにつぶやいた言葉を誰かに聞かれていないか確認するが、幸い聞いている人はいない。ほっ、よかったと胸を撫で下ろす。
まさか視線の先にいるJKのカバンに、こぶし大のファンキーなゴリラのキーホルダーをつけているとは思わなかった。かわってんな、今時のJKは。
信号待ちで少し横に距離を置いてにぎやかにおしゃべりをしている5人組をチラリと見る。
「この後どうする?ちょっと寄っていくか?」
「腹減ったな」
「はい、ハンバーガー食べたいですっ」
「紅葉、あなた今日テスト勉強やるって言ってなかったかしら」
「ハンバーガー食べながらやります!」
「集中できるの?この前テスト期間に似たようなことをして全然集中できてなかったじゃない」
「だーっ、それ言わないでー!」
「ふふっ食いしん坊さんですね、紅葉は」
爽やか王子風なイケメンに天真爛漫そうな明るい美少女、凛とした佇まいの美少女や体格が良いイケメンに慈愛の聖女を彷彿とさせる美少女が仲良く駄弁っている。どの子も美男美女だ。
高校生5人の和気藹々とする様子を見ていてほのぼのする。
どうやら近いうちにテストがあるらしい。高校生たちが青春してる様子に、自身の灰色の青春が脳裏をよぎる。あれしたかったな、これしとけばよかったなと後悔するが詮無きこと、記憶の奥底に置いて青信号になった横断歩道を渡る。
その駄弁る子たちを尻目に追い越そうとした時、突如アスファルトの地面が光りだした。
「うおっ」
「な、なんだ!?」
「キャー」
「わわ、なにこれ!?」
「っ」
「!?」
突然の珍事に人は咄嗟には動けない。
少し離れた場所から見れば、光は規則正しく何かの方陣を描くように出現してるように見え、スタングレネードばりの光が魔方陣の中心にいた高校生5人と魔方陣の端にすっぽりと入っていた仕事帰りの青年を包み込み、その場から姿を消した。
周囲には誰もおらずひっそりと集団の神隠しとなってしまった。
この事件があって数日後、いなくなった高校生たちの親らが失踪届を提出。それに伴う、もう1人その場にいたであろう"一般の元会社員 城ノ内道流氏"は重要参考人及び容疑者として捜査される。
◇◇◇◇
「おお、成功しましたぞ」
「うむ、そのようだな」
薄暗い儀式めいた場所にて、淡い光を放つ召喚魔法人から複数の人が現れる。高校制服を着ている美男美女5人とスーツ姿の青年。
成功した儀式に側近とこの国の王は満足げな表現である。その周りにいる者たちも心なしか安堵する雰囲気が漂っている。
「ここはどこだ?」
何が起こったかわからず混乱する高校生ら。しかし優秀だと定評がある高校生らは周囲の状況を探る。
そして、中肉中背の男は現実を目の当たりにして呆然としていた。
高い天井付近のひと口から光が注ぐ薄暗い広い部屋。何かの儀式をした跡。
明らかに疲労した様子の杖を持った人たちが円状に倒れている。
そして、入り口あたりには兵士に取り囲まれている人たち。いかにも偉そうな服を着ている人に髭が胸まで伸び整えられている光沢ある杖を持つ老人、さらに上等な服を着語っている王冠をかぶった人がいた。
(ふむ、あれは魔法陣、今ここにいる状況と周りの魔法使い、そして、王様っぽい人…なるほど、あれかな。異世界転移ですか…やべぇよ)
仕事帰りの青年こと城ノ内道流は、訳知り顔で周囲を見渡し、そして今の現状を悟ると取り繕うように動揺している姿を装っていた。
内心動揺していたためその装いは上手い。いやこの場合装いきっていないのか。
「召喚されし者たちよ、よくぞ参られた」
王冠を被った人の隣りにいる側近から厳かな声がかかる。
「あなた方は誰です?」
この子たちのリーダーである爽やかなイケメンが言っている。ちゃんと5人いる。幸か不幸かと問われれば間違いなく不幸。
だが、その問いはありがたい。そうそう、どこの誰よ。
「うむ、それについて私から説明しよう。だが、その前に」
その側近は一息入れてこう言う。
「場所を変えて説明しよう」
その言葉を聞いて、高校生5人はお互い顔を見合わせてこの場は従うしかないと了承する。
そして、城ノ内道流も爽やかなイケメンが代表して返答した後に追従した。
よんでいただき、まことにありがとうございます。