売られていくモノ(四)
あの時、老婆は美味しいものを覚えなさいと言うと同時に、それがあった時は用心することだとも言っていた。
良いことや、なにか変わったことがある時は、不幸の前触れだと覚えておくようにと。
事実、ご飯を食べさせてもらったその日、店に戻ると母と客がミルティアナの帰りを待っていた。
その客は母の上客だったようで、身なりのよい恰好をした細身の男だった。
ミルティアナを見るなり、とても気に入ったと言い、抱き上げられた後に散々撫でまわされた。
その後散々母とその男は話をした後、男はミルティアナに自分の頬へキスをするように強要すると、納得したように帰っていったのだ。
この時、ミルティアナは老婆は今日起こるはずだったこのことを、知っていたのではないかと思った。こうなること全てを。
「あの、母さん、お祝いってなに?」
ミルティアナは食べる手を止めた。考えれば考えるほど、今はあの時と全く同じ状況のように思える。
「ねぇ、お母さん?」
母はミルティアナの聞きたいことが分かっているのか、質問に答えず、ただ黙々と食事を続けている。
その沈黙が全てを物語っているようにミルティアナには思えた。沈黙、それが答えだと。
ミルティアナがもう一度母に声をかけようとした時、奥の扉がゆっくりと開いた。
すると母は待っていたとばかりに立ち上がり、そそくさと父たちの元へ行く。
「今日は本当にありがとうございました」
いつもの、客を相手にする時のようなやや上ずって鼻にかかったような母の声。
「いえいえ。こちらとしても、#主__あるじ__#に良い報告が出来ますよ」
男はチラチラと、嘗め回すような視線をミルティアナへ向ける。
「それはなによりですわ」
「では、三日後ということで。それまでに支度を済ませておいておくように」
「もちろんですわ。キチンと、しておきますのでね。ご安心下さい」
ミルティアナには、彼らの会話が自分のなにかを指していることは分かっても、その先が示すものまでは分からない。
ただその断片的な情報を聞き漏らさないように、しっかりと会話に聞き耳を立てた。
(……三日後、支度……ちゃんと。主に良い報告)
三日後に起こるなにかのために、母はあの男から支度をするように言われている。
そして今来た男は、誰かの遣いで来ているということ。
「では、三日後にまた来ますよ」
「はい、お待ちしてますね」
父と母は声をそう合わせ、深々と頭を下げた。よく見ると、父は小さな白い袋を手に持っている。
ミルティアナその男より、父の持っている袋が気になって仕方なかった。
男が家から出て行くまで見送ると、父と母はその袋を二人で見つめた後、奥の部屋に消えていった。