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売られていくモノ(三)

 また、メガネの内側からの眼光は強く、その目は商品を品定めするかのようにミルティアナの顔を覗き込む。


(怖い)

 

 もちろん、そんな心の声は出て来ない。そしてその代わりに、ミルティアナはただほほ笑んだ。


 今までそうしてきたように。引きつった笑いでもなく、キレイに、まるで仮面を付けるように。


 するとそれを見た男は、ただ満足げに笑い返してきた。


 これが正解だったのかと、ミルティアナはほっと胸をなでおろす。しかしそれと同時に、ミルティアナの思考は急激に動き出した。


 今までこの笑みを求めて来た者は皆、母の客たちだった。


 豪華な食事・優しさを装う両親、そしてミルティアナを見に来たというこの男。


 いつも客たちに投げかけられて来た言葉が甦る。


 君が、いつかこの店で客をとる時が楽しみだと言わてきたことを。


 客とは、母がとるものだと思う一方で、いつかそれが自分の番に回る予感は、ずっとしていた。


 あの生臭い悪臭と、ただただ気持ちの悪い空間。あの中に入るのは、今度は自分の番なのかもしれないと。


(怖い……怖いょ)


「お父さん……、あの……?」


 その思考に耐え切れなくなったミルティアナが、父を見上げて声をかける。


 父の顔は笑っていたものの、その目はいつものように笑ってはいない。


 これ以上話しかけるな。無言のまま、目がそうミルティアナに言っていた。


「ミルティアナは、こっちに来てみんなで食事をしましょう。今日はお祝いなのよ。さぁ、お腹が空いているでしょう。お父さんはまだあの方と大事なお話があるからね」


「お母さん」


 母が心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、後ろから声をかけてきた。


 そして母は、ミルティアナの手を引くと部屋からそのまま連れ出す。


 母の行動は二人の話し合いは聞くな、ということなのだろうか。


 ミルティアナが部屋を出たのを確認すると、父はいつもの冷めた表情をしながら即座に扉を閉めた。


 客にさえ、見えなければいつもと変わりはしない。やはり仮初めでしかなかったのだと、ミルティアナは実感する。


 それならば、余計にミルティアナは今なにが起きているのか怖くなってきた。


「あの、母さん、お祝いって、なに?」


「とりあえず、食べましょう。みんなあなたを待っていたのよ。せっかくのご馳走が冷めてしまうわ」


「……うん」


 母はミルティアナに、有無を言わせなかった。


 ミルティアナの席は元々、この家にはない。生まれてからずっと、この家にはミルティアナの居場所などなかった。


 しかしそれを、まるでいつもこの席だったというように、母は父の席にミルティアナを座らせた。


 目の前にはやや冷めかけた、それでもこの家にしてはとても豪華なシチューがある。


 姉たちはミルティアナが来るのを待っていたようで、早くしろと言わんばかりの目をしていた。


「さあさあ、食べましょう。ミルティアナ、おかわりもあるわよ」


「あ、ありがとう、母さん」


 考えなければいけないことは山ほどあるはずなのに、いざご馳走を目の前にすると、その思考も停止してしまう。


 いくらミルティアナが姉たちより大人びているといえど、所詮は空腹な十代の少女なのだ。


 食欲に勝てるものなど、なにもない。


「いただきます」


 ミルティアナがスプーンを手にして食べ始めたのを確認すると、母や姉たちも食事に手を付けた。


 大きな野菜や肉、なによりも濃い味の付いたトロミのあるスープ。


 いつもの、あの味のほとんどしない野菜クズのスープとは大違いだ。


 温かい、そして優しい味が口の中に広がり、胸と空腹を満たしていく。


 前に食べたものも、こんな味だったとミルティアナは思い出していた。


 そうあの時、食堂で老婆となにを話していたのかも、全て。

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