売られていく者(一)
年を追うごとに、母の客は減っていった。
母は自分が歳を取るという現実を受け入れられず、それでも店に通い、客が来ないことをいつしかミルティアナのせいにするようになった。
ミルティアナは父からも母からも罵られる毎日を送っていたが、それでも客が来たあとの片づけや客とのスキンシップを考えれば、まだマシと思えた。
しかし母が持ってくる金がなければ、家族全員が食べて行けるわけもなく、ミルティアナはほぼ毎日一食しか与えられなかった。
今日も空腹を満たすために、ミルティアナは森へ行き、食べれそうなモノを探していた。
季節は冬にさしかかっており、食べられる木の実はもうほどんど残っていない。
本格的な冬に入れば、もうここでは何の食べ物も見つけることはできないだろう。
「……おなか、空いたなぁ」
一度その事実を認め、口に出してしまうと、ひもじさは自分の中で加速していく。
ミルティアナはその場に座り込むと、弱い日差しの差し込む空を仰いだ。
なにも掴むことの出来ない、天へ向けて手を伸ばす。
「ふふふ……、はぁ」
ミルティアナは自嘲した後、ただ手を見つめた。
どのくらいそうしていただろうか。風はだんだんと冷たくなり、差し込む日がほとんどなくなっていた。
「帰らなきゃ。遅くなると、ご飯がもらえなくなる」
ミルティアナは立ち上がると、小走りに森を走り始めた。唯一貰える一食を抜くわけにはいかなかった。
◇ ◇ ◇
家の玄関を開けると、そこには見たこともない光景が広がっていた。
温かな光、美味しいご飯の匂い、そして家族から向けられる笑顔。
いつか見た夢のような空間がそこにあり、ミルティアナは一瞬何が起きたのか分からなかった。
玄関で固まるミルティアナに、母が声をかける。
「遅かったじゃないの、ミルティアナ。どこに行っていたの? 母さんたち、とても心配したのよ」
今までにそんな言葉を聞いたことがあっただろうか。
母はもちろんミルティアナが食糧を求めて、森に入っているのを知っている。それなのに、だ。
「お、お母さん、あの」
「ほらほら母さん、そんなところにミルティアナを立たせたままだと風邪を引いてしまう。さ、ミルティアナ、中に入りなさい」
母の肩をぽんぽんと叩いた父が、ミルティアナに手を差し伸べた。
不義の子と言われ続けたミルティアナには、父の手に触れたことなど今まであるはずもない。
「お父さん?」
手を握ることも出来ず、全く状況のつかめないミルティアナは父を見上げた。
その顔はどこまでも笑顔だったが、目までは笑っているようには思えなかった。
むしろ『早くしろ』そんな無言の圧力が、その顔からは見て取れた。