幼き頃の記憶(二)
「全くホント、あのバカ男ときたら。一体あたしがなにをしたって言うんだい。証拠だって、ありもしないのに」
村から隣町へと歩く道なりでは、いつも母は同じ会話を繰り返していた。
働かない父への愚痴。自分の身の潔白。そして貧困。
ミルティアナは相槌を打つわけでもなく、ただ母に手を引かれ歩いた。
「町でお金が入ったら、お前にも何か買ってあげるからね、ミルティアナ」
「……うん」
「うれしくないの?」
「そんなこと……ないよ」
母の言葉、そして母が自分を見る瞳に、ミルティアナは愛情を感じ取ることは出来なかった。
(行きたくない)
ミルティアナにとって、それが全てだった。
――町までの長い道。日々弱まってくる日差し。時折肌寒い風。季節はもう秋に差し掛かろうとしていた。
街はミルティアナたちの住む村とは違い活気に溢れていた。中央広場には様々な露店がならんでいる。
いい匂いのするそられには目もくれず、ミルティアナを連れた母は真っすぐ目的地に進んでいく。
中央広場を横切り、街の中心からやや外れた薄暗い路地へと進むと、その奥に一軒の店が現れる。
ぱっと見は、やや薄汚れた宿屋だが、看板は見当たらない。
(行きたくない)
「どうしたの、ミルティアナ」
歩調が遅くなるミルティアナを怪訝そうな顔で、母は睨みつける。
「あ、足が……痛くて……」
「もうすぐそこでしょ。それに、入り口で待っている間に休憩しなさい」
(行きたくない)
「うん……」
(行きたくない)
聞き入れてはもらえない言葉を、ミルティアナは何度も飲み込んだ。
そして飲み込む度に、心が締め付けられるのを感じていた。
店は、外見とは違い、中はピンクや紫といったゴテゴテした装飾品などで溢れかえっていた。
カウンターには小綺麗でありながら、眼光の鋭い老婆が一人座っている。
「おかみさん、今日はどの部屋?」
母はろくに挨拶もせず、早々に老婆に尋ねる。
「一番奥の部屋だよ。あんた、またその子も連れて来たんかい」
老婆はミルティアナを見るなり、ため息交じりに答えた。
「そうよ。この子がいるといないでは、全然違うもの。それに、この子の行く先だって、きっと似たようなもんでしょ? それなら、別にいいじゃないの。今から社会勉強させたって」
「社会勉強って。その子はまだいくつだと。……まあいい、勝手におし」
二人の会話は、ミルティアナにとっては絶望でしかなかった。
あわよくば止めて欲しい。心からそう願っていたから。
(行きたくない、行きたくない、行きたくない、行きたくない)
心が上げる悲鳴を、ミルティアナ自身も耳を背けた。
そうすることで、自らの心を守ることに必死だったのかもしれない。