幼き頃の記憶(一)
ミルティアナは小さな農村の三女として生まれた。
貧しい家では、ご飯はほぼ味気のない野菜くずのスープと、固いパンだけ。
それでもまだパンがあればマシな方で、それすら食べられない時は川の水で空腹を紛らわせた。
しかし、ミルティアナにとっての不幸は、空腹よりも家族との関係性にあった。
「だから、こいつは誰の子だって言ってんだよ」
「いい加減にして。酒ばっかり飲んで、しかも、そんな根も葉もない言いがかりまでつけて」
またいつもの言い争いが始まった。
(聞きたくない……)
ミルティアナは瀬谷の片隅で小さくなり、耳を塞ぐ。
父がテーブルから払いのけた拍子に落ちたその瓶は、大きな音を立てながら床に落ちた。
衝撃を受けた瓶は、床で砕け散り、粉々になっている。
翡翠色のその欠片たちはどこか宝石のようでもあり、キラキラとこの薄暗い部屋で光を放っていた。
(もう、いやだ)
父と母の喧嘩は日常茶飯事だった。
仕事がなく飲んだくれる日々の父の怒りの矛先は、いつもミルティアナと母だった。
ミルティアナの家族は皆、茶色い髪に空色の瞳。
しかし一番下であるミルティアナだけが、銀色のストレートの髪に茜色の瞳である。
その一人だけ異質な姿に、父は疑いを持っていた。
不義の子――
それが、この家でのミルティアナの立ち位置だ。
つまり、母が浮気をして出来た子というわけだ。
母はそのことを必死に否定したが、父は到底受け入れなかった。
そして子どもながらに、ミルティアナも自分がこの家で異質であるということは分かっていた。
父はその頃からだんだんと酒の量は増え、仕事へも行かずに飲んだくれる日々が続いたのだ。
するとどうだろうか。初めはミルティアナに同情的だった姉妹の視線も、次第に変わってしまった。
この子さえいなければ。彼女たちの瞳がそう訴えていることは、幼いミルティアナにも理解できた。
「ほんといい加減にして。あんたにはうんざりだわ。行くわよ、ミルティアナ」
停止していたミルティアナの思考を呼び覚ますような、大きな音が部屋に響き渡る。
堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、母が机を両手で叩いたのだ。
「お母さん……」
「なに」
「……なんでも……ない」
消え入りそうなミルティアナの言葉に耳を傾けることなく、母は彼女の小さな手を引き歩き出した。
(行きたくない)
そんな心の叫びは誰に届くこともなかった。
そしてなにより、届いたとしても、今のミルティアナに手を差し伸べる人はいない。