拒絶したい心と諦め
町長が部屋を出て一呼吸置くと、ミルティアナはその場にへたり込む。
朝ご飯はまだ半分ほど残っていたが、これ以上、手を付ける気にはなれなかった。
(気持ち悪かった)
それ以上のなにものでもなかった。行動も、言葉も全て、ミルティアナを震え上がらせるには十分だった。
「部屋に……戻ろう……」
ミルティアナはテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らす。すると奥から一人の使用人がやって来た。
「申し訳ないけど、食欲がないから下げて。私は部屋に戻ります」
「かしこまりました」
この屋敷に来てから、一通りのマナーや使用人の呼び出し方、言葉遣いなど空いている時間は全てが教育の時間になっていた。
元々無学で、なにも詰め込まれていないミルティアナは、呼吸をするようにいろんな知識をするすると覚えていく。
覚えることは、ミルティアナにとっては楽しみでもあり、なにも苦に感じることはなかった。
例えそれが、あの態度も口も悪い執事から教えられることだとしても。
ミルティアナは逸る気持ちを押さえつつ、あくまでゆっくりと部屋へ向かう。
誰かになにかを悟られ、町長へ報告されることだけは避けたかった。
どれだけ気味が悪くとも、もうミルティアナにはここしかないのだから。
「もう部屋に戻られるのですか? ミルティアナ様」
階段下から、執事長が声をかけてくる。おそらく、町長を外まで見送った帰りなのだろう。
よりによって、今一番会いたくない相手に声をかけられてしまったと、ミルティアナは内心苛立ちを覚える。
「ええ。食事をしていたのだけど、少し喉が痛くて。風邪だといけないから、部屋に戻って休むことにしようと思ったの」
「風邪ですか?」
執事長は先ほどの、ミルティアナと町長のやり取りを見ていたはずだ。ここでボロを出すわけにはいかない。
「明日の朝、お義父様と朝食を食べるときに、うつしてしまったら大変でしょう?」
「……では後ほど医者を呼びますか?」
「そこまでは、大丈夫よ。夕方までゆっくりさせてもらうわ。昼食も食べれそうにないから」
「かしこまりました」
ふんと、鼻を鳴らしながら執事長は引き下がる。納得したかどうかは別として、ミルティアナの言葉を一応は信じた形だ。
胸を撫でおろしつつ、ミルティアナは部屋に逃げ込んだ。
◇ ◇ ◇
誰かを呼ぶわけにもいかないミルティアナは、自室の湯舟に水を張る。この時期の水は、手が痺れるような冷たさだ。
それでも川で洗っていたことを思えば、なんのことはない。
ミルティアナは泡立てた石鹸を付けながら、町長が触れた髪をしっかり洗い流した。
「気持ち悪い」
湯船に、ぽたぽたと大粒の涙が落ち、泡と共に消えていった。




