17 世界イシュタリア
トラコちゃん。
ここにいたんだね。
「……なぜ獅子王の洗脳を解いたのですか。私たちは同志だったはず」
ごめん。
やっぱり、違うって気付いたんだ。
「可愛いを集めることが間違いだというのですか。欲望に実直でいることが間違いだというのですか」
そうじゃないよ。
「私たちは獣です。欲望に忠実であって何が悪いのですか。教えてください」
そうじゃない。
「じゃあ何故裏切ったのですかッ!」
…………。
「私は……私の魔法は、全ては、可愛いを集めることだけのために磨いてきたもの……! あの獅子王までもを洗脳できたあの日を私は今でも鮮明に思い出せる……あなたに洗脳を解かれた日の焦燥も同様に……」
トラコちゃんはずっと、ずっと頑張ってきたんだね。
可愛いで溢れる世界を、自分のものにするために。
「……お前さえいなければ!」
無駄だよ。私に魔法は効かない。
「うぅ……ううぅ……!」
ねぇ、聞いて。
このイシュタリアに住む命は、自由であるべきだって聞いたよ。
「……そんなふざけた話、誰から聞いたのですか」
女神だよ。この世界イシュタリアの創造主。
「……そんなおとぎ話を信じるなんて、おかしいです」
話半分でもいいから聞いて。
私ね、その話を聞いて、思い直したんだ。
可愛いを集めたいのは私個人の願い。でもそれを叶えようとすれば、みんなの願いはどうなる? みんなの自由は保証されるのかな。
そう思った時、すごく自分が自分勝手で駄目なやつだって思えてきたんだ。
「……私も同様に駄目なやつと言いたいのですか」
そうだよ。
でも思い直してくれればその限りじゃないでしょう?
まだ後戻りできるよ。
だからもうやめよう。
「……私は……」
可愛いは、自由であってこそ映えるもの。
トラコちゃんが囲ってあげないと失くなってしまうようなほど切ない存在じゃないよ。
大丈夫。
「……今からでも、間に合うのでしょうか」
……大丈夫。
「サキュバスたちは怒っていました……鬼たちも騙しました……もう手遅れなのでは……」
大丈夫だって。
私を信じてよ。
「……雪さん……」
小さく震える肩を私は強く抱きしめる。そして、何度も、何度も「大丈夫」と囁くように繰り返した。
そう、大丈夫。
この世界に生きるみんな、すっごく優しいんだもの。
いくらでもやり直せるよ。
トラコちゃんはサキュバスたちに謝罪し、鬼たちへの詫びとして、財宝を盗んでいったラビットスターちゃんの行方を追うべく王国を旅立って行った。
去り際に彼女は私の手を強く握って「ありがとう」と零した。
サキュバスと鬼は納得した様子でそれぞれの住処へと帰っていったし、すべては丸く収まったんじゃないだろうか。
小高い丘の上からイシュタリアの大草原を眺めながら、隣にいる女神に私は尋ねる。
「間に合いましたよね? 私」
『えぇ……確かにタイムリミット内にすべてを収束させたことは認めましょう。……よくやりました』
「えへへ。じゃあ、もういいかな」
『あ、お待ちなさい……どこへ行くのですか?』
「何? もしかして強制送還?」
『いえ、そうではありません。重ねて言いますが、あなたを元の世界に送り返すことはもう……』
「じゃあ止めないでよ。私行かないといけないところがあるから」
『……ありがとうございました』
「え?」
『この世界に住まう子らの自由を守ってくれて、ありがとう』
「……えへへ、いいよ」
丘を小走りで駆け下り、今までの旅路を折り返し始める。
私には会わなきゃいけない子がいるから。