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65話 罠にはめられてみた(聖王視点)

◇天命王メルモ Lv100

七魔王・第2席。運命を操る能力を持つ、虹色の道化妖精。

暇なときは、笑顔の練習をしている。


「…………なっ」


 気づけば、聖王は執務室ではなく、いつも演説していた演壇の上にいた。

 目の前には、聖都市民が全て入りそうなほどの広場。

 そのスペースを埋め尽くすように、民衆が集まっている。

 なぜか、戦場に出ていたはずの兵士たちもいる。

 そして、その全ての人間が……聖王にブーイングを浴びせかけていた。


「なに……が……」


 理解が追いつかない。

 ただ、無数の敵意にさらされていることだけはわかった。


 …………怖い。


 久しく感じていなかった恐怖。

 ただの家畜でしかないはずの民衆に、聖王は気圧されて後ずさる。

 と、そこで。



「――あれれ~? どうかしましたかぁ? そんな……蝶に化かされたような顔をして」



 いつの間にか、先ほどまで神官の立っていた位置に、道化師のような虹色の娘がいた。

 彼女はこちらを小馬鹿にしたような歪んだ笑みを向けてくる。


「きひゃひゃ♪ 悲しいですねぇ。どうやらあなたには、運命の女神が微笑まなかったようで」


「……き、貴様ッ!」


 そこで、聖王はようやく罠にはめられたことに気づいた。

 先ほどまで見ていた執務室は、この娘の作った幻なのだろう。


 ――大丈夫ですか?

 ――執務室はこちらですよ?


 おそらく、目眩がしたと思ったときに術をかけられていたのだ。

 そして、知らず知らずのうちに演壇にまで誘導されていた。


「……だが、甘い」


 まだ取り返しはつく。

 聖王には【噂操作】という神のごとき力があるのだから。

 聖王の言葉は、神の言葉となって、世界に反映されるのだ。

 自分に逆らえばどうなるかを教えてやろう。


「“みなさん、今までのことは全て嘘です”! “この道化師の娘に無理やり言わされていたのです”! “聡明なみなさんなら、誰が真実を話しているかわかるはず”! “なぜなら、私は神に愛された預言者なのですから”!」


 ――“噂”を流す。

 これだけで、民衆はいくらでも動く。

 ほら、聖王の言葉を聞いた民衆たちが、さっそく口を開いて……。



「えっ……なにを言ってるんだ?」「陛下はおかしくなったのか?」「なぜ、そんなでたらめを信じてもらえると……」



「…………な、に……?」


 なぜか、“噂”が流れない。

 ありえない。今までこんなことはなかった。


「いったい、なにが……」


 混乱していると、後ろから足音が聞こえてきた。



「――残念だが、お前の【噂操作】スキルは封印させてもらった」



 聞き覚えのある声だった。

 しかし、ここにいるはずのない者の声だった。


 …………ありえない。


 そう思いつつ振り返ると、やつがいた。

 台座つきの聖剣をかついだ――偽物の勇者が。

 聖女ラフリーゼも傍らに立っている。


「……なぜ、貴様らがここにいる」


 聖剣が雲を突き破るのを見たのは、ついさっきだ。

 いや……そもそも、なぜ戦場にいた兵士たちもこの広場にいる?

 聖王が答えを探すように、辺りを見回すと。


「…………なんだ、あれは」


 広場の一角に、空間がねじれている場所があった。

 なにやら桃色髪のエルフが杖を掲げて、空間に穴をあけているらしい。

 その穴の先には戦場らしき景色が広がっており、そこから宙に浮いた兵士たちがどばどばと放り込まれてきていた。


「空間がつながっている、のか……?」


 それは、神話で語られている精霊王の力だ。

 人間などができる芸当ではない。精霊王を使役でもしないかぎりは……。

 しかし、実際にこの偽勇者と聖女も、あの穴を通ってやって来たのだろう。

 それならば、この短時間にこの状況を作れるかもしれない。


 だが……あまりにも、出来すぎている。

 なにもかもが、最初から仕組まれていたかのように。


「……まさか」


 そこで、聖王はけっして認めたくはない考えにいたった。

 聖王は、偽勇者たちを罠にかけたつもりだった。

 しかし、そのときからすでに……罠にかけられていたのは、自分のほうだったのではないか?



「――陛下」



 と、そこで声を上げたのは、強い瞳をした少女だった。

 聖女ラフリーゼ、のはずだ。

 しかし、つい昨日会ったときとは目が違う。


 臆病な娘だったはずだ。

 理想ばかりを見て、未来を恐れているような弱々しい生き物だったはずだ。

 そのはずなのに、たった一晩でなにがあったというのか……。

 その瞳の光に射抜かれたように、聖王が後ずさる。



「……私は、未来を恐れていました」



 聖女が静かに語りだす。

 いつの間にか、民衆がざわめきを止めて、その声に聞き入っていた。


「うまくいかない未来ばかりを見て、そんな未来から逃げるために行動していました。本当は心のどこかでわかっていたのかもしれません。予知された未来を回避ところで一時しのぎにしかならないと。本当に未来を変えるためには、未来から逃げるのではなく――真正面からぶっ壊さなければいけないと」


 聖女が一歩、力強く前に進み出てくる。


「……く、来るな」


「今まではそのための勇気がありませんでした。でも、今は違います。未来に立ち向かう勇気をもらいましたから……もう逃げません」


 聖女が一歩、また一歩と、聖王に近づいてくる。

 そのたびに、聖王が一歩ずつ後ずさる。

 そうして気づけば、聖王はステージ端へと追いつめられていた。


「あなたからも、もう逃げません。私は、私の思い描く未来をつかみ取るために……」


 彼女は小さく息をすってから、告げた。



「――あなたとも戦います」



 聖女からの宣戦布告。

 いつもなら一笑にふしていたであろう言葉なのに。

 怖気づいたのは聖王のほうだった。


「せ……“聖王に近づいてはならん”! “聖王に逆らってはならん”!」


 とっさに“噂”を流す。

 しかし、【噂操作】が発動しない。


 ――残念だが、お前の【噂操作】スキルは封印させてもらった


 まさか、本当に……?

 そんなバカな。そんな理不尽な能力が、存在してたまるか……!


「“お前は、私を崇めなければならない”! “私は尊い存在だ”! “私は神から愛された預言者なのだ”! “私は神話で語り継がれるべきのだ”!」


 わめき散らすが、誰からの反応がない。

 いつまで経っても、【噂操作】は発動しない。

 もう、“噂”を流すことはできない。


 なら、どうすれば……この少女を止められる?


 もはや聖王の言葉は、たったひとりの少女すら動かすことができない。

 聖女は、そんな聖王に憐憫の視線を向けながら。


「……歯を」


 と、呟いた。


「……は?」




「――歯を、食いしばったほうが、よろしいかと」




「…………は?」


 その次の瞬間――聖王の眼前に、拳が飛んできた。

 いきなりのことで反応できなかった。

 そして、少女の小さな拳が――。


 ――ごっ、と聖王の頬に突き刺さる。


 つたないパンチだったが、予想外の一撃でもあった。


「……ぅ……おっ!?」


 聖王の首がぐるんとねじれ、王冠が頭からすべり落ちた。

 聖王自身もたたらを踏みながら、ステージの端からすべり落ちた。


 一瞬の浮遊感――そして、落下。



「……ッ! ……い、やだ……ッ!」



 聖王はとっさに壇上へと手をのばすが――届かない。

 もはや、そこは自分の居場所ではないとでもいうように……。




「…………ゲームオーバーだ」




 そして聖王は、偽物の勇者の高笑いを聞きながら。

 いつも蔑んでいた民衆の中へと――。

 いつも高みから見下ろしていた場所へと――。



 ――――――堕ちていくのだった。






――最後のポイント評価は、せつない。



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