61話 ハイデリクさんと戦ってみた
「……退け」
早くも、大将らしい聖城騎士が前に出てきた。
重鎧の上から純白の騎士外套をまとい、その手には身の丈以上もある十字剣がいとも軽々と握られている。
その横に並べられるのは、移動式の大型弩砲の群れだ。
――剣聖ハイデリク・ホーマー。
聖王国最強の騎士にして、勇者にもっとも近い男。
そして、彼こそが『“剣聖”の異名を持ち質量を自在に操る高貴なる男騎士』と称され、ゲームでは序盤に死んでいたハイデリクさんだ。
「き、気をつけてください! ハイデリク卿は、他の聖城十二騎士とは強さの次元が違います!」
ラフリーゼが焦ったように警告してくる。
が、無視する。
「彼は、勇者にもっとも近い人間……レベルも30に達する勢いだと言われています! たとえ、あなたほどの力があっても勝てるかどうか……」
ラフリーゼがさらに警告してくる。
が、無視する。
「なんで無視するんですかぁ!」
「いや、お前いちいちうるさい……」
「なっ! ひ、人がせっかく忠告してあげてるのに……!」
「悪いな、さっきの鳴き声がまさか忠告だとは思わなかった」
「う、うぅー! やっぱり私、あなたのことが嫌いです!」
「それはよかった。俺もお前が嫌いだ」
「……いや、あんたたち喧嘩してる場合じゃないからね?」
まあ、そもそもハイデリクさんには普通に勝てる気しかしない。
というわけで、俺はそのままハイデリクさんに向かって前進する。
「……撃て」
ハイデリクさんの落ち着いた指示とともに、大型弩砲のレバーが一斉に引かれた。
――がしゅッ!
と、重々しい音とともに、船の錨のような大型の矢が射出される。
「無駄だ」
とりあえず、聖剣の台座で弾き飛ばすが。
「……?」
思ったよりも重い手応え。
まるで、加速後に質量だけが倍増したかのような……。
「……なるほど、これすらも防ぐのか。一撃一撃が城壁を貫くほどの重さだったんだが……やはり本部の情報には重みがないな」
ハイデリクさんが力なく笑う。
「……君は、本当に強い。だから、こんな勝ち方はしたくなかった」
彼がそう告げた瞬間――。
――ずんっ! と体が重くなった。
「……む?」
「悪いが……君の質量を5倍にさせてもらった。もはや、君はまともに動くこともままならないはずだ」
「…………」
「君に恨みはないが、王に尽くすのが騎士道だ。もしも、君が神の意思の代弁者だというのなら……示してくれ。この私の罪と、そして……!」
「……話が長い」
「ぶげらッ!?」
ハイデリクさんを台座で吹き飛ばして、先に進む。
なんか体を重くしてくれたおかげで、むしろ足裏の摩擦がよく効いて走りやすくなった。さらにスピードアップする。
それから少し遅れて、どぼんっ! と背後から盛大な水音が上がった。
「ハイデリク卿が川に落とされたぞ!」「嘘だろ!?」「気圧されるな! ここで食い止めろ!」
聖王軍が長槍で突撃してくる。
とりあえず、兵たちを片っ端から川に突き落としていくが……。
「……やはり、キリがないな」
劣勢なのに撤退しないというだけで、かなり相手をするのが面倒臭い。
これが、死を恐れないといわれる聖王軍か。
おそらく、聖王が『戦って死ねば天国に行ける』みたいな“噂”を信じ込ませたのだろう。
べつに負けることはないが……ザコ敵との連戦展開は、さすがに面倒だ。
やはり、ザコは全体攻撃で蹴散らすにかぎる。
というわけで、そろそろ橋の中間まで到達したことだし――頃合いだな。
「――プリモ、作戦実行だ。ゆっくりと橋を壊せ」
「らじゃーです!」
「えっ、待って!?」
「ちょっ……橋を壊すって言いました!? ご冗談でしょう!?」
プリモがその場で、スカートをつまんでお辞儀をすると同時に。
長年、“不落”と称されてきた重厚な石橋が、ばらばらと崩落を始めた。
プリモの溶解液が橋の内部に注入されたのだ。
あらかじめプリモに指示しておいた聖王軍対策の作戦だが……プリモのやつ、思ったよりも器用に破壊をするな。以前にプリモが『テクニカルな破壊もできるようになった』と言っていたが、それは確かだったようだ。我が娘の成長を見るみたいで、少しうれしいな。
それはともかく。
この橋の破壊には、さすがの聖王軍も混乱したようで。
「嘘だろ!? セイントブリッジが!?」「やつら、橋を壊しやがった!」「もう戦闘どころじゃねぇ!」「無駄死には嫌だ!」「退避! 退避ぃッ!」「間に合わない! 川に飛び込め!」
一瞬で総崩れになって、逃げ惑いだす。
「やはり、死を恐れないのではなく、意味のある死を求めているだけか」
だから戦死は恐れなくても、無意味な事故死を嫌がる。
そもそも、この橋がなければ進軍も戦闘もできない。やつらは退がるしかないのだ。
「――では、征くぞ! 俺の台座に続け!」
「らじゃーです!」
「あ、あぁ……神聖なセイントブリッジが……」
「あーもう、めちゃくちゃ……」
俺たちは崩落してゆく橋の上を、一気に駆け抜ける。
「――さあ、道を開けよ! 勇者パーティーのお通りだ!」
◇
「……ふふ……もうすぐだ」
大聖城の執務室で、聖王ネフィーロ4世はほくそ笑んでいた。
目の前にあるのは惑星儀だ。
……ずっと、夢に見ていた。【噂操作】スキルが目覚めた日から今日まで……。
自分が世界の覇者になり、神話として語り継がれることを。
噂を操るという強大な力は、ただのいじめられっ子の神学生だった彼に、天啓を与えた。
民衆どもは、噂で動いているだけの獣なのだと。
神はその獣どもを服従させるための力を、自分にお与えになったのだと。
そして、自分は神話となって語られるべき存在なのだと。
聖王になるのは簡単だった。
この国の政治体制が、選挙君主制だったからだ。
先代聖王も政敵たちも“噂”によって磔にし、神官兵や聖城騎士を噂漬けにして武力を手に入れ、すぐに選挙権を持った枢機卿や聖城参事会の圧倒的な支持を得るにいたった。
そうして、彼は若くして聖王になった。
民衆たちが崇めるような高みに達した。
地位も、名誉も、力も、富も……全て手に入った。
しかし、まだ満たされない。こんなものでは満たされない。
まだ神話になっていないからだ。
そんな悶々とした日々を送っていたときだった。
幼い日の聖女ラフリーゼが、未来兵器を予知で見たのは……。
それはまさに、神のお導きであった。
「……ようやく、ここまでたどり着いた」
半世紀にも及ぶ、長い戦いだった。
魔帝メナスや偽勇者にペースを乱されたものの、なにも問題はない。
せっかく時間をかけて用意した“世界の敵”――魔帝メナスをこの手で始末できなかったのは残念だったが、その分、新皇帝アレクサンドラが魔女だという“噂”でカバーすることができた。
もうすぐ、自分の偉業は、新たな神話として語り継がれることになるだろう……。
「くくく……かーッかかかかかかッ! か――ッ」
「――陛下! 前線から魔光通信が入りました!」
神官が執務室に飛び込んできた。
「…………ごほん。ノックぐらいしたまえ」
「申し訳ございません! しかし、緊急でしで……」
「なんだ。言いたまえ」
そう尋ねつつも、報告の予想はついていた。
――冥王討伐完了。
頃合い的にも、それしか考えられない。
冥王などと言っても……しょせんは、巨大なスケルトンだという話だ。
それも、魔帝メナスに飼いならされた獣にすぎない。
推定ランクがBというの脅威だが、遠距離から神弓兵器を浴びれば、なすすべはないだろう。
あの偽勇者がなにをしでかすかだけが未知数だったが。
この時間では、戦場にたどり着くことすら、まず不可能……。
「――偽勇者と聖女が、冥王と結託! ハイデリク卿率いる本軍が敗退しました! あとなんかセイントブリッジが崩落しました!」
「…………は?」
聖王がフリーズする。
意味が……わからない。
人間が七魔王と結託? 最強の聖王軍とハイデリク卿が敗退? セイントブリッジが崩落……?
「敵はそんな数が多いのか……?」
「いえ……戦っているのは、偽勇者を含め数人であるとの情報が。冥王軍もいるようなのですが、どうも守りに専念しているようで」
「あ……ありえん……」
なにかの間違いだ。
戦場では、いくら“個”が強くても意味がない。
入り乱れる魔法や矢を全て回避するのは不可能だし、乱戦になれば体力もMPも武器もすぐに尽きる。
その点、聖王軍は“群”として最強だ。
数が多く、士気が下がらない。
前線が少し崩れるだけで敗退するような普通の軍とは違うのだ。
死ぬことを恐れずに戦い続ける軍に勝つには……それこそ神弓兵器が大量に必要だろう。
「……偽勇者は今どこに?」
「すでに聖都付近にまでたどり着いているとのことです。聖都に侵攻してくるのも時間の問題かと」
……早い!?
まるで、戦場を一直線に駆け抜けたような早さ。軍隊と衝突したとは思えないスピードだ。
あまりにも、計算外。
だが、まだ焦りはない。
「……かかか」
聖王は笑う。
多少の計算違いは認めよう。だが……。
「その戦場には、偽勇者と聖女と冥王がいるのだな?」
「え、ええ」
「やはり、神は……私に微笑んでいる!」
聖王の敵が、全て1か所に集まっている。
これが神の思し召しではなく、なんというのだ。
ここで敵をまとめて始末できるなら……どんなに犠牲を払っても、お釣りが来る。
兵が減ろうが【噂操作】があればいくらでも集まるし、ノア帝国の資源さえ手に入れば神弓兵器もいくらでも作れるのだ。
だからこそ、やることはひとつ。
「聖都周辺の要塞に、魔光通信を送れ――」
そして、聖王は命じる。
「――全ての神弓兵器を起動しろ、とな」
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