56話 義娘と再会してみた
◇冥王ノーチェ Lv94
七魔王・第3席。彼岸花に囲まれた冥王城に住んでいる幽霊少女。
芸術活動が趣味。
『正しさとは美しさである』がモットー。
今晩お泊りする宿(冥王城)に入った俺とラフリーゼ。
そこで俺たちは、城主である冥王ノーチェに出迎えられていた。
薄紫色の髪をした少女の霊だ。
「わぁ……お父様、久しぶりだぁ……」
「ああ。寂しくなかったか?」
「……大丈夫だった。でも、今日はどうして来たの……?」
「近くまで寄ったのでな。ついでに、今日はこの城に泊まっていこうかと」
「……やったぁ……今夜はお父様と一緒……」
そのまま抱きついて、すりすりと実体のない頭をこすりつけてくる。いつもは優雅に取り澄ましているノーチェだが、案外寂しがり屋なやつなのだ。
「……ぁ……あれ?」
ラフリーゼが置いてけぼりにされたように、ぽかんとしていた。
「す、すごい、フレンドリーですね……幽霊なのに……」
「まあ、ノーチェは人見知りが激しいだけだからな」
ノーチェは、“美”というものにとらわれている。
美しくありたい。美しいものに囲まれていたい。美しければ正しくない……。
そんな思いがあるからか、自分の“美しくない本性”をさらけ出すのを恥じ、理想の“美しい自分”を演じて他人と接するところがある。
言ってみれば、ひねくれた厨二病みたいなものだ。
人間関係に対する理想も高いため、ちょっとしたことで相手に失望して縁切りしたりと気難しいところはあるが……その分、心を許した相手には、この通りべったりになる。
「というより、お父様って……マティーさんは、お子さんがいたんですか? それにしては、兄妹ぐらいの年齢差ですが」
「俺は義理のお父様……いわゆる義パパだ」
「義父でいいのでは」
「パパだけは命にかえてもゆずれない」
「はぁ」
「……ん」
と、そこで。
ノーチェが、ラフリーゼの存在に興味を持ったらしい。
「……? お父様、それ、お土産……? 絵の具採ってもい……い……?」
そう言いかけてから。
お化けでもみたように、ひくっと息を呑んだ。
「こ、これ……まだ生きてる……!?」
「え、まあ、生きてますが」
「い、いや……」
ノーチェがびくびくと俺の後ろに隠れる。
「だ、大丈夫ですよ。私はこの人の知り合いでして……」
と、ラフリーゼがなだめようと近づくが。
それは悪手だった。
「…………」
ノーチェの顔から生気がごっそりと抜け落ちる。
目や口があった場所は、ぽっかりと虚ろな黒穴になり。
その穴から、呪詛のような声がこぼれ落ちた。
「………………死ね」
その、たった一言で。
「…………ぇ……?」
ラフリーゼが糸の切れた人形のように、ぱたりとその場に崩れ落ちた。そして、人形のように目を見開いたまま、動かなくなる。
「……む」
さっそく、ラフリーゼが死んでしまったようだ。
まあ、こうなるとは予想していたが……。
ノーチェの命を操る能力を持つ。
その瞳に映っている全ての命で、自由に遊ぶことができる。
生かすも殺すも、全ては彼女の手のひらの上。
ゲームでは“世界樹の実”という特殊アイテムで即死耐性をつけなければ、戦闘開始とともに全滅させられたものだ。
「おい、ノーチェ。ダメだろ、いきなり殺しては」
「あ……これ、お父様の玩具だった?」
「そうだ」
断言する。
「ご、ごめんなさい……うぅ……」
しょんぼりしたように肩を縮める。
……思ったより、落ち込んでしまった。
ノーチェは感受性が強いため、メンタルが繊細なのだ。
「い、いやまあ、聖女のひとりやふたり殺すなんてよくあることだしな。気にするな」
「……うん」
それから、ノーチェがラフリーゼの上に手をかざすと。
「かは――ッ!?」
ラフリーゼが息を吹き返した。
「え、あれ……な、なにが……?」
「ひっ……生きてる……」
「…………ぇ……?」
ふたたび、ラフリーゼがぱたりと倒れる。
「いや、殺しちゃダメだって」
「だ、だって……お父様以外……生きているものは美しくないんだもん……生命は死によって初めて完成するんだもん……死したものこそ美しいんだもん……」
「そんなこと言われても、パパ困る」
というわけで、ラフリーゼをまた復活させる。
死んだとはいっても、ただ命を抜かれただけであるため蘇生は楽だ。
これぐらいならば後遺症もない。
「おお、ラフリーゼよ。死んでしまうとは情けない」
「え? いえ……さっきから、なにが……」
「ちょっと2回ほど死んだだけだ」
「……? ……?」
ラフリーゼがしきりに首をかしげる。
そんな彼女の顔を、ノーチェはまじまじと観察した。
「お、お父様……やっぱり気持ち悪いよ、これ……なんで生きてるんだろう……死んだらいいのに……」
「…………」
ラフリーゼが無言で固まった。
「安心しろ。ノーチェに悪意はない。ただ純粋に死んでほしいと思われているだけだ」
「……そろそろ泣きますよ、私?」
さすがに、かわいそうになってきたから、話題を変える。
「それより、ノーチェ。お土産を持ってきたぞ」
「……お土産!」
ノーチェがぱっと顔を輝かせた。
一瞬でラフリーゼのことなど忘れたらしく、空中でぱたぱた揺れる足がわくわく具合を表現していた。
大人になろうと背伸びしているところもあるが、こういうところはまだ子供らしい。可愛いものだ。
「……お土産! なに……なに……?」
「くくく……とっておきを用意したぞ。おおいに喜ぶがいい」
俺はシャドウハンドの【影隠し】スキルで収納していた木箱を取り出し。
かぱり、と蓋を開けた。
「――ほーら、毛ガニだぞぉ」
「…………ぁ……うん」
ノーチェがすっと目をそらした。
「わーい、毛ガニだぁ……」
「……もしかして、毛ガニ嫌いだったか?」
「ん……外骨格は美しくないし、絵の具も採れないから……」
「そもそも、子供に毛ガニってどうなんです? お土産センスえげつなくありません? さすがに渋すぎますし、ちくちくも嫌でしょうし……」
「……な、なんだと」
元ラスボスの俺が、お土産選びに失敗しただと……?
ここにきて、部下とのコミュニケーション不足が祟ったか。
思えば、お土産を買うこと自体も初めてだった。そもそも旅行とかしたことなかったし。愛読書の『エンデバー冒険記』で旅行気分に浸ったことしかない。
「じ、実は、毛ガニがお土産というのはお父様ジョークだ。これはただの夕飯のおかずだ」
「な、なぁんだ……」
ノーチェがほっとしたように微笑む。
……守りたい、この笑顔。
というわけで、仕方がない。今ばかりはプライドをかなぐり捨てて、こっそりとラフリーゼに相談を持ちかける。
「おい、どうしたらいいんだ……? このままでは……ノーチェの中にある“お土産センス抜群のかっこいいお父様像”が崩れてしまう……」
「いえ、すでに処置の施しようがないと思いますが。光の速度で反抗期に突入しそうですが」
「ノーチェが反抗期になるなんて嫌だ……いったい、どういうお土産が正解なんだ?」
「子供ですし、オーソドックスにお菓子や玩具なんてどうですか?」
「……お前……センスないな」
「毛ガニの人に言われたくないですよ!?」
「毛ガニはいいだろ! 毛ガニに謝れよ!」
「あなたは毛ガニ大使かなにかですか!?」
いや、言い争っている場合ではなかった。
「毛ガニ以外になにか買ってないんですか?」
「くくく……聞いて驚くがいい。木刀とタペストリーとおもしろTシャツを各種そろえてみせたぞ」
「……ダメだ、この人。なにか骨関係のグッズがあれば、この子も喜びそうだと思いましたが……」
「それだ」
骨といえば、いいものを持っていたんだった。
我が家の庭にでも飾ろうと思って、とりあえずシャドウハンドに収納させておいたものだ。
俺は手で影絵を作りながら、シャドウハンドに指示を出す。
「――出でよ、竜王ニーズヘッグ」
――なにゆえ もがき 生きるのか?
――滅びこそ 我が喜び。死にゆくものこそ 美しい。
――さあ 我が腕の中で ポイント評価するがよい!
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