55話 指名手配されてみた
【前回までのあらすじ】
聖王襲撃 → 俺なにかやっちゃいました? → 聖王をもっと絶望させたくなる → まずはノア帝国に侵攻している聖王軍を止めようとする
勇者生活2日目――聖王に反逆したら指名手配された。
追われる身となった俺とラフリーゼは、空飛ぶグラ車(※グラシャラボラスの馬車)に乗って聖都から脱出していた。
日はとうに沈み、空にはもう星が瞬きだしている(とても綺麗)。
「くくく、空から星を見るというのも、なかなかオツなものだな」
聖都に置いてきたミコりんやプリモにも見せてやりたかった。
などと考えていると。
「……あぁああぁぁあ……どうしてこんなことにぃぃ……お昼までカフェで優雅にコールスローサラダ食べてたのにぃぃ……うぅ、やり直したい……」
空飛び馬車の中で、ラフリーゼが涙目になって頭を抱えていた。生真面目なこいつにとって、今の状態は耐えがたいらしい。
「まあ、夜空を彩る星々でも見て、落ち着けよ」
「落ち着かせてくださいよ!? なんで、勇者になった初日から、私もろとも指名手配されてるんですか!? なんなんですか、あなたは私をどこまで困らせられるかチャレンジしてるんですか!? 大成功ですよ、こんちくしょう!」
……ラフリーゼがグレた。
『レジノア』の清楚代表だった頃の面影がない。
「あなたは刹那的に動きすぎです! 瞬間を生きないでください! そんなことしていると、まともな未来が待っていませんよ!」
「それは楽しみだ。まともな未来など退屈でたまらん」
「また、そんなこと言って……! いつか本当に、地獄に堕ちますからね!」
「それは楽しみだ。お前みたいなのがたくさんいる天国よりは、地獄のほうが君臨しがいがありそうだからな」
「うー! やっぱり、私、あなたが嫌いです!」
「それはよかった。俺もお前が嫌いだ」
「わ、私のほうが嫌いですからね!」
「くくく……俺と張り合おうなど100年早い。俺のほうがお前の2倍嫌いだ」
「では、私はその5倍嫌いです!」
「では、俺はその10倍……」
「私はその100倍です!」
そんなやり取りをしつつ。
俺はふと、馬車の窓から地上を見下ろした。
地上は夜闇に沈んでいるが、ぽつぽつと灯りが集まっている場所がある。
おそらく、聖王軍が野営しているのだろう。
その行く先にあるのは――広大な大河。
聖王国とノア帝国の国境を隔てるティアズ川だ。
その川の上には、セイントブリッジと呼ばれる巨大な石橋がかかっている。水中には七魔王・第6席の軍団が潜んでいるため、ノア帝国を攻めるには、その橋をわたっていくしかない。
そして、俺の目的地は、そのセイントブリッジから数kmほど離れたところにある。
「そういえば……今はどこに向かっているのですか?」
ふと、ラフリーゼが尋ねてくる。
「知り合いの家だ。今夜は遅いから、そこに泊まろうと思ってな」
「泊まるって……この時間だと、どの町も市門が閉まっていると思いますが」
「安心しろ。やつの家は、野ざらしになってるからな」
「野ざらし?」
「ちょうど見えてきたぞ」
地上に見えるのは、どこまでも広がる墓場だった。
月に照らされた、血溜まりのような彼岸花の海。
その中から溺れるように頭を突き出しているのは、朽ちた十字架の群れ。その十字架たちを嘲笑うように、紫煙のような浮遊霊がふよふよと漂っている。
……ここは、大霊園。
七魔王のひとり、冥王ノーチェの防衛担当区域だ。
「あ、あれ……ここって、七魔王の縄張りなのでは……?」
「そうだな」
「いえ、そうだなって……というか、もしかして……あそこに普通に歩いている大きな骸骨って……噂に聞く、“冥王”なのでは……」
「……? あれはただのガシャドクロという魔物だが」
ただのノーチェのペットだ。
スケルトンが合体して強くなったようなやつで、一応ランクはS。
今は、夜のお散歩中らしく、彼岸花畑で蝶々を追いかけていた。
おそらく……他の七魔王たちがそうであるように、冥王ノーチェに目撃して帰った者はいないのだろう。だからこそ、ぱっと目について強そうなガシャドクロが七魔王だと思われているというところか。
まあいい。
「それより、今夜の宿に着いたぞ」
「宿って……え? あのお城ですか?」
「そうだ」
墓場の中心にそびえ立つ、夜闇よりも黒々とした古びた廃城。
そこが俺たちの今夜の宿――冥王城だ。
ラフリーゼの反応を見る感じ、冥王城の存在についても知られていないらしい。
「こ、こんなお城に、本当に人が住んでるんですか?」
「ああ。なんでも、景色がいいから気に入ってるらしい」
「たしかに、彼岸花は綺麗かもしれませんし、お城のてっぺんはオーシャンビューかもしれませんが……いったい、どんな人が住んでるんですか」
「ただの芸術家の子供だ」
冥王城に入ると、骨でできたオブジェや血が塗りたくられた絵画がひしめく画廊のようなホールに出迎えられる。メイド姿の地縛霊たちが漂い、夜会服のスケルトンたちが円舞を踊り、血を凍らせるような絶叫があちこちから聞こえ……。
「――あ、アウトぉッ!」
ラフリーゼがいきなり叫びながら、尻もちを着いた。
「どうした? お泊りでテンション上がってるのか?」
「これが、うきうきしてるように見えますか!? というか、この城はなんなのですか!? 玄関からさっそく、すっごいことになってますよね!? ここに泊まるんですか!? ご冗談でしょう!?」
「なんだ、肝試しとか苦手なタイプなのか?」
「肝を試されるというか、今にも肝を食べられそうなんですが!? 明日にはこの踊るスケルトンの一員になってそうなんですが!?」
「はっはっは。たしかに死ぬかもな」
「なんで今、笑ったんですか!?」
「それより、さっさと行くぞ」
「えっ、本当に行くんですか!? 嘘でしょう!?」
そう文句を言いつつも、ひとりになるのは嫌らしく。
ラフリーゼはがくがく震えながら、俺の腕にしがみついてきた。
冥王城に来たことはほとんどなかったが、内部のマップは全て把握している。
ゲームでは何度も入った場所だからな。
「……と、ここだ」
「ここ、って……」
最上階に、地獄の門を思わせる禍々しい扉があった。
扉面からは、彫り物の髑髏や手やらが突き出されている。まるで生きた人間が、扉に踊り食いされたかのような造形だ。
「ここが家主の部屋だ」
「いえ、絶対にボス部屋かなにかですよね!? 殺意の波動MAXですよね!?」
「とりあえず、入るぞ」
「待ってください、心……というか、心臓の準備が!? え、ちょっ……本当に待って……」
「待たない」
重々しい扉を開ける。
――ぎぃぃぃい……と。
錆びついた音とともに見えてきたのは、天窓からの月光に照らされた部屋だった。
壁を彩るのは、血のしたたる妖しい絵画。
床を彩るのは、目にも鮮やかな血飛沫模様。
ここは――冥王のアトリエ。
命を描き、命を創り、命で遊ぶための玩具箱。
「…………くすくす…………くすくす…………」
薄暗がりの中、女の子の笑い声がかすかに響く。
気づけば、部屋の中心に、少女の霊が浮かんでいた。
夜空を思わせる淡紫色の髪。喪服のようなゴシックドレス。包帯まみれの生白い腕には、小さな魔物の骸骨がぬいぐるみのように抱かれている。
「……こんなお月様の夜に、お客さん……“絵の具”がたっぷりつまった、お客さん……くすくす……きっと今夜は……美しい作品ができそうだわ……」
彼女は宙に浮かべていた絵筆を、ぱた……と落とすと。
ゆっくりと、こちらに瞳を向けてきた。
暗く陰ったその顔は、美しいが人形のように作り物めいていて……。
「…………ひ、ぃ……ぁ……っ」
ラフリーゼが涙をぽろぽろ流しながら、膝から崩れ落ちる。
幽霊少女は俺たちを見て、にたぁり……と笑うと。
「――って、お父様だぁっ!」
ふわぁっ! と元気いっぱいに俺の胸へ飛び込んできた。
そのまま抱きついて、すりすりと霊体の頭をこすりつけてくる。
そう……彼女は俺の配下のひとり。
七魔王・第3席――冥王ノーチェ。
死者を統べる魔王にして、命を管理する冥界女王。
それが、この冥王城の主の正体だった。
――生きるとは呼吸することではない。ポイント評価することだ。
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