44話 ヒロインを放置してみた
聖女来襲から1週間が過ぎた。
元ラスボスが勇者になるような珍イベントが起こることもなく、俺たちは妖精国の神殿でごろごろしていた。
ミステリア女王がなにか言ってくれたのか、エルフたちの過度なちやほやもなくなり、ここでの生活もけっこう快適になったのだ。
「おー、よーしよしよし。グーちゃんは今日も可愛いですねぇ」
「わんわん!」
ぼんやりと視線をめぐらせると、プリモがグラシャラボラスの毛をブラッシングしていた。だんだん涼しくなってきたため、グラシャラボラスの毛が伸びてきたのだ。
「ふふふ、わたしの腕なんて食べたらお腹壊しますよ~」
「はぐはぐ」
「あっ、待ってください。首はダメです」
「わんわん!」
「あ~ん! わたしの頭返してくださ~い!」
グラシャラボラスが、食いちぎったプリモの生首をボール代わりにして遊びだす。
のどかな光景だ。やはり、魔物を見ていると癒やされるな。
「……ん、しょっと」
と、そこで。
空間の一部に穴があき、そこからミコりんが這い出てきた。
毎日、真面目に【空間操作】の練習をしているため、短距離間の空間をつなげることはできるようになったらしい。もっとも、実戦ではまだ、空間を固定して壁を作ることぐらいしかできそうにないが。
「え、なに……殺人事件?」
ミコりんはプリモの生首に目を丸くするが。
「いえ、グーちゃんと遊んでます」
「あ、うん。いつものね」
だいぶ、俺たちの行動に慣れてきたようだ。
「それより、まだ外にいるわよ。あの聖女様」
「……嘘だろ」
思わず疲労感を覚える。
勇者になるのを拒否してからというもの、ラフリーゼは毎日、俺のもとへやって来ていた。
最初は、妖精国の神殿に帰れば追ってこないと思っていたが……。
……すぐに住所を特定して追ってきた。
あまり関わりたくない相手だが、ラフリーゼがいるからと俺のほうが移動するのも、まるで逃げるみたいで気に食わない。
というわけで、今のような膠着状態が続いていたわけだ。
「話ぐらいしてあげたら?」
「……ふんっ、俺は巻き込まれ系主人公ではない。巻き込み系の元ラスボスだ。ヒロインがいきなり押しかけて頼み事をしてこようが、聞いてやる義理はない」
「また、そんな意味わかんないこと言って……」
「でも、主様なら、面白そうだからと率先して勇者になると思いました」
首を取り返したプリモが、不思議そうに呟く。
「たしかに、相手が違えばそうだったかもしれないが……」
「聖女様、嫌いなの?」
「あいつは俺の天敵だ」
昔から俺のもとにやって来ては、やることなすこと口うるさく説教してきたのだ。
――あなたを更生させてあげます!
とか、言って。
もしかしたら、あいつなりに“俺が魔帝メナスになる未来”を回避しようとしていたのかもしれないが……。
どちらにせよ、馬が合わないのは事実だ。
それに、ラフリーゼと会うときはいつも仮面をしていたが、声などから身バレしないともかぎらない。
つまり、ラフリーゼと行動するのはデメリットしかないのだ。
「……ていうか、こっちも迷惑なのよ。我が家の前にストーカーっぽい人が常時スタンバってる怖さわかる? 昨日なんて、夜中に窓の外見たら、がっつり目が合ったからね……」
「もはや怪談だな」
「そういえば、わたしも……昨日、お庭のお掃除をしていたら挨拶されてしまいました……」
「いや、挨拶ぐらい許してやれよ」
「最近は聖女の声かけ事案が相次いでるのよ。エルフたちからも不安の声が出てるわ」
「もはや完全に1級変質者扱いだな」
「とにかく、断るならちゃんと断ってよ。納得するまでは帰らないわよ、ああいうタイプは」
たしかに一理ある。
「お困りでしたら、わたしが聖女さんを壊してきますが」
「大陸中を揺るがす国際問題になるからやめろ」
「はい」
「仕方がない……」
ラフリーゼのことは嫌いだが、べつに殺したいほど憎んでいるわけでもない。
そもそもゲームのメインキャラだからな。
嫌いなキャラとは言っても、少なからず愛着はある。
だからこそ、邪険にして向こうがあきらめるのを待っていたわけだが……。
……どうやら、ラフリーゼの執念を甘く見ていたようだ。
こうなれば、話を聞いてやったうえで断るしかないだろう。
「とりあえず、プリモ……やつを呼んでこい」
「らじゃーです!」
◇
というわけで、ラフリーゼを神殿に招き入れてみた。
「勇者になって、世界を救ってくださいますか?」
「いいえ」
「そんな、ひどい……それで、勇者になって、世界を救ってくださいますか?」
「いいえ」
「そんな、ひどい……それで、勇者になって、世界を」
「無限ループやめろ」
中に入れてから、ラフリーゼはずっとこの調子だ。
だいぶ精神的に追いつめられているからか、手段を選ばなくなってきていた。
顔はやつれているのに、目だけがギラギラしてて怖い。
「ど、どうして勇者になってくださらないのですか? 600年ぶりの勇者ですよ? 神話になれるんですよ? こんな栄誉あることはありません。さあ、この契約書にサインを……」
「いや、そもそも俺、聖剣抜いてないからな? 勇者になれと言われても無理だからな?」
「せ、聖剣を抜かなくても大丈夫です。マティーさんはもう、神託で選ばれた勇者なのですから。それに聞きましたよ、竜王ニーズヘッグ討伐でとても活躍したとか……」
用意していた台本を読み上げるように、やたら早口でまくし立ててくる。
……なんか、怪しいな。
なぜ、あきらかに偽物だとわかっている勇者をまつり上げようとする?
「それで……勇者になってくれますか?」
「いいえ」
「そんな、ひどい……では、せめて話ぐらいは聞いてくれませんか?」
「いいえ」
「そんな、ひどい……それでも、せめて話ぐらいは聞いてくれませんか?」
「……すぐに無限ループする癖、直したほうがいいと思うぞ?」
なんか面倒だし、もうアレクのもとに聖剣を郵送してしまおうか……。
などと考えていたところで。
ふと、なにかが足りないことに気づいた。
「あれ……お前、護衛のハイデリクさんはどうした?」
そう、ラフリーゼに護衛がいないのだ。
そういえば、冒険者ギルドの集会所に来たときも、女神官や侍女しかつれていなかった。
「え? ハイデリクさんというと、聖城騎士のハイデリク卿のことですか?」
「違う。“『剣聖』の異名を持ち質量を自在に操る高貴なる男騎士”のハイデリクさんだ」
「いえ、ハイデリク卿ですよね……? 同行してはいませんが、彼とお知り合いで?」
「いや……少し気になっただけだ」
――剣聖ハイデリク・ホーマー。
歴代最強の聖城騎士にして、勇者の最有力候補とされていたキャラだ。
ゲームのほうでは、最序盤にラフリーゼの護衛として一緒に仲間になり、その直後の食人森脱出イベントでなんかユフィールに殺されていた(ネタバレ)。
どうせ死ぬからといって仲間(プレイヤー)に装備を剥ぎ取られながらも、その仲間をかばうために、ひとり裸で七魔王に挑む勇姿から、いつしかプレイヤーたちから“さん”付けされるようになったキャラである。
ハイデリクさんでなくても、聖女が他国へ行くというなら、まともな護衛はつけられると思うのだが……こういう些細なところにも、ゲームとは違いが出ているな。
これが意味することは、おそらく……。
と、俺がしばらく黙って考えにふけっていると。
ミコりんがラフリーゼに助け舟を出した。
「とりあえず、くわしい話をしてくれる?」
「はい!」
ラフリーゼは『よしきた!』とばかりに、どこからともなく説明用のパネルと資料を取り出した。
「――資料はいきわたりましたか? それでは、お手元の資料の3ページをご覧ください」
……なんか始まった。
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