21話 蛇に襲われてみた
シリアスは壊すためにある。というわけで、重い展開はありません。
ミコりんが魔法少女になった。
ピンク色のフリフリ衣装を身にまとい、対峙しているフォレストウルフを睨みつける。
「この魔物め……! 絶対に許さないんだから!」
フォレストウルフが『えっ、なんで!?』みたいな顔をする。完全にとばっちりだった。
……ごめん、フォレストウルフ。
さすがに気の毒だから、あとで蘇生してやろう。
「いくわよ――!」
ミコりんが魔術杖をくるくる回しながら、フォレストウルフへと向けた。
「輝け、夢のマジカル――【スターライト・キャノン】!」
そんな決めゼリフとともに、魔術杖から星形の光が発射された。
フォレストウルフがとっさに避けようとするが、光はそれを追尾するように軌道を変え――フォレストウルフに直撃する。
しゅっ、と一瞬で塵となって消し飛ぶフォレストウルフ。
光が消えたあとには、えぐれた地面だけが残っていた。
「わっ。人間にしては、なかなかの威力ですねー」
「まあ、魔法少女モードのミコりんは、全ステータスが底上げされてるからな。しかも、“魔物特攻”つきの技を使うことができる」
「まものとっこー?」
「魔物への攻撃が、防御・バフ無視なるんだ」
「……? ……?」
プリモがぽけーっと知力値の低そうな顔をする。まあ、ゲームの概念がないと、この辺りは理解しにくいか。
それはそうと……。
「……いつまで、そんな格好してるんだ?」
ミコりんのほうを見ると、まだ魔法少女の格好のままだった。戦闘が終わったのに、魔法少女モードを解除する素振りすら見せない。
「まさか、意外と気に入って……」
「やっぱり、趣味……」
「違うわよ! 3分経つまで元に戻せないの!」
ふむ、そんな設定があったのか。
ゲームでは戦闘後すぐに解除されてたから知らなかった。
「うぅ、こんな格好、誰かに見られるわけには……」
ミコりんがスカートのすそを握りしめながら、もじもじする。
……フラグかな?
「――大丈夫!? 大きな音したけど!」
……フラグだった。
戦闘音を聞きつけたのか、冒険者たちがやってきた。
女3人組のパーティーだ。
こいつらは……“チュートリアル三姉妹”か。地元出身の幼馴染パーティーで、ゲームのメインストーリーにも登場したキャラたちだ。同業者だから何度か話をしたことがある。
「げ……」
ミコりんがぎょっとしたように、俺の背後に隠れた。体が小柄だからか、俺のマントの陰にすっぽりと収まる。
「あれ、マティー?」
チュートリアル三姉妹の武闘家が話しかけてきた。どうやらミコりんには気づいていないらしい。間一髪だったか。
「そっちにいるのは、新入りの子かな」
「プリモです。よろしくです」
「ええ、よろしく」
「それより、こちらから爆発音がしましたが……」
「なにかあった?」
修道女と魔術師にも尋ねられる。
「いや、魔物が出ただけだ」
「魔物!? こんな人里の近くに……」
「まさか、スタンピードの前兆……?」
「たしかに最近は、食人森の様子が変ですよね……」
三姉妹が不安そうに顔を見合わせる。
なんか大事にされそうな気配があったので、慌てて補足した。
「いや、ザコ魔物が1匹いただけだ。群れからはぐれて人里に近づいただけだろう」
「その魔物はどこに?」
「もうミコりんが倒したぞ」
「え、ミコールさんが?」
「……あっ」
しまった。そういえば、ミコりんは隠れていたんだった。そして、今のミコりんは、とても人前にお見せできる格好ではない。
とっさにフォローしようとするも、時すでに遅く。
三姉妹の視線が、俺の背後――ミコりんのほうへと向けられる。
「あれ? ミコールさん、いたん……」
「…………え?」
「ミコール、さん……?」
三姉妹の表情が凍りつく。
ここで一応補足しておくと、三姉妹はミコりんに対して、憧れを抱いている。
最初はこの町のエースの座を奪われてライバル視していた三姉妹だが、ミコりんの仕事ぶりを見ているうちに彼女に心酔するようになったらしい。
――ミコールさんはすごい。
――ミコールさんのようになりたい。
――ミコールさんこそが真の冒険者だ。
そんなふうに常日頃から語っていた三姉妹。
そんな彼女たちの憧れの存在が、今――野外で魔法少女になっていた。
「……み、ミコールさん、だよね?」
「え、ええ」
「…………」
「…………」
「あのさ、その服……」
「……しっ!」
「あ……」
「…………」
「…………」
「……あ、あの。私たちは仕事がありますので、これで……」
「あ、うん」
慌てたように食人森に入っていくチュートリアル三姉妹。
それを見計らっていたかのように、ミコりんの服がぱぁぁっと元に戻った。
「…………」
「…………」
「…………」
……すごく、気まずい。
誰も言葉を発しない。なんて声をかければいいのかわからない。
「……あたし、さ」
やがて、ミコりんが遠い目をしながら、ぽつりと呟いた。
「この町では、クールなイメージで通ってたんだけどなぁ……」
「いや、なんか……本当に悪かった」
「なんで謝るの?」
「……謝らないといけない気がして」
「まあいいわ。とにかく……今日の研修を始めましょ」
「お、おう」
ミコりんが死んだ目で、ふらふらと食人森のほうへ歩きだした。
そのときだった――。
「――ぐるるるるっ!」
突然、グラシャラボラスがうなりだした。
威嚇というより、警戒をうながすような声だ。
それで、気づいた。
「……む?」
今しがた三姉妹が向かった方向――。
食人森のほうから、不穏な気配を感じた。
おそらく、魔力や気配を隠蔽していたのだろう。距離もあったし、殺気を直接向けられていたわけではなかった。
だから……気づくのが遅れてしまった。
――きゃあああああっ!
突然、鋭い悲鳴が響いてきた。
その悲鳴は、辺りの静寂を突き破り――ぶつり、と途切れる。
「も、森のほうからです!」
「……っ! 今のって、まさか三姉妹の……!?」
俺たちは一度、顔を見合わせてから。
悲鳴が聞こえてきたほうへ急いで駆けだした。
幸い、三姉妹はまだ近くにいた。
怪我をしている様子もなく、武器を構えて魔物と対峙している。
しかし、どうしてか……ぴくりとも動かない。まるで石像になったかのように、表情さえも凍りつかせている。
その原因は、すぐにわかった。
「……【蛇睨み】か」
三姉妹と対峙しているのは、巨大な蛇だった。その胴体は大木のように太く、その頭は人間を丸呑みにできそうなほどの大きい。
そんな大蛇がゆっくりと鎌首をもたげて、切り傷のような赤い目をこちらに向けてきた。
ミコりんが、ひっと息を呑んで後ずさる。
「な、なんなの、この魔物は……? こんな場所にいる魔物じゃないわ……」
「こいつは、ジャイアントスネークだな」
「……え?」
「Bランクの魔物で、【蛇睨み】という麻痺スキルを使ってくるやつだ」
「……B、ランク……?」
ミコりんの顔が真っ青になる。
まあ、この世界ではCランクの魔物すら化け物扱いだからな……。
しかし……ジャイアントスネークか。
ミコりんの言うように、この辺りにいる魔物ではない。ゲームの中でも、ここでエンカウントすることはなかったが……。
「くっ、光魔法Lv2――【ライトニングウォール】!」
ミコりんが三姉妹の前に出た。
なけなしの勇気を振りしぼったというように、その足はがくがくと震えていた。それでも、大蛇と真っ向から対峙する。
「こ、ここはあたしが抑えるわ! マティーとプリモちゃんは今のうちに三姉妹をつれて逃げ――――ッ!?」
しかし、ミコりんの言葉が終わる前に。
茂みから、さらに大蛇が這い出てきた。
目の前にいるのと同じ、ジャイアントスネークだ。
ただ、数が違う。
今度のジャイアントスネークの数は、ざっと数えても10はいるだろう。
巨大な蛇たちが、俺たちの周りを隙間なく包囲する。
「……あ……ぁあ……」
ミコりんが、ついにへたり込んだ。
彼女の勇気も、ここで砕け散ったらしい。
「主様……この蛇たち、消しますか?」
「くぅん?」
プリモとグラシャラボラスも臨戦体勢になるが。
「いや、その必要はない」
とっさに制止した。
「へ……? 必要ない?」
「この蛇たちには、いっさい敵意がないからな」
「……え?」
いや、敵意がないというより……感情がないと言ったほうが正確かもしれない。
蛇たちは虚ろな目で、じっと俺たちを見つめてきているだけだ。蛇系の魔物は、警戒時に舌を出し入れしたり、尻尾の先から強烈な匂いを発したりするものだが、そういった仕草も見せない。
それに……蛇系の魔物は、基本的に群れを作らない。これほど高度な集団行動なんてできるはずがないのだ。
……何者かに操られてでもいない限りは、な。
「……今朝、ユフィールが言っていた通りだ。たしかに、この蛇たちの様子はおかしい」
「え……まさか……」
プリモが、はっとしたように目を見開く。
「まさか、主様って……ユフィさんの言葉をまともに聞いてるんですか……?」
「そこに驚いたのか」
いや、聞いてやれよ。可愛そうだろ。
まあいい。それより、今は蛇だ。
何者かに操られている蛇の出現……そんなことが起こるイベントは、一つしかない。
もしも、あのイベントが始まるのなら。
蛇たちの次に取る行動は――。
『『『――人間どもに、告ぐ』』』
突然、蛇たちが一斉に口を開き、声をそろえて叫びだした。
いや、これは蛇たちの声ではない。蛇の声というには、あまりにも低すぎる。まるで、冥府の底から這い上がってきているかのような禍々しい声だ。
そして、蛇たちは告げる。
『『『――我が名は、竜王ニーズヘッグ。この世界を滅ぼす竜の名なり』』』
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