17話 昔を思い出してみた
後半はアレク視点です。
スネール王をゲームオーバーにしたあと。
俺たちはグラシャラボラスに乗って、夜空を飛んでいた。
なにをしているかといえば、もちろん急いで家に帰っているのだ。明日も朝早くからミコりんとの冒険者研修がある。怪盗もあまり夜ふかしはできない。
「えへへー。楽しかったですねー、怪盗」
ふと、後ろに乗っているプリモが、間の抜けた笑い声を出す。
「ふっ、怪盗なんだから楽しいに決まっているだろ」
「またやりましょうねー、怪盗」
「無論だとも」
「ところで、ずっと疑問だったんですが」
「なんだ」
「怪盗ってなんですか?」
「くくく……実は、俺にもよくわからない」
とりあえず、かっこよければそれでいいのだ。
――悪いことはしても、かっこ悪いことはしない。
それが、俺のポリシーだからな。
「でも、こうしてると、昔を思い出しますねー」
「昔?」
「ほら……まだ、主様が子供だった頃、ユフィさんやフィオちゃんやアリーちゃんと一緒に、よくこんなふうに正義の味方ごっこしてたじゃないですか」
「……ああ」
たしかに、そんなことをしていた覚えもある。
皇帝になる少し前……9歳ぐらいのときだろうか。
一人ぼっちでいた少女の手を引いて、街を駆け回って、影からこっそり人助けをしたり、作戦名を決めてくだらないことをしたり……そんなふうに遊んでいた時期があった。
しかし、正義の味方か……。
「……そんなものに憧れていた時期もあったんだな」
俺ほど正義の味方が似合わない人間もいないだろうに。
たしかに子供の頃は、正義とか、優しさとか、希望とか……そういう正しい言葉が好きだった。
物語の主人公のような、優しい人になりたかった。
優しい皇帝になりたかったし、なれると思っていた。
だが――なれなかった。
「……変わってしまったな、なにもかも」
「いえ、なにも変わってませんよ」
プリモが無邪気に微笑みかけてくる。
「主様は、優しい主様のままです」
「……そんなことはない」
「あ、照れてますね」
「……て、照れてないし」
プリモとは付き合いが長いせいか。
話していると、どうにも調子が狂わされてしまう。
「と、とにかく、帰るぞ。お前には明日からきりきり働いてもらうから覚悟しておけ」
「らじゃーです! ぷるぷる頑張りますよ!」
こうして、俺たちは帰路へとついたのだった。
◇
ノア帝国の革命から、2週間が経った。
帝都ゴフェルはいまだに革命の熱が冷めやらぬ様子で、お祭り騒ぎだ。魔帝メナスの像が引き倒され、劇場では早くも革命を題材にした劇が上演されている。
そんな帝都の万魔城の執務室に、新皇帝アレクサンドラ・ロードナイトの姿があった。
白い軍服に身を包んだ、美しい金髪の少女だ。しかし、いつもは太陽のように輝いている美貌も、最近は曇らせていることが多かった。
「――陛下、ご報告を」
老宰相のジルフォードが、紙の束を片手に報告する。
「まずはスネール王国の進軍取りやめの件ですが、どうやら正確な情報だったようでございます。話によれば、“謎の魔術師”と“怪盗ネメシス”が、かの国に多大な損害を与えたとか」
「……そう」
「それと、城の宝物庫から盗まれた大金貨の件ですが……こちらも“怪盗ネメシス”を名乗る者によって、ふたたび宝物庫に戻されたようでございます」
「……そうか」
アレクが物憂げに溜息をつく。
「……また、“誰か”に守られてしまったね」
……ここのところ、ずっとだ。
なにか事件が起こったかと思えば、“謎の人物”によって丸く収まっていく。それは心強いことでもあるが……自らの手で問題を解決できないことが、ふがいなくて仕方ない。
「それと、“英雄部隊”の方々ですが……」
ジルフォードが言葉を濁す。
それで、彼がなにを言おうとしているのか検討がついた。
「また、七魔王討伐に行きたいと?」
「……ええ」
「やっぱりか……」
“英雄部隊”――すなわち元革命軍のメンバーは、大きな権力を得たことであっさり冗長してしまった。おそらく、人数を集めることを優先して、ゴロツキみたいな者も引き入れてしまったのがまずかったんだろう。
――七魔王討伐。
名誉欲に溺れた英雄部隊が、魔帝メナス討伐の次に掲げたのがこれだった。国防すら満足にできていない状況なのにだ。
「……今はそんなことしてる場合じゃない、と伝えてくれ」
「はっ」
「他に報告は?」
「いえ、以上でございます」
ジルフォードが隙のない敬礼をして、執務室から出ていこうとする。
そこで、アレクはふと、思い出したように尋ねた。
「ねぇ、ジルフォードさん」
「なんでございましょうか」
「皇帝の役目って……なんなのかな?」
「皇帝のお役目でございますか? 僭越ながら……それは、畏れられることかと」
「畏れられる……?」
「戦事や政事は、軍人や官僚の役目でございます。皇帝は畏れによって彼らをまとめ、国が傾かぬよう舵を取らねばなりませぬ」
「そうか……」
アレクは少しの間、言葉を吟味するように目を閉じた。
「……うん、わかった」
「陛下……なにか、お悩みでも?」
「いや、そういうわけじゃないんだ……引きとめて、ごめん。もう行っていいよ」
「はっ、失礼いたします」
今度こそジルフォードは部屋から去り……。
アレクは一人、執務室に取り残された。
「……はぁ」
一人になった途端、アレクの口から溜息が漏れてくる。
ここのところ、溜息の回数ばかりが増えていた。
理想を抱いて皇帝になったものの、なにもかもうまくいかない。
「……こんなはずじゃ、なかったんだけどな」
やっぱり、自分は皇帝に向いてないのかもしれない。
少なくとも、もっと世界を見て回って、強くなって、信頼できる仲間を増やして……そうしてから、皇帝になるべきだった。
皇帝になってから、いかに自分が甘かったのかを痛感させられた。
革命軍が掲げていた計画は、どれも理想論ばかりだった。
だから、革命後すぐに、国が混乱に陥ってしまった。
宝物庫の大金貨が根こそぎ奪われ、周辺国からは攻め込まれ、暗殺も何度もされかけた。
なんとか対処しようとするも、帝国の指揮系統がめちゃくちゃになっていて、なに一つできなかった。“謎の人物”のおかげで全てが丸く収まってくれなければ……今頃、どうなっていたかわからない。
だからこそ、近頃はよく思うのだ。
もしかしたら、魔帝メナスは……偉大な皇帝だったんじゃないのかと。
調べてみれば……魔帝メナスの悪評の多くは、魔物嫌いの教会が広めたものだった。
それも、魔帝メナスのほうから仕掛けた戦争は一つもないという。彼は戦争にあっさりと勝ち続けたから、苛烈で残忍なように見えていただけだった。
魔帝メナスは、ただ国を守っていただけだ。どんな手段を用いても、国を守ろうとしていただけだ。
一方で……アレクは、国を守ることすら満足にできていない。国を守れなければ、いかなる理想も意味はない。
こんな自分なんかが、皇帝になるべきではなかったのかもしれない。革命をしたこと自体、間違いだったのかもしれない。
自信のなさのためか、そんな考えばかりが脳裏を駆けめぐる。
「……はぁ」
アレクはふたたび溜息をついてから。
ふと、何気なく自分の肩に手を置いた。
「頑張れよ、主人公……か」
革命後の凱旋パレードの最中、謎の青年に告げられた言葉だ。
どういう意味なのかはわからない。
それでも、なぜだか勇気をくれる言葉だった。
……結局、あの青年は何者だったんだろうか。
あのとき、フードの下から一瞬だけ見えた、月光のような冷ややかな美貌を思い出す。
彼とは初対面のはずだった。
そのはずなのに、彼の顔を見たとき、なぜだか懐かしさを感じた。
髪の色も、瞳の色も、その身にまとう雰囲気も、なにもかも変わっていたけれど、「頑張れよ」と告げてきたときの優しげな顔が……昔、一緒に遊んでいた少年と似ている気がしたのだ。
一人で泣いていたアレクを救い出して、優しさや強さを教えてくれた少年だ。
もしも、あの青年が彼だというのなら……。
「……会いたいな」
もう一度、彼と会って、話をしてみたい。
そして、できることなら――――。
――星が綺麗なのは、星にポイント評価が咲いているからだよ。
というわけで、3章終了です!
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