11話 『なにもなかった』ことにしてみた
「わっ! 今年のモーリュ草は、質がいいですね!」
食人森から帰還したあと。
冒険者ギルドの集会所にモーリュ草の納品証を提出すると、受付嬢が驚きの声を上げた。
「納品されたもの全てが最高品質じゃないですか! こんなこと初めてですよ!」
受付嬢が納品証を確認しながら、「すごいすごい」と安っぽいNPCみたいに同じセリフをくり返す。
しかし、お手柄であるはずのミコりんは、どうも釈然としない顔をしていた。
「……ええ、本当にすごい豊作だったわ。不自然なぐらいにね」
「不自然ですか?」
「魔物に踏まれた痕跡も、虫食われもいっさいない……作り物みたいな花畑だったわ。最初は罠かと思ったぐらいだし」
「しかし、とくに異常はなかったんですよね?」
「ええ。シュガーマッシュが1体いたぐらいね。他は……なにもなかったわ」
「マティーさんは、なにか見ませんでしたか?」
こちらにも話が振られるが、俺はあらかじめ決めていたセリフをしゃべるだけだ。
「いや。ミコりんの言うように、なにもなかったぞ」
そう……俺の自由で快適なセカンドライフのために、先ほどの出来事は、なにもなかったことにさせてもらったのだ。
我が家や紅茶の材料Aについては、シャドウハンドの【影隠し】スキルで隠したうえで、紅茶の材料Bの見せた幻覚ということにした。シュガーマッシュの【シュガーラッシュ】という種族スキルには、ちょうど相手に幻を見せる効果があったからな。
モーリュ草については魔法や瘴気で大部分がダメになっていたため、ユフィールの【植物操作】スキルで新しく作ってもらった。あとは大気中の魔力濃度などを調整し……ミコりんが目覚める頃には、完璧になにもなかったことになっていたわけだ。
「うーん……絶対になんかあったと思うんだけど」
なぜか、ミコりんがジト目でこちらを見てくる。
「む、なんだ?」
「なーんか、怪しいのよね、あんた……」
「お、おおお、俺は潔白だぞ。俺がなにかしたという証拠でもあるのかよ」
「なんで犯人口調なのよ。というか、あたしがシュガーマッシュの胞子でやられてるときに、あんただけピンピンしてたってのも変なのよね。それに幻覚の中でも、あんたばっか活躍してたし……なんか、かっこよかったし……」
「かっこよかったのか、俺?」
「あ、あくまで幻覚の中での話だからね! 本物のあんたとは比べ物にならないんだから!」
「…………ぽっ」
「なに照れてるのよ! 気持ち悪い!」
ミコりんが顔を真っ赤にしながら、頭をはたいてきた。
が、回避した。
「なんで避けるの!? ていうか、なんで避けられるの!?」
なんか、ミコりんが勝手に悔しがっていた。
ミコりんはいつでも元気いっぱいだな。
と、そこで。
「……む?」
なにやら、集会所の一角が騒がしいことに気づいた。
いや、酒場が併設されてるから常に騒がしいのだろうが、そういう陽気な騒がしさではない。不安や動揺が入り混じったようなざわめきだ。
「おい、受付嬢。なにかあったのか?」
「ああ、あれは……」
受付嬢が騒ぎのほうを見て、声色を固くする。
「実は、先ほど……西のスネール王国が、この国に進軍を始めたとの情報が入ってきまして」
「なんだ、そんなことか」
ノア帝国では日常風景だ。
俺が皇帝だったときも、常にどこかしらから攻められていたしな。
とはいえ、国境付近は七魔王によって守られている。たとえ、国境を越えることができたとしても、どこかの村や町にたどり着くまでには全滅しているはずだ。
だが、ミコりんは事態を深刻に受け止めたらしい。
「スネール王国って、この町のすぐ側じゃない! この町も危ないわ!」
「え……そうか?」
「そうに決まってるでしょ!」
「……とくに今回はタイミングが悪かったですしね。魔帝メナスが殺されたのに、七魔王が善意で国を守ってくれるはずありませんし……」
いや、善意はともかく、普通に守ってくれると思う。
「この国って、人間の軍はないの?」
「……あるにはありますが、あまり機能してないんです。魔帝メナスが帝国諸侯の反乱を防ぐために、人間の軍隊の大部分を解体して、七魔王に国を守らせていましたから……」
いや、魔物の軍隊のほうが使いやすかっただけだ。
人間と違って強いし、低コストだし、しっかり言うことも聞くし……。
「それじゃあ、この国は攻められ放題ってこと……?」
「ええ。帝国の防衛体制が整うまでに時間がかかるでしょうし……いったん国境が突破されたら、他の国も一斉に続くでしょうね」
「そんな……それじゃあ、この町はもう……」
たぶん、この町はどうにもならない。
だが……なるほどな。前提がいろいろ間違っている以外は、筋は通っているのかもしれない。
ミコりんたちが不安になるのも無理はない。
ゲームでは革命軍の規模がかなり大きくなっていたし、他国とも協力関係にあったから、スムーズに防衛体制の移行もできたようだが……この辺りも、俺がストーリーをぶっ壊した影響が出ているんだろう。
これまでの世界は、ある意味、“魔帝メナス”という1つの強大な力によって秩序が保たれていたのだ。それなのに、“魔帝メナス”の急死によって、いきなり世界のパワーバランスが崩れてしまった。
このままでは、戦乱の時代が幕を開けかねない。
そうなれば、ノア帝国も危ないし、自由気ままなセカンドライフどころではなくなってしまう……。
「……なるほど」
自由に生きるというのは、なかなか大変なようだ。
やはりユフィールの言うように、影から世界をコントロールするというのも多少は必要なのかもしれないな。
「おい、受付嬢。敵軍がどこへ向かってるかわかるか?」
「え? 一応、ソコナシ平原に向かうと言われてますが……」
「ふむ」
ソコナシ平原というと、七魔王・第4席の担当区域か。
ちょうど、ユフィールから会うように言われていたやつだ。都合がいい。
というわけで。
「ちょっと、今からソコナシ平原に行ってくる」
「なんで!?」
これにて2章終了です!
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