泡沫のウンディーネ
月の涙が降りしきる夜
煌めく湖水が静かに揺れる
森の深くの岸辺にて
竪琴 爪弾く 乙女あり
斃れし朽木に腰掛けて
乙女が紡ぐは 愛の歌
その旋律に梟は 喉を震わせ 想いを重ね
樹々は揺らめき 恋を囁く
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かつて 命のありし日に
乙女は富貴の子息と恋をした
されども
身分の異なる愛なれば
二人の契りは許されず
逃れるよりほか 道はなかった
約する時は 満月の夜
約する場所は 森の深くの湖の岸
されども男は現れず
全てを失くした貧しき乙女は
夜明けの淵に その身を委ねた
深淵の水神 これを大いに哀れんで
死せる乙女を水妖に変え
永遠に尽きない命を与えた
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時は過ぎ
今宵も乙女は琴を奏でる
奇しき音色に誘われたのか
静けき闇夜の木立より
老夫が一人 よろめき出づる
身なりのよろしき 白髪の老夫
琴を爪弾く乙女を見るに
目を見開いて 息を呑む
かつて 心ならずも裏切りし乙女の姿 其処にあり
茫然自失と立ち尽くす
老夫の耳朶をば震わすは
乙女の紡ぐ追憶の歌
愛するものとの楽しき日々を
長くはなかった愛しき日々を
静かな調べに乗せた歌
僅かな悲愴の陰りさえ 露とも見えぬ優しき声に
老夫は涙し哭泣し 乙女の前に膝をつく
乙女は手を止め 琴を置き
老夫の言葉を 受け止める
懺悔の言葉を 受け止める
やがて言葉が尽きた時
乙女は老夫の傍ら過ぎて
月影揺らめく水辺に立つ
そうして 微笑み 振り返り
老夫の方へと手を伸べる
その意を悟った老夫は慄き
慄きながらも 手を取った
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二つの姿が沈んで消えて
乙女の心が満ちた時
永遠の命は泡沫となり
静かな水面にそっと弾けた
あなたの瞳に映る時 愛が心に満ちていく
あなたの頬に触れる時 愛が心を震わせる
あなたに抱かれて眠る時 愛は溢れて世界を満たす
あなたが私の衣を解いた その甘き夜を夢に見る
あなたと紡いだ花冠は今も この胸に咲き 輝いている