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便利すぎるクロト

早い。以前でさえ五日かけていた距離を三日と少しで到達してしまう。ネストバを後にして、既に我々はダムトスの先に広がる草原地帯の街道へと戻ってきていた。


「急ぎすぎですね完全に」

「しかし走らせて見るものだな問題点が色々と…」

「飛び跳ねたのは危なかったですね…」

「なんとかなったがこれでは岩盤にでもひっかけたら吹っ飛ぶな」

「全速力は出せませんね…まあ、それでも十分に速いですが。御者としては風避けが欲しいですねぇ」

「ふむ、暫く行くつもりも無かったが不味く無い様であればガラントの工房に寄るか倉庫に良い素材があるんだ…」


遺物たる荷台に基因した徹底的な軽量化を図った結果、以前空想した通り凡そ馬車とは思えない速度を出す。しかしその結果普段であれば気にも止めない程の段差で車輪が大きく跳ね上がる。荷台は上下には操作しなければ動かないので骨組みが半ば脱げるように飛び跳ねた。御者台で手綱を握る私はあわやその勢いで前方に弾き飛ばされる所であったのだ。手綱を離さず馬を止めなかった己を誉めたい。


その余りの予行短縮にマルコフを待つ為にエルカンで数日を過ごさねばならないだろう。しかし件の近衛兵にマルコフの名を教えてしまっている以上、必要以上にエルカンで滞在しても危険な可能性が考慮される。その為我々はガラントへ立ち寄りレントの工房で馬車の改善と調整をすることにした。


「ちょっと待っててくれ。街の様子を聞いて来る」


ガラントには到着するものの街には入らず、レントに案内されて街道を外れて外壁沿いに進むとその先に孤立して佇む厩舎があった。レントは馬から降りて一人その中へ駆けて行くのであった。


「よう、爺生きてるか?」

「なんじゃそう帰って来んから死んだものかと…」

「いやいや心配御無用、こうして生きてんだなあこれが」

「わしは馬の事を言っとるんだがなぁ…」

「んで糞爺、今街の中はどんな塩梅よ」

「どんなも何も特に変わっとりゃせんよ。強いて言うならお前の工房の前に兵隊が立っとる位か」

「変わってるじゃねえか…裏口もか?」

「そうじゃな…」

「あんがとよ。あとあの馬気に入ったから売ってくれ」

「金貨二枚じゃな」

「じゃあ金貨四枚やるから旨いもんでも食って精々長生きしてろ」

「…景気の良い事じゃ。わしは最近物忘れが激しいでな次会ったら顔も覚えているかどうか…」

「そら良いこったな」


レント曰く工房の表と裏には二人づつ見張りが置かれ、屋根にも一人登っているらしい。近衛兵は居ないことから街の衛兵に任せているのであろう。必然指名手配されているのは言うまでも無く、この街の衛兵四十名は現在我々の敵となっていた。


「どうしましょうかね。入るの辞めますか」

「衛兵にはちょっとばかし眠って貰うとしても夕暮れの交代時には感づかれるか。まあやるだけやれば良いか…」

「え、入るの前提ですか。すぐ騒ぎになりますよ」

「いや、状況が分かればなんて事は無い。最悪素材だけ積めればそれでいい。それにこっちにはこいつが居る」

「俺か」

「あんま自覚してないが、お前程隠密行動に適した奴は居ないぞクロト」

「それは良いですが衛兵に手を出せば本格的にこの街のに戻れなくなりますよ」

「良いさ別に現状と変わらん。やるだけやったら、工房の中のもん全部積み込んで本格的に荷台の中に工房を作るまでよ」


クロトの神力は気配を完全に消す。その詳細として姿や音は勿論空気の流れすら関知され無くなるのだ。また片手づつ触れている間だけその物にも能力を反映させられ、弟と妹にこれを使い家から逃亡したのである。ただし条件として視線を合わせた相手には見えてしまうという。


レントとクロトは以前レントが逃走に使ったという外壁の穴から街へ入り、クロトの能力で気配を消して衛兵を気絶させ工房を解放する。そこへ私が通常通り検閲を受けて何気なく工房に向かうという。クロトありきで作戦も何も有ったものでは無いが最善手であろう手筈は実行に移された。


「くれぐれも敵と目だけは合わせないでくれよ」

「分かってるって。そっちこそ手を離さないでくれよ」

「ああ、慎重に行こう」

「…さてはお前、あいつに釘でも刺されてんな」

「分かるのか」

「…どう思ってるか知らんが、あいつは言う程慎重な男でも無ければ俺も無茶ばかりする訳じゃない。もっと言えば俺は少なからず直感という根拠を持って行動するが、あいつのは時に呪いのようにそうせざる負えない状況がそうさせる。果たして始末が悪いのはどちらなんだか…」

「…分からない」

「柔らかく生きようぜってことよ。おっと、こっちだ」


二人は工房の裏口にたどり着くと衛兵二人の前に俯いて近づき目の前に迫った。


「不思議なものだな目の前に居るのにな。こうして喋っても聞こえないのか」

「ああ、一切の音が伝わらないんだ」

「つまり片方の手で相手に触れて片方の手で倒せば無音で暗殺が出来るのか…」

「…それは思い付かなかった」

「おいおい、木こりやらないで暗殺者やれば食っていけたんじゃないか?」

「…かもしれないけど弟達には自慢できないな」

「それもそうだお前は良い兄貴だよ。しかし折角だからこの場で試してみよう」


衛兵は隣でものの見事に崩れる同僚を気にも留めない。そして次に己が倒される事も知らないままに眠りに着いた。その後クロトが梯子を登り気絶した衛兵を降ろすまで一呼吸であった。虎の子を起こした張本人は知らなかった事にしようと決めた。


「やれやれ久々の我が家よ…荒れまくってんな」

「感慨に浸る前に表のやつらをどうにかしよう」

「どれ、一旦手を離してくれ。物音を立てようか」


床に散乱する工具を拾い上げ、金属板の机を思いきり叩き再びレントは気配を消した。そして不審に思った表の衛兵は中へと、無意識の闇へと誘われる。流れるような手際で事を運んだ二人は大きな溜め息を吐いた。


「こんな上手く行くとはなぁ」

「後は馬車が到着すれば…」

「えっ、これはいったい…」

「えっ、」

「あっ、」

「あ」

「な、なんだ貴様ら。いったい何処から出てきたっ」


背後から不意に現れた衛兵に反応してしまった二人は目を合わせてしまうのであった。不味いことになった。そう思うも遅く突然姿を表した二人の男を前に無勢を悟った衛兵は、裏口から全速力で走り去る。追いかけるにせよ一人は残らなくては馬車は引き入れられず、事を伝える事もできない。そしてクロトでは地理に疎くレントでは返り討ちにあう可能性がある。二人に導きだされる答えはできうる限り荷物を集めて馬車に積み込み即座にこの場を去る事だけであった。甲高い警笛が遠巻きに聞こえてくる、先程の衛兵が吹いているのは言うまでもないだろう。必死に二人が搬入口に物を集めているとそこへいよいよ馬車が到着したのであった。


「いったい何が…」

「ヘマをやった。衛兵の一人にこいつらを伸してるとこを見られた」

「俺の神力が切れる所も見られてしまったんだ」

「それは不味いことになりましたね…」

「一先ず中の物を積めるだけ積んで逃げるぞ。荷台を降ろそう」

「あの、僕らの神力を使えば…」

「いや、神力を乱発するのはなるべく避けましょう。万が一目撃されて君達に危険が及んでは私達と共にいる意味がない」

「心配するな、兄ちゃん達に任せておけ、なんとでもなるさ」


しかし大人総動員で運び入れいざ出発とは往かず、工房の周囲は既に包囲されていた。


「ふうむ、すっかり包囲されてんな。野次馬も集まっていやがる」

「クロトの能力は馬車に触れても機能しますかね」

「な、なるほど。いやしかしこれだけ人がいると轢いてしまう恐れが…」

「仕方ないですねぇ。近隣にはご迷惑でしょうがあれを使いましょう。マティスさんお願いします…」

「お前、なにを…」


レントの工房は、レントの工房は、レントの工房は破裂した。突如吹き飛ぶ瓦礫の雨に衛兵も含め群集は恐慌し逃げ惑う。粉塵吹き荒れて、そうして道は拓けたのである。我ながら妙案であった。そして近所の皆さんごめんなさい。


「クロト君、こいつの危険性が分かったかな」

「…分かった」

「さあ皆さん逃げますよ乗ってください。レントは荷台の奥に、そしてクロトお願いします」


こうして我々は誰にも気づかれずその場を離れ、街を出る事に成功したのであった。煙の立ち上るガラントの街を遠巻きに眺めレントは何処か哀愁を帯びていた。




伝書を携えた鳥が王都指令部に到着したのはガラントでの事件発生後幾ばくの時が過ぎた頃である。


「隊長、ガラントの例の工房ですが…」

「動きがあったのか?」

「粉々に吹き飛んだそうです…」

「…どういうことだ」

「襲撃があったようなのですが事もなく監視兵が倒されていて、襲撃者を目撃した兵はその場に二人の男が急に現れたと証言しており…

「急に現れただと?」

「そして無勢だったため応援を呼び工房を取り囲んだ所、破裂するように吹き飛んだということです。また付近住民からの話では衛兵が取り囲む前に工房に一台の馬車が入っていくのを見たそうで炸薬を積んでいたのではないかと…」

「自決、では無いな。突然現れたと言うのが引っ掛かる。入ったとされる馬車は例の馬車とも関連が有るやも知れん入出記録で不審に滞在時間の短い馬車を探らせろ。我々は容疑者の関連都市エルカンへ向かうぞ。また邪教、及び神力を考慮してあの部隊に連絡を取れ」

「はっ、」




街道脇で馬車を停めレントと子供達による改造が始まった。私とクロトは見張りをしているが追っ手の気配は無い。私はクロトの能力は地味な部類だという認識を持っていたが改めなければならい。彼がその気になれば王の首とて容易く取ってしまえるだろう。その気にならないことを願うばかりである。ただ、そうなる時には相応の理由が発生している訳で、そこを私が食い止めねばならないのだろう。責任、面倒なことこの上無い。


「クロト、子供達を鍛えなければなりませんね…」

「藪から棒にどうしたんだ。俺が強くなって護ってやればそれでいいのでは」

「甘い。十中八九国は管理下に置けていない神力能力者を脅威だと考えるでしょう」

「それは、邪教以外に国も潜在的に敵であると?」

「その通りです。一度存在が知れれば狙われるのは子供達です。幸いなことにまだその段階では有りませんが。この通り私も要らぬ面倒を背負う身ですから何らかの事象は起こり得ます。その時に最低条件として一定の戦闘力を有していなければ後手に回る事でしょう」

「…確かに俺達だけではこれだけの人数は厳しいかもしれない」

「事態を深刻にしないためにもあなた達には火の粉を払える、いや、己の自由を侵す者を蹂躙できる程度に強くなって貰わなければなりません」

「お、おう」

「なに難しい事じゃありません。持って生まれた力があるのです。使いこなせればそれで良いんですよ」

「皆にも、言っておく」

「お願いします」


私の責任に於いて彼等が強くなれば良い。私が責任を放棄するために出した答えはこれだった。控えて隠している間は狙われる種でしかないのだ。どの道脅威と思われるならば本格的に脅威となれば良い。頑張れ子供達。馬車の中に於いて本格的に神力を解禁した瞬間であった。


そうして三日が過ぎて馬車の改修は完了した。レントは車輪を骨組みに直接的固定するのではなく独立して上下可動する方式にたどり着く。それを実現したのはレントがガラントの工房に私蔵、もとい死蔵していた二対のバネ鋼である。以前にも衝撃を緩和する策として似たような方式を考え仕入れたものの、原価が高い上、重量が単純に増加するため商品にならなかった。レント曰く、飛竜便があるのにそうまでして馬車で脆いものを運ぶ需要は無かったとのことである。また私の御者台には上から蛇腹状の幌を肩口まで下ろせるようになった。顔の前には硝子板が嵌め込まれ視界を妨げない。この日除け兼風避けが一番嬉しかったのは言うまでもなく、それを伝えるとレントは販売を計画し始めた。果たして需要は有るのだろうか。


真型遺物馬車改にすればエルカンは既に目前である。今だマルコフの渡航周期まで三日程の余裕が有った。ここまで特に追手は無く強いて挙げるならば、ここで停車する間行商や近隣の村人が通りかかると車輪を外している我々に同情を向ける位であったか。動くべきか否か思案していると、華美に装飾された黒塗りの馬車が通り掛かり少し先で停車した。


「もし、クロト様では御座いませんか?」


黒塗りの馬車より壮年の従者に支えられしゃなりと降り立つ子女からは、その纏われる気品より貴族である事が一目で分かる。そして発せられた言葉からクロトが男爵家の出であることを思いだし振り返れば、そこには苦い顔をしたクロトが…いなかった。中々の堂の入方だが私に押し付けられても困るものだ。


「はて、私はクロトという名では御座いませんが」

「おかしいですわ、あなたの後ろにもう一人いらっしゃった筈ですが…」

「ええと、連れが居りますが彼もクロトという名では御座いません。貴族様とお見受け致しますが無礼を承知で申し上げますれば、何か見間違われたのでは…」

「お黙りなさい。私は見間違いません。ラスティン探しなさい」

「承知致しました」


返事をした壮年の従者が目を瞑ると何か風のようなものが周囲を突き抜けていくのを感じ不意に私は腰の剣に手を掛けていた。


「視えませんな。その荷台が何か特殊なようですが…」

「見せて頂きます」

「お待ち下さい。荷台をお見せするのは構いませんが貴女だけにしていただきたい」

「何故でしょう」

「本来ならばいくら貴族様でも私的な検閲の権利は持っておられないはず。私も商人でおりますれば秘匿契約を結んだ商材等も御座います。しかし、どうにも深刻な御様子でいらっしゃる。私も不敬を働くつもりも御座いませんので特別にとそういうお話で」

「…良いでしょう。ラスティンはここに居なさい」

「御意に…」


レントではないが私はこの男に荷台を見せてはならないと直感していた。彼女が荷台に上がる間暫し私はこの壮年の隙を窺って見ていたがその実力の一旦すら計れ無かった。


「商人にしてはできるではないか」

「商売には自信があります」

「ふん、戯れ言を…」

「いいでしょう。違う方が乗って居られました。ご迷惑をお掛けしましたわ」

「いえいえ、こちらこそご期待に添えず…」

「あなたの顔は覚えました。ラスティン、皆さんがお待ちでしょう戻りますよ」

「御意に」


エルカンへ向かって遠ざかる馬車を眺めて溜め息を一つ。実際気が気では無かったが危機、とは判然としない緊張は脱したと言えよう。私は背後に二人の気配を感じて振り返らずに話しかけた。


「知り合いなんですか?」

「…なんというか…婚約者というか…」

「ええぇ…、良かったのかあれで」

「バレても面倒な事になるしこれで良かった…はず。実際会ったのは五年ほど前でまさか馬車越しに見分けられるとは…」

「あなたの年齢で五年とは見違える程だと思いますが…なんだか執念を感じますね」

「なんでエルカンに向かってるんだろうな。波乱の予感がするぜ」

「へんな直感は困りますよ…貴族なんですから普通に王都へ行く途中でしょう」


追い付いても困るので我々は念のため一日置いて出発することになった。夜になりマティスさんからの進捗報告が挙がってくる。また一つ古文書の概要が判明したという。当時筆者たるドルディ氏は実存する遺物の情報を集めていて幾つかの目星を着けて記していた。その根拠は急激な発展を遂げている領主であったり孤軍で大勝を納める将軍であったり不可解な事象に付随したものであった。しかしそのどれもが貴族や王家に極秘裏に所有されていたらしく、ついぞ集める事が出来なかったようである。当時の貴族が今の貴族だとは限らないが王家は変わらなかった筈なので今も王宮にて所蔵されている可能性は高い。寧ろ現在恒久的とも言える平和を勝ち得ているのは遺物の力に寄るのかも知れないのだ。また、現在では聞かない貴族の名であったが当時のエルカンに相当する領土を治めていた者が記されていたことから、今もエルカンの何処かに眠っているかも知れないのだという。手懸かりがあるわけでも無いがこうなってしまっては探らない訳には往かないのだろう。


朝食を取っているとエルカンの方から行商の幌馬車達がぞろぞろと向かってくるのが見えた。集団で商人が走るのも珍しい事である。すると先頭の御者が列を外れて話しかけてきた。


「おう兄ちゃん達、馬車は直ったか?」

「ええ、やっと。皆さんは…大商いですか」

「いやいや、昨日からやたら検閲が厳しいんだ。何台も行列を作っちまって一向に進まねえから引き返してきたんだ」

「それはまた、珍しいことで…エルカンは貿易港なんですから大変でしょうに」

「本当だ、近衛騎士団だか何だか知らねえけどよ迷惑なこった」

「近衛騎士が来ているんですか?」

「そうよ。だから兄ちゃんも暫く止めとけ。行ったって無駄だぞ」

「そうなんですか。ご忠告感謝します。」

「おうよ。なんなら俺達と行くか?なんでもダムトスで銅が取れるようになったらしい」

「へえ、ダムトスで…でも一応用事もありますしエルカンへ行ってみます」

「まあ無理に止めはしねえけどよ、無駄だと思うぜ」


エルカンに近衛騎士が来ている。狙いは私達はだろう。本来ならば進路を変えるのが得策であろう。しかしこの馬車はクロトの神力によって姿を知覚させないで潜り込めるのだ。様子を見るだけでも行く意味はある。そう思い私達はエルカンへと出発したのであった。


エルカンでは話の通り馬車の行列と渋滞が発生していた。方々から商人達の文句の叫びが木霊する。またそんな商人相手に露店を開く商人もいたりして不思議な賑わいを見せている。行列の先を見てみれば確かにあの時の騎士達が厳しく検閲を行っている。よく見れば門の前で行っているが門との間に一台通れる程の隙間が空いていた。どうやら貴族等の馬車が入る時の優先口の様だった。あの隙間から入れる。そう確信した私はクロトの神力を発動させたまま馬車達を縫って近づいた。そして丁度その隙間から入る馬車に縦列することができ、そのまま難無く侵入に成功したのであった。


「クロト様様ですね」

「まあ普通に不法侵入だけどな」

「だんだんタガが外れて来たなお前」

「良いじゃないですか、こうして港まで来れたんですから。マルコフにさえ会えれば、面倒事を一つ片付けられるかも知れないんです」

「そう上手く行くかなあ」

「又逃げ回る事になりそうな予感が…」

「嫌な事言いますね…」


貿易港の停車場で馬車を停め、港にて船主達に聞き込みをすれば暫くマルコフは見ていないという。まだ着いていないのかと思えばおかしな話が耳に入る。もう半年も見ていないという。他にも聞き直せば皆一様に半年以上見ていないというのだ。では私が一月前に会ったマルコフは一体なんだったというのか。そして一人の船頭が声を潜めて言う。


「…マルコフは死んだんだ…」

「…どういう事ですか」

「あいつが消息を絶って二月程の頃この港に水死体が流れ着いた。服は残っておらんし全身ブクブクと膨れて顔の皮なんざ剥がれちまっていたが…あれはマルコフだったんだ…」

「何故わかるんです?」

「何度飲み交わした仲だったか…友情の証しにお互い脇の下に刺青をしたんだ。あの死体には薄っすらだったがそれがあったんだ…」

「そんな…しかし、私は確かに一月前に…」

「いいか、この話には続きがある。その後位からマルコフと懇意にしていた運び屋や商人が何人か見なくなっている。もしかしたら何らかの事件が起きてるのかも知れねえんだ。お前らも巻き込まれたくなかったらマルコフの名を出すのはよせ」

「いったい何が起きて…」

「一先ず馬車に戻って落ち着こう」

「それがいい」


訳がわからないままに私達は馬車へ戻ると馬車は近衛騎士達に取り囲まれていた。物陰に隠れ様子を窺うと、騎士達は十名程で表にはマティスさん含め五名の研究員達が膝をつき並ばせられ剣を添えられていた。クロトは子供達が見えなかった事で多少安堵している様子。クロトに先攻させるにしても人質が多すぎる為に厳しい。ここは当事者たる私が出ていくべきか。


「いったい何事ですか…」

「やはり貴様の馬車であったか…捕縛しろっ」

「おや、いつぞやの…」

「貴方には禁忌薬に関わった疑いが掛けられている。神妙に致せ」

「な、なんです、急に取り囲んで。あの時もたしかそのような捜査をされておりましたが、何故私なんでしょう」

「その後浮上した第一容疑者マルコフ。その名を語った別の商人からは禁忌薬が押収されている。しかし当のマルコフは約半年前に水死体となって発見されている。この事からマルコフを騙る密売者が居る事は明白である。マルコフ死後より現在まで、最後にマルコフを語り取引をした者は貴様だけだ」

「な、なるほど、確かに疑われても仕方がないですね。しかし以前の検閲時にそのようなものは出てこなかったでしょう。第一私が見たマルコフ、いやマルコフを騙る何者かから私が受け取った荷は陶磁器であることはあなた達も確認された筈ですが…」

「貴様がマルコフを騙った張本人である可能性もある。あの時不明な大金を持っていたのは事実であろう。その後立ち寄ったとされるガラントの工房主は依然逃亡を続けており先日不可解な襲撃もあった事から疑いは深まっている。後の事は尋問にて取り調べる。連れていけっ」

「そうはいかない…」

「隊長、人質がっ」

「なっ、何処へ行ったっ」

「あ、あの男も消えて…います」

「どういうことだ…いったい何が起きている」

「馬車も…消えました…」

「糞っ、やはり神力か。だが逃がさんぞ必ずここで捕らえてやる」


詰め寄っていた彼等が振り返れば先程までに捕らえていた馬車の乗員達が消え、置いていた騎士達はその場で倒れ伏している。かと思えば今しがた完全に取り押さえた男も消えて、終いには件の馬車まで忽然と姿を消していた。さらに新入りの騎士が一人消えているのに気付いたのはその後だったという。



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