男、超文明(厄介事)を積む
私は旅商人をしている。商人と一口に言っても様々あるだろうが私のそれは便利屋のようなものだ。街から街へ巡ることから荷運びを受ける事もあれば人を乗せる事もある。
私の本分はあくまでも方々で物珍しい雑貨等を見つけては売り歩く露店商だが、それだけではままならないのも常たるところ。宜なるかな頼まれ事は限らずなるべく断らないようにしているわけで…
不測の事態も起こるわけで…
「降りよ、荷をあらためる」
街道を行ってしばらく揚々と手綱を握っていた私は白銀の鎧を纏う一団に行く手を阻まれた。
「如何な用件でございましょう」
「密入国者が禁忌薬を持ち込んだとの報せを受け、荷馬車は漏れ無く検閲を行っている」
「禁忌薬とは穏やかではありませんな。しかしこの馬車はいましがた先の街を出たところで御座いまして、その時分に検閲を受け証明印を戴いておりますが…」
「これは勅命によるものだ。例外は申し渡されていない。さっさと降りよ」
私はチラリと幌の中に目をやった…
エルカンは貿易港である。仕事柄この街には度々訪れているため知己の商人達も多く、いつものように流れ物を物色している私に声を掛けてきたこの男もそんな一人だった。
「旦那、お久しぶりです」
「ああ、あなたか、しばらく見なかったが今回はどちらへ?」
「いやほんと、まあ積もる話もありますどこかで…」
「そうですね」
マルコフというこの男、海運業の傍ら骨董を趣味としその販売も手掛けていた。以前同じ商品を競売で競り合ってから意気投合し幾度か取引もした仲だった。一度船が出ると一月程見なくなるが私もエルカンを訪れる頻度がそれぐらいなので目にする事は少なくなかった。しかしここ半年程は姿が無かったのである。
「しかしこの度は長い航行で、海難に見舞われたのかと」
「そうなんでございますよ、旦那。いや、前置きはいいか一先ずこれをご覧いただきたい」
近場の酒場に入り喧騒から少し離れた席に着くと、マルコフはおもむろに懐から小包を取り出した。
「これは…地図、ですか」
「そうなんです宝の地図なんです、ってそれはただの包み紙ですよ…」
「失敬、冗談です」
「話の腰を折らんでください」
「しかしこれは陶磁器ですか美しい出来ですね」
「…そうなんでございますよ」
「これだけの物だ、中々高かったのでは?」
「実はですねこちら製作者と話がつきましてな、格安で量を確保できまして」
「そりゃあすごい」
「そしてとある貴族様へ売り先もすでに決まっておりまして。後は運ぶ足だけなのですよ」
「それはつまり…」
「ええ、運送を頼まれて頂きたいのです。如何せん割れ物故に信頼できる方にお願いしたく…もちろん費用は弾ませて貰います。どうでしょう」
「そうですね、私もこちらに着いたばかりでまだ殆ど仕入れてもおりませんので馬車に空きがあります。お受け出来ますよ」
「よかった。是非お願いします」
「これは…」
「この度の依頼料ですな」
馬車を船着き場へ移し荷を積むと、手渡された小袋はその大きさには不釣り合いな重さが金属の感触と共に腕へと伝わった。
「前払いで純金貨ですか、いったいどれ程の利益が…」
「詮索は野暮でございますよ旦那。といってもその驚く顔が見たかった訳ですがね」
マルコフの笑みに愛想笑いで返すが内心の戸惑いは抑えきれてはいなかった。果たしてあの陶磁器にそこまでの価値があるのだろうか。確かに破損の恐れのある荷は世の主だった運送手段が馬車であるからして必然その揺れに細心の注意が必要で、その分割り増して請けられることが常識である。しかしそうであっても三割増しが良いところ間違ってもこのような莫大な金が払われることなどあり得ない。
「請けておいてなんですが、飛竜便を遣われた方がよろしいのでは」
飛竜を使役する者達がいる。才能と飛竜との相性に恵まれた一握りの者達はその希少性と有用性から国が庇護する免許において職や賃金収入が保証されている。故に飛竜便と言われる運送者達はその運べる量が通常の馬車に比べ三分の一ながら三倍の料金が定められて割高である。しかし空を飛行する事からその速度は馬車の少なくとも二倍以上であり、揺れも押さえられるという利点が大きく回転率も高い事から運送業種の花形とされている。
私の馬車も平均的な馬車だが、この積み荷は重量はあれど三分の二ほどの積載量だった。飛竜便二つ、通常の六倍とはいえたかが六倍である。渡された額の一割にも満たないだろう。割れる恐れがあるのなら尚のことだ。しかしそれでも私に依頼する意図とはなんだろうか。私は猜疑の視線でマルコフを見た。
「ごもっともです。全てとは言いませんが込み入った話を致しましょう。先程も述べましたがこの磁器の取引は貴族様に行われます。そもそもこの磁器を仕入れた経緯はその貴族様より依頼を受けて南方の亜大陸、神代遺跡群島に赴きその先住者に接触して得られた物で…」
「待ってください、神代遺跡群島ですって、突然そんなお伽噺を持ち出されてもにわかには信用出来ませんよ」
かつて人が神にも比する文明と力を手に入れた時代があったという。思うままに生み出せ無尽蔵に消費して概念すら作り変えられる加速し続けた世界、それに伴える精神を持ち得た者は少なかった。そしてその多くは取り残される事を否定し始める。さも当然のごとく争いが生み出され散り行く命は大義に変わり逆行を加速させ、やがて世界は停止した。一般的には世紀停止点と呼ばれるその時を境に緩やかに流れる時間の中で、現在の文明が再構築された頃にはお伽噺にその存在を僅かに留めるに至る。近代の王族達もその停止点以前、俗に神代文明の遺産を国家をあげて捜索を試みているが未だ大きな成果は得られていないという。
「信じるか否かはご自由になすって構いませんが、しかし重要なのはこちらの品に莫大な金が動きそしてこの後もそうなり続ける可能性があるという事実ですな」
「…成る程、つまり仮にもこの金の動きは国家の記録に乗ってはならない理由で飛竜は使えないと…この金額はさしづめ口止めですか」
「察しが良ろしくて助かりますな」
「…承知いたしましたしっかり努めさせていただきます」
胡散臭い話は関わるだけで要らぬ難儀を抱える事請け合いだが、こうして事前に金を手にしている以上その真偽などどうでもよかった。正直な所これまでの苦労が報われたような解放感に浸らずにいられなかったのは言うまでもなく、未来への展望に囚われるのを押さえるので精一杯だった。この荷がどんな物であろうと私は運ぶだけなのだ。断る理由などなかった。
とはいえ、出都の際の検閲では憚るところは無くともどこか落ち着かなかったのも事実である。無事エルカンを出た私は路面の状況に慎重に気を配りながら逸る気持ちを圧し殺し揚々と手綱を握るのだった。
そして今に至る。
街道のど真ん中で検閲だという。初めは騎士を装った賊かとも思ったが、近寄るとその白銀の見事な鎧は王都で見たものと相違無く近衛隊に属する証でもあった。
「禁忌薬とはまた厄介な物を持ち込まれたんですね」
「うむ、まったくだ以前あれを取り締まるのにどれ程手を焼いたことか」
禁忌薬と呼ばれる違法薬物は単に高揚酩酊させるだけのものではない。その症状に超人化という特徴を持つ。公式には啓発も含めて狂人化と呼称されるが、およそ人ならざる身体機能の向上が見られるその様はまさに超人であるという。しかし同時に強烈な破壊衝動、殺戮衝動に駆られ暴れまわった挙げ句程なく身体に限界を迎え自壊する。その時に呪詛を持った音波を発し周囲に恐慌状態を引き起こし被害を連鎖させていくという。
「なんでも騎士三十人で取り押さえるのがやっとだとか」
「それは尾ひれが付きすぎている。問題は撒き散らされる呪詛だ市街でやられてしまえば目も当てられん」
「まさしく厄介ですね」
等と聴取を終えて担当の騎士と雑談していると馬車の方から騎士の一人が駆けてきて何やら耳打ちをし聞き終えた担当騎士は私を馬車に促す。
「この純金貨は何か。行商人が持ち歩くには些か不自然ではないか」
「ええ、これにつきましては馬車の買い換えの為のものです。この馬車ももう古く成りますから業者のいるガラントで換えようかと先の街で預金から下ろして来たのです」
「ふむ、しかしそれならば何故道中護衛を付けない。そもそもガラントで引き出せばいいではないか」
「お恥ずかしい事ですがこの馬車代で全財産なのですよ。あまり安い護衛を頼むとその護衛が賊に成りかねません。ガラントには今受けている荷の関係で長居できないもので銀行の用意を待てるほど滞在できないのです」
「ふむ、その荷だがな陶磁器だろう。高級品だ、それに見たことのない装飾が施されている。売り先は貴族といった所だろう。こういったものは飛竜便で届けられる筈だが」
「流れ物でございます。エルカンで懇意にしている骨董商から頼まれまして」
「なるほど、ちなみにその骨董商の名は」
ここで考えてしまう。マルコフの名を出しても良いものかどうか。いや、そもそもまだ何かを疑われた訳でもないのだ届け先さえ伏せておけば問題は無いだろう。何よりマルコフはまたしばらく海に出るのだし。
「マルコフ、という人です」
「…ふむ、私もエルカンを立ち寄った時は会ってみよう。私も骨董が趣味なんだ」
「あ、ああそうだったんですね」
「よし、積み荷も特に問題ないようだし行って良いぞ。ガラントまでは日のあるうちに着くだろうが賊が出ない訳じゃない。気をつけるように」
「ええ、どうもご苦労様でした」
騎士たちの姿が小さくなり溜め息が漏れる。手綱を握る手にもじっとりと汗をかいていた。正直危なかった。ガラントでの馬車の購入は手形でもできるのだ。そこを突かれればこの金の疑いが増す。やはり不用意に金に釣られるものではない、運が良かったと思って次からは断ろうとそう決めた。
ただやはり暫くすると喉元過ぎればなんとやら、金の使い道を考えれば愉しくなってしまう。本当に馬車を新しくしてしまおうか、馬を増やしてみようかと想像は尽きない訳で…
馬車も燃える訳で。
「熱っ、えええっ、いや、ええっ、なんで…」
熱を感じ振り向けば幌から上る火の手。焦り、馬を停め御者台から降りれば、合わせるように通りすぎる紅の陽炎と乾いた打突音。火矢であった。苦虫を噛み馬車の裏に回り込んで射線から離れる。一人旅をするのだから私は不測の事態のため複数箇所に武器を隠し取り付けている。そういった細工のためにガラントの工房で特注で頼んだのだから高くついている。そうこの馬車は高くついているのだ。その上大仕事の最中で多額の依頼料も積んでいる。私に逃げる選択肢は無かった。幸い幌は焼けたが積み荷は無事だし馬車自体も多少焦げたぐらいで馬も無傷だった。恐らくそう狙って射ったのだろう。脅かし御者が逃げた所を馬車ごと奪い逃げる。賊の常套手段である。
私は馬車の底板の一部をずらして穴から剣を引き出し腰へ挿す。そして車輪の側を外し埋め込まれた弓を、車軸からは矢筒を取りだし背に装着し車体に潜りしゃがみこんで伸脚し弓を構えた。しかし依然敵は姿を表さない。静寂の中張り詰めた弓が僅かに軋む。鬱蒼とする木々の隙間に一瞬揺らめく影を見たとき限界まで引き絞った矢は放たれた。車輪の隙間を通り超低空を飛翔した矢は木々に消えたと同時に鈍い悲鳴を起こさせる。反撃とばかりに二発の矢が上段から車体の下をめがけて射られるがそれを後方に転がりかわすと矢は斜めに地に刺さった。どうやら敵は最低でも三人居るようだった。一人の足は射抜いているがそれでも弓を持つものが二人その後ろに居る。距離を取っての戦法から少数であろうし逃げられそうだと判断した私は馬を勢いよく走らせて荷台に飛び乗り敵の方向へと矢を連続して放ち続けた。反撃の矢も的を射ず程なく危険を脱すると御者台に乗り移り再び手綱を握る事が出来たのだった。
しかし馬も積み荷も無事で馬車の走行に問題がなかったのは幸いだが、幌が骨組みを数本残すだけになってしまっているしあちこちが焦げ付いてしまってぼろぼろになっている。流石にこのままの状態で運搬を続けることはできない。図らずも嘘から出た真、ガラントに寄らねばならなくなってしまったのである。
ガラントは工芸の街である。様々な職人が軒を連ね、この地に於て造れぬ物は無いと街を挙げて豪語する。事実ガラントの名がそのまま信頼と品質の証となるほど品質競争が激しく、生半可な店では三月と生き残れない。そんなこの街で馬車を手掛ける唯一の店がある。それがレント工房である。
「また随分さっぱりとした、いや、もはや荷車か」
「冗談じゃないぞ実際。たまったものじゃあない」
「生きてるだけ物種じゃないか。いや、さすがさすが」
「それで、どれぐらいで治せる」
「そうだな、幌は新しくするとして台は良いが柱がいくらか取り替える必要があるな。ふーむ元に戻すのに純金貨五枚で半日てとこだな」
「受けた荷があるんだ、もう少し早くならないか」
「安くではなく早くか…なるべくそうするが難しいな。なんせあんたのは特注品だからな」
「うーん、ん、あれは…」
どうしたものかと考えていると、ふと大きな(形容するならば)箱が視界に入った。大きな布で養生されたそれははみ出た部分からどこか見慣れぬ模様や装飾が確認できた。
「ああ、あれはこの間来てった客が置いてった物だ」
「置いてったって修理かなにかで?」
「いや、あれは変な馬車でな…」
「馬車なのか」
「いや、馬車というか荷台というかただの箱というか…」
「なんなんだいったい」
「はぁ、それを言いたいのはこっちなんだ。地方貴族がどこぞの商人に売り付けられた物とかで未知の物質で出来たでかい箱なのだとか。しかしこれがやたら重いんだ。大掛かりにやっと持ち上げて荷車に載せて五頭の重馬でえっちら運んで来たんだとさ。とにかく見てくれ、そして解体を、もしくは軽量化をと必死な顔で言ってくるから見るだけ見てやると引き入れたのが運の尽きよ。引き入れた途端に下の車が悲鳴を挙げて潰れやがってさ、なんとか瓦礫は引き抜いたがこいつは重くてうんともすんとも…」
「それはまた何とも珍妙な…」
「なんとか解体しようにも鋼鉄の工具もこの有り様でまったく歯が立たない始末。軽量化なんざもっての他だ」
見せてくれた工具や刃物はことごとく折れていたり曲がっていたり見るも無惨な廃棄物と成り果てていた。
「それでうちでは扱えないから持って帰れと言ったら、当の貴族はもう要らないから引き取ってくれと言いやがる。こんな扱いに困る物迷惑だと言ったら迷惑料とばかりに金を押し付けて逃げやがったのさ。いくら金積まれたってこんな動かせもしないデカブツ邪魔臭くてしょうがない」
「ふっ、確かに中途半端な場所に鎮座してますね」
「笑い事じゃないよまったく」
「…養生を取っても?」
「いいよ、好きなだけ見て笑ってくれ。どうせ傷ひとつ付かないんだ目障りだから掛けてるだけさ」
その直方体は養生をはずして見れば全面に見慣れぬ、いや最近まで見慣れなかった装飾と模様が施されていた。私は思わず生唾を呑み込んだ。そうマルコスから頼まれたあの陶磁器。嘘か真か神代遺跡より持ち帰ったというあの陶磁器に施されているものとよく似ていたのである。鳥肌が立つのを抑えながら四方を撫で調べるが特にこれといった取っ掛かりがあるわけでもない。強いて言うのであれば短辺の面の片方はちょうど半分に分けるように縦の一本の溝が入っている事ぐらいだった。
「その溝は俺も気になったが結局どうも出来なかったんだ」
「いったいなんなのか…」
「その皿は?」
「ああ、ええと、これはですね」
私はつい見比べてみたくなり件の陶磁器の皿を持っていた。この工房の主であるレントは私が初めて馬車を持ってから十年以上の付き合いがあり気の置ける友人の一人であった。その為数奇な巡り合わせを感じていた私は、変に隠すよりこの度の一件を話してみることにした。
「それはなんとも…」
「ここにきて変な信憑性がでてきたんですよ」
「なるほどな確かにこのデカブツも神代の遺産なら納得できる所はあるか…」
「しかしなんの手掛かりもないと…あ」
ふと気になって積み荷まで戻るとマルコスが依頼料と共に始めに見せられた陶磁器をその包みごとくれていたのを思い出した。
「うわ、なんだその大金」
「先ほど言った依頼料ですよ」
「あぶねえ匂いがするな…」
「否定はしないけど私は運ぶだけだから。それに問題はそこじゃない」
「この紙がなんなんだ」
貰った陶磁器を包んでいた紙を当初気にも留めていなかったが透かして見れば薄く同じような模様が印字されている。この紙もまた彼の遺産と無関係ではないのかもしれない。
「とりあえず炙ってみるか」
「え、あちょっと」
「すごいなこの紙燃えないぞ」
その火はもはや炙るというものでは無かった。
「慎重にいきましょうよ唯一の手掛かりかもしれないのに」
「結果燃えてないから大丈夫さ。しかし何も浮き出て来ないな」
「まあ流石に仮にも神代、そんな古典的なことはないでしょう」
「火力が足りないのかもしれないな。炉に入れてみよう」
なぜそんな発想になるのか分からないが、手掛かりの無い今やらない選択肢はなかった。そして、変化は起こった。炉のなかで小さな火花が散った瞬間紙が蒼白く光始めたのである。急いで火ばさみで取り出すとそこには一つの印が浮かび上がっていた。
「なんだこれ」
「家紋ですかね。見たこと無いですね」
レントがおもむろに触れると印は奥に吸い込まれるように消え、次の瞬間大量の未知の文字の羅列が表れた。
「うーんまったく読めないな」
「考古学者の領分ですよこんなの」
「でも少なくともさっきの印が開始する意味合いなんだろうな」
「そうですねそれだけでもなにか近づいた気がする」
「でもあのデカブツそんなの無いんだよな」
「ん、あれ、でもこの最後の方母音ですねア、エイいやアーウィ、アーウェイかな」
キイイイイイインンン
「「えっ」」
振り向くと箱が浮いていた。
「今のか、今ので良いのか」
「えええ、浮いてる…」
「ひとまず今さらだが神代遺産てのは間違い無さそうだな」
「とりあえず調べよう」
恐る恐る近づけば胸程の一定の高度を保ち微動だにせず浮いている。動き始めたときの甲高い音はもう聞こえていない。触れてみると力を込めれば込めた分だけ上下以外には動かせ、離せばそこで静止する事が解った。例の溝の面に向かうと側面の角を曲がる手前の部分がぼやけたように青く発光しており、慎重に触れると矢印で上下が表示された。
「なんとなく解ってきましたね」
「神代とは言え人の作ったものだ、信じられないような技術だらけだが感覚的なものは殆ど違いは無いな」
「むしろ直感的にあえて作っているように思いますね」
「上下の運動をここで行うってことはこの溝はやはり扉を表しているんだろう。しかし自動か足挟まれたら大変だな」
↓を触れると自動的に音もなくその場に降りて、溝を触れればその溝を境に面が左右に別れて消えた。
「荷台だな」
「荷台ですね」
「神代の荷台か」
「神代の荷台ですね」
箱の中には何もなくただ空間が広がるばかりで、それはまさしく荷台であった。
「なにやら快適ですね。外よりも涼しい気がする」
「装置は見当たら無いが空調が効いているんだな」
「あ、内側から扉を閉められるんだ。最悪籠城出来ますね」
一通り見回して大方把握したところで結論として如何にこの遺物を隠し通さねばならないかという話に行き着くこととなった。
「国家機密とかいう話ではないなもはや。お前これ使えよ」
「え、いやでもこんなの持ってたら狙われますよ」
「いやいやこんなの解ったらうちになんて置いとないって。お代は馬車の改造代だけでいいからさ。載っけるだけだし早く済むぞ」
「あ、痛いとこ突くなぁ。押し付けられたもの人に押し付けるのってどんな気分ですか」
そうこうするうち荷台の積載と言う名の縛り付けが完了した。荷車の上をまっさらにして荷台を降ろしたところわずか紙一枚のところで荷台は止まり浮いている。下にある物を認識しているようであった。あとは車輪に干渉しないように縄で車体ごと縛り付けただけである。
「あまりにも不自然じゃないですか」
「まあ見てなさいって」
そう言うとレントは伸縮性のある幌布をその上から被せ鍵を縄に固定していった。
「どうだ、ぴったり張れば浮き出た縄が幌の骨みたいに見えるだろ」
「な、なるほど確かに先程よりはずっとらしい見た目になりましたね」
「実際角張ってる馬車もあるからな。問題はむしろあの扉だな、開けっぱなしをお勧めするね。車体に開閉する留め板付けといたから立てとけば問題無いはずさ。まあどれもこれも応急処置だがね」
「ありがとう一先ずこれで乗りきってみます。届けたらこれ用の車体を新調しに来ますよ」
「了解。考えとくよ」
すったもんだありながらもあっという間に馬車も復活し私は再び手綱を握りガラントの街を後にした。目指すはダムトス辺境伯邸只一つ。
「あーくたびれた。あいつが来ると退屈しないねまったく」
気が付けば午後を回っていた。レントが店の札を休憩中に替えようと扉を開けたその時、白銀の反射光が目に飛び込んできた。
「如何用で?」
「二、三話が聞きたいのだが」
「ええ、どうぞ」
「いや、ここではなく付いてきていただきたい」
「詰所ですか、なにか大事なんですね。分かりました炉の火を消してくるのでちょっとお待ちを」
そう言ってレントは扉を閉めると手早く荷物をまとめて裏口から逃げ出した。数秒遅れて騎士たちが雪崩れ込むももぬけの殻であった。
「探せ、まだ近くにいるぞ」
レントは走りながらも僅かに後方の喧騒を聞き取り一層脚を速めた。
「流石に勘づくのが速いな。しかし地の利は我にあり~」
縫うように街の中を走り、時には屋根を伝い水路を渡り、子供時代に世話になった外壁に空いた穴から街の外へ出ると少し離れたところにある厩舎に飛び込んだ。
「爺さん、馬貸して」
「なんじゃ藪から棒に」
「面倒事だ、暫く逃げる」
「いい歳こいてからに何をやったのやら」
「なんもやってねえから逃げるのよ。じゃ、借りてくぜ」
「九番にしとけ。まだ若くて生きがいい」
「恩に着る」
馬に乗れた事で一息吐いてレントは思い返す、友の道中の顛末を、尋ねてきた騎士の後ろに構える騎士たちの一人が足首に怪我を負っていたことを。
「やれやれなかなか面倒な事になってるじゃないの」
跳ねる若馬を嗜めてレントもまた一路ダムトスを目指すのであった。