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プロローグ

グロテクスなシーンがありますが、できるだけやんわりいきたいと思います。 また、なるべく続けるようにします(汗


伝承という名の過去


過去という名の記憶


記憶という名の暗闇


暗闇という名の恐怖


恐怖という名の鮮血


鮮血という名の月光


月光という名の伝承



それは運命という名に告げられた、誰かの最後。








プロローグ:決別の証









――雨が降っていた。

遥か空から激しく降る雨は大地を強く叩きつける。それに比例して大きくなる音は夜の世界を支配する。森から動物達の声は聞こえず、今宵は昨夜のような静寂には果てしなく遠い。


「………ア。」


雨の中で目を凝らすと、そこには酷く荒らされた廃村があった。壊されたいくつもの家屋、あちこちに散らばっている木片やガラスの破片。雨で増水し濁流となった川の、その近くに建てられた小屋はその濁流にのまれ、その隣に作られていたはずの水車は打ち上げられた流木のような無残な姿を川岸に晒している。


そして、かつて生きた人が歩いていた道は、一面遺体で埋め尽くされていた。おそらく彼らは村人だったのだろう。その中には剣を持ったまま倒れている青年や、心臓を槍で貫かれている老人、更には道端に子供を抱き抱えながら苦しそうな表情で息絶えている女性もいた。


「…ネ……。」


その惨劇の中に、傘も持たずに立ち尽くしているずぶ濡れの男がいた。

まだ十代前半だろうか。大人というには幼く、子供というには多少安易な顔立ちをしている。黒目黒髪、露出している肌の色は白に近い。服は白くて少しくたびれたTシャツと多少ボロがきている短パンを着ていて、それは雨を吸い込んでぴったりと肌に吸い付いている。とても気持ち悪そうだ。その服が纏う体躯は男にしては小さめで、右手にはそれ相応の剣を持っていた。

激しかった雨が少し弱まる。


「…アネリア。」


雨の音に掻き消えていた彼の高めの声は、しかしそれでも消え入りそうなほど儚く聞こえた。


「どうして…どうしてなんだ…。」


彼の右手から力なく剣が落ちる。彼はそれに続くように、ドサッと膝をついた。その衝撃で彼の瞳に溜まっていた大粒の涙が零れ落ちる。


「…うっ…アネリアッ…。」


この世界はどこまでも無情だった。強ければ人を支配でき、弱ければ虐げられる。世界はそれがすべてであり、それ以外何もない。彼はそれを今まで知らなかった。知る機会がなかったし、知る必要もなかった。ましてや、こんなことになるなど夢にも想わなかった。けれど事実、彼は今日、大切だった命を失った。

彼はわずかに瞳を開き、目の前で無残にも身体を引き裂かれ倒れている世界で一番大切だった人を愛しそうに見つめた。


「アネリア……。」


歩いて片道五日の首都までなくなった薬の買い出しに行っていた彼が、村の異変に気付いた時にはもう遅かった。帰りの四日目の夕方、薬を背中のリュックに抱えて道を歩いていた時、村の方向に作り出された赤い空を見た彼は一度足を止め、数瞬後には荷物を投げ出し慌てて駆け出していた。彼の頭の中には様々な思念が駆け巡っていた。あれは何だ? まさか。嘘だ。何故。どうして。親父やお袋は? 弟達は? アネリアは?

彼はそれらの不安を振り切るように無我夢中で走り続けた。それが彼の精一杯だった。今の自分にできること、それは一刻も早く帰り着くこと。おかげで彼はいつもより遥かに早く村につくことができた。しかし、時刻は既に夜。短針が三の数字をさしていた。そしてその結果が、この悲劇。


「…ごめんな。」


彼には謝ることしかできなかった。もっと自分が早く着いていれば。買い出しになどいかなければ。村の人を全員は無理でも、家族やアネリアは救えたかもしれない。こんなアネリアの姿を見ずに済んだかもしれない。なのに。


「謝るな。お前のせいじゃない。」


彼は突然聞こえて来た誰かの声に顔を上げる。そこにはこちらを見下げる冷たい視線があった。


「今この国は酷く揺れている。近々戦争も起こるだろう。軍も地方にまで人を割いている余裕がない。悪党共が地方の村を襲うのはその弊害だ。」


偶然立ち寄った旅人だろうか。傘も持たず、雨に濡れた赤い髪と瞳。この地方ではあまり見られないものだ。また、女性のように小さい顔は、まるでどこぞの良家の者のように綺麗な顔立ちをしている。着ている服は特徴のない普通の旅服だが、ルックスと雰囲気のせいなのか、何故かそうは見えない。もし宝石等がついていたらまず間違いなく貴族と間違えるだろう。

その男はまるで仕方ないと言わんばかりに言葉を紡いでいく。


「もし誰かが悪いとするならば、この村を襲った悪党共。それと、自治の意識を失った村の住民共だ。」


彼はその言葉に思わず目を見開いた。


「皆の、せい…?」


「そうだ。この10年間、この国に戦争などおきなかった。国は善政を敷き、地方の開発に力を使い、国内全土で安心できる生活と穏やかな平和を維持してきた。そしてその象徴がこの村の住民。数年前まではそれでも良かった。しかし今、状況は変わった。どこかの誰かが起こした些細な行動が世界中を巻き込む戦いの引き金になるとも限らない。そんな中で平和とやらを掲げても何の意味もない。むしろ、この現状に危機感を持たずバカげた理想を掲げる者など、生きる価値は無い。ましてや、その理想に浸る者など邪魔になるだけ。悪党以下の家畜同然だな。」


彼は拳を握り締める。それは爪が皮膚を裂き、血が滲むほど強く、強く。


「なん、だと…。」


それは明らかな侮辱。

男が言っているのは、村人は悪党よりも意味の無い存在だったということ。それは自分の守りたかったものが殺されて当然だったということ。つまり、家族やアネリアが、死んで当然の価値であったこと。

彼はそれがわからないほど子供でも、許せるほど大人でもなかった。


「…ふっざけんじゃねぇ!!」


彼は男の胸倉目掛けて飛びかかった。が、男はそれをいとも簡単に避け、彼の腹部に膝蹴りをいれる。


「がっ! がはっ…。」


彼は痛みのあまり、みぞおちを抑えながらその場に蹲る。


「悪党はその力を持って自分の縄張りに入って来る者を排除する。だがお前らはそれすらできない。そしてそれが咎であることすら気付かない。無力な罪人だな。」


男は何のためらいもなく、吐き捨てるようにそう言った。


「…く…そ……。」


すべてが男の言う通り、と認めたくなかった。けれど自分は目の前の男を殴ることすらできない。それは自分は弱者であるという事実。それが、家族やアネリアを侮蔑されたままやり返せない自分が、まるで男を肯定しているようで悔しかった。


「と…り、けせ…。」


「断る。取り消したところで事実は変わらん。」


「ふざ…けるな…。」


彼は腹部を抑えながらゆっくりと立ち上がる。まだ痛むのだろう。立っているのがやっとに見える。


「やめておけ。お前じゃ俺を殴ることすらできない。」


彼は痛みをこらえながら、それでも必死に殴りかかる。しかし明らかに威力はなく、男はその拳を易々と受け止めた。


「今のお前はまだ弱い。しかし、だからこそ強くなれる。もしお前が、自分が正しいと本気で思うなら。」


男は彼を突き飛ばす。彼はされるがまま、ドシャッ、と尻を地面につけた。


「戦うことを知れ。」


男は突然剣を抜くと、何を思ったのか、柄ではなく鋭く研ぎ澄まされた刀身を握った。当然の如く手から血が滲み出る。


「!! …なに、を……。」


「俺の故郷では死者には血を分け与える。死者はその生き血を吸い、自分に同じものはもう流れていないのだと気付く。そして気付いた死者は生を諦め、迷いなく大地へ帰る、と言われている。決別の証だ。」


「決別の、証…。」


血が滴り落ち、アネリアの頬に落ちる。やがてそれは地面へとたどり着く。彼はその光景に神聖な儀式のような神秘さを感じ、いつの間にか目を奪われていた。


「強くなれ、少年。そうすることが唯一の贖罪だ。」


そう言って男は彼に剣を差し出した。その剣には無駄な装飾は一切なく、ただ斬るためだけに生まれた鋭さを持っていた。彼は言われるがまま、その剣に惹かれていくように手に取る。それを確認した男は満足げな表情を浮かべると、彼に背を向けてこう呟いた。


「…お前もやってやれ。その女も喜ぶ。」


その言葉に彼は思わず涙が溢れそうになった。決別しなければならない。愛する人から離れなければならない。幼い頃からずっと一緒だった。どんな辛いことがあっても、アネリアがいたから頑張れた。どんなに苦しくても、アネリアが側にいてくれるだけで良かった。二人でならどんなことも乗り越えていける。そう信じていた。

彼の脳裏には、アネリアの無垢な笑顔が浮かんでいた。


「アネ…リア……。」


彼は強くならねばならない。そうでなければ彼もまた罪人。救ってくれる者がいるとすれば、いるかいないかすらわからない気まぐれな神だけ。


「うっ…うっ……アネリアっ……うっ…。」


その声を聞きながら、男は静かにその場を後にした。残された彼はアネリアの遺体を抱きながら、剣の刀身を握り締める。



雨はまた、その激しさを増し始めていた。











この出来事から五年後。

物語はまた、激しい雨の日から始まる。


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