試練のダンジョンと金の力2
ダンジョンそれは神、あるいは悪魔が創り出した人知を超えた建造物のことである。ダンジョンがなぜ創られたのかは諸説あるが、今となってはそれが正しいかどうかを判断できる神も悪魔もいなくなってしまいわからずじまいである。
わかっていることは神と悪魔がダンジョン創りに精を出したことで世界中にはダンジョンが乱立していてそのダンジョンによって人々の生活は成り立っていると言っても過言ではない、ということだ。
では、そのダンジョンに入るためにはどうすればいいのか。ここでギルドというものが関わってくる。探索者ギルド、通称ギルド。ダンジョンを探検する探索者の支援施設であり国が運営している施設だ。
というのもダンジョンの所有権は国の土地と定めている場所にあるダンジョン全てに適応され、ダンジョンは基本的には国が所有していることになる。
なので、国が許可を下した者でない限り無断でダンジョンへと侵入することはできずそれを破れば国によって様々ではあるが罰則が与えられる。なぜならダンジョンは国の生活基盤を支える重要な建造物であり、もしダンジョンの奥深くにあるダンジョンコアを勝手に持ち出されるとダンジョンが崩壊し、下手をすれば国が崩れてしまうからである。
よって、ダンジョンへと入るためにはギルドの審査を通り許可証をもらうことが必須なのであった。
「ここが探索者ギルドかぁ。すごい立派だな。うちの村長の家よりでかいな……」
「主よ、物珍しいのはわかるが入口の前につっ立っているのは周りに迷惑がかかる。入るならすぐに入るべきだ」
「わ、わかってるよ。でもほら、なんか気後れするだろ?」
「気後れか。私は剣だからその辺りはよくわからんな」
ギルの目の前には大きな建物があった。ギルの村にあったどの建物よりも立派で綺麗でお洒落なそれは田舎から出てきたばかりのお上りさん状態のギルにとって足を踏み入れることさえ戸惑うほどの建物だった。
「床汚したら怒られるかな?お金とられないよな?」
「昔はそんなことはなかったな。ざっと百年単位で昔だから今はどうか知らないがな。それより主よ。周りの目線が辛い。びびってないで入ってくれ」
「ビビッてないわ!と、扉開けるくらいなんともないわい!」
そんなギルの虚勢を張った声に周りの通行人はニヤニヤと笑いながらも歩みを止めない。ダンジョンがあるこの街にとって夢を追って田舎から出てくる若者は良く見るもので決して珍しいものではなくよくある風景の一つに過ぎない。
(わ、笑われた。かっぺだから笑われた)
しかしギルにとって周りの笑いは最早嘲笑としか思えず、そそくさと滑り込むようにギルド内へと逃げ込んだ。
「ふぅ。なんともなかったな。ま、ざっとこんなものか」
「当たり前だ。ギルドに入るくらいで怖気づいていたらダンジョンの攻略など夢のまた夢だぞ。さぁあの目の前のカウンターが受付だ。まずあそこに行くといい」
頼りない主を健気にフォローするゴンちゃんは正にギルにとっての救世主であった。そしてゴンちゃんにとってギルは諦めに近い感情を覚えるほどのダメ主人であった。
「こんにちわ。ミルディア王国探索者ギルドソーベーク支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「た、探索者の登録に来ました」
周りの恐らく先輩探索者であろう者達の好奇の目に晒されながらたどり着いた受付には美しい女性がいた。柔らかそうなふわっとしたくせっ毛は光を浴びて金色に輝き、瞳は鮮やかな蒼で目尻がたれ、整ったその顔は大人の女性の雰囲気を醸し出す。そしてなによりも
(むねぇ!胸ムネむねむねぇ!!)
突き出してもいないのに主張の激しいそれはギルには少々刺激が強いようで目があちこちへと彷徨う。
そんな視線には慣れっこなのであろうその女性は挙動不審なギルを物ともせずに業務を行う。
「はい。登録ですね。まず登録料に王国銀貨5枚がかかりますが問題ありませんか?」
「は、はいっ。大丈夫です」
「ご了承頂きありがとうございます。ではまずこちらの紙の記入欄に記入をお願いしますね」
にこっと笑って渡された紙など目に入らないほどのまぶしい笑顔にギルはつい見つめ返してしまう。しかし百戦錬磨の受付嬢はそんなギルの熱視線を受け流す。
「未来の探索者さん。紙をみてくださいね。かーみ。ふふふ」
「は、はい!す、すみません」
慌てて視線を外すギルを受付嬢は口に手を当てて上品に笑う。それが恥ずかしくギルの耳が赤くなる。そんな光景を見たゴンちゃんはまたも大きくため息をついた。
「え、えぇっと。記入欄記入欄。名前に性別。年齢、出身地に犯罪歴の有無。後は特筆事項か。大雑把だな」
「えぇそうですね。探索者になられる方には色んな人がいますから。読みは大丈夫みたいですね。では筆記についても問題ありませんか?」
「は、はい。多少の読み書きはできますからっ」
受付嬢の問いに答えながら記入欄を埋める。とはいっても当たり前のことを書くだけなのでとくに問題もない。
「犯罪歴はなしっと。……特筆事項って何を書けばいいんですか?」
「特筆事項は書くことがなかったり書きたいことがなければ特に記入する必要はありません。ですが例えるならどこかの流派で剣術を習っていたとか魔法を使える等の初めからスキル、魔法を所持していることを書くのが普通といった所でしょうか」
(なるほど。自分を売り込むためのアピール欄みたいなものか。ゴンちゃんは……書かない方がいいな。今のままじゃトラブルに巻き込まれる)
「なるほど、わかりました。特筆事項は特にないのでこれでお願いします」
「はい。承りました。ギルガメッシュさん、男性16歳ですね。では移動しますので私に付いてきてくださいね」
そう言って受付嬢は受付から出て移動を促す。促されるままに後を付いて行き黒い扉の前へと着く。受付嬢は扉にノックをして扉を開ける。
「どうぞ。中へお入りください」
受付嬢の言葉に従い扉の中へと入る。すると中には一人の男性がおり何かを乗せた台座があった。
「ゼノムさん、こちらです」
「あぁ、ありがとう」
受付嬢はゼノムと呼ばれた男性にギルがさきほど記入した紙を渡す。ゼノムは記入された紙をざっと見るとギルに座るように言う。
「ギルガメッシュ殿。どうぞこちらの椅子へ」
「はい」
ギルの座った椅子の前には見たこともない装置が鎮座していた。恐らくダンジョン産であろうそれはギルの座っている側には両手を置くスペースが、その反対側には何かを写すためのモニターのようなものと取り出し口があった。
「私は審問官のゼノム。これからいくつかの質問をする。それに嘘偽りなく答えてもらう。よろしいかな?」
「はっはい」
「そう緊張なさらなくてもよろしい。簡単な質問しかしない。では目の前の黒い部分に両手を乗せて」
言われた通りギルは黒いスペースに両手を乗せる。その部分は見た目通り硬質で少しひんやりとしているものの特になにかが起こるわけでもないようだ。
「それでは審議をはじめる。では、まず名前、年齢、性別から順に聞こうか」
「ギ、ギルガメッシュ。16歳、男です」
「よろしい。では次は出身地を」
「ミルディア王国オルト領ラクラの村出身です」
「なるほど。では少し簡単な質問をしようか。なぜ探索者になろうと思ったのかな?」
ゼノムは目の前のモニターを注視しながら更に質問をする。
「お金を稼ぐためです」
「お金を稼ぐ。探索者にはよくある話だ。しかしお金を稼ぐのなら他に手段はあるはず。その中で探索者を選んだ理由は?」
「……詳しくは話せませんが、多くのお金が必要だからです。ダンジョンならそれが可能だと思ったからです」
「なるほど。それもよくある話だな。興味本位で聞くが一体いくら欲しいんだ?」
「一万枚です。金貨一万枚」
「ほぅ。それはまた大きく出たものだ。王族、豪商ですらそう簡単に用意できるものではない。集められると思うかね?」
「出来る出来ないなんて考えはしていません。やるしかありませんから」
「ふむ。なるほどなるほど」
この質疑応答でなにかがわかったのだろうゼノムはモニターを見ながら何度か頷く。更にそこからいくつかの質問をしてギルの反応を見た後ゼノムは口を開く。
「そうそう、最後の質問の前に聞き忘れていたことがあった。ギルガメッシュ殿、犯罪歴はあるかね?」
「いいえ、ありません」
「それに嘘偽りはないかな?」
ゼノムはまっすぐにギルの顔を見る。ギルはそれをしっかりと見つめ返し頷く。
「……よろしい。ではこれが最後の質問だ。君は国が定めたルールに従うことができるかね?例えもしダンジョンの最奥でボスを倒した後に、ダンジョンのコアを持ち帰ってはいけない場合持ち帰らないとはっきりそう断言できるかな?」
ギルの頭にお金のことがよぎる。ダンジョンコアの換金額が頭の中で木霊する。ギルは数分忙しなく顔の表情を変えた後辛そうに答えた。
「……でき、ます……従えます……」
「よろしい。以上で質問は終了だ。結果はすぐに出るので部屋の外で待つように」
そう言われギルは部屋を後にした。