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砂漠の商人と水の女神のダンジョン14

 八階層の途中で、ギルとノエルは虫のモンスターに襲われていた。


「数が多すぎるっ!」


 ギルが剣を振るう。振るわれた剣は二人の周りを飛び回る蚊のモンスターを切り裂く。しかし、数体の蚊のモンスターを切り裂いてもまだまだ出てくる。

 ギルは腰のバッグから火炎玉を二つほど取り出し、篭手に装着している火点け石に擦りつける。火点け石によって導火線に火が灯る。ギルはその二つを適当に蚊の群れに投げつける。

 蚊の軍勢の中に飛び込んだ火炎玉が炸裂し蚊のモンスターを燃やす。


「ギル、後ろだっ!」


 ノエルが叫ぶ。その声を聞いてギルは咄嗟に横に避ける。すると、ギルの横を何かが跳んでいく。


「ホッパーかっ!」


 そのモンスターは、強靭な脚を使って爆発的な推進力を生みギルへと向けて突撃してきた。固い外殻に守られた頭で突撃をしてくるそのモンスターはビッグホッパー。バッタのモンスターである。

 避けられた事でそのまま壁に激突したビッグホッパーは、そのまま床に落ちて動かない。ギルはステップで一気に近寄り、そのまま首の付け根目掛けて剣を突き刺す。一度大きく剣をねじり、首を裂き割ると剣を引き抜く。


「エアカッター!」


 ノエルがギルのカバーに回り辺りの蚊のモンスターを蹴散らす。


「キリが無いぞっ!」


「わかってる。こいつらは弱いし無視だ!先に進むっ!」


「大丈夫なのか!?こいつらは確かに弱いけど、纏わりつかれたままは厄介だぞ!」


「どうしようもない。この階層にいる限りこいつらに纏わりつかれ続けるだけかもしれない!下に一気に降りる!」


「っ、わかった!俺が先を行く!サモン!」


 ノエルは火の精霊を召喚すると、明かり代わりの火の玉を出させる。明かり代わりの火の玉ですら羽が焼け、蚊のモンスターが地に落ちる。

 風と火の精霊を自身の前で走らせノエルが進む。ギルもその背中の後を追う。


「なんでっこいつらっこんなに湧いてるんだろうなっ」


 ギルが纏わりつく蚊を振り払いながら口を開く。ノエルは手帳を見て順路を確認しながらそれに答える。


「さぁなっ。蚊にでも聞いてくれっ」


 二人は走る、暗い洞窟の迷路を明かりと手帳の情報を頼りにひたすらに。その後を追って蚊が飛び回る。

 蚊のモンスターの出す羽音は、耳に障りいやでも意識させられてしまう。先の見えない追いかっこに二人は焦り始める。


「くそっ、出口はどこだっ!もう虫なんて嫌だ!」


 ノエルが苛立ちを隠せずに吠える。先ほどから虫に囲まれ続けてストレスが溜まっているのだろう、声には鋭さがある。そんな前を走るノエルの背中に、ギルは思いっきり飛び込む。

 無防備な背中に思いっきり体当たりをかまされたノエルはバランスを崩し転倒する。いきなりの事で何が起こったのかわからずに慌てる。


「な、なんだっ!ギルっ!なにがっ!」


 そう、ギルの方を確認しようと体をねじり後ろを向くノエルの瞳に、一つの黄色い線が走った。

 その黄色い一筋の線は、先ほど自分がいたところを通り抜ける。


「っ!?」


 蚊のモンスターの耳障りな羽音とは比べ物にならない荒々しい羽音が耳朶(じだ)を叩き通り抜けていく。そのままその音を出しているモンスターは蚊の群れに突っ込み、蚊を蹴散らす。


「あっ、あれはっ」


「あぁ、オーガヤンマ、みたいだ」


 大きな複眼に、強靭な顎。四枚の羽でその黄色い体を支える、大きなトンボの姿をしたモンスター。それが今、二人の目の前に現れた。

 自分達よりも強いモンスターが現れたせいか、蚊のモンスター達は我先にとこの場から離れていく。遠ざかる羽音をかき消すようにオーガヤンマの荒い羽音が鳴る。

 オーガヤンマは二人の頭上で飛びこちらを見ている。時折、首を傾げるように左右に頭をひねる動作は見た目に反して愛らしさを感じるが、その頭に付いている強靭な顎を見て現実に戻る。


「あれは、ヤバそうだな。噛みつかれたらえぐられるなんてもんじゃ済まないぞ」


「あぁ」


 ギルとノエルは倒れたままの体勢からゆっくりと立ち上がり、オーガヤンマの様子を窺う。ぎゅっと剣を握りしめるギルの頬を一筋の汗が伝う。一筋の汗は、ギルの恐怖や不安を煽るように頬を撫で、やがて顎から滴り落ちる。

 それがまるで開戦の合図かのようにオーガヤンマが二人に襲い掛かった。

 二人はそれぞれ、左右に避けてそれを(かわ)す。低空を飛ぶオーガヤンマの羽が二人の頬を掠め、そして浅く傷をつける。

 オーガヤンマは低空から上昇すると共に体をひねりまた戻ってくる。


「どうするっ!?」


「一瞬!一瞬で良い!あれの下から腹にエアハンマーをぶち込んでくれ!出来るか!?」


「わかった。やってみる」


 オーガヤンマは高く飛び、そこから一気に降下することで先ほどとは比べ物にならないほどの加速をする。

 そんなオーガヤンマに対峙するようにギルは通路の真ん中に仁王立ちする。


「ここだっ!俺を狙ってみやがれ!」


 ギルの挑発が効いたのかはわからないがオーガヤンマはその強靭な顎を思い切り開き食い殺そうと接近する。ギルはオーガヤンマに向かって走り出す。グングンと一人と一匹の距離は縮まっていき、オーガヤンマの顎がギルのすぐ目の前にまで迫る。

 ギルは、そこで一歩思い切り踏み込むと同時に叫ぶ。


「今だ!撃て!」


 ノエルが風の精霊に指示を出し、オーガヤンマの腹の下からエアハンマーを撃ちこむ。エアハンマーはオーガヤンマの腹をしっかりと捕らえて、低く滑空していたオーガヤンマを浮かす。

 ギルは、その隙間に滑り込み剣を掲げる。掲げられた剣は、突っ込んでくるオーガヤンマの勢いを借りて開いたままの顎から左右に裂いていく。


「うおおぉぉぉぉぉぉ」


 ギルの掲げた剣は一切の抵抗すら感じさせずに一刀の下にオーガヤンマを両断する。左右に裂かれたモンスターは、羽をばたつかせながら地に落ちそのまま滑っていく。

 摩擦によって止まったオーガヤンマの亡骸は、やがて大きな魔石と大きな薄羽に成り果てた。


「はぁぁぁ、なんとかなったなぁ」


 気の抜けた声がギルの口から出る。滑り込んだ体勢のままだらけて放心している。ノエルが近づき手を差し出す。


「大丈夫か?何をするのかと思ったがまさか突っ込むとは思わなかったぞ」


「それは俺も思ったよ。あのイカツイ顔がグングン近づいてくるんだからな。選択を間違えたなって突っ込んだ後でそう思ったよ」


「ならっ、次からはもっと安全な方法をとるべき、だっ」


 ノエルは腕に力をこめてギルを引っ張り上げる。


「あぁ、そうだな。次からはそうする」


 ギルは起き上がりながら答える。そして、服についた汚れをはたきながら考える。


(今のはそこまで強くなかったな。あの魔法使いの顔は心底驚いたって顔してたのはなんでだ?暗闇からいきなり襲われたから?でも、あいつらは大勢でまとまって進んでいるはず。明かりだって用意してるだろうし。うーん、わからん)


 考え込んでいるギルの顔をノエルが覗きこむ。


「どうした?怪我してるのか?」


「ん?あぁいや。それより先を急ごう。この階に留まってるとあの蚊に襲われそうだ」


 ノエルはその言葉で「あっ」と言わんばかりに目を見開く。そして、慌て出す。


「そ、そうだな。急ごう。出口までの道のりはもうわかってる、こっちだ」


 ノエルはパタパタと走り出す。


(わかろうとわからなかろうと、先に進むしかない、か)


 先ほどの不安を払うように頭を左右に振るとノエルを追って走り出した。





 二人はその後、一気に駆け抜けて八階層を降り九階層へと降りた。九階層は通路が減りどちらかというとドームのような造りになっていた。

 二人は九階層へと足を踏み入れる。そしてすぐに異常に気づく。


「あ、あれ」


 先を行くノエルが指差す。その先には人が三人横たわっていた。周りには血が流れ遠目からでも死んでいるだろうと予想がつく。


「先を行ってる商人の兵隊か。これで四人。あのオーガヤンマがやったのかもな……ノエル、火の精霊出しっぱなしにしても大丈夫そうか?」


「えっ、あ、あぁ。大丈夫だ。まだ持つ」


 死体に意識を持っていかれていたノエルが、ギルの言葉に遅れて反応する。上の階で死体を見た時よりは落ち着いているが、顔色は優れない。


(仕方ないよな、ノエルはボンボンだし。俺もそう簡単に割り切れるような状況でもないし。でも、今は戦闘に集中して貰わないと俺もノエルも死ぬ)


 辛そうなノエルを見ながらギルは、自分も冷静になるように深く息を吸い吐く。目の前の死体を無理矢理にでも記憶から捨ててなるべく見ないようにする。


「ノエル、死体の事は気にはなると思うがなるべく見るな。そしてこの先、死体が転がってても無視だ。死体に気を取られてこっちが死んだんじゃ笑い話にもならない」


「……あぁ、わかってる」


「それと、先行してるあの商人の兵隊共は大勢で動いてるはずだ。それでも三人死んでるってことは、この階層はオーガヤンマの巣か何かでオーガヤンマが沢山湧くのか、あるいはオーガヤンマよりもヤバいのが出てくるのかのどっちかだ。だからこの階は一気に駆け抜けよう、いいな?」


「あ、あぁ」


 ぎこちなく頷くノエルを見てギルは苛立つ。


「ノエル!しっかりしろ!本当に死にたいのか!?」


 怒鳴りつけるギルに、ノエルが反発する。


「そんな事言ったって!人が、人が死んでるんだぞ!しかも、四人だっ!それを何とも思わないのか!お前はっ!ギルはっ!何も感じないのかっ!」


 ギルを責めるようにノエルが吠える。今まで我慢をしてなんとか理性を保ってきてはいたが、あまりに酷い惨状に感情を爆発させてしまう。


「私がっ、私がダンジョンになんて挑んだばっかりに。私の命を狙っていた者達とはいえ、死ぬなんて。そんなの、そんなのっ」


 ノエルの目尻に涙が溜まる。ノエルはぎゅっと手を握りそれを堪える。一滴でも流れれば抑えきれなくなりそうな思いをなんとか押さえつける。そんなノエルにギルは容赦なく平手を入れる。

 乾いた音がノエルの頭に響く。頬が熱くなってきてようやく何が起きたのかを理解する。


「な、なに、を」


 ぶたれた頬を抑えながら、唖然としてギルを見る。


「甘ったれんな。ダンジョンに挑むってことは、命を懸けるってことだ。自分のせいで人が死んだ?違うね、あいつらがダンジョンをなめてかかって死んだんだ」


「そ、そんな言い方!確かに彼らは自分の意志で挑んだ。でも、死ぬつもりなんて」


「あぁその通り。俺だって死ぬ気はない。これっぽっちもだ。だから、ノエルにここでヘタレられても困るんだよ」


 冷たく突き放すような言葉。優しさを感じられない言葉に、ノエルの感情が大きく揺さぶられる。


「な、なんだよそれ!なんなん、だよっ。そんな、そんなこと今」


 震えるような声でノエルが声を絞り出す。その姿は今にも折れてしまいそうなほどにか弱い。

 しかし、ノエルが泣きだす事も出来ぬまま事態は変わる。

 三匹のオーガヤンマの登場によって。

明日は21時投稿です。よろしくお願いします。

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