砂漠の商人と水の女神のダンジョン12
「走れ!ノエル!」
暗い洞窟の中を、火の精霊の明かりを頼りに二人は走る。その後を数人のディルタの兵が追う。
「言われなくても走ってる!」
「そんなんじゃ追いつかれるぞ!」
「俺が遅いんじゃない!お前が早すぎるんだ!どんな脚力してるんだよ!」
ゴンちゃんの能力によって身体能力を大幅に底上げしているギルは、平均的な成人男性の身体能力を遥かに凌ぐ。更に探索者としてlvも上がっているので近接戦闘職でもないノエルとはかなりの差がある。
「あぁ、そうだった。仕方ない、やりたくないけど」
そういってギルは速度を落とす。そしてノエルと並走するとノエルの後ろに回りに強引に抱き上げる。
「う、うわぁぁぁ。な、な、なにをっ。お、おろせバカ!」
「俺だって男をお姫様だっこなんかしたくないわ!でも状況が状況なんだから仕方ないだろ!」
ノエルを抱きかかえるとグッと脚に力をこめて走る。ノエルを抱えていても後ろの兵達を少しずつ離す程度には速く、力強い。
「うそ。すごい……」
「ノエルっ!ぼさっとすんな!なんでも良いから精霊で補助してくれ!追いかけっこなんてずっと続けてられない!」
「あ、あぁ。『ウィンドベール』」
二人の前を飛ぶ風の精霊に指示を出す。風の精霊は一鳴きすると、二人を風の膜が包む。風に包まれたことで空気の抵抗が少なくなったのか先ほどよりもより速く走れるようになる。
「おぉ、すげぇ!これならなんとか」
そう言った直後、ギルの近くを何かが通り過ぎる。それは、風の膜に逸らされて壁に当たる。
「うぉっ!なんか飛んできた!何飛ばしてきやがったんだ!?」
「スリングだ!スリングで投石してるみたいだ!」
後ろから追ってきている兵達は、走りながらスリングで石を飛ばしてくる。決して精度が高いわけではないため、脅威にはなり得ないが万が一当たれば足を止めることにはなるだろう。
「くそっ。どの道追いかけっこなんてずっとやってられるわけが」
ギルは陸路の道通りに角を左に曲がる。精霊達もそれに従い付いてくる。そして火の精霊の火の玉が通路を照らし出す。道はまっすぐ続きそして先はない。行く手を阻むように壁になっていた。
「行き止まり!?こんな時についてなさすぎる!」
壁の近くまで行くとノエルを下ろす。どこかに道でもないか探すがそんなものはない。そうこうしている内に追手は角を曲がって、距離を詰めてくる。
「へへへっ。残念だったなぁ、追いかけっこはお終いだ。観念しなァ。おとなしくしてりゃあ命だけは助けてやるからよぉ」
剣を持った一人の男が言う。残りの五人は陣形を整えながら剣を構える。
「追手にしては随分と少ないな。あのおっさんはビビッて逃げたのか?」
「はっ。お前らネズミ二匹捕まえるのにそうぞろぞろと人数揃えるかよ。ディルタ様は先に進んでいる、ダンジョンを踏破するためにな」
「ネズミ、ねぇ。まさか、俺がさっきあのデカい火の玉ぶっ飛ばしたのを見てなかったのか?」
「あぁ見てたさ。だが、あれが全力でもうネタも尽きたんだろう?あんなもんを個人で何発も撃てるわけがねぇ」
余裕そうに男が言う。ディルタに雇われた者達は、所謂探索者崩れと呼ばれる者達で一般の人間よりも力はある。しかし、ダンジョンの深くまで潜る探索者には敵わない、その程度の実力だ。彼らが探索者崩れになる理由は様々ではあるが、共通するのは所詮チンピラ風情であり探索者がどれほど強いのかすら知らないということである。
しかし、それでも考える力が無いわけではない。当たり前ではあるが、多少の常識は持ち合わせているし探索者というものをうやむやながらも知ってはいる。だからこそ、あの魔法使い数名が力を合わせて放った火球を一人でどうにか出来たのは何か奥の手を使ったのであり、そしてそれはもう使い切った。だからこそ、この二人は逃げた。そう、結論に至った。
「それはどうかな?ここにいるのは、カエルの粘液に塗れたこともあるが殿下だぞ?国のお偉い様の一人だ。そんなお方が雇った人間が、ただの一般人だとでも?」
会話の途中でちょいちょい煽ってくるギルにノエルは怒るように威嚇する。しかしギルはそれを無視して腰のバッグに手を入れる。それを見て、男達は警戒する。
「言っとくが俺は、ダンジョン踏破者でね。そんじょそこらのとは訳が違う。今のだって何百発だって撃てるぜ」
「だ、ダンジョン踏破者!?そ、そんなバカなっ。しかし、王族ならばそれも可能……い、いやそんなはずはない!ハッタリだ!何百発も撃てるわけがねぇ!」
「そうだよ、ご名答!」
ギルは言うと共に煙玉を投げる。地面に叩きつけられた煙玉は瞬く間に通路に広がり二人の姿を隠す。男達は、一瞬その煙にビビるがただの煙だとわかって逆上する。
「くそっ!あのガキっ!本当にただのハッタリじゃねぇか!馬鹿にしやがって!痛い目みねぇとわかんねぇみたいだなぁ!おいてめぇら、かかれ!」
男が剣を前に突き出す。その合図で待機していた男達は煙の中に突っ込む。
そして、見事に罠にハマる。
「うわっ!」「足に何かが!」「うごかなっ」「な、なんだこれぇぇ」「ば、馬鹿止めろ。剣を振り回すな!」
煙が晴れる。すると、そこには白い粘着性の液体に足を捕られ身動きの取れない五人の男達がいた。男達はなす術もなくもがき続ける。
「いやぁ、トリモチ爆弾って馬鹿には良く効くなぁ。ネズミ捕りに捕まるネズミみたいだな。ははは、これがネズミ捕りがネズミって奴か!」
「いや、ミイラ取りがミイラだな。これはじぃに聞いた話だが、実際にうちの墓には墓破りらしき白骨死体がいくらでも」
「知ってるから。わかってて言ったやつだから。それより、ノエルさんや。やっておしまい!」
「何キャラなんだそれは。まぁ良い『エアハンマー』」
やれやれと首を振りながらノエルが唱える。それに応じて風の精霊がトリモチにハマった男達に容赦なく風の槌をぶつけて殴る。男達はドッとかゴッと鈍い音を奏でそしてトリモチの海に沈む。
「うわぁ……えぐい」
「お、お前がやれって言ったんだろ!なんで引いてるんだよ!」
「えぇ……だって一人股間にモロって感じだったじゃん。同じ男にようやるわ……ノエルさんは鬼畜王ですわぁ」
「えっ?そんなに痛いのか?一撃で仕留めるには有効だと聞いていたからやったんだが」
「ば、バッカおめぇ、玉ついてんのに何言ってんだ!ひでぇよひでぇ奴だよお前はよぉ」
「そ、そんなに酷いのか?」
「当たり前じゃん。エアハンマーで打ち抜かれた日には今日を呪って明日に希望を抱くね。死にたいってさ」
「そ、そんなに……」
ノエルは信じられないとばかりに驚愕の目で沈んだ男を見る。その目からは戸惑いと謝意が感じられる。ギルはそれを横目で見つつ叫ぶ。
「おいあんた!どこに行く気だ」
呼び止められたおっさんは忍び足を止めてビクゥっと跳ねあがる。冷や汗を流しながらこちらをゆっくりと向く。
「ちょ、ちょっとトイレに。へへへ。歳が歳で近いんですよ。へへへ」
「部下置いて行く気か?」
「い、いえ決してそんな事は。ちゃんとトイレに行ったら戻ってきますよぉ。あ、でも、なんかお腹も痛くなってきたな。あーこれは帰ってくるのに時間かかるやつだわ。あーこれ、デケェのが来るわこれ。しゃーないな、これは。うん」
「まぁ、そういうのはどうでもいいわ。とりあえずあんたに聞いておきたいことあるから聞かせてくれるよな?」
ギルは、逃げる男を捕まえると知っていることを吐かせて装備を剣以外奪ってトリモチに放り投げた。
「これで良しと」
トリモチに絡まっている男達から剣以外の装備を奪いマジックバッグに収納する。そして今ももがいている、先ほどの逃げ出した男に話しかける。
「着てる物脱げばトリモチから脱出出来るだろうから後は他の気絶してる奴も起こして勝手に逃げて。セーフルームまでは近いからなんとかなるだろ。あ、一人で逃げない方がいいぞ。それだとセーフルームにたどり着けるかわからないからな。じゃあ後は頑張って」
「ま、待って、待ってください。見捨てないで!」
「いくらなんでも助けてやる義理はないな。死ななかっただけマシだろ。それじゃあな。松明は置いて行ってやるよ」
ギルは松明をその場に置いて立ち去る。その背中には男の切実な叫びが浴びせられたが振り返ることなく先を急いだ。
先を行くギルの背中は松明に照らされて光と影を作る。物言わぬその背中が今は少しだけ怖くもある、そう感じずにはいられないノエルは、声をかけようか止めようかと何度も悩む。そして、決意を固め口を開こうとした時、先にギルがノエルに問う。
「俺になにか言う事あるんじゃないか?ノエル」
ノエルは自分の心が読まれたのかと焦る。だが、そんなことは無いと思い直す。そして恐る恐る口を開く。
「お、怒ってる、か?」
「いや、怒ってはいないな。だいたい会った時からノエルは怪しかったから。何か隠してるのはわかってた」
「えっ!?」
「え?」
ノエルが大声を出して驚く。その声に意外だと言わんばかりにギルが振り向く。
「き、気づいてたのか?」
「あ、あれで隠そうと思ってたのか……?」
沈黙する二人。ノエルは目を丸くしたまま固まり、そして徐々に顔が赤くなっていき最後には両手で覆ってしゃがみ込んだ。
「の、ノエル?どうした?」
「わたしはのえるではありません。ただのいしころです」
「あ、あのさ。ノエルがポンコツ気味なのはスライムにくっつかれた時からわかってたことだし、気にしなくていいんじゃないか?」
「言って良い事と悪い事があるだろ!悪い事がぁ!」
ギルの容赦のない一言に、ノエルは立ち上がり抗議する。
「あ、あぁ悪かった。悪かったから。それで、あのおっさんは何なんだよ?商人らしいけど。なんか知り合いみたいだったけど、因縁でもあるのか?」
「因縁、というか。あいつの名はディルタ。シエラザルドでも有数の豪商でな。色々な商品を売っているんだが、水もその一つでな。もっと安くならないかと、何度か交渉したんだがダメでな。それで、俺は水瓶を手に入れようと思ったんだ」
ノエルは一呼吸置くと頭を下げる。
「だから頼む!俺に力を貸してくれないか!ディルタにだけは水瓶を取られるわけにはいかないんだ。どうか、この通りだ!」
「良いけど」
「そうか、ダメだよな。あれだけの数の兵を引き連れているんだ、さっきは何とかなったが次は。それにダンジョン自体も危険だ。国の事情のために命なんて」
「だから、良いって言ってるだろ」
「えっ!良いのか!?」
「うん。元々ダンジョンは攻略する気だったし。やることはそんなに変わらない。ただ、邪魔が入るってだけで。でも、なぁ」
わざとらしくギルは目を伏せる。そして、チラチラとノエルを見る。
「な、なんだよ?」
「いや?国の事情に首を突っ込むんだし?ノエルは王子様だし?なぁんか国からの褒美っていうか?褒賞っていうか?そういうのがさぁ。あ、気持ち程度で良いんだけどさぁ。なんかさぁ」
「お、お金が欲しいのか?」
「いやいやいやいや。俺達仮にもPTなんだしそんなお金なんて。でも、まぁ。国の名誉にも関わるだろうから?受け取るのはやぶさかではないかなぁ、なんて」
「……わかった。用意する。それで良いんだろ。…良い奴だと思ってたのに」
「おぉ。流石は王子。英断でございます」
「良く言うよ、ポンコツだのなんだの言い放題だったくせに」
「それはそれ。これはこれ。ささ、王子!あのディルタとやらをとっちめてとっとと水瓶を貰って返りましょう!」
「その前にその芝居がかったの止めろよな」
「何をおっしゃいます、王子。私はいつだってあなたのお金に忠誠を誓っておりますぞ」
「あぁ、そうだろうな。ふんっ」
芝居がかった動きで先を行くギルの後姿を白けた様子でノエルは見つめるのであった。
明日は19時投稿です。よろしくお願いします